大海賊の述懐 Ⅰ
大海賊ワイバーン。
この男は別の世界では某所にあるバーのオーナーである。
まあ、自らカウンターに立っているので、兼マスターとなるのだろうが。
それはそれとして、実を言えば彼は筋金入りのオカルトマニアだった。
時間を見つけてはその手の専門店はもちろん、古書店にも足を延ばして、それらしい本を手当たり次第手に入れていた。
そして、神保町にある一軒の古書店で出会う。
その本に。
そこから、異世界に渡る魔法研究が始まる。
ありがたいことにそれは日本語で書かれているため、読み解くのは難しいことではなかったのだが、肝心の魔法を実行するためには様々な問題があった。
最大の障害。
それは、この世界で魔法を発動させるために最も必要となる魔法陣。
その大きさと描く場所だった。
その書によれば、術者がつくることができる大きさはその魔力量によって決まるとされている。
ただし、特別なものである異世界への転移魔法に関しては、術者がつくることができる最大の魔法陣を描くことが推奨されている。
その理由は術者が生涯でつくることができる魔法陣はひとつ。
つまり、一度その魔法陣で術を成功させると、それがその者の固有のものとされ、変更ができなくなる。
それのどこが問題なのか。
いうまでもない。
さらに大きな魔法陣を描くだけの能力があるにもかかわらず、人間ひとり分くらいの小さな魔法陣をつくって異世界転移を成功させた場合、たとえこちらと異世界を自由に行き来できたとしても、持ち運びできる物品はその範囲に収まるものだけになってしまう。
そういうことである。
まあ、その時点では自らの魔力量を知る術はないのだから、結局できるだけ大きいものを描き、徐々に小さなものに変えながら自らの魔法陣を見つけるしかない。
面倒ではあるが、それが一番の手である。
さて、固有の魔法陣という問題はその大きさだけに止まらない。
描いた魔法陣はその場所に固定される。
この第二の枷によって描くのは絶対に他人の手が及ばない場所でなければばらないということになる。
なぜなら、万が一転移中に魔法陣が破壊されるようなことがあれば、戻ることができなくなるという問題が発生し、そうでなくても術者の魔術師としての命が消えることを意味するのだから。
ついでに言っておけば、魔法陣は三次元で描く必要がある。
そのような様々なことを考慮し、彼が魔法陣を描く場所に選んだのは自らの店だった。
そして、魔法陣を描くに際し、彼が自らの店に施したこと。
それは店の入口の拡大。
これによって、将来それなりのものの出し入れが必要になった場合でも、壁や天井に描いた魔法陣を破壊することなくおこなえることができるようになった。
……まあ、そういう事態が本当に来るかどうかわからないが、デザインとしても悪くないのだからよしとしようか。
それなりの出費を伴う工事が終了後、彼は自らを納得させるようにそう呟いた。
そう。
さすがの彼も実をいえば魔法が成功し、異世界転移できるとは完全には信じていなかった。
あくまで、それが本当だったときの保険と、オカルトマニアという彼の矜持のようなものが、彼にそれをおこなわせた原動力だった。
だが、この初期投資はこの後に驚くほどのリターンを呼ぶことになる。
元の世界、そして、異世界という両方において。
それから、最後にもうひとつ。
これは彼も知らないことではあるのだが、その魔術書の現在所有者である彼がその魔術書を手に入れた古書店。
実をいえば、そこは著者である男が同じ本をこっそり隠した店とは違っていた。
それが何を意味するのかといえば……。