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異世界からやってきた王 Ⅱ

 異世界からやってきた王。

 彼は自らがこの世界にやって来ることができたのはふたつの偶然が重なった結果だと考えている。


 彼の言うふたつの偶然。


 そのひとつとは、二冊の魔術書を手に入れたこと。

 その一冊である日本語にすれば「異界への扉」となるタイトルがついたイタリア語の本には、異世界転移に関する手順と呪文が記されていた。

 だが、実はこの魔法を発動させるためにはこの書に記された長い呪文を唱えるだけでは足りなかった。


 魔法陣。


 別の人物が記したラテン語で「この世界における正しき道の進み方」という意味を示す言葉がタイトルとなるもう一冊。

 その書の冒頭には、理由はわからないものの、この世界は魔法の使用が極端に制限される環境にあることが書かれている。

 そして、そのような環境下ではどれだけ強い意志を持って呪文を唱えても、それだけでは魔法は発動しない。

 それをおこなうには魔法陣の構築が絶対に必要であると説いている。

 つまり、魔法陣を構築しなければ異世界転移だけではなく、すべての魔法を行使するための呪文はただの言葉遊びでしかなくなってしまうのである。

 さらに、その書ではこの世界における魔法とは描かれた魔法陣の中でのみ存在するものとされている。

 言い換えれば、発動だけではなく、多くの魔法はその効力も魔法陣の中だけでしか得られないということである。


 それから、異界への転移魔法にはもうひとつ語っておかなければならない重要事項がある。


 異世界転移の魔法について書かれた彼が手に入れた一冊目の魔術書には、最後にラテン語で「自分。消滅。時。改変」と唱えることによって、異世界に渡っている間は、自らの痕跡を消すとともに、すべての時間を捻じ曲げるとある。


 これによって別の世界で本来存在しなかったものが存在することになり、元の世界に存在したものが存在しなくなるという、この魔法が完成し、異世界に転移できるのだが、それだけの魔法だ。

 当然その代償はある。

 むろんこの魔法を使って異世界に渡った者が受けたあのペナルティはそのひとつである。

 だが、魔法行使者にはさらに別のペナルティが付加される。

 その魔法は特別なものであるから当然ともいえるのだが、この魔法を展開させるには膨大な魔力が必要とするうえ、それは二度と回復できない。

 それがそのペナルティとなる。


 下手をすれば異世界への片道切符。

 そうでなくても、いずれ転移できなくなるどころか、魔法自体が使えなくなる。


 つまり、魔力量がどれくらいかもわからぬ段階でその魔法を行使するということはそれなりの覚悟が必要ということになる。


 ちなみに彼は異世界と元の世界を二回往復した。

 そして、三回目となる今回の異世界行きを最後のものとし、元の世界での自分の痕跡をすべて処分してきた。

 それに先立って彼は二冊の本を日本語に翻訳して一冊にまとめると別の名をつけて古書店に本棚に忍ばせた上で、原本を焼却処分にした。


 彼が手に入れた魔法書には修正すべき点と、書き加えるべきものがいくつか存在した。

 だが、どうにか翻訳はしたものの、彼の言語能力ではそこに使用されたラテン語を使いこなすところまで至っていない。

 特に繊細なニュアンスが必要な修正については。

 つまり、それをおこなうのはやはり日本語でなければならない。

 そうして完成させた日本語版の魔術書に従い、日本語での呪文でも異世界転移ができることを確認したのだが、これによって異世界転移のために指南書はもう一冊増えたことになる。


 ……どちらかを処分し、異世界にやって来る者を増やすような事態にならぬようにすべきだ。

 ……本来であれば原書を残すべきなのだろうが、私のラテン語の能力では魔術の間違いを直すことができない。

 ……その点、日本語版であれば、修正も完璧だ。

 ……それに、こちらを使って異世界転移した場合、あれも作用するので向こうの世界に悪影響を及ぼすことも少なくなるだろう。


 ……申しわけないが、消えてもらうのはこちらだ。


原書が燃える様子を眺めながら彼は呟いた。


 さて、彼は自らがこの世界にやって来ることができた理由として挙げたもうひとつの偶然であるが、それは……。


 彼に魔術師の適正があったこと。


 これは転移した時点ではわからなかったものの、その後知った、魔法の使うことができるのは突然変異的に選ばれた全体の二割に満たない者しかいないという事実から導いたものとなる。


 ……ということは、もとの世界でも比率は同じ程度だろう。

 ……つまり、私は当たりを引いたわけだ。


 そのとき彼が心の中で呟いたこの推測はほぼ正しいと思われる。

 のちに大海賊ワイバーンがおこなった例の実験の巻き添えなった者は最大で八人。

 そのうち異世界で存在が確認されたのは五人。

 そのすべてが魔術師の素養がない。

 おそらくあのときの八人のひとりであるフィーネを加えても、その確率は五分の一以下。

 その比率の範囲内となるのだから。


 彼の思考はさらに続く。


 ……おそらく異世界転移の秘術を記したあの本を手にした者の大部分は魔術師の適正がない。

 ……つまり、もうひとつの条件である魔法陣を知らなければ発動できないうえに肝心の術者に魔術師の素養がなければ何も起こらない。

 ……それはもう一冊の魔法陣の書を手に入れた者も同様だ。


 ……つまり、これまで実際に異世界転移に成功した者はそう多くない。


 ……さらに言うのなら、どこに転移してきたかも問題だ。

 ……この魔法の理をすべて把握しているわけではないが、この魔法の枷、いやこの場合は特典になるのかもしれないが、とにかく全員が人間ではなく魔族として生を受けるとしても、必ず私と同じような境遇であるということはないだろう。

 ……この世界で生まれた魔族の子が数年後まで生きている比率を考えれば、元の世界に関する意識が回復する前に消えた者もいるだろう。

 ……さらにその者の魔力量が少なかった場合は、どのような条件下であっても元の世界には戻れない。

 ……最初の転移の際は、なにひとつ持参できない。

 ……そうなれば、知識だけが武器となる。

 ……生き残るのは相当厳しそうだな。


 ……ということは、異世界に転移し、さらに元の世界に戻ってくる者などほとんどいないということになる。


 ……それにしても……。


 彼は現在の自分の姿を眺め、自らを嘲るように笑みを浮かべる。


 ……どうやったら人間が魔族になるのだろうな。

 ……まあ、人間や、魔族の中でも劣等種と蔑まされる人間種になりたかったとは言わない。

 ……元人間としては、もちろん見た目は人間のほうがいいのだが、この世界で生き残るという点ではこちらのほうが圧倒的に有利なのだから。


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