不思議な食べ物の話
港町アディーグラッド。
海賊とその関係者しか存在しないその町の、とある店。
そこで戦勝祝いを兼ねた酒盛りをおこなっていた大海賊ワイバーン一党。
宴たけなわになったところで、そのうちのひとり情報担当の男コンセブシオンがおもしろい話として持ちだしてきたのは、ブリターニャ王国の都サイレンセストに忍び込ませている部下がもたらしたある情報だった。
商人を装って侵入した彼らは王都サイレンセストで玉石混交的に様々な情報を入手し、上司のもとにそのすべてを知らせてきていた。
そして、その情報を振るいにかける過程で彼はそれを懐にしまい込んでいたのだ。
このような場面で披露するために。
「聞こう」
短い言葉で開陳を促すその場の頂点に立つ男の言葉に頷いたコンセブシオンの口から流れ出したのは最近王都で大人気の料理屋に関する話だった。
そこは店の外観から始まり、内装も、そしてそこで働く女性たちの服装も、そのすべてがブリターニャどころかどこの国でも見たこともないようなものなのだという。
「つまり、物珍しさで人気があるのか?」
酒の香りを全身から漂わせたアビスベロが口にした問いにコンセブシオンは黒い笑みで応じる。
「はい。……と言いたいところですが実は違うのだそうです」
「というと?」
「料理屋ですから、人気の秘密は当然そこで出される料理ですね」
……ありえん。それだけは。絶対に。
それを聞いた者は異口同音的にその言葉を心の中で呟いたのにはわけがある。
いうまでもない。
ブリターニャの料理のまずさは有名であり、その最高峰がサイレンセストでつくられるものというのはこの世界の誰もが知る常識だったのだから。
……つまり、これは皮肉ということか。
それを聞いた者全員がそう考えるのは当然の帰結といえるだろう。
「もしかしてゲテモノ料理ということか?」
全員のその思いを代表するようにガジャゴスからやってきた問いに、コンセブシオンは首を振る。
「……私自身も信じられないのですが、報告によればそのすべてが本当に美味。一度食べたら病みつきになるとのこと。そして、それを証明するように少なくても王族のふたりはその店の常連として頻繁に姿を現わすそうで、噂によればアリターナやフランベーニュの料理人もお忍びでやってくるとか」
「……それは本当のことなのか?コンセブシオン」
「もちろん」
「あの自尊心の塊であるアリターナやフランベーニュの料理人が、自分たちが常日頃『料理のまずさでは並ぶものなし』、『魔族がブリターニャを攻めないのはブリターニャ料理を食べたく、いや見たくないからだ』などと、散々こき下ろしているブリターニャの料理目当てにわざわざサイレンセストまで遠出してくるなど信じられないことだ」
「ですが、事実です」
「それは興味深い。それで、実際にどのようなものが出てくるのだ?」
「まず絶品なのは焼いた牛の肉だそうで、口の中で蕩けるとのこと」
「牛の肉が蕩ける?それは脂身を食うということなのか?」
「彼らが言うには、その肉は赤味と脂身が程よく混ざり合っている特別なものだそうです。しかも、それが生焼けの状態で出てくるのだとか」
「生焼けの肉?そんなものを食ったら腹を壊しそうだな」
「ですが、一度食べたらまた食べたくなる美味しさだそうですよ」
「ほう。そういうことなら我々も一度食すべきだな」
「では、さっそくその肉がとれる牛を手に入れて……」
「それが、方々探したそうなのですが、その料理屋がどこからその肉を手に入れているのかがわからないそうです……」
ペルディエンスの提案を遮るようにコンセブシオンがそれを否定する。
「……つまり、その絶品の焼いた牛の肉とやらはそこでしか食えないということか」
「そのようです。それ以外にも色々あるそうですが、その店にやってくる女たちがこぞって注文するのが『アサテイ』なるものだそうです」
「初めて聞く名だがいったいどのような料理なのだ?その『アサテイ』とは?」
「なんでもそれを食べるときれいになれるという謳い文句があるそうで、味つけされていない蒸かした米と塩味の利いた豆のスープ。それに匂いの強い腐らせた豆。それから乾燥させた海藻が出てくるとのことです。そして、その一番の売りは腐らせた豆料理だそうです」
「腐らせた豆?それが人気なのか?」
「はい。それを米料理に載せて食べるのだそうです。そして、それを目当てにやって来る客のひとりが現ブリターニャ王の娘ホリー・ブリターニャだそうで、その王女にこの店を紹介したのが第一王子アリスト・ブリターニャとのこと。ちなみにこの第四王女は王子ならすぐにでも王太子に叙せられるくらいの才があるというのが王都での評判です」
「……ほう」
そこまで聞いたところで、その男バレデラス・ワイバーンは気づいた。
……もしかして、その腐った豆とは納豆ではないのか。
……となると、アサテイとは、朝定食。それを昼に出しているのはどうかと思うが、それを女性に向けて美容に良い食事と宣伝するとはそれなりの知識がある者。
……ということは、蒸かしただけの米料理とは白飯。そして、豆のスープとは味噌汁だろう。
……当然乾燥した海藻とは海苔となる。そうなると醤油もあるだろうな。
「ちなみに、その焼いた牛の肉はいくらするのだ?」
「最高級のものはブリターニャ金貨十枚ほどだとか。第一王子はこの店にやってくると必ずそれを注文するそうです」
……まちがいない。
……口の中で蕩ける肉とは霜降りの和牛。
……生焼けとは、この世界では絶対にやらない焼き方であるレア。だが……。
……肉をレアで出せるということは料理人の腕はもちろん、肉そのものも相当な品質管理やっているということか。
「それから……」
「なんだ?」
「そこでは米からつくる酒も出すそうなのですが、これもまた絶品だそうです。こちらは頼み込めば持ち帰りができそうなので、バレデラス様がお望みなら至急持ち帰ってくるように手配しますが」
「そうか。では、お願いしようか」
……異世界産の日本酒、つまり清酒だ。
……いや。向こうから持ち込まれた可能性もあるのだから本当に日本酒の可能性もある。
……どちらにしても、これは試さずにはいられない。
……奴への土産にもできるし。
彼は別の世界で待っている弟の顔を思い出す。
「王族も出入りしている。しかも、そのふたりが切れ者という噂の第一王子と才女と謳われる第四王女なら、接点を持って損はないだろう。今後のこともあるのですみやかにその店の上客になるべきだろう」
「承知しました」
「ちなみに、そこの主はどのような者なのかわかるか?」
「ブリターニャ人らしいのですが、名前までは……」
「もう少し調べるように伝えろ。ついでに店の名も聞いておこうか」
「意味はわかりませんが、『ハルワアケボノ』というそうです」
……春は曙。清少納言か。
……確定だ。
……この店の関係者の誰かは日本人。
……問題は……。
……俺と同じ向こうとこちらを行き来している者なのかということだ。
……こちらに存在しない肉のこともある。
……ほぼ間違いないだろうが。
「……なるほど」
……まあ、今のところ害はない。放置で構わないだろう。
……とりあえず、監視だけでいいだろう。