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単位王

 第十一代目の魔族の王。

 彼の正体は世の理を超越して別の世界からやってきた者である。

 そして、王になったその彼がおこなった様々な改革のおかげで、のちにおなじようにこの世界にやってきた者たちはそれほど違和感もなく生活できることになった。

 もっとも、それは未来のためにというよりも自身とその臣下が生活しやすいようにおこなったものではあるのだが。


 彼がおこなった改革のひとつに単位の制定がある。

 のちにやってきた者たちのうち何人かは気づいたようではあるが、この世界の単位は十進法が広く取り入れられている。

 いや。

 それは病的なくらいと言ったほうがいいくらいに執着しているといってもいいだろう。

 なにしろ、別の世界では六十進法である時間までが十進法で表わされるのだから。


 だが、これにはやや違和感を持たざるを得ない。

 なにしろ、彼は六十進法を使った時間で生きてきた者。

 それなのになぜそれを取り入れなかったのか。


 もちろん十進法を取り入れるにはそれなりの理由があった。


 実をいえば、彼だって時間に関しては元の世界では常識だった六十進法を取り入れたかった。

 だが、結局そうはならなかった。

 つまり、できなかったのである。


 そして、その理由は単純。

 それをこの世界の理を崩して六十進法にする理由が思いつかなかったからである。

 もちろん王であるのだから強引に押しつけることは可能だっただろう。

 だが、その辺について彼は自制というか抑制することを心がけていた。

 そのときも一瞬だけ考えてから彼は心の中でこう呟いていた。


 ……それを不便と思うのはおそらく自分だけ。

 ……それにどうしてもそれでなければならないというわけではない。

 ……そのようなところで、この世界の習慣に反することはしたくない。


 ということで、大いなる妥協の産物として出来上がったのが十進法を使った時間表示ということになる。

 まあ、慣れてしまえばそれなりに使えるし、六十進法を使った時間に馴染みがなければかえってわかりやすいものであったのだが。


 ちなみに、そこで決められた時間の単位について書いておけば、この世界の慣習であるラームと呼ばれるこの世界の太陽が昇るところから始める一日は、そこからの日中と、太陽が沈んだときから始まる夜をそれぞれ十セパに分けられる。

 そして、この世界の一時間にあたる一セパは五十ドゥア。

 別の世界での分にあたる一ドゥアは百スメとなる。

 この時、時間の最小単位でこの世界の秒にあたるスメは王である用意した水時計らしきものによって設定されたのだが、ほぼ別の世界での一秒と同じである。

 それを勘案して計算すると、この世界の一日は別の世界での二十八時間となる。

 だが、所詮それは正確さが欠ける計測と数合わせ的な根拠の乏しい設定であり、綻びが生じすぐに改正される。

 いや、されるはずだったのだが、これが意外にもこの世界の基準となってその後も続いていく。


 そのひとつの理由として挙げられるのが時計というものがこの世界が存在しなかったことだろう。

 さらに毎日昼と夜の始まりに調整が入るので、驚くほどの誤差は生じない。

 だが、これが使われ続ける理由として一番大きいのはやはり魔族、人間ともに時間というものにそれほどこだわりがないということではないだろうか。

 つまり、二十一世紀に生きた人間にとっては信じられないことなのだが、この世界の者にとって時間とはこの程度で十分なのである。

 それどころか、口にこそ出さなかったが多くの部下は彼が秒まで設定したことを細かすぎると思っていたくらいで、実際にこの世界では秒にあたるスメを気にするのは時間を観測し記録する役人だけというのは、この時代から長い時間を過ぎた現在でも変わらぬものとなっている。


 ついでに言っておけば、この世界の一年は二代目の王の時代におこなわれた観測により三百日ということはわかっていたのだが、そこから三十日をひと月とした一年を十か月とした暦もこのとき考案された。


 せっかくだから、彼が定めたもうひとつの単位である長さも紹介しておこう。

 その基準となる一ジェバは彼の小指の幅が基準であり、別の世界での一センチにほぼ等しい。

 そして、百ジェバである一ジェレトは当然一メートル、百メートルにあたる百ジェレトが一アクトとなる。


 ……まだいくつか設定しなければいけない単位もあるが、まあ、これくらいやっておけば今は十分。

 ……そして、これよりも正確な基準は未来の誰かに任せよう。


 時間と長さの単位を公式に制定したあと、彼は心の中でそう呟いた。

 まさか、それが遠い未来にまで受け継がれるとは思わずに。


 ……随分緩いが、それでもすべてが動く。

 ……案外これくらいが生きていくにはちょうどよいのかもしれないな。


 ……こうなってくると、時間に追われていたあの生活は何だったのだろうな。


 ……そして、この世界もあそこと同じようにならないように、極力余計なものは持ち込まないようにしなければならない。

 ……それは今後来るかもしれない同胞たちにも同じ気持ちをもってもらいたいと願うばかりだ。


 彼がこのとき口にした最後の言葉。

 実をいえば、この後にやってくる者たちにその精神は引き継がれる。

 もちろん部分的にはそれに反するものの、節度という点は守られ一線を超えることはなかった。

 まるで、異世界に渡ってくるときに彼の願いが心の中に沁み込んだかのように。

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