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紙の考察 CASE 4 アントニオ・チェルトーザ 

 年老いて以前のように精力的な活動はできなくなってはいるものの、それでも家長は家長。

 この世界では一家の長だけがその称号を名乗ることができない以上、父が存命なうちは、正式に公爵にはなっていないものの、公的な場を除けば「公爵」の称号で呼ばれるアリターナ王国の有力貴族公チェルトーザ爵家の実質的な当主。

 それが彼アントニオ・チェルトーザである。


 もちろん彼が正式な当主になった暁に祖先から引き継ぐことになるのは公爵という肩書だけではない。

 領地、財産、そして権力。

 そのすべてがこの国最高ともいえる強大なものである。

 さらに彼には才があり、自ら組織し「赤い悪魔」と名付けたこの世界では無敵ともいえる交渉のプロ集団も抱えている。

 これだけの条件が揃えば、主要大臣どころか宰相という地位だって容易に手に入れられることだろう。

 現に、国王から何度もそのポジションに就くことを要請されている。

 つまり、彼には将来にやってくる「公爵」という肩書だけではなく、それだけの能力と実績があるのだ。

 だが、彼は頑として首を横に振り、用意された地位を固辞するどころか、直接的には国政自体に関わり合いを持つことさえしない。

 それはなぜなのか?


「あのような腐臭に満ちた場所で時間を潰すほど私は暇ではない」


 これが部下のひとりになぜ権力を手に入れないのかと問われたときに答えた彼の言葉である。


「ついでにいっておけば、私の専門は交渉であって、財政や軍務ではない」


「ですが、今その地位に就いている方々より公爵様の方が能力は上に思えますが?」

「今の醜態を見ていると、たしかにそれは否定できないな……」


 表面上はそう思えるが、実はゴマすりの香りなどまったく存在しないその言葉にチェルトーザは短い返答して小さく頷く。

 苦笑いを浮かべながら。


「だが、国家権力に関わる地位に就いたとなれば、それにふさわしい責任も生じる」

「と言いますと?」

「宰相にでもなれば、たとえ他の大臣の失敗でも責任を取らなければならないし、戦いに敗れたとなればその代償は命で償うことになる。だが、公務についていなければ、同じ状況になっても逃げ出すことは可能だろう」

「たしかに」


 それを冗談の色を濃くした言葉と感じたその部下は笑い、その場はそれで終わる。

 だが、言った本人にとってのそれは相手が思うほど軽いものではなかった。

 つまり、それが権力というものに対する彼の考えかたなのである。


 ……国家権力を行使できる地位に就き、それにふさわしい利益を得るのはまったく問題ない。というよりもそこまでの過程と努力があるのだから当然のことだろう。だが、権力を手に入れて利益を得た者がその責任を取らずに逃げる。まして、それを他者に押しつけるけど言語道断。

 ……だが、この国ではそれが当然となっている。

 ……そんな奴らの仲間だと思われたくない。


 ……いや。違うな。


 ……それはこの国だけではない。

 ……この世界に存在するすべての権力者……というか、この場合はこの世界に限らなくもいい話だ。


 ……どことは言わないが、私はその国を知っている。


 ……そして、変わっていないだろうな。今も。


 別の世界からやってきてから約五十年が経つ彼にとってその時のことが忘れられないものが三つある。

 ひとつは、もちろんこの世界にやってきたという自覚したとき。

 次に、元の世界での最後の記憶にある仲間のひとりが、この世界にやってきていたという痕跡を発見したとき。

 そして、最後のひとつとなるそれはこの世界と向こうの世界を繋ぐものを目にしたときとなる。


 この世界と向こうの世界を繋ぐもの。

 もちろんそれは紙。


 チェルトーザはそれを最初に見た時の衝撃は忘れられない。

 というより、あまりの驚きに腰が抜けそうになった。


 その慌てようはもはや取り繕ってなんとかなるレベルではなかったため、言い訳することもなくそれをスルーすることにしたチェルトーザは口を開く。


「……これはいったいどうしたのですか?」

「もちろんやってきた献上品を陛下が我々全員に下賜されたのだ。それにしても、大抵のことには動じないおまえがそれほど取り乱すとは。私にとってはそちらのほうが驚きだ」


 彼の言葉に皮肉交じりにそう応じたのはもちろん父アドリアーノである。


 大きく息を吸って間を十分にとってからチェルトーザが口を開く。


「申しわけありません。あまりにも、あまりにも美しかったもので」


 とってつけたような言い訳に続けて口にしたのはもちろんチェルトーザにとっての本題になるものである。


「ちなみに、いったい誰がこれを献上したのですか?」

「ヴァルペリオの大商人。アゴスティーニョ・カンパーニャ」

「カンパーニャ?金銀貿易を任せている?」

「そうだ」

「つまり、出どころは同じということですか?」

「まあ、そうだろうな。カンパーニャにこれを売ったのは最近名を上げてきた大海賊ワイバーンと思って間違いない」

「つまり、これも魔族がつくりあげたものということですか」

「かもしれないし、そうでないかもしれない。それから一応言っておけば、海賊どもが金や銀を手に入れている先はわからない。これが公式な意見だ。まちがっても魔族から手に入れているなどと屋敷に外で口にしてはならない」

「承知しています。父上」


 そう言ってから、チェルトーザはそれをあらためて眺める。


 ……とりあえず出どころについては後から調べることにしよう。

 ……それにしても……。

 ……こういう形で、向こうと関わりがあるものが姿を現わすとは思わなかった。


 ……どう見ても、A4サイズのコピー用紙。


 ……このサイズをこの世界の人間がつくり上げたのなら、奇跡的な偶然。

 ……つまり、ありえない。

 ……そもそもこれだけの質の紙をこの世界の人間がつくりださせるはずがない。

 ……そう。間違いなくこれは向こうから持ち込まれたもの。


 ……まあ、今さら向こうに戻る気などないが……。


 ……これの出どころだけは知りたいものだな。

 ……やはり。


チェルトーザが元いた世界から持ち込まれたと思われる「紙」を見てから長い時間を経過した。

 

 もちろん、紙の出どころ探索は続けられていた。


 もちろん残された資料を探すことが中心となるわけだが、それ以外にも調べることはあり、そこでは彼は一族が持つ多くの特権も躊躇いなく利用していた。


 そこで行きついたのは、やはり大海賊ワイバーン。

 それとともに、多くの資料から、そのコピー用紙が出回り始めたのは遠い昔からというわけではなく、それどころか百年前でさえそれは確認できないことがわかった。


 ……加橋君が活躍していた時代には紙がなかったのは間違いない。

 ……それは残された彼が記したもの。そのすべてが羊皮紙であることからもわかる。

 ……それにしても……。


 最近手に入れた、その国で「建築神」などという大仰な称号を与えられたひとりの建築家の書簡を眺めて彼は苦笑いする。


 ……アリターナ人になっても、悪筆は変わらなかったようだな。彼は。


 向こうにいたときに散々悩まされた友人の文字だが、今となっては懐かしい。


 ……字が下手なくせに、手書きに拘る。

 ……らしいといえば、らしいのだが、少しは読むほうの身にもなってくれと思っていたものだが、こうなってみると、あれを読み込んでいたことが少しは役に立っているのかもしれないな。

 ……さて……。


 少しだけ感傷的になった自分を笑い、再び手に入れた品々を寄せ集めて思考を始める。


 ……この国にあのコピー用紙を持ち込んだのは大海賊ワイバーンで間違いない。

 ……問題はワイバーンの誰かがそれを向こうからこちらへ持ち込んでいるのかということだ。

 ……我が国の窓口であるアゴスティーニョ・カンパーニャはワイバーンから金と銀を買い取り、その代金代わりに我が国が誇る貴石である緑石と虹石を渡している。

 ……ここで忘れていけないこと。それは、上層部にとってはもはや公然の秘密ではあるが、ワイバーンは金と銀を魔族の国から買い入れているということだ。

 ……ということは、コピー用紙も魔族から買い取っている可能性が考えられる。

 ……では、魔族の国の誰かが向こうとこちらを行き来しているのかといえば、それは考えにくい。

……それはなぜか?


 ……私はまだ本物の魔族を見たことがないが、伝え聞くところだけで考えれば、その容姿で向こうの世界を闊歩すれば、どこの国であっても噂になる。

 ……つまり、ありえない。

 ……それと同じ理由で、ワイバーンの関係者、少なくてもワイバーンの長であるバレデラス・ワイバーンがその人物である可能性はほぼない。

 ……なぜなら、バレデラス・ワイバーンは魔族の者。

 ……これは海賊たちから手に入れた情報からあきらか。


 ……いわく。無類の強さで海を支配する大海賊ワイバーンはその大部分が魔族の者によって構成され、その頂点に君臨するバレデラス・ワイバーンもそのひとりである。

 

 ……最初は金目当てにガセを流したとも思ったのだが、あまりにも数が多い。

 ……つまり、本当と考えるべきだろう。


 ……同業者ならそれが魔族でも関係なく一緒に酒が飲めるという海賊どもの神経には驚かされるが、それはそれとしてこれは重要情報であることは間違いない。

 ……そして、数多くの海賊の中でワイバーンだけが金銀を魔族から仕入れられることも奴らが魔族の者であるなら説明できる。


 ……では、その場合はどういうことになるのだろうか。

 ……大海賊ワイバーンの一員の誰か、または魔族の国にいる誰かがそのコピー用紙を持ち込んでいる者となる。

 ……そして、それは間違いなくその組織に混ざり込んだ私と同じ立場の人間。

 ……なぜなら、異世界を転移するための魔法も、所詮は転移魔法の一種。そうなれば、かの魔法の理であるという術者が地に足をつけた場所以外には転移できないはず。

 ……もちろん「卵が先か鶏が先か」という話はここでも当然出てくるし、ほぼすべての理にあるようにこれにも例外があるのだろうから、絶対ということはないだろう。

 ……だが、それはあくまで特別な場合。今後の課題として頭の隅には残しておくが、ここではそれを排除しても問題はない。

 ……それに、魔族がこちらから向こうに転移したとして、何事もなくコピー用紙を手に入れられるとは思えぬ。


 ……やはり、購入者は私と同じ向こうからこちらへ渡ってきた者。


 ……それはそれとして、それが誰であっても向こうでコピー用紙を購入し、またこちらにやってきているとなれば、こちらから向こうに行ったり、一度こちらにやってきた者が再びこちらに戻ってきたりする場合には例の罰ゲームはおこなわなくてもよいという話が成り立つのだが、これは正しいのだろうか?

 ……もうひとつ。余程幼年期に戻る方法を見つけないかぎり、下手をすれば浦島太郎状態になりかねん。それを回避するためには、こちらで過ごした時間は向こうに戻った場合はカウントされないということが条件になるのだが、これはどうなっているのだろうか。

 ……実に興味深い。


 ……まあ、今日はここまでにしておこう。

 ……今入手している情報だけではこの辺が推測の限界なのだから。

 ……それにまだ時間はある。

 ……次回までに矛盾点を見つけて……それから思考に必要な資料ももう少し集めよう。


 そう呟いて彼はここで思考をやめた。


 さて、せっかくだ。

 一応、最後に答え合わせ的に話をしておけば、彼の話は概ね正しい。

 ただし、彼は転移してきた人間が魔族として生まれ変わるということを想定していないため、絶対に真実には辿り着かない。

 まあ、それは当然のことではあるのだが。


 それからもうひとつ言っておけば、彼が最後に口にした罰ゲームとはもちろんこちらにやってきた者は赤子から始めるという彼自身が体験したあれのことである。


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