紙の考察 CASE 2 アリスト・ブリターニャ
ラフギールの騒動が終わるよりもだいぶ前。
つまり、魔族の王を討伐する勇者一行の旅が始まってしばらく経ち、魔族領に入ることも多くなった頃。
そのグループの実質的リーダーであり、スポンサーでもあるブリターニャ王国第一王子アリスト・ブリターニャはあるものを見つけ戸惑う。
……これは……。
……羊皮紙ではなく、高級紙。
……なぜこんなところにこれだけの高級紙が……。
魔族の兵が逃げ出し空き家となったそこに入ったアリストが手にしていたのは、ブリターニャの王族である自分でさえ簡単に使うことは躊躇っていた「高級紙」と呼ばれるもの。
ちなみに、この世界で紙といえば、いわゆる動物の皮からつくりだす羊皮紙を示すのが一般的であるのだが、実は羊皮紙は意外に高価でそれを購入できない多くの者は木片をその代用品にしていた。
だが、現在彼が手にしているものは、用途こそ同じであるが、多くのことでそれらとは異質なもの。
そして、同行している女性魔術師フィーネ・デ・フィラリオによって供給されるため彼自身はそれを使うことが多くなっていたものと同類でもある。
最近は「紙」といえば、こちらを指し示し、少し前まで「紙」という単語が示していた「羊皮紙」は、フィーネに倣い「羊皮紙」という名称を呼ぶようになっていたのだが、驚きのあまり以前の名称である「高級紙」が出てしまった。
そして、冷静そのものであるアリストがそれほど驚いた原因とは、その高級紙が置かれていた場所だ。
……ここはどう見ても一般兵士の宿舎。
……そこにこれだけの未使用の紙が無造作におかれている。
……しかも、ゴミ箱にも丸められた紙。
……我が国でこんなことをやったらその兵士は死罪にならなくてもそれに準じるくらいの重い罰が与えられる。
……それなのに……。
……これはいったいどういうことなのでしょうか?
そこからしばらく考え込んだアリストが辿り着いた結論。
それは……。
……魔族の国が高級紙の生産地ということなのでしょう。
……そうであるのなら、これだけ紙が豊富にあることも納得できる。
……そして、この不可解な大きさも。
そう。
実はアリストもこのサイズには違和感をもっていたのだ。
そして、彼はここで「それは人間には理解できないが魔族にとっては何か意味あるもの」と解釈した。
普段自分たちが使用しているフィーネ特製の紙より白さが増しているそれを眺め直して、心の中での呟きを続ける。
……だが、そうなると、おかしなこともある。
……間接的ではあるが金や銀を盛大に敵国に流し込んでいる魔族が紙に関してはまったく力を入れていない。
……私が魔族の王であれば、逆にするが……。
……いや。
……違うな。
……これこそが魔族の大いなる仕掛けの可能性がある。
……金や銀を敵国に流すのは一見すると、利敵行為に思えるが、気前よく金や銀を流し込み、その金や銀をアテにした経済体制をつくらせたところで、突然それを止めればどうなるか。
……言うまでもない。
……経済が大混乱になって魔族領侵攻どころではなくなる。
……よく考えられている。
……そして、その混乱を起こす最も効果的な時期は?
……王都攻防戦前。
……というより、本来であればこのような守勢一方になるもっと前におこなうはずだったものの、勇者という異物が現れたためにその実行が遅れている。
……だから、その異物を取り除くために躍起になっているわけですね。
……それをおこなう時期を自由に決められるように。
もちろんアリストの推測は多くの点で間違っている。
だが、これはある意味致し方ないものといえるだろう。
なぜなら、アリストにはフィーネやアドニア・カラブリアのように紙が異世界から持ちこまれているという前提条件が与えられていない。
それを知らなければ、必然的に紙はこの世界のどこかで生産されていると考えざるを得ない。
そうなれば、最もそれが安価で手に入る場所が生産地と考えるは当然の流れである。
そして、それを前提に話を構築すれば、金や銀に関する不可解な流れだけではなく、意味不明な紙の大きさにも十分な説明はつけることができる。
しかも、彼自身がこの世界で指折りの策士。
彼が考えているものよりもはるかに低レベルの理由で魔族が金や銀を流しているとは思わない。
これぞ、「策士策に溺れる」の見本なのかもしれない。
まあ、本来の意味からは随分と離れたものではあるのだが。