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忘却の彼方

作者: 柴猫

六年後のある日。


 土と雨水が混ざった匂いが僕の鼻を通り抜けていく。さっきまで降っていた雨は、すでにやみ、雲からは、太陽が顔を出していた。

 俺は、高校二年生。今はちょうど夏休みだ。親の転勤で俺は、十一歳の時に秩父から東京へと上京した。秩父で過ごした時の記憶は、一つを除いてほとんどなにも覚えていない。

 その一つの記憶が強く刺激される、あの場所に行ったら過去を思い出せるような気がして、親にあの場所に行くことだけを伝えてすぐに秩父、おれの故郷に向かった。


「ここか……」


 森林を見ながら森の涼しさに身を委ねていると、十一歳の時、ここを歩いたり走ったりした記憶が滲んで脳裏に浮かぶ気がした。もうすぐで着きそうだ、俺が十一歳だっと時になぜか強くはっきりと記憶に残る場所、八日見神社。


 鳥の鳴き声と、木の葉が風に譲られ擦れる音が聞こえる。風が吹くのと同時に雨水が降ってくる。一粒の水滴が首筋にピチャと当たる。思っていたよりも冷たかった。

 それから山道を進むにつれ、八日見神社の夕焼けのように紅、鳥居が見えてきた。紅く塗られた鳥居は昔と変わっていないような気がした。


「あぁ、ただいま。っ……?」


 口が勝手に開き何かを言おうとしたが、出てくる言葉が見つからなかった。違和感に首を傾げなら、俺は目を瞑って鳥居をくぐった。



 六年前のあの冬。



「ーー聡。おはよう」


「おはよう、静葉」


 冬の秩父の山は、雪に覆われていて一面真っ白な雪景色だった。静葉は、僕より先に八日見神社に来ていて、社まで続く階段に腰掛けていた。僕は、静葉の元まで早足で向かった。吐く息が、白く霧のようになる。


「聡、疲れてるね」


 静葉は、クスクスと笑って座っていた階段から立ち上がり、ズボンについた雪を払った。


「そりゃ、そうだよ。結構、急いで来たんだから」


 僕は、息を切らしながら言った。白い息はさらに白くなった。


「聡、きょうは何して遊ぶ?」

 

「うーん。静葉が決めていいよ」


 寒さと急いで八日見神社まで来た反動で、僕の心臓が悲鳴をあげていた、遊びを決めているどころではなく、静葉に今日何をするかを決めてもらうことにしてもらった。


「うーん、何にしようかなぁ」


 静葉は、顎に手を当て必死に何にしようか考えていた。最近、静葉に決めてもらうと最近はいつもこれだ、何かあるのか少し心配に思った。僕は、ふと思った、言ってはいけない質問を口にしてしまった。


「今日、うち来ない?……外も寒いし、うちに来たら……他の遊びとかできるよ?」


 表面張力で今にも溢れ出しそうだった言葉が、つい、つい少し溢れてしまい、それがきっかけに一気に言ってしまった。


「本当!でもなぁ……」


 前に何度か誘ったことがあった、その時々で、何か理由をつけられて申し訳なさそうに断られてしまっている。もう、誘わないと決めていたが、ついポロッと言ってしまってしまった。

 けれど、今日の静葉はいつもとは違い、八日見神社の方を少し、後ろめたそうに見てから僕の方に向き直って言った。


「い、いいよ。聡のお家行ってみたい!」


「ざん。えっ!本当に」


 僕は、いつものように残念と言いそうになりかけた。静葉が言ったことを改めて考えなおした時、冬の寒さが吹き飛ぶくらい嬉しさが込み上げてきた。それと同時に、どうして静葉が今日は僕の家に来られるのか不思議に思った。聞こうと思うが、その疑問は静葉に投げかけられることはなかった。これを、聞いてしまったら静葉が家に来れなくなってしまう気がした。


「静葉、今日お母さんがショコクス作ってるんだ」


「しょこくすって何?お料理?」


 僕は、話題を変えるために、今日お母さんが作ると言っていたショコクスの話を出した。


「ねぇ、聡。しょこくすって何?」


「ショコクスっていうのは、メレンゲをチョコで包んだやつだよ」


 僕は、静葉にショコクスについた簡単に教えてあげた。静葉は、チョコとメレンゲのことを知らないような顔でいる。


「……ごめん、聡。私、ちょこ、だったっけ?それ、わからないんだ」


 案の定、知らなかったようだ。この前も、ジュースってなに、と言われてとても驚いたが、今回はそれほど驚かなかった。それで、静葉に丁寧にチョコについて教えてあげる。


「えっ、チョコ知らないの。チョコは、茶色で甘い口に入れると溶けるお菓子だよ。カカオの実から出来てるんだ。じゃあ、メレンゲは知ってる?」


「うーん。知らない」


 静葉は、首を横に勢いよく振る。


「ま、メレンゲは、白いやつで、うーん。何に例えたらいいのかな……。雲?雪?みたいな感じのかな?」


 メレンゲを説明するのに苦戦しながら、なんとか手で大きさを表したり、何か別のものに例えたりと頑張って静葉に伝えた。真剣に聞いている静葉は、どんなイメージをしているのかなとおもいながも、僕は説明を続けた。


「聡って物知りだね」


 えへへと楽しそうに笑う、いつもと変わらない静葉が、関心したように手袋をつけた手で拍手する。そんないつもの調子で静葉に、ショコクスについて説明していると僕の家に着いた。


六年後のある日。


 二礼二拍手一礼。


 俺は、八日見神社に参拝をした。


 手を合わして、必死に何かを願おうとするが、決してその願いは出てこなかった。


 小さい頃はよく八日見神社に、初詣に来た覚えがある。誰かに、八日見神社で神社 の参拝の仕方を教わった。誰に教えてもらったのか、思い出そうと思っても濃霧の中を彷徨っているようで、思い出せない。

 

 参拝をしたら、俺は何か大切なものを思い出せる気がして、参拝してみたけれど、そんな都合のいいのとは早々起こらなかった。

 

 ふと後ろが気になった。


 誰か、女の子が笑っているように思い、振り向くが誰かいるわけもなく、もの寂しげな神社の風景だった。



六年前のある日。



「ここが、聡のお家?」


「うん、そうだよ」


 静葉は、いつもよりテンションが高く嬉しそうに見えた。僕もそんな静葉を見て、何だか嬉しくなってきた。


「静葉、体についてる雪落として」


「うん、わかった」


 僕は、静葉の背中についてる雪を雪を落としてから、僕も自分の服に着いた雪を払い落とした。


 鍵のかかっていない玄関のドアを開くと、部屋の暖かさと共に甘い柔らかそうな香りが漂ってきた。


「ただいま、お母さん」


「おじゃまします」


 僕は、家に入るとドアを閉めた。閉まるドアが重く冷たく感じた。静葉は、いつもより元気いっぱいだ。


「あら、こんにちは。あなたが静葉ちゃんね」


「こんにちは!」


 お母さんは、リビングから出て来ると静葉に挨拶をした。静葉元気よく挨拶を返しニコリと笑った。

 僕と静葉は、靴を脱いで手を洗いリビングに入っていった。


「わぁ!ここが聡のお家の中なんだ」


 静葉は、とてもはしゃいでいた。僕は、そんなにうちに来たかった早く遊びに来たらよかったのにと思った。


「聡ぃ、何して遊ぶ?」


「うーん、何しようか、ゲームとかかな」


「げーむって何?」


「えっと……」


「まぁいいや!げーむしよう」


 僕は、格闘系のテレビゲームの準備をして、静葉にゲームのコントローラを渡した。


「すごい!これ、どうするの」


 ワクワクと体を揺らす静葉は、テレビの前に座り上目遣いで僕を見る。


「えっと、このボタンが攻撃で、これでテレビに映るキャラクターを操作するよ」


「うーん。難しそうだね」


「一回やってみようか」


「うん!」


 ある程度の、操作方法を教えてから一回やってみることにした。何回かやっているうちに、静葉はみるみる強くなり、僕でもなかなか成功しない技を軽々のやってのけてしまった。すごいなと思いながらも、負けないように奮闘していると、


「そろそろ、おやつにしない?」


 お母さんが、おやつを出してくれた。おやつは、お母さん特製のショコクスだった。


「はーい、母さん。静葉、そろそろおやつにしよう」


「うん!」


 静葉は、これがショコクスかと言った具合に、目を丸くしながら興味しんしんだ。僕は、ゲームを片して先に座ってもらっている、静葉の席の隣に座った。


「どうぞ、召し上がれ静葉ちゃん」


「「いただきます」」


 僕はホワイトチョコレートのショコクスを、静葉は僕のことを真似てか、ホワイトのチョコレートのショコクスを取った。

 ショコクスを口に入れようとした時、


ポトン


 床に落ちた、茶色のチョコレートのショコクス。


 僕の隣から静葉が突然消えた。

 

 床に落ちたショコクスは、チョコが砕け散りメレンゲが中から顔を出していた。


「あら、聡、ショコクス落としちゃいけないじゃない」


「え、静葉がいたじゃん」


「何のこと?……しずはって誰のこ?」


「一時間前に女の子を家に連れてきたじゃん」


 お母さんは、まるで静葉が家に来ていないかのような口ぶりだった。僕は、お母さんに問い詰める。


「本当に、静葉を知らないの?」


「だから、知らないって言っているでしょ」


 お母さんは、声を荒げ静葉のことを知らないと僕に言った。

 その時、


「聡、楽しかったよ」


 微かに、静葉の声が聞こえた気がした。僕は、急いで八日見神社に行かないといけない気がして、急いで靴を履き外へ出た。静葉が脱いだ靴も家の外の雪にも一人の足跡しかなかった。静葉が家に来た痕跡は何もなかった。


 僕は、重いドアを押し開けて真冬の外へと飛び出した。



六年後のある日。



 俺は、何かを求めてここへやってきた?その何かがわからない。あと少しで、手がかかるようなところにある気がする。その答えは、僕の手の届きそうなところで、うまく逃げていってしまった。



六年前のある日。



「静葉。おーい、静葉」


 僕は、静葉を探すため家を出て八日見神社に向かっているところだ。やはり、家に来た時に出来た足跡は、僕のだけで、静葉の足跡はなかった。

 僕は、山道を進んでいくにつれ静、女の子の存在が疑わしくなってきた。本当に、女の子がいたのか自分でもわからなくなってきた。


「おーい?」


 僕は、誰を探しているんだ?


 混乱するなかとうとう、八日見神社に着いた。いつもよりも神秘的で重々しく見える八日見神社の鳥居。


「貴方ですか、私の娘を人界まで連れ出したのは」


 僕が八日見神社にいくと、そこには綺麗な着物姿の女の人が立っていた。凛としたその女性は、美しい銀鈴のような声で言った。


「貴方、まだ静葉の記憶が僅かばかりか残っているようね」


「しずは?、静葉……。静葉!」


「貴方には、関係のないことよ」


「静葉はどこに……」


「忘却の彼方へ」


 女の人が何かを呟くと、僕の静葉との記憶が雪が積もりあたり一面白くなった秩父の景色のように、何もかも白く消えていってしまった。



六年後のある日。



 ここへ何かを求めて来たが、何もわからなかった。

 僕は、八日見神社にもう一度手を合わせて深く頭を下げた。

 胸いっぱいに深呼吸してから八日見神社を目に焼き付けるように、見て鳥居をくぐった。


 紅い鳥居を通った時、僕の頬は濡れていて、女性の声がどこか遠くで聞こえた気がした。

読んでくださりありがとうございます!

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