偽装婚約、してください
「……いろいろと、複雑な話みたいだね。いいよ、少し場所を移動しよう」
ジゼルの真剣な態度を汲み取ってくれたらしく、エヴァリストはそう言って歩き出す。
そのため、ジゼルはマリーズと顔を合わせてこっそりと笑い合った。
(やっぱり、私の勘は外れていなかった)
いや、これは勘とも言えないものなのだろう。一度目の時間軸のジゼルを気にかけてくれた数少ない存在。そんな彼だから、ジゼルは彼に懸けたいと思った。それだけだ。
その後、ジゼルがエヴァリストに連れてこられたのは王城にある中庭だった。彼はそこで仕事をしていた使用人たちを払い、ジゼルとマリーズを招き入れる。
「そこに座って」
エヴァリストがベンチの端に腰掛ける。彼に視線はもう片方の端に注がれている。……どうやら、ジゼルと少しでも離れたいらしい。
「はい」
しかし、それに文句は抱かない。そもそも、こちらはお願いをしに来たのだ。彼の機嫌を取るのは当然だし、身分だって年齢だって彼の方が上なのだ。
ジゼルがベンチに腰掛けたのを見て、マリーズがジゼルのすぐそばに控える。
「……そこの侍女には、聞かれていい話か?」
ちらりと視線をマリーズに向け、エヴァリストがそう問いかけてくる。そのため、ジゼルはこくんと首を縦に振った。
「彼女には、このお話はすでにしておりますので」
胸に手を当ててそう言えば、エヴァリストは「そうか」とだけ返事をくれた。素っ気ないけれど、返事をくれるだけまだマシというものである。
「で、話は?」
彼は長い脚を組んでそう尋ねてきた。なので、ジゼルは一度目の時間軸のことを『予知夢』として話す。もちろん、これはマリーズにしたものと全く同じだ。
「……というわけでして、私はバティスト殿下と婚約しとうございません」
五分ほど話をした後、そう締めくくる。
すると、エヴァリストは「ふぅん」と声を上げた。……半信半疑ということだろう。やはりというべきか、くだらないと蹴り飛ばすようなことはなかった。
「そう。……けれど、それを信じろっていうのは無理な話だ」
「承知しております」
「そもそも、あの甥はわがままで自分勝手だけれど、そこまで愚かだとは思いたくない」
エヴァリストがゆるゆると首を横に振りながら、そういう。
彼の言っていることもある意味正しい。身内が殺人の手引きをした。しかも、元婚約者を殺すなんて。考えたくもないことだろうから。
「それに、まずどうしてジゼル嬢はその話を俺にしたんだ? そこから気になるな」
エヴァリストは視線をジゼルに向けることなく、そう続けた。
なので、ジゼルは彼をちらりと見つめる。淡い紫色の髪。鋭いけれど、美しい漆黒色の目。顔のパーツの一つ一つが完璧な位置に配置されており、背丈を含め体格も素晴らしい。それに、何よりも。彼の身分は王弟である。つまり、この国で国王と王太子の次に偉い存在。
(利用するのは、心苦しいけれど)
まだ少し、割り切れていない部分は強い。でも、しっかりと割り切らなくては。自分自身に、ジゼルはそう言い聞かせた。
「……私は、エヴァリスト殿下ならばこのお話をくだらない予知夢だと蹴り飛ばさないと、思いました」
「そっか。だけどさ、俺とジゼル嬢、大してかかわりがないよね?」
「はい」
一度目の時間軸で割と気にかけてくれました、なんて口が裂けても言えるわけがない。
そんなことを思いつつ、ジゼルは彼のことをまっすぐに見つめる。そうすれば、彼の視線もジゼルに向く。
「でも、今の私は藁にも縋る思いなのです。あんな目に絶対に遭いたくないのです」
膝の上でぎゅっと手を握る。
それに気が付いてか、エヴァリストは「ふぅ」と息を吐いていた。
「じゃあさ、俺に何が出来るんだ? ジゼル嬢の手助けなんて、俺にはできないけれど」
「……できます」
「俺が甥にジゼル嬢を婚約者に選ぶのは止めた方が良いって、言うのか? 言っちゃあなんだけれど、あいつは俺の言うことなんて聞きもしないよ」
やれやれとばかりにエヴァリストがそういう。それも、承知の上だ。彼は自分の両親の言うことでさえ、聞きもしない部分がある。
「だから、俺に出来ることは――」
「――私と偽装婚約、してください」
エヴァリストの言葉を遮って、ジゼルは声を上げた。普通ならば不敬だと言われる。わかっている。わかっているけれど……今は、彼を説得するのに時間をかけたかった。
「……はぁ?」
エヴァリストが素っ頓狂な声を上げ、呆れたような表情を崩す。
それも、重々承知の上だ。
「エヴァリスト殿下に口添えしていただいても、バティスト殿下は聞いてくださいません。それに、私の両親も絶対に納得してくれません。なので、私は考えました。……バティスト殿下と釣り合うような身分の方と、偽装婚約できないか、と」
彼の目をまっすぐに見つめて、ジゼルはそう言い切った。
そんなジゼルを見て、エヴァリストはぽかんと口を開けていた。
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