悪い状況
いつもそうですが、更新が遅くなってすみません……。はい。
「わかったわ。……マリーズ、行きましょう」
マリーズに声をかければ、彼女も頷いてくれた。
ギャスパルに手を引かれて、マリーズ、ジゼルの順番で馬車を降りる。
「では、くれぐれも殿下によろしくお願いいたします。……御武運を」
まるで戦にでも送り出されるみたいだ。そう思うジゼルを他所に、ギャスパルは素早く運転席に戻り、馬車を走らせた。
その機敏な動きは、商人というよりは騎士のようだと思う。
「もうすっかり、夜も更けているわね」
そりゃそうだ。父が戻ってきたのは、夕食の頃合いの少し前だった。
それから気絶して、目覚めて。きっとかなりの時間が経っている。
「そうでございますね。……なんと言いますか、夜になると不気味と言いますか」
ぽつりとマリーズがそう零す。確かに王城の裏手は何処か不気味だ。夜会のときはそうは思わなかったものの、やはり人の声があるのとないのとではここまで違うのか……。
(五分ほどと、言っていたけれど)
ギャスパルの言葉を思い出しつつ、ジゼルはそっと歩く。
木々が風に吹かれてざわざわと音を鳴らす。無意識のうちに、息を呑んでしまう。
(マリーズがいてくれて、よかったわ。一人だったら、怖くてたまらなかった)
そんなことを思いつつ、ジゼルが足を進めれば、ふと明かりの漏れている部屋を見つけた。
そちらに近づいてみる。その近くの窓の鍵が、開いていた。
「……ここ、かしら」
エヴァリストが指定したのは、この場所だろうか。
きょろきょろとジゼルが周囲を見渡していれば、明かりが漏れていた部屋の扉が開く。
慌てて身を隠して、その人物を窺う。
(ギオだわ……)
そこにいたのは、ギオだった。彼は辺りを見渡して、なにかを探しているようだ。
……考えた末に、窓をたたいてみる。ギオが驚いてこちらに駆けてきてくれた。
「ジゼルさま」
「ごめんなさい。こんな夜更けに」
「いえ、殿下から聞いております。どうぞ、こちらに」
ギオが手を出してくれるので、ジゼルはそれを掴んでなんとか窓枠を乗り越えた。
淑女たるものこんなことをしていいのか……という気持ちはある。が、命が懸かっている以上、とやかく言われる所以はない。
「殿下は少し席を外しております」
「そう、なのですか」
「はい。そろそろ戻ってくると思われますので、執務室にてお待ちください」
彼のその言葉に、頷く。ギオはマリーズのことも引き上げて、先ほどから明かりの漏れている部屋へと案内してくれた。
「お茶をお淹れいたします。……お疲れでしょうから」
「……えぇ」
ソファーに腰掛けたジゼルの肩に、ギオが毛布をかけてくれる。彼がここまで至れり尽くせるなのはちょっと不気味だが、大方エヴァリストの指示を受けて行動しているのだろう。それは、容易に想像がついた。
「……エヴァリストさまは、今どこに?」
部屋の隅でお茶を淹れているギオに向かって、尋ねてみる。ギオはなんてことない風に「陛下の元でございます」と答えをくれた。
「……なんでも、真剣な話があるとか、なんとか」
ギオの言葉はしりすぼみだ。彼も詳しいことは知らないのだろう。
「俺は、ここに残ってジゼルさまを待つようにと命じられました」
「……そう」
「……大変でございましたね」
少し戸惑ったような声で、ギオがねぎらいの言葉をくれた。ジゼルは不安を打ち消すように、毛布を握りしめた。
「一体なにがなんなのか、私にはわからないの……」
ぽつりとそう零すとほぼ同時に、ギオがこちらにやってくる。
トレーの上に載せた紅茶を目の前のテーブルに置いて、「どうぞ」と言ってくれた。
「……さようでございますね。俺も、殿下から詳しいことは聞いておりませんので、なんとも言えないのですが」
「は、い」
「ただ、あまりいい状況ではないと、おっしゃっておりました」
目を伏せたギオの言葉に、ごくりと息を呑んだ。
「でも、悪いことばかりではないとも、おっしゃっておりました」
「……え」
が、ジゼルからすればそれは意外なことだった。
その言葉の意味を問おうとしたとき、執務室の扉が開く。姿を見せたのは、ほかでもないエヴァリストだった。
「ジゼル、たどり着いていたようで、よかった」
エヴァリストが開口一番にそう言って、扉を閉めた。
「……エヴァリストさま」
「……なんとか間に合ったみたいで、安心した」
彼がほっと胸をなでおろして、ジゼルの真ん前のソファーに腰掛けた。
ギオが素早く移動していく。大方、エヴァリストの分のお茶を淹れに行くのだろう。
「そ、その、エヴァリストさま。……私、どうなっているのか」
しどろもどろになりつつ、ジゼルはここまでにあった出来事を口にする。
何処かまとまりのない言葉。話はあっちこっちに行ったり来たり。その状態では上手く分からないだろうに、エヴァリストは口を挟むことなく聞いてくれる。
「そう。……侯爵夫人が」
エヴァリストが一番に食いついたのは、ナデージュのことについてだった。彼の様子から見て、彼自身もまさかナデージュが助けてくれるとは思わなかったのだろう。
「……まぁ、あの脅しが効いたといえば、効いたのか」
彼は淡々とそう言う。……さりげなく脅しと言ったことについては、気が付いていないふりをすることにした。
引き続きよろしくお願いいたします。




