好きなの? 嫌いなの?
ギリギリ3月中に投稿できました……!
今回から第5章です。第1部としてはエピローグの第6章で終わりですので、クライマックスには近づいております(n*´ω`*n)
ジゼルがエルヴェシウス侯爵邸に戻ると、幸いにも父は出掛けていた。母は相変わらず部屋に引きこもっているようであり、その点は心配ないと言える。
(ともなれば、お父様が戻ってこられてからが大変ね……)
頭の片隅でそう思いつつ、ジゼルは私室に足を踏み入れた。マリーズが、ジゼルの斜め後ろを歩く。
「お嬢様。お疲れでしょうし、お茶をお淹れしますね」
「えぇ、お願い」
マリーズの厚意をありがたく受け取りつつ、ジゼルはソファーに腰掛けた。
そして、目を閉じて今後のことを考えてみる。
(エヴァリスト様と一緒に、戦うわ。……もう、死ぬのは嫌だもの)
未だに、あのときのことは夢に見る。そのたびに飛び起きて、夢だと気が付いて安堵する。ナイトドレスは寝汗でびっしょりで、その日はそのまま寝付けないこともあった。
「過去と、決別するべきなのよね」
小さくそう呟く。そうして、手のひらをぎゅっと握った。
「私は、一人じゃない」
自分に言い聞かせるように、そう言葉を零した。
そのとき、不意に私室の扉がノックされる。その音にジゼルが顔を上げれば、返事をするよりも前に扉が開いた。
驚いて、声を上げようとする。でも、それよりも早くにその人物は「ジゼル」とその名前を口にした。
「……お母様」
そこには、あの日から部屋に引きこもってばかりになっていたジゼルの母、ナデージュがいた。
彼女は何処かやつれたような顔つきをしている。挙句、普段はきれいに結い上げられている茶色の長い髪は、ぼさぼさ。その赤色の目の下には、ひどい隈がある。
……追い返すことは、出来そうになかった。
「ジゼル、少し、お話をしましょう」
そう声をかけられて、本当は拒否したかった。
だって、彼女はナデージュ・エルヴェシウスなのだから。ジゼルを道具としか思わない人なのだから……。
なのに、今のナデージュを追い返すことはやっぱりできなかった。そのため、ジゼルはこくんと首を縦に振る。
「五分だけ、です」
小さな声でそう言えば、ナデージュはこくんと首を縦に振ってジゼルの対面のソファーに腰を下ろした。
そのとき、お茶を淹れに別室に移っていたマリーズが、戻ってくる。そして、目を大きく見開いていた。
「……ごめんなさい、マリーズ。少し、お母様とお話がしたいわ」
「……かしこまりました」
勘のいい侍女であるマリーズは、ぺこりと頭を下げてジゼルの私室を出て行った。
ただし、なにかがあってはいけないと、部屋の側にはいてくれるはずだ。それがわかるほどに、ジゼルはマリーズに信頼を寄せていた。
マリーズが出て行けば、またナデージュと二人きりになる。自身の心臓がバクバクと大きく音を鳴らしているのが、わかってしまった。
(ダメよ、落ち着きなさい。……焦っては、ダメよ)
まだ、大丈夫。呼吸を整えて、ナデージュに向き合う。
でも、彼女の顔を見ると心臓がバクバクと大きく音を鳴らしてしまった。……冷や汗が、背中を伝う。
「ジゼル、あなたは……」
「は、い」
「エヴァリスト殿下を、どう思っているの?」
けれど、かけられた言葉は意外なもので。ジゼルは目をぱちぱちと瞬かせてしまう。
そんなジゼルを見ても、ナデージュはなにも言わない。ただ静かに、ジゼルの返答を待っている。
「……どう、とは」
「そのままの意味よ。……あなたは、エヴァリスト殿下のことが好きなのか、嫌いなのか。それを、聞いているの」
彼女がまっすぐにジゼルを見つめてくる。
あぁ、一体、いつぶりだろうか。場違いだとわかっていても、心の中でそう思う。
だって、それほどまでに久しいはずだから。こうやって、母と娘、二人で真剣に話しをするのは。
「エヴァリスト様は、私にとって恩人です」
「……そう」
「彼は、私のことを守ってくださいます。……わがままも、叶えてくださいます」
両親はジゼルのことを守ってくれなかった。わがままも叶えてくれなかった。
だけど、エヴァリストは違う。守ってくれる。ちょっとしたわがままも叶えてくれる。
なによりも。ジゼルのことを大切にしてくれる。
「私は、彼が好きです」
「……なにが、あっても?」
まるで試すような問いかけだった。ナデージュの目が、ジゼルを射貫く。
自然とごくりと息を呑んで、それでも言葉を紡ぐ。
「はい。私は、エヴァリスト様をお慕いしております」
はっきりと「好き」と言って、後から少し恥ずかしくなった。視線を下に向ければ、ナデージュが「そう」と呟いたのが耳に届く。
「……あなたは、エヴァリスト殿下と婚約してから、変わってしまったわ」
本当のところ、そうではない。が、それを言うのはダメだとわかっている。
なので、こくんと首を縦に振った。
「今まで、わたくしにも、旦那様にも。逆らわなかったわ。それなのに、どうして」
「――そこに、私の幸せがないからです」
ナデージュの疑問に、なんのためらいもなく言葉を返した。彼女が、顔を上げた。
「私の人生は私のものです。……お父様や、お母様のものじゃない」
「……ジゼル、でもね」
「お父様やお母様は、私の幸せを望んでいるわけでは、ありませんよね?」




