絡み合う思惑(エヴァリスト視点)
◇
空はすっかりと黒に染まって、星々が瞬いている時間帯となる。
エヴァリストの私室のカーテンをさっと閉めたギオが、エヴァリストを見つめてくる。
「殿下。……お言葉ですが、あまりエルヴェシウス侯爵家の人間を刺激しないほうがいいかと」
彼が淡々とそう言ってくる。その声には、ほんのりとした心配の色が宿っている。
ほかの人間からすれば、気が付けるものじゃない。ただ、エヴァリストだから気が付ける。それだけの些細な変化。
「あの家の人間は、なにをなさるか見当もつきません。つまり、殿下の身にも危険が――」
「俺が危険にさらされることは、ないと思うよ」
ソファーの背もたれにもたれかかって、そう呟く。
「エルヴェシウス侯爵夫妻に、そこまでの度胸はない」
「……どうして、そう言い切れるのでしょうか?」
「だって、俺が夫人のほうを脅したから」
ジゼルと偽装婚約をしたばかりの頃。エヴァリストは、わざわざジゼルをエルヴェシウス侯爵邸まで迎えに行った。
彼女はきっと、それをエヴァリストの親切であり、心配からだと信じているのだろう。……実際は、少し違う。
「敵情視察って、大事だよね」
ぽつりとそう呟けば、ギオが露骨にため息をついたのがわかった。
「大体、殿下は軽率な行動が多すぎます。……合わせ、どうしてこうも上手く回るのですか」
あのときナデージュを脅したのは、単純に腹が立ったから。
けれど、あのときの行動も無駄じゃなかったと言える。……ただ、問題があるとすれば。
「侯爵のほうは、まだどういう風に行動してくるか、分からない」
あの侯爵のことだ。目上の者には逆らおうとはしない。そのため、そこまで危険視しなかったのだが。
(バティストの後ろ盾があると思えば、行動に移す可能性は十分にある)
バティストがジゼルに求婚したということは、エルヴェシウス侯爵はこう判断する可能性がある。
――王太子の後ろ盾を手に入れた、と。
(それは何処までも勝手な想像だ。……バティストは他人の後ろ盾になるような人間じゃない)
彼には王太子という身分、現国王夫妻の息子という権力がある。が、それは結局脆いものだ。
それに、バティストはかなり薄情だ。利用できなくなれば、あっさりと捨ててしまう。間違いない。
「バティストには、現国王夫妻の息子っていう権力がある」
小さくそう呟けば、ギオがこちらを見た。言葉を続ける。
「あと、王太子っていう身分がある」
「それが、どうされたのですか?」
「さて、脆いのはなんだろうね」
ギオの目を見て、そう問いかけてみる。……ギオは少し迷ったそぶりを見せつつも、しばらくして「後者、ですかね」と言った。
「王太子という身分は、割とあっさりと崩れ落ちます。他国でも、身勝手な行動をして立場を奪われた王太子は多数おります」
「……半分正解」
彼の回答は正しい。ただし、百点満点とは言えないものだ。
「ギオ、アイツの立場は、アイツが思うよりも軽くて、儚いんだよ。後者だけじゃない前者だって、簡単に消えちゃう」
「……は?」
ギオは、意味がわからないような声を上げていた。そりゃそうだ。
国王夫妻の息子という肩書は、なにがあってもなくなるようなものじゃない。
「実際の兄は、小心者なんだ」
エヴァリストは知っている。自分の兄の本質を。
「面倒ごとはさっさと切り捨てるよね。……多分、王太子という身分をはく奪するだけじゃあ、済まないだろうね」
自分の立場を危うくするものは。たとえ、息子であろうと。
「……始末、するかも」
国王がバティストを甘やかす理由は。
優秀な息子だったから。それだけだろう。
「さすがにあの陛下でも――」
「……ま、そう思うよね」
エヴァリストだって、そこまで考えたくはない。でも、確たる証拠が出てくる可能性だってある。
そうなったときのための、覚悟は今から決めておく必要があるだろう。
「この国が荒れるのも、時間の問題だ。……俺は、自分のできることをするけどね」
天井から吊るされた灯りを見つめて、エヴァリストはそう呟く。
……出来ること、やりたいこと。事なかれ主義には、縁遠いことだったはずなのに。
(俺のことをここまで変えたんだから、ジゼルにもいろいろと覚悟を決めてもらわなきゃなんだよ)
エヴァリストにとって、ジゼルという人物は。
偽装の婚約者で――共犯者。それが、一番しっくりとくる言葉だろうか。
「ま、ギオはエルヴェシウス侯爵夫妻の動向を探って、教えてね」
「……殿下は、人使いが荒い」
「給金はアップしてあげる」
「そういうことじゃ、ないんですけど」
不満そうなギオの声を聞きつつ、頬杖を突く。
さて、先に動くのは――どちらなのか。そこは、現状定かじゃない。
次回から第5章です。
一応第1部は6章で終わる予定なので、あと少し……。
引き続きどうぞよろしくお願いいたします……!




