一緒に地獄に堕ちてもいい
お、お、お久しぶりです……覚えていらっしゃる方、いらっしゃいますかね……?
お待たせしてしまいましたが、最新話です。はい。
その言葉に、ジゼルは息を呑んだ。
(損得勘定なしに、私が、したいことは――)
そんな風に問いかけられたら、言えることなんて一つじゃないか。
(今まで、私はバティスト殿下のため、両親のため。その一心で、生きてきた)
そこにジゼル自身の気持ちなんて、ちっとも必要じゃなかった。
だから、自分の気持ちは押し殺した。周囲に必要とされる自分自身を演じてきた。……感情なんて、伴っていない。
「……わた、しは」
ゆっくりと口を開く。エヴァリストがジゼルの顔を見つめている。そのきれいな目に、いっそ吸い込まれてしまったら。
こんな悩み、抱かなくて済むのに、なんて。
(なんて、思っても意味がないわ。……私は、このお人のお側に居たい)
優しいのに何処か寂しげで、計算高いのにちょっぴり臆病。
ジゼルの幸せを誰よりも望んでくれて、誰よりも気持ちに寄り添ってくれる。
楽なほうへと流されるのならば、エヴァリストの手を振り払うのが、正しい。
(でも、そんなの私の意思じゃない。……私は、私はっ!)
自分の気持ちを再確認し、ジゼルはエヴァリストを見つめた。その目をまっすぐに見つめて、口を開く。
「――私は、エヴァリスト様と一緒に居たい」
もう、迷わない。
彼の側に居たい。その自分の気持ちを尊重する。押し殺してきた自分が、報われるように。
「……そっか」
エヴァリストが口元を歪めたのがわかった。少し意地の悪そうな笑みでさえ、彼にかかれば魅力の一つだ。
「私は、もう、両親のためには生きたりしない」
「……うん」
「自分の気持ちを押し殺して、生きるのは嫌なんです」
ぎゅっと手のひらを握る。自分の気持ちを口にするのは難しいことだと思っていた。だから、してこなかったのに。
――エヴァリストに対してだったら、簡単に自分の気持ちを吐露出来る。
「両親にも、バティスト殿下にも、伝えたいんです」
「……うん」
「――あなたたちのための私は、もう居ないって」
彼らのために生きて、一度死んだ。幸か不幸か時間が戻って、またジゼル・エルヴェシウスとしてここにいる。
それは奇跡なのか、はたまたなにかの手違いなのか。それはわからない。
(けど、夢でもいい。現実でもいい。……今は、それよりもこのお人と一緒に居たい)
強い意思を込めた目で、エヴァリストを見つめる。……彼が、声を上げて笑い始める。
「いいよ。……その意気だよ、ジゼル」
「……エヴァリスト様」
「はぁ、こうなったら俺もそろそろ本気でやらなくちゃねぇ」
彼の言葉に、目を瞬かせた。……本気でって。
「俺は、決めたよ。……ジゼルと一緒に、やってやろうって」
「……あの」
「他国ではね、死んだ際に行く場所は二つあるって言われている」
しかし、一体彼はいきなりなにを言っているのだろうか。
ぽかんとして彼を見つめれば、彼は大きく肩を回した。
「いいことをした人間は天国へ。悪いことをした人間は地獄へと行くって、言われてるんだって」
「……はい」
「俺は、ジゼルとだったら地獄に堕ちたっていいよ」
エヴァリストの手が、ジゼルの頬を挟み込んだ。そのままムニムニと揉まれて、なんだかいたたまれなくなる。
「――俺と一緒に。……地獄に、堕ちようか」
その言葉は、一度聞いただけでは悪いことのように思える。誰だって地獄になんて堕ちたくない。
だけど、ジゼルには彼の言葉の意味がわかった。
(エヴァリスト様は、地獄の果てだったとしても、私についてきてくださる……)
それは一種の愛情であり、執着なのだろう。
その気持ちを怖いと感じるか、嬉しいと感じるか。それは人それぞれ。
少なくとも、ジゼルは――後者だ。
「はい。……私も、エヴァリスト様と地獄に堕ちます」
今までぎこちなくしか動かなかった表情筋が、動いた。
心の底からの笑みを浮かべて、エヴァリストを見つめる。彼が、一瞬だけぽかんとしたのがわかってしまう。
「……いいね、ジゼルは、笑った顔が最高に可愛いよ」
「っつ」
かといって、いきなりそんな言葉をぶつけられたら……もう、どうすればいいかわからないじゃないか。
「今から行うことで、全部がきれいに片付くわけじゃない。……だけど、ある程度は片づけてあげる」
「……エヴァリスト、さま」
「その代わりと言っちゃあなんだけれど、俺、今欲しいものがあるんだよね」
彼の言葉の真意が、今度は読めなかった。
「それは……」
「報酬みたいなものだと考えて。……ジゼルにしか、用意できないものだから」
そんなもの、あるのだろうか?
一瞬そう思ったが、今は頷くほうがいい。その一心で、ジゼルは頷いた。
「――私、エヴァリスト様のために、頑張ります」
と。
ちょっといろいろありまして、リハビリ的な意味でも新作始めております。
『エリート同期が令嬢姿の私に一目惚れ!? 今更正体明かせないんですけれど……』
というお話です。こちらとは全然違うラブコメですが、よろしければどうぞ。作者ページから飛べますんで……!




