頼って、ください
ギリギリ間に合ってほっとしております……(´・ω・`)
エヴァリストは比較的警戒心が強い。王族として育った以上、それは仕方がないことなのだろう。
けれど、今のエヴァリストはとても無防備に見えた。
「……エヴァリスト様」
そっと彼の肩に触れて、ジゼルが名前を呼ぶ。しかし、彼は起きる気配がない。
彼の顔を覗き込めば、彼の目の下にはひどい隈があった。それを見た瞬間、ジゼルの心が痛んだ。
……自分と会わない間に、彼はどうしていたのだろうか。
欲深くも、それを知りたいと思ってしまう。
「私、弱いですか?」
彼の寝顔にそう問いかける。
「私、エヴァリスト様が頼れないほど、か弱い人間ですか?」
確かにバティストのことなどを考えると、自分は頼りない女性だと思う。それに、エヴァリストとはかなり年齢が離れている。どうしても、頼れない。そういう気持ちだって、ジゼルは重々理解していた。
「でも、私、守ってもらってばっかりは嫌なのです。エヴァリスト様のお力に、なりたいのです」
きっと、彼はジゼルじゃ想像もできないほどに、重苦しいものを背負っている。
それは、ジゼルにも薄々分かっていた。彼がずっと笑顔なのは、それを隠すため。周囲を気遣うのは、自分のほうに深入りさせないため。人と一線を引くのは……自分に深くかかわってほしくないから。
「確かに私たちは所詮偽装の婚約者かもしれません。……でも、今の間は、どうか、エヴァリスト様の婚約者として、側においていただけませんか?」
ジゼルの口が自然とそんな言葉を紡いだ。
今だけでいい。今だけ――どうか、彼の側に置いておいてほしい。
いつかは別れる関係だ。それくらい百も承知の上だし、彼から円満な関係の解消を求められたら、応じるつもりだ。
けれど、やっぱり。今だけは――。
「私のこと、ほんの少しでいいので、頼ってください」
彼の抱えた重荷を、ほんの少しでも取り除く手伝いが出来たならば――なんて、思い上がりもいいところなのだろう。
そう思いつつ、ジゼルは苦笑を浮かべた。
「なんて、言っても無駄ですよね。申し訳ございません、忘れてください」
ずっと他者の言いなりだった。その結果、味方などおらず、ずっと孤独だった。寂しかった。辛かった。
そんな心の闇に、エヴァリストだけが気が付いてくれた。……だから、今度は――エヴァリストの役に、ジゼルが立ちたかった。
そう考えていたとき。ふと、エヴァリストの目が開く。
「……ギオ?」
彼がジゼルを見て、別の人物の名前を呼ぶ。だからこそ、ジゼルは身を引いた。寝顔を見ていたなんて言ったら、ドン引きされてしまうだろうから。
「……いいえ」
だけど、一応訂正しておこう。後で、ギオが八つ当たりに遭う可能性がゼロじゃないから。
心の中でそう思いつつジゼルがゆるゆると首を横に振れば、エヴァリストがソファーから起き上がって伸びをする。
彼のぼんやりとした目が、ジゼルを射貫いた。
「……ジゼル」
どうやら彼は側に居た人物がジゼルであると気が付いたらしい。その唇がジゼルの名前を呼んだ。
「……はい」
しんと静まる空間の中、ジゼルは背筋を正す。エヴァリストは、少し乱れた髪の毛を整えつつ、気まずそうに視線を逸らした。
「ちょっと、頼りないところ見せて、ごめんね」
彼が肩をすくめてそう言ってくる。
「ここのところよく眠れなくて。だから、時間の有効活用だって思って、仕事に打ち込んでた」
「……そう、なのですか」
「今日、ジゼルが来るんだったらきちんと起きてたんだけれどな……」
苦笑を浮かべた彼が、ジゼルの顔を見つめてくる。……何だろうか。何となく、今日の彼はおかしい。
(なんていうか、すべてをあきらめたような……?)
まるですべてをあきらめてしまったかのような目を、しているような気がした。
「ジゼル。悪いけれど、俺、もうちょっと仕事がしたいから。……別室で待っててくれる?」
彼がソファーから下りながら、そう言ってくる。……普段のジゼルならば、頷いただろう。
でも、頷けなかった。
「……無理です」
首を横に振って、はっきりとそう告げる。すると、エヴァリストの目が大きく見開かれた。
「今のエヴァリスト様を、お一人にしたくありません」
はっきりとジゼルがそう告げる。だって、彼が――今にも消えてしまいそうな表情をしているから。
「……どうして、そんなことを言うの?」
彼の声に確かなとげがこもった。それに気が付きつつも、ジゼルは気が付かないフリをする。
「エヴァリスト様のことを、孤独にしたくないからです」
しっかりと、彼の目を見てそう言い切った。
「エヴァリスト様は、今、とても辛そうな目をされています。眠れないのも、きっとその所為だと思うのです」
こんな風に深入りするなんて、今までの自分じゃあり得なかったことだ。
それを理解しつつも、ジゼルはエヴァリストに自分の気持ちを訴える。
「私が頼りになるかは、わかりません。それに、こんな年下の娘に頼るなんて、嫌かもしれません。ですが、お話くらいは聞けます」
「……ジゼル」
「どうか、私のことを頼ってください。それが、私があなたさまに出来る唯一の恩返しなのです」
どうぞ、引き続きよろしくお願いいたします……!




