不思議な感情(エヴァリスト視点)
◇
ジゼルをエルヴェシウス侯爵家の屋敷に送り届け、エヴァリストは王城に戻ってきた。
そろそろ解散になりそうなパーティーを他所目に、王族の居住スペースへと向かう。
その途中、いたたまれない表情を浮かべたギオと鉢合わせる
「……悪かった」
彼の隣をすり抜ける際、彼の肩を軽くたたいてエヴァリストはそう声をかける。
すると、ギオの目が大きく見開かれた。それに気が付かないふりをして、彼の隣を通り抜けようとする。しかし、ギオが振り返ったので。……仕方がなく、エヴァリストも振り返った。
「殿下……」
「さっきは、悪かった。……本当にギオとジゼルの仲を疑ったわけではないんだよ」
肩をすくめながらそう言うと、ギオがほっと胸をなでおろしたのがわかった。
(……ギオと俺の付き合いは長い。だけど、まだまだ知らないことがあるんだろうな)
心の中でそう思いつつ、エヴァリストはジゼルの言葉を思い出した。
……ギオとしっかりと向き合った方がいい。
彼女ははっきりとそう言っていた。その言葉が、胸の中にとげとなって突き刺さっているような感覚だ。
「……ギオ、少し付き合ってくれ」
だからこそ、エヴァリストはギオにそう告げてみる。そうすれば、彼は目をぱちぱちと瞬かせる。エヴァリストに負けず劣らずの美形である彼のその間抜け面は、令嬢たちがこぞって見たいものなのだろう。
そう思ったら、微かに面白い。
「殿下?」
「少し、込み入った話がしたい。……そうだな。この後、俺の私室に来てくれ」
それだけを告げて足を前に進める。ギオはしばし間を置いた後「はい」と返事をくれた。
その後、すたすたと何のためらいもなく王城にある私室に向かう。王城にあるエヴァリストの私室は、お世辞にも広いとは言えない。いや、世間一般的に見れば広いのだろう。単に、王族が住まう部屋としては広くないと言うだけだ。
(……はぁ)
とりあえず、パーティー用の正装から着替えようとクローゼットを開ける。エヴァリストは人に世話をされることがあまり好きではない。自分一人で出来ることは、一人で行う主義だ。もちろん、使用人の仕事を奪わない程度に、ではあるが。
(……ジゼルの、言う通りなのかもね)
ギオと自分の関係を、ジゼルは素早く見抜いていた。
二人の間に、歪な分厚い壁があることに、彼女はしっかりと気が付いていたのだ。
それすなわち、彼女がそれほどまでに人を見ているということ。……嬉しい、はずなのに。
(ギオと二人でいるのを見たら、むしゃくしゃしたなぁ)
ジゼルがギオに手を伸ばそうとしていたのを見て、柄にもなく妬ましい気持ちが芽生えた。もちろん、ギオに対してだ。
ジゼルはいつも控えめな態度だ。エヴァリストに対しても何処となく一線を引いているようであり、踏み込んでは来てくれない。
そんなジゼルが、ギオに手を伸ばしていた。……焦るなという方が、無理だったのかもしれない。
「だけど、俺とジゼルは偽装の婚約者。……いつまでも一緒にいられる関係じゃない」
エヴァリストがジゼルのことを利用しているように。ジゼルもエヴァリストを利用しているだけなのだ。
自分は煩わしい女性から逃げるために。ジゼルは、バティストと婚約しないで済むように。そんな、関係。
(とはいっても、バティストはジゼルに執着しているみたいだし、易々とはいきそうにないけれどね)
素早く着替えを済ませ、戸棚を開ける。そこにあるのはきれいなグラス。それから、隣の棚を開けてワインを取り出す。
……こっそりと飲むために、常用していた。
「ギオは、酒に弱いけれど今日くらいは良いだろ」
そう呟いて、グラスを二つ取り出した。
(そういや、ジゼルはどんな酒が好みかな? 今度会ったら、聞いてみようか)
無意識のうちにそう思ってしまって、その考えを慌てて振り払う。……これじゃあ、本当に深入りしたいみたいじゃないか。
「……なんて、もう自分の気持ちを誤魔化せない気もするけれど」
多分、いや、間違いなく。エヴァリストはジゼルに何かしらの執着の感情を抱いているのだ。
それが妹に向ける感情なのか、はたまた恋慕にも似たものなのか。そこだけははっきりとはしないが、間違いなく――執着じみた感情を、彼女に向けている。
「……ジゼルと、離れた方がよさそうだな」
もしも、このままの関係が続けば――自分は、間違いなくジゼルを手放せなくなってしまう。
それがわかるからこそ、しばらく距離を置こう。そう思うのに――どうしてか、それさえ嫌だと思ってしまった。
彼女の楽しそうな、嬉しそうな。そんな感情を見たいと思ってしまう。……悲しい感情なんて、必要ない。
そんな風に思っていれば、部屋の扉がノックされた。返事をすれば、扉が開いてギオが顔を見せる。
なので、エヴァリストは笑った。
「今日は、付き合ってくれるよね?」
逃げ道をふさぐように、はっきりとそう告げた。
次回更新は多分金曜日です。ちょっと私の体調が安定しないので、飛ぶ可能性もありますが……。
次回から第4章になります。引き続きよろしくお願いいたします。




