伯爵令嬢キトリー・ルモワーヌ
※本日2話目の更新です。
パーティーホールに戻れば、そこではバティストが無数の令嬢に囲まれていた。
彼女たちは一様に頬を染め、バティストの婚約者の座を射止めようと頑張っている。
(……きっと、以前の私もあんな風だったのよね)
令嬢たちを見つめながら、ジゼルは冷めた心でそう思ってしまった。
バティストの婚約者の座を射止めようと、必死だった。頬を染めていたかはわからないが、少なくとも群がっていたのには間違いない。
「ジゼル。……何か飲む?」
「……え?」
「喉、渇いた頃かと思って」
エヴァリストがそう声をかけてくる。……確かに、喉はカラカラだった。
これはきっと、バティストと対面したからだろう。
「す、少し……」
どうにも気まずくて、エヴァリストからそっと視線を逸らす。そうすれば、彼はジゼルと絡めた腕を解く。
何故か、一抹の寂しさが胸を支配した。
「じゃあ、取ってくるね。……ここら辺で、待ってて」
「ぁ……はい」
それだけを言って、エヴァリストが何処かに歩いていく。
彼のその後ろ姿を見つめつつ、ジゼルは「ふぅ」と息を吐いた。
……何故なのだろうか。バティストと対面してから、心がおかしいような気がしてしまう。
(私は、エヴァリスト様をどう思っているの……?)
それが、はっきりとしなくなってきた。ナデージュから守ってくれた。バティストからも守ってくれた。悲しい感情を見せてくれた。怒りの感情を見せてくれた。
少なくとも、偽装の婚約者に見せる態度や感情じゃない。
(……好きに、なってはいけないの)
胸元でぎゅっと手を握りしめながら、ジゼルは自分自身にそう言い聞かせる。
けれど――どうしようもなく、胸が苦しい。
(私は、どうすれば――)
そう思って俯いていたときだった。不意に誰かがジゼルの肩にぶつかってくる。驚いてそちらに視線を向ければ――そこには、ジゼルの知った顔の人物が、いた。
「……あら、ジゼル様ではありませんか」
彼女はにっこりと笑って、口元を緩める。
しかし、その目の奥に宿った感情はとてもではないが好意的には見えない。
可憐な容貌をした彼女のことを、ジゼルはよく知っていた。……忘れない。忘れるわけがない。
「……キトリー、さま」
ジゼルからバティストを奪った張本人を、忘れられるわけがない。
「そういえば、ご婚約されたそうですね。おめでとうございます」
ジゼルがキトリーの出方を窺っていると、彼女は嬉しそうに手をパンっとたたいてそう言う。
その瞬間、彼女の周囲に花が散ったように見えてしまうのは、きっと気のせいではない。
「わたくし、てっきりジゼル様もバティスト殿下をお狙いなのかと思っておりましたわ……」
キトリーがジゼルに囁くようにそう告げてくる。……これは、挑発なのだろう。
「ですが、エヴァリスト殿下狙いでしたのね。……とってもお似合いだと、わたくしは思いますわ」
腹の底が見えないような声音だった。まるで、面白がるように。ジゼルの出方を窺うように。
そういう彼女は――ひどく、歪だった。
「けれど、ジゼル様。お気をつけてくださいませ。この世は嫉妬まみれです。もしかしたら、あなたさまとエヴァリスト殿下の仲を引き裂こうとする輩がいらっしゃるかもしれません」
目線を下げ、自らの顔の角度を調整しつつ、キトリーはそんな言葉を発した。
……それは、彼女自身を言い表しているのか。はたまた――バティストのことを言い表わしているのか。
それは、定かではない。
「どうぞ、今後ともわたくしと仲良くしてくださると幸いですわっ!」
かと思えば、彼女はまるでスキップするかのような明るい声音で、バティストの方に足を向けた。ジゼルに興味を失ったかのように。
(仲良くした覚え、ないのだけれど……)
ジゼルにはそれが引っかかってしまったが、彼女に声をかける気にもならない。……というのも、彼女と話すこと自体に嫌悪感を覚えてしまうのだ。
それほどまでに、ジゼルはキトリーのことが嫌い……だったのかも、しれない。
続きは明後日……くらい、かなぁと思います。
また、こちらのIFストーリーの執筆を始めました。
シリーズから飛べますので、よろしければどうぞ(n*´ω`*n)
どうぞ、引き続きよろしくお願いいたします……!




