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仲睦まじい婚約者を、演じます 4

 その心臓の音を隠すかのように胸を押さえていれば、その手をほかでもないエヴァリストに取られた。


 彼のその目はジゼルを映している。……真剣な面持ちの彼は、大層素敵だ。


(どうして、そう思うの……?)


 感謝はしている。尊敬もしている。けれど、所詮はそれだけなのに――。


「ジゼル。……顔、赤いよ」


 もしもそうなのだとすれば、それは間違いなくエヴァリストの所為だ。


 心の中でそう思いつつ、ジゼルはプイっと顔を背ける。……しかし、何処となく彼の態度がおかしい。


(なんとなく、怒っていらっしゃるような……)


 そう思うとほぼ同時に、エヴァリストがジゼルの髪の毛を手で梳いた。きれいに整えられた髪の毛を少しだけ崩されたような気がして、ジゼルはエヴァリストを見上げる。


「バティストに言い寄られて、嬉しかったの?」

「……え?」


 彼は一体、何を言っているのだろうか。


(私、そんなこと思っていないわ……!)


 バティストに言い寄られて嬉しいなんて、これっぽっちも思っていない。それどころか、困惑して迷惑しているくらいなのだ。


「バティストに言い寄られて、ジゼルは嬉しかったんだよね。……だから、こんなにも顔を赤くしているんだ」


 ……違う。


 そう言いたいのに、彼の目があまりにも悲しそうな色を宿しているから。何も言えずに、ジゼルは口ごもる。


(そもそも、私の顔が赤いのだとすれば、それはエヴァリスト様の所為よ……!)


 ぎゅっと胸の前で手を握って、心の中でだけでそう零す。


 しかし、心の中の声なんて彼に聞こえるはずもない。ジゼルのその態度を、図星だと捉えたのだろうか。エヴァリストは「ふぅ」と息を吐く。まるで、手のかかる子供を前にしたような態度だった。


「まぁ、俺は別にいいけれどね。……ただ、悲しいだけだから」

「……え?」

「さっき、ジゼルはバティストの前で俺のことを愛しているって言ってくれた。……あれが、嘘だったのかなって」


 彼の端正な顔が、ジゼルの側に寄ってくる。


 けれど、ジゼルからすれば彼の言葉の意味がこれっぽっちも分からない。


(そもそも、私たちは相互利用の関係じゃない――!)


 それすなわち、この言葉が嘘でもおかしくはないということだ。


 エヴァリストだって、それくらいは理解しているだろうに。


「まぁ、別にいいよ。ジゼルがバティストの元に行くなら、俺は止めない。……こんな年上の男よりも、きっとジゼルを幸せにしてくれる」


 肩をすくめて、彼はそう言う。が、彼の目の奥には確かな怒りの感情が宿っているようであり、ジゼルの背筋がぞっとした。


「ち、違います!」


 その所為なのだろうか。先ほどまで声の出なかった、つっかえていた喉がいきなり動く。


「私は、バティスト殿下に言い寄られて嬉しいなんて思っておりません! そもそも、予知夢通りならば、バティスト殿下の所為で私は死んでしまいます!」


 ジゼルは自由に生きると決めた。バティストや両親の言いなりは止めて、今後は自分の意思で行動すると決めたのだ。


 エヴァリストはそんなジゼルを認めてくれる。バティストならば――そうは、いかない。


(そう、それだけなのよ)


 だから、この胸のときめきも、彼の顔に一々ドキドキするのも。無駄で、気のせいで。ただの好意を恋愛感情とはき違えているだけ。


「……じゃあ、どうして顔が赤いの?」

「そ、れは……」


 答えにくい。エヴァリストの所為で、顔を赤くしているなんて。そんなこと、当の本人に言えるわけがないじゃないか。


 そう思いジゼルが視線を下げていれば、エヴァリストは「やっぱり」と声をかけてきた。


「なんて、女々しいよね。……そもそも、俺とジゼルは相互利用の関係だ。……偽装の婚約者に、束縛なんてされたくないだろうし」


 彼の言葉は、正しい。ジゼルだって、偽装の婚約者に束縛なんてされたくない。されたくない、けれど――。


(エヴァリスト様だったら、不思議と嫌な感じはしないの)


 どうしてなのか、エヴァリストだったら束縛されても、苦しいと思わない。


 これがバティストならば、嫌悪感を抱いただろうに。それは一体、どうしてなのか――。


「わ、私はっ!」


 ジゼルがエヴァリストに自分の気持ちを伝えようとしたときだった。


 ふとパーティーホールから大きな音が鳴る。……どうやら、パーティーが始まってしまったらしい。


「……行こうか」

「は、ぃ」


 だから、ジゼルはエヴァリストに自分の不可解な気持ちを伝えることは、出来なかった。


 差し出された彼の手に自身の手を重ねて、パーティーホールへと戻っていく。


(しっかりと、伝えたい。だけど……)


 もしも、彼にとって迷惑になってしまったら――そんな想像をするだけで、ジゼルは背筋が凍えるようおな感覚に襲われる。


 その感覚の意味を、今のジゼルは――知らない。

本日は夜にもう一話更新予定です(n*´ω`*n)


どうぞ、引き続き「あないな」をよろしくお願いいたします……!

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