仲睦まじい婚約者を、演じます 3
(……な、に、この感覚……?)
まるで、強い感情を向けられたかのような。
さらには、それは純粋な好意ではない。純粋な嫌悪感でもない。
嫌悪と好意が、いやそこに憎悪のようなものを足したような。不思議な感情を向けられていた。
「……何が言いたいのでしょうか」
エヴァリストがそう声を上げ、バティストを睨みつけていた。
そんなエヴァリストに怯むことなく、バティストはじっとジゼルを見つめる。……その目が微かな執着心を孕んでいるように感じてしまい、ジゼルの背筋がぞわぞわとする。
(もしかして、バティスト殿下は――)
――私に、執着しているの?
今まで、彼はジゼルを嫌っていると思ってきた。だから、キトリーに心変わりをし、ジゼルとの婚約を解消したのだ。
けれど、そのうえで殺したともなると――やはり、強い感情を持っているということなのだろう。
その執着の前にある感情が何なのか、ジゼルには見当もつかない。もしかしたら『憎悪』なのかもしれない。ほとんどあり得ないだろうが、『好意』なのかもしれない。
少なくとも、今のジゼルにバティストの真意を知る方法はないのだ。
「いえいえ、叔父上とジゼル嬢の仲を引き裂こうとするほど、俺は愚かではありませんよ。……だって、引き裂くほどの仲も、ないでしょうから」
彼が肩をすくめて、そう言ってくる。
……それは、すなわち。
(バティスト殿下は、私とエヴァリスト様の婚約が偽装婚約だと知っていらっしゃるの……?)
その可能性が、浮上してくる。
「……あの、バティスト、殿下」
ゆっくりと、彼に声をかけた。すると、彼がジゼルに視線を向けてくる。……その目に映るのは、狼狽えたような自分の顔。
「私は、エヴァリスト様を愛しております。……なので、そういうことは、その」
最後の方の声は小さくなってしまった。
どう答えたらいいかがわからなくて、どう言えばいいかわからなくて。
それに、自分にそう言われてエヴァリストが迷惑する可能性まで考えてしまったら、素直に言えなかった。
(エヴァリスト様は、私の力になってくださっている。……相互利用の関係だけれど、それでもそれは間違いない)
ナデージュからジゼルを助けてくれたのは、エヴァリストだった。
彼には迷惑をかけたくない。かけることなんて出来ない。
そう思うからこそ声を上げられないでいれば、バティストの口元が歪んだのが見えた。
(あぁ、私は彼のこの顔が――)
――すごく、嫌いだ。
心の中でその気持ちを強めながら、隣に立つエヴァリストの顔を見上げる。美しい彼の顔は、何かを考え込んでいるようだ。
「――バティスト殿下」
その後、彼が静かに声を上げる。その声には何の感情も宿っておらず、ただ虚無といった雰囲気だった。
「お言葉ですが、俺はジゼルのことを愛しております。……そういう言葉は、慎んでいただければ、と」
「……へぇ」
「……それに、そろそろ婚約者を選ぶパーティーが始まります。……こんなところで時間を潰している暇は、ないのでは?」
確かにそれは間違いない。もうそろそろパーティーの始まりの時間だ。
……ようやく、バティストから解放されるのか。
そう思いほっと胸をなでおろしていれば、バティストがジゼルの方に一歩足を踏み出してくる。
「一つだけ言っておく。……俺は、婚約者なんて必要ない」
はっきりとした声音だった。それに驚いて彼の顔を見つめれば、彼の目はただまっすぐにジゼルだけを見つめている。
まるで、その目に映っていいのはジゼルだけだとでも、言いたげだ。
「俺はね、婚約者はジゼル嬢が良いんだ。……キミじゃないと、考えられないんだ」
「……は、ぃ?」
自分でも驚くほどジゼルの声は震えていた。バティストは今、なんと言ったのだろうか?
聞き間違いではなければ、今、彼は――。
(婚約者は、私じゃないとだめって……どういう、こと?)
バティストはジゼルを捨てた。だから、もう彼に尽くすのは止めようと思った。
――バティストのためのジゼル・エルヴェシウスは確かにいなくなったというのに。
「だから、俺は叔父上からジゼル嬢を奪います。……本日はここで一応あきらめておきますが、今後はそうはいきませんので」
バティストが部屋を出ていく。……その姿を見つめ、ジゼルは呆然としてしまった。
……側にいるエヴァリストさえも、こんがらがっているようだ。
(そうよ。……意味が、わからないわ)
ぎゅっと手のひらを握り、ジゼルは心の中でそう零してしまった。
だからなのだろうか。
「……ジゼル」
真剣な声音でエヴァリストに名前を呼ばれたとき、ふとドキッとしてしまったのは。
ハチャメチャ私情なのですが、先月の末から入院しておりました。
本日退院しましたので、またのびのびと更新していきます。
(4月の何処かでやり直し×ざまぁシリーズ週間をやりたいです。具体的には毎日一週間シリーズ全部更新……みたいな)




