喜んでほしいんだよ
「ジゼル。今日も、大層可愛らしいね」
それから数十分後。エヴァリストが迎えに来たという知らせを受け、ジゼルは玄関に足を向けた。
そして、エヴァリストはジゼルを見るなり開口一番にそう告げてきたのだ。
彼の目はにっこりと細められており、その所為かジゼルの心臓が高鳴ってしまう。
(本当に、罪なお方だわ……)
そりゃあ、こんなにも色気たっぷりの男性なのだ。周囲の女性たちは騒ぐだろうし、愛されたいと願うのだろう。ついでに言えば、婚約者になりたいと言い寄る者が多かったのも納得である。……彼が女性嫌いになるのにも、ある程度納得がいってしまった。
「……お褒めにあずかり、光栄です」
エヴァリストの言葉に、ジゼルはドレスの裾をちょんとつまんで一礼をすることで返事とした。
顔を上げれば、エヴァリストのきれいな目がジゼルを映している。
「そんなにかしこまらなくてもいいのにね」
「……いえ、礼儀、ですから」
ゆるゆると首を横に振ってそう伝えれば、エヴァリストはくすっと声を上げて笑う。
かと思えば、手を差し出してきた。……どうやら、エスコートしてくれるらしい。
「本日は、夫人はいらっしゃらないんだね」
「……えぇ、まぁ」
彼のその言葉にジゼルは肩をすくめる。
ナデージュはあの日以来、ずっと私室に閉じこもっているらしい。食事の席にも出てこず、食事はすべて私室に運ばせていると。時折癇癪を起こすような声も聞こえてくるということから、侍女やメイドたちは大層迷惑しているそうだ。
(って、こんなことエヴァリスト様にお伝えするようなことではないわね)
そう思ったので、ジゼルはナデージュの現状についてはエヴァリストに伝えなかった。
王家の家紋がついた馬車に乗り込み、椅子に腰かける。エヴァリストが乗り込めば、御者が扉を閉めてくれた。
それからしばらくして、馬車はゆっくりと走り始める。
「……ジゼル」
馬車が走り始めて少し経った頃。エヴァリストが不意に声をかけてくる。それに驚きつつ彼に視線を向ければ、彼はジゼルをじぃっと見つめているようだった。
「……実は、この間相談されていたことなんだけれどさ」
「えぇっと、どれでございましょうか?」
正直、ジゼルはエヴァリストに数多くの相談をしている。それゆえに、内容を伝えてくれないとどれのことなのかが全くわからないのだ。
そんなジゼルの言葉を聞いたエヴァリストに、特に機嫌を損ねた様子はない。
「教師の話だよ。……実は、一応探してみてさ。……数人見繕ったんだ」
「……まさか、こんなに早く見つかるなんて」
「うん、俺が頼めば一発だしね」
……それは、権力を振りかざしているのでは?
一瞬そう思ったが、彼らだって嫌ならば嫌だと言うだろう。それほどまでに、エヴァリストに人望があるということなのだ。……そうだ。そうに決まっている。
「だから、そろそろ見つかると思うよ。……最後は俺の方でどの人にするか選ぶから」
「……私が、それくらいは」
「いやいや、大切な婚約者に害をなさない奴を選ぶのは俺の役割だから」
彼は一体、何を言っているのだろうか?
ジゼルとエヴァリストは偽装婚約の関係のはずだ。……彼にとって、自分は女よけに過ぎないはずなのだ。
(本当に、何なのかしら……)
エヴァリストの言動に一々ドキドキさせられてしまう。もしも、彼がジゼルをからかっているだけならば――その目に、こんな真剣な色は宿さないはずなのだ。
「ただね、商売については……ちょっと、難しくてさ」
「そうなのでございますか?」
「うん。候補として見つけたのも一人だけだし、そこは確定っていうことになりそうだよ」
にっこりと笑ってエヴァリストがそう言ってくれる。
そもそも、貴族は領地経営は学ぶものの商売は学ばない生き物だ。それすなわち、それほど探すのが大変ということだ。それを、ジゼルは今更ながらに知ってしまう。
(……私、エヴァリスト様に無茶ぶりをしてしまっていたのね)
そう思って、反省する。
そんなジゼルを見たためなのだろうか。エヴァリストはくすくすと笑っていた。
「俺がしたくてやっているんだよ。……ジゼルに喜んでほしくて、やっているんだよ」
「……嘘、おっしゃらないで」
彼の言葉に、プイっと顔を背ける。彼は口が上手い。きっと、女性を口説く術も身に着けているのだろう。……使うかどうかは、別として。
「どうして信じてくれないのかな」
「……だって」
「偽装の婚約者同士だったとしてもさ。俺はジゼルのことが好きだよ」
エヴァリストは、なんてことない風にそう言ってくる。けれど、ジゼルは知っている。
(エヴァリスト様、今のは確実に私のことをからかわれただけだわ……)
彼の目が、面白そうな色を宿していることを。
次の更新は……多分、明後日です(o_ _)o))
どうぞ、引き続きよろしくお願いいたします……!




