決戦の日
それから、少しの時間が経ち。バティストの婚約者を選ぶためのパーティーの日が、やってきた。
(……けれど、やっぱり不安だわ……)
マリーズに髪の毛を編み込んでもらいながら、ジゼルは鏡台に映る自身の不安そうな表情を見つめる。
すでにドレスは身に纏っており、後は髪の毛を編み込み、アクセサリーを身に着けるだけとなった。
宝石箱から取り出された大ぶりのネックレスをつけ、耳元にはイアリングをあしらう。化粧を施されているためのなのか、今のジゼルは大層美しい。
(って、ダメよ、ダメ。こんな風に弱気になっていては……)
そうだ。今の自分はエヴァリストの婚約者。バティストの婚約者になることはないのだ。……九十九パーセントないと言っても、過言ではない。
その残った一パーセントだって、ないと言い切りたい。が、世の中には絶対はないのだ。それすなわち、絶対にバティストの婚約者に選ばれない……ということはない。
「切実に、絶対ないと言い切りたいけれど……」
ボソッとつぶやいた言葉に、反応する者はいない。マリーズは真剣にジゼルの髪の毛を編んでおり、それゆえに言葉が聞こえていないようだ。
ほかの侍女たちも入念にジゼルを着飾っている。侍女たちにとって仕える家の令嬢を着飾るのは一番の大仕事と言っても過言ではない。だからこそ、侍女たちに手を抜くという考えはないのだ。
それからジゼルが不安な時間を過ごしていると、マリーズが肩をポンっとたたいてくれる。どうやら、終わったらしい。
「お疲れ様でした」
マリーズがそう声をかけてくれるので、ジゼルはこくんと首を縦に振る。
その後、鏡台に映る自分をしっかりと見つめた。……可愛らしい、少女だ。やはり、十代というのは若くていい。
(なんて、まるで割と年を食ったみたいな考え方ね……)
そう思うものの、一度は二十代半ばまで生きたのだ。こう考えても仕方がないと思う。そう、自分自身に言い聞かせた。
「さて、エヴァリスト殿下がいらっしゃるまで、休憩してくださいませ」
「えぇ、そうさせてもらうわ」
ジゼルがそう言えば、側のサイドテーブルに紅茶が置かれる。その側には小さな焼き菓子が置かれており、とても美味しそうだと思ってしまう。が、食べるわけにはいかない。
そもそも、食べたい気持ちはやまやまでもコルセットがきつすぎて食べられないのだ。
「……食べたいなぁ」
その所為で、思わずそんな言葉を零してしまった。
そんなジゼルを見たためなのか、マリーズがくすっと声を上げて笑う。幸いにもほかの侍女はもうすでに退室しており、彼女と二人きりだ。それも尚更、ジゼルが油断した原因なのだろう。
「……そうですね。おかえりになるまで、置いておきましょうか?」
「いいの?」
「えぇ、構いません」
彼女のその提案が、とっても嬉しい。
だからこそジゼルはパンっと手をたたいて笑う。……こんな風にマリーズと会話できるようになって、ジゼルはとても楽しいのだ。
今までは侍女に恐れられてまともに会話もできなかったから。
「……しかし、お嬢様、お気を付けくださいませ」
ティーカップを手に取ると、ふとマリーズが真剣な面持ちでそう言葉を告げてくる。
そのため、ジゼルはそっと視線をカップの中の水面に視線を落とした。
「バティスト殿下の婚約者に選ばれる可能性は減ったとはいえ、ゼロではないのです」
「……わかっているわ」
実際、それは間違いない。
それがわかっているからこそ、ジゼルはこくんと首を縦に振った。
(そうよ。まだまだ、油断はできないの)
いくらエヴァリストが後ろ盾として自分についてくれているとしても、それだけで身を守れるわけがない。
後ろに盾があっても、横や前から狙われる可能性があるのだ。……そういう風に考えるのはちょっと違うかもしれないが。
「私、絶対に死にたくないわ。だから、バティスト殿下の婚約者にはならない」
「……お嬢様」
「今日、頑張ってくるわね」
不安そうに目の奥を揺らすマリーズの手を、カップを持っていない方の手でぎゅっと握りしめる。
マリーズの手はとても温かく、ジゼルの心を落ち着けていく。
「……はい。お嬢様が頑張るのならば、私も頑張ります」
「何を?」
「そりゃあ……ほら、何かを、です」
どうやら、マリーズは深く考えていなかったらしい。
彼女のその言葉に二人でくすっと笑い合い、時間を過ごす。
(こんな風に過ごせるなんて……神様って、本当にいたのね)
心の中でそう思いつつ、ジゼルはエヴァリストが迎えに来るまでの時間を、マリーズと過ごすのだった。
今回から第3章になります(n*´ω`*n)
どうぞ、引き続きよろしくお願いいたします……!(また、姉妹作品の方もよろしければ、よろしくお願いいたします……!)




