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今度は私を愛してくれるひとのために

「……え?」


 思わず驚愕の声がジゼルの口から零れた。


 慌てて起き上がれば、寝かされていた寝台は見覚えのあるものだ。


 さらに周囲を見渡せば、周囲にある家具も見覚えしかない。……ここは、ジゼルの自室である。


(私、生きていたの……?)


 そう思ったが、短剣はジゼルの身体に深く刺さっていた。それに、ジゼルがいたのは物置だ。早期発見は難しいと思われる。


 それすなわち――。


 一つの可能性が思い浮かび、ジゼルは寝台から下りて部屋にある姿見の前に立つ。


「……う、そ」


 そこにいたのは、一人の少女だった。女性ではない、少女である。


 見るからに十代後半に見えるその少女は、ジゼルで間違いない。しかもこの姿からするに、年齢は十六、十七といったところだろうか。


「どういうこと? 時間が、戻ったの?」


 それとも、あれはすべて夢だったのか……。


 そんな想像をして、ジゼルは眉を顰める。


(夢にしては、鮮明な悪夢だったわ)


 婚約者に蔑ろにされた挙句、最終的には婚約破棄。さらには家族には見限られ、元婚約者の寄越した刺客に刺殺された。


 ……二度とごめんな人生である。ジゼルはそう考え、ぎゅっと手のひらを握った。


(これが奇跡だったとしたら……素敵な軌跡ね)


 もしも、あれが予知夢だったとしても、素敵だとしか言いようがない。


 だって、今からの自分の道を示してくれたのだから。


 元々のジゼルは柔軟な頭をしている。冷徹だとか、頭が固いとか。周囲の人間はそうジゼルを言い表したが、それは両親の教育の所為だった。彼らはジゼルに淑女の中の淑女……という名のお人形になるようにと命令してきたのだ。


「もしも、あれが私の待ち受ける未来だとするのならば」


 まずやることはたった一つ。それこそ――王太子バティスト・ラ・フォルジュの婚約者にならないことである。


 もしも選ばれなければ、両親はとても怒るだろう。しかし、ジゼルはあの婚約の先にある未来を知ってしまった。ならば、わざわざ最悪な道に足を踏み入れる必要などない。


(私が婚約者に選ばれなければ、あの令嬢が選ばれるはずよ)


 バティストの心を奪っていたのは、とある伯爵令嬢だった。彼女はジゼルと最後まで彼の婚約者の座を争っていた人物だ。


 最終的にジゼルが選ばれたのは、ひとえに家柄が優れていたから。バティストの心は関係なかった。


「そうよ。……私は、両親の言いなりにはならない。バティスト殿下のための私も、もう居ない」


 バティストに愛されようと必死だった。彼を支えようと必死だった。


 しかし、最後は手酷い裏切りに遭った。ならば……やることはたった一つである。


(私は、自由奔放に、私の幸せを追い求めてやる。そして、今度は私を愛してくれる人のために生きたい)


 両親やバティストのためではない。ジゼルを慈しみ、心から愛してくれた人たち。彼や彼女たちのために生きよう。


 ジゼルがそう考えていれば、不意に部屋の扉がノックされた。慌てて返事をすると、そこには一人の侍女が立っていた。


「お嬢様。おはようございます」


 彼女は深い青色の髪をお団子にしている。そのおっとりとして見える目の色も、深い青。そんな彼女を見つめ、ジゼルはぼんやりと「マリーズ……?」と声をかけた。


「……お嬢様?」


 侍女――マリーズがきょとんとしたような目でジゼルを見つめてくる。そのため、ジゼルは慌てて首を横に振った。


「何でもないわ」


 誤魔化すようににっこりと笑い、ジゼルはマリーズを部屋に招き入れる。


(……マリーズがいるということは、やっぱり十七歳くらいなのかしら?)


 ぬるま湯で顔を洗いながら、ジゼルはそう考える。


 マリーズ・クヴルールがジゼルの専属侍女を務めていた期間は、決して長くない。十七から十八になるまでの大方一年間だけだ。


 というのも、マリーズはこの家の女主人、つまりはジゼルの母親に反抗的であり、クビになってしまったのだ。


(マリーズは、私のためにお母様に反抗してくれた。……なのに、クビになってしまったのよね)


 マリーズはジゼルがここまで苦しむ必要はないと言ってくれた。彼女はきっと、ジゼルのことを妹のように思っていたのだろう。


 だが、ジゼルの母親からすればマリーズは鬱陶しい存在だった。そのため、体よくクビにしたのだ。なんでも、窃盗の罪を押し付けたとか、なんとか……。


「お嬢様。お着替えと髪の毛を整えるお手伝いをさせていただきますね」


 ふんわりと笑って、マリーズがそう言ってくれる。なので、ジゼルはこくんと首を縦に振った。


「……そういえば、お嬢様」


 不意にマリーズが改まったように声をかけてくる。それに驚いて目を開けば、彼女は口元を緩めていた。


「もうじき、王太子殿下の婚約者を決めるパーティーが開かれますね」

「……え?」


 ちょっと待て。今、彼女はなんと言っただろうか?


「ま、マリーズ、今、なんと言ったの……?」

「え? 王太子殿下の婚約者を決めるパーティーが、一週間後に開かれますね、と……」


 彼女はきょとんとしている。


 が、ジゼルからすればあり得ない。だって。


(あと一週間しかないの!?)


 バティストとの婚約する日まで――あと一週間程度しかない。それは、ジゼルにとって驚き以上に絶望を抱く真実だった。

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