どうぞ、お嬢様
そう思っていれば、エヴァリストの手がジゼルから離れていく。
それに多少の悲しさを覚えていれば、エヴァリストの笑い声が頭の上から降ってきた。
(……笑われるなんて、失礼なお方)
心の中でそう思い、ジゼルはむっとしてしまう。けれど、エヴァリストは笑うのをやめてくれない。だからこそ、ジゼルは軽く頬を膨らませた。
思えば、こういう風に感情を露わにするのは物心ついてから初めてかもしれない。小さな頃から、ジゼルは感情を殺して生きてきた。
……こんな自分に、価値はあるのだろうか?
「それでいいんだよ」
かけられた言葉は、まるでジゼルの心の中に芽生えた疑問に対する答えのようだった。
エヴァリストはそう言うと、ジゼルに微笑みかけてくる。その微笑みの美しさは、きっと王国一の美女にも勝るだろう。
「ジゼルは、感情を表に出した方が良い。そっちの方が、可愛らしいからね」
「……なっ」
突拍子もなく褒められて、ジゼルの頬に熱が溜まっていく。
……この人は、恥ずかしげもなくこんなことを言う。その所為で、ジゼルはたじたじになってしまう。たじたじになることしか、出来ない。
「照れてるの?」
「そ、んな、ことっ!」
褒められるのに慣れていないから、どうしてもこうなってしまう。さらに言えば、男性に免疫がない所為で、余計に。
些細な抵抗として彼からそっと視線を逸らせば、彼が喉を鳴らしてまた笑う。
「感情を表に出したら、ジゼルの魅力は天井知らずだよ」
「……冗談、を」
淑女たるもの、感情を表に出してはならない。両親はジゼルに厳しくそう言い聞かせてきた。
ジゼルはそれを守ってきた。守ることが、両親に愛される第一の条件だったから。
だけど、両親に縛られる人生はもう終わりにすると決めたのだ。今後は、エヴァリストの言うとおりに感情を表に出して生きていこう。そう、思ってしまう。
「わ、私……」
エヴァリストの手首をつかんで、俯く。
咄嗟に彼の手首をつかんだものの、どういう風に声をかければいいかがわからない。
そう思い視線を彷徨わせていれば、ジゼルの手をエヴァリストが振り払う。かと思えば、今度は彼がジゼルの手首をつかんだ。
「何が言いたいのかは知らないけれど、ちょっと散歩でもしようか。せっかくの格好だし、ほかの人の反応も見たいでしょ?」
「……いい……はい」
正直なところ、エヴァリストにだけ見てもらえればよかった。しかし、彼のその好意を無下にすることは出来なかった。
そのため、ジゼルはこくんと首を縦に振る。
「……バティストは、どう思うかな」
不意に耳に届いたエヴァリストの言葉。その言葉に、ジゼルは驚く。
「バティスト殿下が、どうかなさいましたか?」
どうして、そこでバティストが出てくるのだ。
そんな疑問を抱き、ジゼルがきょとんとすればエヴァリストはジゼルをまっすぐに見つめてくる。
「いいや、俺の婚約者がこんなにもきれいだって知ったら、あいつはどれだけ悔しがるかなって、思っただけだよ」
エヴァリストはそう言うが、そんなことないだろう。だって、バティストはジゼルを蔑ろにし続けた。挙句、ジゼルを殺したのだ。
たとえ時間軸が変わっていたとしても、バティストがジゼルに惚れることなど天地がひっくり返ってもないだろうに。
「そんなこと、ないですよ」
肩をすくめてそう伝える。でも、ジゼルのその言葉を聞いてエヴァリストは笑った。
「そんなことがあるんだよ」
彼はなんてことない風にそう言う。そして、ジゼルの手首を離すと手を差し出してくる。
「どうぞ、お嬢様。……エスコートしましょう」
エヴァリストのその仕草に、ジゼルの頬に一気に熱が溜まっていく。何故だ。どうしてだ。先ほどまで女性やお針子に散々「お嬢様」と言われていたのに。マリーズにも言われているのに。
(エヴァリスト様がおっしゃると、まるで別の言葉見たい……)
彼が言うと、まるで甘ったるい言葉にも聞こえてしまうのだから、エヴァリストの魅力は計り知れない。
「は、はい……」
少し戸惑いがちに、彼の手に自身の手を重ねる。
もしも、もしも。あの一度目の時間軸で、エヴァリストに「助けて」と言っていたならば。
(何かが、変わったのかしら……?)
後悔したところで先には立たないというのに。
あのとき、エヴァリストに助けを求めていたら――何かが変わったのかな、なんて思ってしまうのだ。
エヴァリストに手を引かれて、応接間を出て行く。
すると、使用人たちの視線が一気にジゼルに注がれた。
(うぅ、こんな、視線、慣れないわっ……!)
その視線がいたたまれなくて、ジゼルは視線を下げてしまった。
更新しました。どうぞ、引き続きよろしくお願いいたします……!
また、今週の金曜日にこちらの作品と同じテーマの作品、『関係の改善は、望みませんので、』の投稿を予約しております(o_ _)o))
よろしければ、そちらもよろしくお願いいたします……! ちなみに18時に予約しております。
どうぞ、引き続きよろしくお願いいたします……!