やっぱり、嫌いじゃない
それからしばらくして、ジゼルの準備が終わる。
髪の毛は軽く編み込まれており、深い紫色のドレスはとても煌びやかだ。せっかくだからと髪の毛には大ぶりの髪飾りを飾った。
ぼうっと自身を姿見で見つめていると、お針子の一人が「とてもよく、お似合いですわ」と褒めてくれる。
だからこそ、ジゼルはそっと視線を下に向けた。やっぱり、褒められるのはなれない。
(……こんな風に褒めてくれるのは、嬉しいわ)
心の底からの褒め言葉など、今まで数えるほどしかかけられていないはずだ。
その所為で、ジゼルは軽く頬を染める。その姿に、お針子たちが嬉しそうに頷いていた。
「エヴァリスト殿下も、きっと褒めてくださいますわ」
それは、分からないけれど。
心の中のその気持ちを押し殺し、ジゼルはこくんと首を縦に振る。
その後、お針子たちと他愛もない話をしていれば応接間の扉がノックされた。
慌ててジゼルが背筋を正せば、応接間の扉が開きエヴァリストが顔を見せる。
「……」
無言で、エヴァリストと見つめ合うような空間となった。
ジゼルはどう声をかけたらいいかがわからずに、黙り込む。エヴァリストは、一体何を考えているのだろうか。ただ、ジゼルを見つめてその場に硬直していた。
「……エヴァリスト殿下」
女性が、エヴァリストに声をかける。すると、エヴァリストはハッとしたようにいつものような笑みを浮かべた。
その笑みは何処となくぎこちなく、ジゼルの胸の中で何かが騒いだような気がした。
(もしかして、似合っていないのかしら……?)
お針子や女性は褒めてくれたが、それは所詮社交辞令だったのかもしれない。
それに、エヴァリストの側には煌びやかな女性が多数群がっていた。ジゼルくらいでは……見劣りするのかも。その可能性に今更ながらに気が付き、ジゼルは恥ずかしくなる。
(私、思いあがっていたのかも……)
こんな風に周囲が扱ってくれるから。思いあがっていたのかもしれない。
「……も、申し訳、ございません」
だから、ジゼルは慌ててエヴァリストに頭を下げた。その際に、長い茶色の髪がふわりと波打つ。
「わ、私、思いあがっていました。……その、エヴァリスト様が褒めてくださるかも、なんて……その」
自分たちは所詮偽装の婚約関係なのだ。相思相愛の婚約者ではない。……褒めるとか、褒められるとか。そういう関係ではないのだ。
それを、思い出した。
「……お嬢様」
女性が悲しそうな声を上げる。その後、彼女はエヴァリストに視線を向けていた。……エヴァリストは、何かを考え込むように視線を下に向けている。
「……悪いけれど、ジゼルと二人きりにしてくれるか?」
エヴァリストがそう声を上げた。女性やお針子は少しためらっていたものの、エヴァリストの命令には従うことにしたらしい。
こくんと首を縦に振って、順番に応接間を出て行く。最後の一人が、扉をぱたんと閉めた音が、応接間の中にこだましたような気がした。
「ジゼル」
ただ俯き、下唇を噛むジゼルに対し、エヴァリストが声をかけてくる。
それに驚いてジゼルが彼の顔を見上げれば、彼は少し気まずそうな表情を浮かべていた。こんな表情、ジゼルは間違いなく初めて見る。一度目のときでさえ、見たことがない。
「悪いね。……その」
「……はい」
「褒めるとか、慣れてないから。どうしても、硬直しちゃった」
エヴァリストが少しだけ口元を緩めながらそう言ってくれた。その言葉に、ジゼルは目をぱちぱちと瞬かせることしか出来ない。
「……あのさ」
「は、はい」
「ジゼルは、可愛いんだよ」
彼が自然とそんな言葉を紡ぎ出す。そのためか、ジゼルの目が今度は大きく見開いた。
「だから、そんな今にも泣きそうな顔をしないの」
「な、泣いてなんて……!」
「泣きそうな顔だよ。……お人形さんみたいな令嬢だって聞いていたけれど、本当に全然違う」
なんてことない風にエヴァリストがそう言って、ジゼルの髪の毛を撫でてくれた。その手つきがとても優しくて、ジゼルは心地よさそうに目を細めた。
「……なんだか、猫みたいだ」
「……褒めてないです」
「褒めているんだよ。……俺は、猫が割と好きだし」
そうはいっても、女性に猫みたいだといって褒める人間が何処にいる。まぁ、猫が可愛らしいのは認めるけれど。
「それに、さ」
エヴァリストの手が、自然とジゼルの髪飾りに伸びる。そのきれいな指が髪飾りに優しく触れた。
「ジゼルには紫色がとてもよく似合っているよ」
彼の目がまっすぐにジゼルを見つめて、そう言ってくる。彼のその美しい漆黒色の目が、ジゼルたった一人だけを映している。
(……私、このお方のこと、嫌いじゃない)
一度目の彼とは違うと、ちょっとした違和感を覚えていた。だけど、どんなことがあっても。
ジゼルはきっと――彼のことが嫌いじゃない。まぁ、そんなこと今更なのかもしれないけれど。
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