褒められることには、耐性がないんです
それに気が付き、ジゼルはドレスを調整する女性に視線を向ける。
けれど、彼女はにっこりと笑うだけである。ジゼルの考えを知っているであろうに、どうして教えてくれないのか。
(……私が自分の意見を口に出すことを、望んでいるのかしら?)
今までのジゼルは、お人形のような存在だった。両親に言われるがままに行動し、自分の意思など滅多に口にしない。
エヴァリストに偽装婚約してほしいと言ったのが、物心ついてから初めてのわがままだったかと思えるくらいだ。
「……ねぇ」
だが、今までの自分とは別れる。そう決めたからなのか、口は自然とそう紡いでいた。
女性がジゼルに視線を向ける。その目を見つめ、ジゼルはほんの少し震える唇を開く。
「……ドレスは、一着だけでいいのではないの?」
何着も調整するとなると、予算がかかってしまう。
予算がかかるということは、エヴァリストに迷惑をかけてしまうということだ。
彼にわがままを言って偽装婚約してもらっている以上、彼に迷惑をかけることは避けたい。
「いえいえ、エヴァリスト殿下にできればたくさんドレスを用意してあげてほしいと言われておりますので」
「……え?」
「あと、お金に関しては何も気にしなくていいとも、おっしゃっておりましたよ」
ニコニコと笑って女性がそう言葉を紡ぐ。
その目には嘘などちっとも映っていない。
(エヴァリスト様は、そんなことをおっしゃったのね……)
こんなこと、偽装の婚約者にすることではないと思う。
彼はジゼルのわがままをすべて許容するつもりなのではないだろうか、と思ってしまうほどだ。
「なので、お嬢様はお気になさらずに。ドレスに関して仕立て終わりましたら邸宅に送りますからね」
どうやら、彼女はドレスの調整を続けるつもりらしい。
(これは、甘えた方がいいのよ、ね?)
男性からの贈り物を無下にすることは、ダメなことだ。バティストはジゼルに贈り物など滅多にしてくれなかったが、そういう知識だけは持っていた。だからこそ、ジゼルは言われるがままにドレスを着ていく。
そして、約二時間後。ようやくすべてのドレスの調整が終わり、ジゼルはくたくたになっていた。
実家でこういうことをするのは慣れているが、さすがに王城でするのは初めてだ。慣れない場所で二時間ももみくちゃにされると、疲れるのは間違いない。
「では、これでおしまいですね」
お針子の一人がそう言って手をパンっとたたく。
その音を聞いて、ジゼルはほっと息を吐いた。
ようやく、終われる。その気持ちだけが、胸を支配する。
しかし、女性がきらきらとした目でジゼルを見つめてきた。……あ、なんだか嫌な予感が――。
「どうせですし、エヴァリスト殿下に見ていただきましょうか」
「……えぇっと」
「そうですわ。それがよろしいですわ!」
「で、でも……」
女性やお針子たちの言葉にジゼルが戸惑っていれば、女性は顔をぐっと近づけてくる。彼女のきらきらとした目に映る自分の顔は、とても困惑していた。
「もちろん、全部とは言いませんわ。一着だけでも……」
ジゼルの戸惑いを感じてか、女性の声が少し控えめになる。……こんなことを言われると、悪いことをしているみたいじゃないか。
胸の中に芽生えた罪悪感から、ジゼルはこくんと首を縦に振ってしまう。
「け、けれど、一着だけ、一着だけよ……!?」
慌ててそう言葉を付け足す。ここにある全部ともなれば、十着近くになってしまう。こんな量を着せ替えられ、ファッションショーになるのは避けたい。そもそも、エヴァリストに迷惑だ。
(あのお方は、とてもお忙しいのだもの)
そんな彼が、自分のために時間を割いてくれている。
それを実感したからなのか、ジゼルの胸がぽかぽかと温かくなった。
「承知しておりますよ。どちらがよろしいですか?」
「……じゃ、じゃあ、これ」
ジゼルが手に取ったのは、深い紫色のドレスだった。どうして手に取ったのかはわからない。ただ、きれいだと思った。それだけ……のはずである。
「かしこまりました。……お前は着付けを手伝いなさい。お前は、エヴァリスト殿下をお呼びしてきて」
女性がてきぱきと指示を出して、お針子たちを動かしていく。
その光景を鏡越しに見つめながら、ジゼルはぼうっとしていた。
「どうせですし、髪の毛も少々弄りましょうか。……編み込みとか、どうですか?」
「……いいわね」
社交の場に出るとき以外、髪の毛を編み込むことはほとんどない。
でも、何故だろうか。女性の言葉を聞いていると、それも悪くないなと思えてくる。
「お嬢様の髪の毛はとてもきれいですねぇ……」
ジゼルの髪の毛を櫛で梳きながら、お針子の一人がそう声をかけてきた。
だから、ジゼルは俯きがちにこくんと首を縦に振る。……貶されることはあっても、心の底からの褒め言葉には耐性がない。
(エヴァリスト様は、どう思ってくださるかしら……?)
不思議だ。バティスト相手にだったら、こんな気持ちは抱かなかったのに。
心の中で、ジゼルはそんなことを思ってしまった。
タイトルにもある通り、ありがたいことにこちらの作品の書籍化・コミカライズが決定しました(n*´ω`*n)
これもすべて応援してくださる皆さまのおかげです! ある程度のことは活動報告にまとめております。
では、今後ともよろしくお願いいたします……!
(現状出版社・レーベル・発売時期などの情報は公表しておりません。こちらは許可が出次第公表していきます)