真意がわからない
そう思いつつ、ジゼルはエヴァリストに手を引かれて場を移動した。
エヴァリストの言う通り、王城の一室には数多くのドレスが飾ってあった。お針子やデザイナーも待機しており、ジゼルは大きく目を見開く。
「……えぇっと」
少しためらいがちにジゼルが眉を下げれば、エヴァリストが淡々と声を上げる。
「この女性が俺の婚約者のジゼル・エルヴェシウスだ。……よろしく頼む」
エヴァリストがそう言うと、一人の女性がジゼルの方に近づいてきた。彼女は四十代半ばくらいに見える。黒色の髪をお団子にしており、その服装は動きやすそうなものだ。
「お嬢様。本日はよろしくお願いいたします」
女性がそう頭を下げると、ほかの女性たちも頭を下げる。
その光景に少し戸惑ってしまうが、女性に手を引かれ室内の奥へと連れていかれると、そんなこともうどうでもよかった。
というのも、室内の奥には飾ってあるものよりも数段煌びやかなドレスが数着置かれていたのだ。
「……こちらは?」
飾ってあるドレスとは少々違う雰囲気に見える。布地も普通のものよりも高価に見えるし、何よりも色が大人しい。
未婚の娘は割と派手なドレスを着るのが主流である。それは、婚活のためのもの。目立つことで、良縁を手に入れようとするこの王国の伝統のようなものだ。
しかし、ここに置いてあるのは赤色は赤色でも、少しシックな色合いだ。青色のものもあるが、こちらもこちらで少々大人しい色合いをしている。
「こちらは、エヴァリスト殿下に命じられて用意したものでございます」
女性の言葉に驚いてジゼルが扉の前に立つエヴァリストに視線を注ぐ。そうすれば、彼は「じゃ」と言って手を挙げて応接間を出て行ってしまった。……回答をもらっていない。
「あの」
困ったように眉を下げて、ジゼルはもう一度女性に向き直る。
すると、彼女はころころと笑っていた。彼女は少々きつめの顔立ちではあるものの、笑うと幼さが表れるようだ。
「エヴァリスト殿下曰く、お嬢様に目立つ色はもう必要ないということでございます」
「……えぇっと」
「ですが、一応嫌がられては困るということで派手めの色合いのものも準備しているということでございます」
……それすなわち、エヴァリストはジゼルに婚活する必要はないと言っているのだ。
自分たちは所詮、偽装の婚約者という関係なのに。
(あのお方の考えていることが、分からないわ……)
そう思い、ジゼルはゆるゆると首を横に振る。未婚の女性でも、婚約者がいる場合は大人しい色合いのドレスを身に纏うことはある。けれど、それはほとんど婚約者と相思相愛の場合のみだ。
一度目のとき。バティストと婚約していたジゼルは大人しい色合いのドレスを身に纏っていたことも多かった。が、それは両親が勝手に用意したものであり、バティストからもらったものではなければ彼の許可を得たものでもないのだ。
「お嬢様、どうなさいますか?」
問いかけられた。それはきっと、どちらの色合いのドレスを身に纏うかという問いかけなのだ。
(せっかくエヴァリスト様が用意してくださったのだし……)
それに、もしかしたら彼には何かたくらみがあるのかもしれない。ならば、それに乗っかる方が良いのは目に見えている。
「……こちらに、します」
そっと大人しい色合いのドレスに視線を落とせば、女性は嬉しそうにぱぁっと顔を明るくする。
「では、採寸させていただきますね。大まかには女性の平均体型、かつお嬢様の背丈を参考しにして仕立てております」
「そう」
「なので、微調整くらいで済みますわ。……ほれ、お前たち。準備なさい」
女性の声を聞いて、待機していたほかの女性たちがてきぱきと動き出す。
「エヴァリスト殿下にも、いよいよ春が訪れたのですね」
不意に女性がそう声を上げる。……いや、それは、ちょっと違う。
(なんて、言えたら楽なのだけれどね……)
と心の中で否定しながら、ジゼルは女性やお針子たちにもみくちゃにされていく。
彼女たちが用意しておいたドレスはジゼルには少々大きく、そこを調整することになった。
背丈に関してはぴったりだったので、大方やせすぎということなのだろう。
(まぁ、お母様方は私の体系に関しても管理されていたし……食べる量も制限されていものね)
エルヴェシウス侯爵家から逃げたときは、お腹いっぱいご飯を食べてみたいものだ。
ジゼルは、調整されている間そんなことを考えていた。
(お腹いっぱい食べるご飯は、きっと美味しくて幸せなのね)
ドレスの調整中にこんなことを思う令嬢が、いるだろうか? いや、あんまりいないだろうな。
そう思いつつ、ジゼルは姿見に映る着飾られた自分をぼうっと見つめてしまう。
そして、それから約一時間が経った頃。ジゼルは気が付いた。
――調整するドレスが、一着だけではないことに。
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