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ナデージュ・エルヴェシウス

 そう言ったエルヴェシウス侯爵夫人――ナデージュ・エルヴェシウスはジゼルに微笑みかける。


 ナデージュ・エルヴェシウスはジゼルにそっくりの容姿をしている。その茶色の髪も、真っ赤な目も。すべてがジゼルにそっくりだ。


 しかし、彼女の性格は全くジゼルに似ていない。選民思想が激しく、自分の思い通りにならないと癇癪を起す。元は名のある伯爵家の令嬢であった彼女は、ジゼルの父ナタナエル・エルヴェシウスと政略結婚した。そして、ジゼルを設けた。


 そんな彼女はジゼルのことをすべて支配したがるのだ。


(お母様は、ご自分の準備したレールの上を、私に歩いていてほしいのだわ)


 それは、子供思いと取ることも出来る。けれど、ジゼルは知っている。彼女は、自分が叶えられなかった望みをジゼルに叶えさせようとしているのだ。そう――王太子妃、いずれ王妃となる存在に、彼女はなりたかった。


「いえ、エヴァリスト殿下にお茶に誘われましたの。それだけです」


 ジゼルはにこりとも笑わずに、ナデージュにそう告げる。すると、ナデージュは「ふぅん」と面白くなさそうな声を上げた。


「ジゼル。わたくしは、貴女のことをとても大切に思っているわ。……そのうえで、貴女の幸せを望んでいる。貴女は、エヴァリスト殿下ではなくバティスト殿下の婚約者になるべきだったのよ」


 どうやら、ナデージュはナタナエルの判断に不満らしい。それは、ひしひしと伝わってくる。


「そもそも、王弟よりも王太子の方が偉いのです。……しかも、エヴァリスト殿下は二十九ではありませんか。貴女とは年齢が離れすぎていて……」


 あぁ、このままではグチグチと続くな。


 心の中でそう判断し、ジゼルは玄関に向かう足を進めた。そうすれば、ナデージュが声を荒げてジゼルを呼ぶ。


「ジゼル! わたくしのいうことを聞きなさい! 最近の貴女は、いつもの貴女らしくないわ。……何があったのかは知らないけれど、わたくしたちの言うとおりにしていれば――」


 その言葉の続きは、ジゼルにも読めた。だからこそ、ジゼルはナデージュを無視して足を前に進める。


 後ろからは、ナデージュの癇癪を起すような声が聞こえてきた。が、それも無視だ。隣を歩くマリーズが小声で「大丈夫でしょうか?」と問いかけてくる。


「きっと、大丈夫ではないわ。……でも、私はもうお母様やお父様の言いなりにはならないわ。……だって、目が覚めたのだもの」


 ゆるゆると首を横に振ってそう言えば、マリーズが苦笑を浮かべた。どうやら、ナデージュに呆れているらしい。


「私には私の幸せがある。……そのためには、言いなりのお人形から卒業しなくちゃならないのよ」


 マリーズに笑みを向けて、ジゼルはそう言い切る。だからだろうか、マリーズもにっこりと笑ってくれた。


「お嬢様に、いつまでもお供しますわ」


 彼女が自身の胸をとんとたたいてそう宣言してくれた。……やっぱり、彼女は信頼のおける人物だ。そんな風に考えて、ジゼルはくすっと声を上げて笑った。


「本当に、貴女は頼りになるわね」


 肩をすくめてマリーズの顔を見上げる。本当に、彼女のことは守らなければ。たとえ、何かを犠牲にしたとしても……。


 そう思いつつ重厚な玄関の扉をくぐれば、何故か見知らぬ馬車が止まっていた。驚いてジゼルが目を見開けば、馬車の扉が開き一人の男性が降りてきた。


「やぁ、ジゼル嬢」

「……エヴァリスト殿下」


 男性の顔を見て、ジゼルが呆然と声を上げてしまう。すると、彼は面白そうに声を上げて笑った。


「どうしたの? 鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして」

「……ど、どうしたの、と言われましても……!」


 エヴァリストがこちらに来るなど、ジゼルは聞いていない。彼に呼び出され、ジゼルが王城に向かう手筈になっていたはずなのだ。


「いやぁ、何となく、エルヴェシウス侯爵家に迎えに行った方が良いかなぁと思っただけだ。……ほら、面倒なことになっている」


 彼の視線は、ジゼルのすぐ後ろに注がれた。


 何となく、嫌な予感がする。そんな風に思ってジゼルが恐る恐るそちらに視線を向ければ、そこには驚いたような表情をしたナデージュがいた。……どうやら、ジゼルのことをまだ引き止めるつもりだったらしい。


「どうも、ごきげんよう。エルヴェシウス侯爵夫人」


 エヴァリストが、きれいな礼をする。もちろん王族なので、礼の角度はあまり深くはない。


「……え、エヴァリスト、殿下」

「こうやって直に会うのは初めてですね。エヴァリスト・ラ・フォルジュです」


 ナデージュにそう名乗ると、エヴァリストはさりげなくジゼルの隣に立つ。そして、その華奢な肩を抱き寄せてくる。


 ……柄にもなく、ジゼルの心臓がどくんと大きな音を立てた。


「ど、どうして、ここに……」

「婚約者をお誘いしたので、迎えに来ただけですよ。……ほかに理由など、一つもありません」


 完璧な笑みを表情に称え、エヴァリストがそういう。だが、ジゼルは気が付いていた。


(……胡散臭い、笑み)


 今、エヴァリストが表情に称えている笑みが、とても胡散臭いことに。

ブクマ2100&総合評価6400ありがとうございます♡

また明日、更新させていただきます(n*´ω`*n)(明日も2話の予定です)


あと、何と日刊ランキング(総合)の方でも表紙にお邪魔させていただいております! もうびっくりです! ありがとうございます……!


今後ともどうぞよろしくお願いいたします……!

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