表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/3

前編

 皆は、「二次創作」というものをご存じだろうか。

 ゲームや小説、また創作者が自分で設定を考えたオリジナルの物語が一次創作で、既に他者が作っている一次創作をもとにしたスピンオフやパラレルワールドの物語が二次創作――だと、私は考えている。


 何を隠そう私も、かつて二次創作をしていた身だ。

 といっても、どっぷり浸かっていたのは中学生の頃。それに当時はパソコンを持っていなかったし自宅にネット環境もなかったので、自分で作った二次創作をノートに書くだけで、大衆に向けて発信したことはない。


 中二病真っ盛りだった私は、大好きなロールプレイングゲーム――RPGを舞台に二次創作を繰り広げ、そのノートを大切にとっておいた。そして大学生になって実家を離れることになった際、部屋を大掃除したときにノートを見つけて――燃えるゴミに出した。


 中学生の頃は「私の文章最高! ステキ!」と惚れ惚れしていたモノは、ある程度年を取ってから読むとおぞましいことこの上なかった。

 なんといっても、その物語にはオリジナルキャラクターが登場した。しかもそのキャラが、原作ゲームの女性キャラを差し置いて主人公との恋に落ちるのだ。


 そのキャラは、魔王討伐の旅をする主人公たちの前に何の脈絡もなく現れ、「私は昔のことを思い出せません。しかし、勇者様たちについていくべきだと分かっています」という理由で旅についてくる。そしてその卓越した戦闘能力でパーティーを勝利に導いてサクッと魔王を倒し、最後には勇者と結ばれる。


 ああ、痛い。痛すぎる。

 中二病真っ盛りの私が書いた小説は、どんな刃よりも鋭く私の胸を刺し貫いた。

 ということで黒歴史ノートはゴミになっていただき、私はその後二次創作をすることはなくなった。例のRPGも、オリジナルキャラクターなんて存在しないゲームそのものを普通に愛するようになった。

 

 だがしかし、何年も前に灰燼に帰したはずのクソ痛二次小説の内容は、憎らしいことに根強く私の頭の中に残っていた。

 忘れたいのに、簡単には忘れてくれない。我が身が滅びようと人々の記憶には残り続けるだろう、フハハハハ……ってやつかな。ええい、憎らしい。


 ……そんな私は、三十歳を待たずに病死した。

 そして、来世では健康に過ごして寿命を全うしたいな……と思っていた私はなぜか、生前ファンだった例のRPGのキャラに転生したのだった。













 私――サマンサは、大陸東にあるレトア聖王国の修道院に身を寄せるシスターだった。

 生まれつき白魔法の能力を持っていた私は早くに家族を亡くして、修道院の院長先生の厄介になった。そこで白魔法の勉強をして、魔物の脅威に怯える人の力になれるようなシスターを志した。


 私が十八歳になったある日、修道院を旅人一行が訪れた。アレン、という若い戦士をリーダーに戴く彼らは、魔王討伐の命を受けているという。

 彼らのパーティーには白魔法専門の仲間がいないそうで、私は彼らに同行を願い出た。鍛えた白魔法の能力を世界平和のために役立ててほしい、と言って。


 貧弱な私にとって魔物と戦い続ける旅は苦しかったけれど、心強い仲間がいた。

 若くして勇者の称号を得た、アレン様。

 アレン様の兄貴分で頼りになる、戦士のダリル様。

 アレン様の出身国の王女であり、優秀な黒魔法使いであるユージェニー様。

 まだ小さいけれど格闘術が得意なエル様と、その弟で生意気だけど頑張り屋な黒魔法使いのノア様。

 そして、帝国でも恐れられた闇魔法剣士のデューク様。


 平民出身でぱっとしない私にできるのは、負傷した皆を白魔法で癒やし、補助魔法を掛けることくらい。それだけでは申し訳ないから、野宿するときの野営の準備や料理なども進んで行った。


 仲間の皆は、私にいつも感謝の言葉をくれた。

 ありがとう、サマンサがいてくれるから自分たちは全力で戦える。この七人で必ず魔王を倒そう、と。


 私は、気がよくて優しい皆が大好きだった。その中でも……いつも私のことを気に掛けて、なおかつ戦闘でも私の魔法を頼りにしてくれるアレン様には、ほのかな想いを抱いていた。

 魔王を倒せば、旅が終われば、アレン様は世界を救った英雄として祭り上げられる。私では、その隣には立てない。

 せめてこの旅の間だけ、アレン様を密かに想うことくらいは……きっと神も許してくださるだろう。







 そんなある日。

 霧深い森の中で、私たちは美しい少女と出会った。

 銀と紫を混ぜたような不思議な色の髪に、金色の目。パーティーの中でも華やかでお美しいユージェニー様でさえ息を呑む美貌の彼女は、私たちの旅への同行を申し出た。

 レア、という名前以外には自分が何者か分からない。どうしてこの森にいるのかも分からない。でも、勇者であるアレン様を支えるべきだと思っているという。


 なんだかうさんくさい人だな、とは思ったけれど、元々気がよくておおらかなアレン様は、彼女を受け入れた。

 ――そこから、パーティーのあり方が変わった。







 レア様は、とてつもない戦闘能力を持っていた。

 まず、女性でありながら多くの武器を難なく扱える。さすがに巨大なハンマーや両手剣は難しそうだけど扱いの難しい魔法剣などもお手の物で、あんなに細くて小柄なのに鎧や盾も装備できる。


 そして、ほぼ全属性の黒魔法を扱える。アレン様は光属性、ユージェニー様は炎属性と雷属性、ノア様は氷属性と風属性と土地属性、デューク様は闇属性で、これまでは四人で全属性を扱っていたのが、レア様全て一人でこなせた。

 とはいえ各属性の最強魔法だけは習得していないようで、各魔法の専門の皆とフォローしあいながら戦いに臨んでいた。


 問題は――レア様が、白魔法に関しては私が習得しているものを全て身につけていることだった。

 私が旅の中で必死に身につけた全体回復魔法も、瀕死の重症になった味方を蘇生する魔法も、強い敵と戦う際には必須の補助魔法も、全て。

 レア様がいれば、十分事足りてしまった。


 これまでは度々戦闘に出ていた私は、めったに馬車から出なくなった。できるのは、戦闘を終えて戻ってきた皆に回復魔法を掛ける――回復薬代わりの仕事だけ。

 回復魔法ならレア様もできるし彼女の魔力は私の倍はあるそうだけど、「レアには戦闘で全力を出してもらいたいから」とアレン様がおっしゃるので、彼女がせっせと皆の怪我を治すことはほとんどなかった。


 レア様ご自身は、悪い人ではなかった。

 私のことを「お姉様みたい」と言い、慕ってくれる。皆に褒められても謙虚な姿勢を崩さず、馬車にこもりがちな私にも声を掛けてくれる。

 彼女は料理の腕前が壊滅的らしく、私がご飯を作ると大げさなほど褒めてくれた。「サマンサがおいしいご飯を作ってくれるから、私も頑張れるわ」と笑顔で言う。


 強くて、優しくて、美しくて、ちょっと不思議なレア様。

 彼女が戦闘で活躍するたび、アレン様たちと談笑する姿を見るたび、私の胸は痛んでいく。


 ちょっと前までは、アレン様の隣に座っているのは私だったのに。

 ちょっと前までは、ユージェニー様に頭を撫でられるのは私だったのに。

 ちょっと前までは、テントでノア様とエル様に添い寝を頼まれるのは私だったのに。

 ちょっと前までは、ダリル様の背中に薬草を塗るのは私だったのに。

 ちょっと前までは、一匹狼なデューク様に連絡を伝える係は私だったのに。


 私が、私がいたのに。

 私の居場所が……レア様に、盗られていく。

 私は白魔法使いではなくて回復役代わりになり、馬車の奥底で朽ち果てていく。


 こんなの、こんなの、私は望んでいない。

 あの人が……レア様がいなくなれば、いいのに。












 ある日、私たちは宿に泊まった。

 四部屋取れるとのことだったので、相談の結果――アレン様とデューク様、姉弟のエル様とノア様、恋人同士のダリル様とユージェニー様、そして私とレア様が同室になった。

 他にも案はあったけれど、他ならぬレア様が「サマンサと一緒がいい」と言ったのが決め手になった。


 レア様は今日もたくさん魔力を使い剣を振るったからか、ベッドに入るとすぐに寝入ってしまった。戦闘中の彼女は神々しいのに、くうくうと寝息立てる姿は――憎らしいほど愛らしい。


 気づけば私は銀のナイフを手に、眠るレア様の隣に立っていた。


 レア様も、不死身ではない。負傷すれば血が出るし、魔力を使いすぎれば倒れてしまう。

 ぎゅ、とナイフを握る手が震えそうになる。


 こんなの、間違っている。間違っているとは分かっていても……私は、どうにもならなかった。


「レア様。あなたがいなくなれば……」


 皆、私を頼りにしてくれるのだから。


 そうして、ナイフを振り上げた――瞬間、私は『私』の記憶を取り戻していた。











 ……。

 あれれー、おかしいな?

 私の目の前で寝ているこの美少女は、前世の『私』が中二病ノートに書いていたオリジナルキャラクター・レアではないかな?

 そして、嫉妬に狂ってその美少女を殺そうとしている私は、白魔法使いのサマンサ。

『私』は――何がどうしてこうなったのか、前世の自分が書いた二次小説の世界に転生しているのではないか!?


 はっとして、私は振り上げたままだったナイフを下ろした。心臓がバクバク言っていて、全身汗まみれだ。


 私は……私は、レアを殺そうとした。それこそ、あの二次小説の内容の通りに。

 でも、レアの暗殺は失敗に終わる。嫌な予感がしたことでレアが目を覚まし、悲鳴を上げたことで隣室のアレンが飛んでくるからだ。


 ゼエゼエ息をつきながら、私は眠るレアを見る。彼女が……起きる気配はない。うみゅう、と寝言を言って寝返りを打つだけだった。


 ……危なかった。危なかった!

 ここで暗殺未遂事件を起こせば――私は、このパーティーから追放されていた!


 レアを殺そうとした――しかも原因は嫉妬――ということで、アレンはサマンサの追放処分を命じる。泣いてすがるサマンサに皆が向ける視線は冷たく――ただ一人レアだけは、「彼女を許してあげてください」と皆に懇願する。


 でもサマンサは追放され、嫉妬と怒りと絶望に染まった彼女はその後もパーティーを追い――一人で休憩中だったアレンの背後に忍び寄ったところで、デュークによる闇魔法を受けて死亡する。

 サマンサの亡骸を前にしたレアは嘆き悲しみ、そんな彼女を皆が慰め、いつしかアレンはレアを愛するようになり――ああああああ!


 なんだこのクソストーリーは! 今考えれば原作クラッシャーも甚だしい!

 ゲームで一貫して優しくて面倒見のいいお嬢さんだったサマンサを悪役に仕立てて死なせ、オリジナルキャラクター溺愛展開にするなんて……過去の私が痛すぎて泣けてくる。泣いてもいいかしら?


 ナイフは鞘に収めて鞄の奥底に入れ、私は自分のベッドに入った。


 私は……どういうことなのか、RPGに出てくるキャラに転生した。しかもそれがオリジナル版ではなくて私のクソ二次創作版だから、私――サマンサには追放後死亡エンドが待っている。


 そんなの、絶対に嫌。

 確かに、レアのことは妬ましいしいなくなってほしいと思った。……でも、サマンサの目標は皆に愛されることではなかった。


 思い出すんだ、サマンサ。おまえがアレンたちについていったのは――魔物の被害で苦しむ人々を救いたいから、でしょう?


 それなら、堂々としていなさい。

 たとえ皆がサマンサよりもレアの方を重用したとしても、サマンサにできることはたくさんある。

 クソ小説の作者ではあるけれど、サマンサには幸せになってほしい――ううん、幸せになりたい。


 そのためには、かつての私が書いたストーリーに抗ってやる。

黒歴史って厄介だね(*´·ω·)(·ω·`*)ネー

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] あいたたたたたた…いたたたたた………、黒歴史創作そのものは喉元過ぎれば笑えたり、なんだったら創作活動を続けている人なら、その荒々しく稚拙な情熱が何かのヒントにつながったりと、捨てたもんじゃ無…
[一言] 若気の至りの黒歴史小説は誰のこころにもあるもの…今自分のそれを思いだして悶絶しています!! 辛い!!二重三重に辛い!!! 三十過ぎてそんなものに向き合うなんてどんな生き地獄だ…!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ