流星窟の奮闘 タカシと師匠
神道や仏教がベースのこの話ですが、かなり独自の設定が出て来ます。
本作品のみのオリジナル設定なので、実際の教義とは異なります。
零戦こと零式艦上戦闘機は太平洋戦争の時の旧日本軍の主力戦闘機だ。木製のレシプロ機でその軽量な機体ゆえの特殊機動「木の葉落とし」なんかで、他国から恐れられたなんて聞いたこともある。
お父さんが「皇紀2600年に作られたから00年で零戦なんだぞ」って教えてくれたっけ。
でも、零戦と言って真っ先に思い浮かべるのは悲しいけれど「特攻隊」だと思う。
「神風特別攻撃隊」は敗色濃厚になった旧日本軍が採った様々な「自爆戦術」の内のひとつで、最も有名な戦術だと思う。
今、僕たちの目の前ではそんな特攻隊を再現したかのような光景が繰り広げられていたんだ。
イラストや資料写真なんかでしか見たことの無かった零戦が大量の障気を纏って空から次々と墜ちて来る。墜落した機体は障気を撒き散らしながら爆発していて、突然の事態に理解が追い付かない僕らは呆然とそれを眺めてしまっていた。
縁殿の前に蛭子が現れると、上空に渦が次々と出現していく、そんな様子に流星窟の長として次なる指示と行動をと考えるも、大量の鳥擬きが降ってくる予想外の事態に直面した。
里が障気に呑まれていく。そんな光景を目の当たりにして、吾は暫し呆然としてしもうた。
古長と呼ばれ、この地を永く護って来た想い、そして何より護国に散った英霊たちの想いが血管を逆上がるようにこみ上げていく。
「侮辱するにも程があるわーっ」
黄泉路に渡るは魂に非ず、肉体に宿った意識である。魂は輪廻に入り流転する故に、黄泉に留まることなく転生を繰り返していきますからな。
なれば、黄泉の住人たる亡者の多くはその意識の残滓が形を成したもの。肉を失い、魂を失って尚、それでも残った思念が生前の形を写して黄泉へと辿り着き、そこで黄泉の釜にて炊かれた飯を食らう「黄泉戸喫」によって障気に呑まれて意思を失い亡者と堕ちて行くんですな。
あの鳥擬きは護国の意志が宿った故に黄泉路に囚われたのやもしれん。そこで障気に呑まれ、友を親を郷里を護らんと命を散らした者の想いすら消え失せてしまったのでしょうぞ。
だとして、このような使い方を赦してなるものか。
「流星窟が長、吾は玄笙。斯様な悪戯、蹴散らしてくれようぞ」
背に生えし羽根より羽を方々へと撃ち飛ばす。一枚一枚の羽が大小様々な刀へと姿を変えて。
「御覧じろ。千刃結界 黒雪」
烏の如く漆黒に煌めく刀身が閃いては渦より出でる鳥擬きを切り刻んでいく。そうしておいて、そのまま刀身を渦へと撃ち込んでやる。
「これで悪さも出来んだろうて、少々、力を使いすぎ申した、あとは任せましたぞ」
まだ、真打ちも登場しておりませんし、根の方の国に向かわれた大権現様たちのことも気にかかる故、少しばかり休ませて貰いましょうかの。
「吾の弟子や空狐殿の妹君を甘くみすぎおって、この程度でやられる訳あるまい」
吾は万が一に備えつつ、浄化へと回ることにしますかな。
「流石はお師匠様でござるなー。さて肉持渡でござろうか? 」
ド派手な技でお師匠様が魅せてくれたでござるが、蛙男とともに現れた3体の亡者のうちの1体が拙者の前にいるでござる。
明らかに他の亡者どもとは格が違うでござるからな。
「それとも堕魂人でござるかな」
お師匠様曰く、黄泉比良坂を越えて黄泉へと至る前に、大方の者は魂が輪廻へと入り、魂から抜け落ちた意識の滓のようなものが形を成して黄泉へと渡るそうなんでござる。
されど、中には魂ごと黄泉へと到達し、輪廻を外れてしまう者もいるんだそうで、それを「堕魂人」と呼んでいるそうでござる。
さらに本当にごく稀に肉体を持ったまま黄泉へと至る強者がいるんだそうで、「肉持渡」はそうした超人の成れの果て、如何な強靭な肉体と精神を持とうが、永すぎる時間と膨大な障気に意思や記憶はやがて失ってしまうのだとか、それでも、その身に宿した技能などは辛うじて残っているそうでござるが。
「お主はどうでござる、双剣の侍よ。もしやと思うが藤原玄信、斯の宮本武蔵でござるか」
赤松氏の支流にあたる新免無二の息子として産まれ、藤原玄信、または新免武蔵守を名乗っていたそうでござるが、二天の通名のあるように二天一流の創始者は宮本武蔵の名で知られておるでござるよな。
大小の日本刀をだらりと構える姿はよく見る宮本武蔵肖像図を彷彿とさせるでござる。180㎝を超える上背に隆起した身体つき、鋭い眼光で油断なく睥睨する顔つき、伸び繁った蓬髪と野人のような見た目でごさるな。
「ァ……ァァア……ワ ワレハ……アァアァァー」
意思は殆ど残っておらんようでござるか。然れど油断出来んでござる。剣の理合は忘れても、その身が覚えた動きは危険でござろう。なによりも大量の障気を纏い内包する故か、かなりの圧力を感じるでござるし、膂力などは人間のそれとは比べるべくも無く上と見るべきであろうなー。
「面倒な相手でごさるなー。亡者なれば、痛みとも無縁でござろうしな。取り敢えず石は怖いでござろう」
手近の石を拾い、素早く礫打ちしてやると、容易く剣で払い落としたでござる。ふん、面倒でごさるな、もう武蔵でいいでござろう。
「島原では石に潰された老体が何の未練でござろうな」
「ウ……ウヲオォォー」
ん、挑発に乗ったでござるか、記憶の片鱗でも残ってござるかな。距離を詰めて大刀で突きを放って来たものの、半身で躱した拙者に追撃せずに構え直したでござるな。
二天一流、あくまでも後の先の剣でござるか。
ならばと拙者も構え直す。平正眼から剣先を後ろへと回し車に取る、脇構えの形で一重身となった拙者の左肩が張り出して剣先は身体に隠れた後ろ側になるでござる。
車構えも後の先の剣でござる。突き出た左肩を囮として、野球のバットのように身体ごと振り回した剣で相手の剣を打ち落とし薙ぎ払うんでござる。
拙者があからさまな構えに取ったことで、武蔵は攻めに出て来たでごさる。払われたとて、二刀目で突き殺す算段であろう。大刀にて下段からの斬り上げて来る。
拙者はそれを前のめりになっていた身体の重心を後ろへとずらして避けるでござる。初手を巻き落として来ると見て二刀目を脇差しでの突きとしたんでござろうが、ボクサーのように左足を曲げて体重を乗せた状態から蹴り足の右へと体重を乗せかえ上体を起こしただけでも距離は十分に離れるでござる。当然に二手目の突きも届くには僅かに時間がかかるでござるし、何より車に取った剣は未だ動かずでござる故。
僅かに左足を左にずらして身体を開くと肩を狙った突きは外れ、刃筋を上に向けたままアッパースイングでコンパクトに斬り上げた拙者の剣は、武蔵の左手首を斬り落とすことに成功したでござる。
「ホームランっ! でござるなっ! 」
痛みは無くともバランスは崩れるでござるからな。鑪を踏んだ武蔵は大刀を無理に振り上げるも、腰の入ってない片手振り、左足を引きつつ右肩を入れながら打ち落としては、そのまま下段に構えるでござる。
後退した武蔵は大刀を水平正眼に構えると、左の手首からは障気が溢れだして手が再生したでござる。
「刀まで再生するとはめちゃくちゃでござるな」
技はあっても複雑な思考は出来なくなっている分、楽勝でござるかと楽観したんでござるが、そう簡単ではござらんか。とは言え、如何な膨大な障気があろうと有限でござろう。
「再生出来なくなるまで、斬り刻むのみでござるな」
そう独りごちてみるも、警戒したのか攻めかけて来ない。初見殺しのような戦法であったでござるから、これはキツイでござる。
睨み合いにどうしたものかと思案しておると、亡者を相手にしていた忍犬たちのうち、母親の銀華が巨大化して武蔵の後ろへと迫っておるでござる。
「ワオーンっ」
「グ……グオー」
殺気と吠え声に振り返った武蔵は斬りかかるも銀華は瞬時に小型化して刃を避けると脇に移動したでござる。無論のこと拙者も背後から突きかかる。卑怯だなんだと言ってる場合ではござらんからな。
咄嗟に身を翻そうとした武蔵だが、避け切れずに脇腹に刺さる。
「初見殺しもそうそう手は続かんでござるからな」
腰元に差した苦無を左手で抜くと柄元の石を握り潰す。刺されたことも厭わずに振るって来た大刀をしゃがみこんで躱わしつつ、首筋へと苦無を投げ撃つでござる。
苦無が刺さると銀華が体当たりで弾き飛ばしてくる。ゴロゴロと転がる武蔵を見つつも思わずにやけるでござる。
「お師匠様謹製の爆雷苦無、篤と味わうでござるよ」
お師匠様の妖力を籠められた苦無は柄元の石を壊してやれば時限式の爆弾になるでござる。頭を吹き飛ばせば、流石に再生も出来んでござろう。
そんな風に思っておると、爆砕した武蔵は跡形なく消え去ったでござる。
「お師匠様、威力がバグってるでごさるよ」
油断せず構えをとるも、復活の兆しなく無事に勝利したでござる。




