黄泉の軍勢と危機
僕とタカシは犬神たちと流星窟で修練を初めていた。
僕とタカシを背に乗せても平気な程の体躯を誇る犬神たちのお母さん、銀華(タカシ命名)は動物園で見たことのあるインド象くらい大きい。
とっても綺麗な銀色で、巨大なシベリアンハスキーみたいな、テレビで見た狼みたいに格好良くて、綺麗なんだけど、大きさがお父さん自慢のイギリス製のオフロード車、ランドローバーディフェンダーよりも一回り以上はあって、頭からふっさふさな尻尾の先までは目測で6メートルくらいはあるし、体高も3メートル近くは軽くあると思う。
3匹の子供たちオスの雨吼と雷影(タカシ命名)にメスの桃華(タカシ命名)はみんな小さい。
小さいといっても銀華に比べればで並みの大型犬と比べれば、大きいんだけどね。
オスの雨吼はみんなにうーちゃんって呼ばれてる、雷影はらいちゃんだ。オスの2匹は銀華と同じ銀色でうーちゃんは黒が混ざった錆柄、らいちゃんは足先だけ黒い。ももって呼ばれてる桃華は名前とおり、少し赤みがかって、桃色で足先だけ真っ白だ。
みんな、真っ青な翡翠みたいな綺麗な目をしていて、ふっさふさで可愛いんだけど、その実、とっても強い。
「行くでござるよ」
乗具も使わずに銀華の背中にただ跨がっただけのタカシが叫んでいる。跨がられている銀華は普段の半分くらいに縮んでいる。
3兄妹と連携し襲いかかる銀華と、その背から長物を使い巧みに攻めてくるタカシ。
的を絞らせずに常に別方向から攻めてくる3兄妹に周辺の木々を利用して攻める範囲を限定して対処する。
「上手いでござるな、流石でござるよ」
タカシはそんなことを言いながら死角から槍を突き入れてくる。間一髪で避ける。
「話しかけてくるなんて、優しいねタカシ」
そう言った僕に対してタカシはニヤリと笑った。
あれ、銀華は?
さっきまで騎乗していた筈なのに銀華がいない。
「しまった」
僕がそう言ったのと、背後の木を薙ぎ倒して巨大化した銀華が襲って来るのは同時だった。
振り返って咄嗟に防御姿勢をとった僕に、ポフッと肉球の感触が襲う。寸前で勢いを殺した銀華は僕が怪我しないようにポフッポフッと軽く叩いてくる。
「縁殿の敗けでござるな」
「あー、やられちゃったな、それにしても、よく思い付いたね」
「障害物で遮蔽して攻撃範囲を限定するのは常道でござるからな、ならその盾があるから大丈夫という心理を利用出来るんじゃと考えてみたんでござる」
「すごいね、タカシは」
タカシは銀華たちを撫でながら、縁殿がそこまでしないとならんほど強いゆえと笑っているんだけど、これが実戦なら、僕は確実に重傷を負ったわけで、この前の戦いの反省も含めて、タカシは僕の見えないところをよく気付いてくれている。僕より、よっぽど優秀だと思うんだよなー。
編成や条件をかえ、王貴人様たちや師匠たちにも加わってもらいながら、あれこれと修練を重ねて、一度流星窟の居住区域に戻って来た時だった。
「なんでござるか、あれ」
タカシが指を差した先で小さな黒い渦のようなものが浮かんでいる。
「障気…不味いっ」
反応した師匠が愛刀を顕現させて、そのまま斬りかかろうとして呑み込まれてしまった。
突如として膨れ上がった渦と、そこから吐き出される障気で辺り一帯が急激に暗く、視界も不明瞭になる。
「師匠っ!」
「古長っ!」
姿が見えなくなった師匠に皆が叫ぶと、障気の向こうから師匠の声がする。
「皆、離れろっ!」
障気の一部を斬り払って戻って来た師匠は僕たちに逃げるように促してくる。
その瞬間、巨大になった渦からゾンビのみたいな人たちが濁流のように流星窟へと押し流されて吐き出されていった。
そして、そんな渦は流星窟の居住区域のあちこちに出現したみたいで、流星窟自慢のツリーハウスを押し倒して亡者の濁流が埋め尽くさん勢いで溢れている。
「何故、黄泉と流星窟が繋がっとる」
起き上がり、襲いかかってきた亡者たちを倒して行きながら師匠が叫ぶ。僕たちも突然のことだったけれど、兎に角、目の前の亡者を処理しないとと、ひたすらに倒していくんだけど、数が多すぎるし、あまり派手なことをすれば流星窟を破壊してしまう。
「遠慮はいらんぞ、木々ならまた育てれば良いが、この渦をどうにかせんと、溢れた亡者と障気に流星窟が黄泉へと変貌してしまうでな」
師匠はそう叫ぶ。
その声に答えたのは律様だった。
「あいよっ、なら遠慮なく。火事と喧嘩は江戸の華っ! 妲己のお百の炎華を見せたげるよ」
律様の頭上に巨大な火球が出来上がると、それを渦目掛けて律様は投げ込んだ。爆発音とともに未だに流れ出ていた亡者たちが炎上、周囲に一気に広がっていく。
「少しは遠慮するべきだったんでは、まあいい、私もやるぞ」
王貴人様が石琵琶を鳴らす、膨れ上がる渦の成長が止まって、障気が押し戻されていく。
「ちっ、思ったよりも上手くいかない」
「そのまま、続けてくだされ、吾を含めた烏天狗は這い出た亡者の処理を、姫様は渦を抑えるのをお願いしますでな」
「胡喜媚は」
「胡喜媚殿は延焼を抑えるために周囲の木々を倒してくださらんか」
「オーケーだねーん」
師匠が次々と指示を出していくと、律様の術で燃え上がる森の延焼を抑える役を受けた胡喜媚様は突如としてボンっという音とコミカルな煙を出したあと、でっかいニワトリになっていた。
「タカシ、胡喜媚様って妖鳥の精ではあるけど、なんでニワトリ」
「知らんでござるよ、気分じゃないでござるか」
思わず状況も考えず突っ込んだ僕にタカシは呆れたように返してくる。
「いっくねーんっ! ローリングコッコアターック!!」
胡喜媚様が良くわからない技名を宣言してから、本当にクルクルと転がりながら、亡者も木々も諸とも踏み潰していく。
「負けてられませんね」
そんな事をいった淡雪が光だすと、王貴人様に加勢して渦へと浄化をし始めたようで。
何とか、なりそうかな、なんてちょっと気を抜いた瞬間だった。
僕は咄嗟に振り返りつつ縁紬を使い結界を張る。
其処にいたのは、臨海学校で戦った蛭子だった。
「今度は殺しても良いっていわれてるげすからな、覚悟するでげすよ」
そんな事をいう蛭子の両脇に出現した渦から、今までの亡者とは違う、強い障気を纏った者たちが飛び出していた。
「こんなのもあるでげすよ」
なんでか歴史の授業でみた零戦、第2次大戦当時の日本の主力戦闘機まで、上空に現れた渦から雨のように降って来たんだ。




