根の方の国と亡者の大群
「なんぞ、縁ちゃんに襲いかかった成り損ないでありんすか、今日は本体のようでありんすな」
この前の包帯男が現れたでありんすが、蛙男は居ないとは舐められたもんでありんすな。
伊佐那岐はかりにも自分の捨てた息子相手、やり難いのか、表情が渋いでありんすねー。須佐乃男にしても同様とは甘いでありんす。
「マザコンがっ!! 早くママを出すでありんすよ」
冷静な知略家気取りのようでありんしたが、短気なのは先刻のやり取りで分かってるでありんす。さっさと潰して先に進むでありんすよ。
脇の二人をおいて敵前に躍り出る。一撃で終わらせるでありんす。
突如現れた淡島への対処に戸惑う須佐乃男と伊佐那岐とは違い、玉藻前は迷いなく攻めかけた。
迷いなくとは言うが懸念は多く、その疑問に頭を回す玉藻前はまずは力押しと考えた。別に脳筋的な発想ではない。いくら自分が全盛期よりは弱体化しているとは言え、目の前の存在を下回ることは無いと踏んだこと、また味方に伊佐那岐、須佐乃男とやはり格上が並んでいることで、単純な力量差で片付けるのが手っ取り早いと踏んでのことだ。
「とはいえ、それは重々承知のはず、罠臭いでありんすなー」
独りごちて、それなら罠ごと粉砕しようかなんて考えると同時に展開した術式を解放する。
「消し炭になるでありんすよ。砲火 尾ヶ狐焔」
玉藻前の背後に広がり伸びた妖狐の尾、9本それぞれの先に浮かぶ漁火から次々と炎弾が放たれる。
「やったか」
「それはフラグって言うでありんすよ」
須佐乃男が声を張るが玉藻前は冴えない。手応えがおかしいと感じるのは実戦から離れすぎていたためかと訝しがるも、弾幕のあげた煙の晴れた先には数多の亡者に囲まれる淡島の姿があった。
「盾替わりにするとはいい趣味でありんすな」
「貴女には謂われたくは無いですね」
眼窩の奥の焔が揺らぐと四方八方から亡者が涌き出でくる。
「まるで巷のゾンビやらいうやつのようじゃな」
「軽口叩く暇があるんでありんしたら、さっさと露払いするでありんすよ」
須佐乃男の冗談を受け流す玉藻前に苦笑しながら、須佐乃男は大きく足を振り上げ四股を踏む。
打ち鳴らされた地面に縦横無尽と亀裂が走り陥没していく、巻き起こった風が周囲へと吹き荒れながら、発露した神威に亡者たちが浄化されていく。
さしもの淡島もやや鑪を踏む。
「たった一発でこれですか。いやはや参りますね。ですが、ここは黄泉の国、億万の亡者が巣食う穢れの地。いつまで持ちますかね」
淡島の言葉通りに地から這い上がり、次また次と亡者が溢れる。物量に対して須佐乃男は圧倒的な力で応酬する。
玉藻前は違和感を感じて戦線を一人で維持する須佐乃男に任せて正体を探る。
ここは根の方の国、膨大な数の亡者がいるのは間違いないが、ここに群れなしている亡者たちの挙動に何かおかしなものを感じるし、先程から伊佐那岐が全く静かだ。
「あーおかしい訳でありんすな。やられて消える姿に違いこそあれ、湧き出して襲ってくる姿はどれも寸分違わずおんなじ、絵巻物でも見てるようでありんす」
「そういうのは再生画像をスクロールしとるようじゃと言うんじゃぞ」
違和感の正体に気付いて思わずと口についた玉藻前に須佐乃男が茶々を入れる。
「爺が若ぶるなで無いでありんすよ」
玉藻前は拗ねたものの、気を取り直し須佐乃男にそして、伊佐那岐へと声をあげる。
「何を固まってるんか、そこなチャラ男が。幻術の類いで亡者を嵩まししてるんはわかったでありんすから、わっちは術式を解くのに専念するでありんすよ」
「任せておけ、いくら雑魚の群れとは言え手応えが無さすぎと思うとったが幻術の類いと言われて納得したわい。ちまちまと解咒なんぞ必要ないわい」
そう宣った須佐乃男は右の腕を大きく後ろに引いて拳を握り締める。
「熊野を統べる大権現、旧き大和の荒御魂、儂を謀り貶めようなぞ片腹痛いわっ!」
右拳に注がれる神力が増大する中、亡者たちが須佐乃男に組み付いて行く。玉藻前は意図を汲んで漁火を起こして、亡者たちを燃やして行くが次々と襲ってくる亡者の勢いは収まらない。
「あー、チャラ男が本当に何を固まってるでありんすかーっ!」
いよいよ、辛抱堪らなくなっていたあたりで、須佐乃男が動く。
組み付いている亡者を身震い一つで弾くと、引いていた右の拳はそのままに左手をやおら前へと伸ばす。
「借り受けるぞ、神弓 天之麻迦古弓」
須佐乃男の呼び掛けに左手の中に美しくも簡素な和弓が顕れる。
神力を溜め込んだままに弦を持ち、矢をつがえることなく弓を引き放つ。神器に増幅された須佐乃男の神威が弓鳴りとなって鳴動すると、周囲の亡者諸とも仕掛けられた幻術を解いていく。
「あり得ん程に力技でありんすねー。まあ、呆気無かったでありんすが」
そう言って玉藻前は淡島へと歩み出そうとするが、その前に伊佐那岐が淡島の前に飛び出してくる。
何故か手には幻術によって嵩ましされたものでなく、実体のあったであろう亡者の腕らしいものを持ってだ。
淡島は焦ってはいた、開幕から想像以上の力量を見せつけられた。正直に言えば亡者を盾に身を守ったものの、ギリギリだったのだ。玉藻前の力量を低く見積り過ぎたと、それでも瞬殺を免れて役目は果たせそうだと思った矢先に須佐乃男の四股踏み一発で用意した亡者の大半が消えたのだ。折りを見て発動しようと考えていた幻術を急遽発動することになる。如何せん、これではバレバレだと思い、事後の策を練るも想定以上に早くことが露見したのか、須佐乃男の力が強すぎるだけなのか、発動した術式もろとも破壊された。
「母上のための時間稼ぎは十分とは言えないまでもできたでしょうかね」
下手に捕縛されて、尋問される前に身罷ろうとした時、今の所はろくに活躍していなかった伊佐那岐が飛び出してくる。
どうやら自分を倒そうとしている風でない様子に、まだまだ時間稼ぎが出来そうだと、淡島は内心で歓喜した。




