生霊と淡雪と誓い
これを書きながら号泣した作者は縁くんより子供でおっさんです(笑)
初めてカラスさんとあってから数年がたって、小学3年生くらいになった頃、僕とカラスさんはすっかり仲良くなっていた。
まだ幼児だった頃の僕は『うのうぶひめ』が上手く発音出来ず、『うのうーひめ』と呼んでしまうし、そもそも言いにくくて、カラスさんと呼んでしまう。
でも、カラスさんは名前じゃないって必死にうのうぶひめって練習していた僕にカラスさんは
「まだわからないかも知れないけれど、烏産姫は私の神さまとしての姿や役割を意味しているだけだから、カラスさんでもいいのですよ」
そう言って慰めてくれた。
でも、やっぱりちゃんと名前で呼びたいって言うと
「では、名前をつけてくださりませんか、親しい友達には渾名をつけるでしょう」
それを聞いた僕はママと白くて綺麗なものを調べたんだ。お母さんに何で白なのって聞かれたけど、僕は白が好きなんだって言ったら、優しく笑いながら、そう、って言って頭を撫でてくれた。
一生懸命考えて、雪みたいにキラキラしてるカラスさんにぴったりだって『淡雪』って決めたら、カラスさんはとっても喜んでくれたんだ。
あれから、淡雪はいつも近くで僕を見守って、色んな事を教えてくれた。パパやママの前世のことも訊いてみたかったけど、パパやママや淡雪の悲しい思い出を聞くのは怖くて出来てない。
そんなある日、大好きなパパの背中に変なモヤモヤがついていた。帰って来たパパの背中一面にモヤモヤがついてて、なんかちっちゃい手みたいなものや時折、顔みたいなのが浮かんで来る。おっかなくて、思わず淡雪って泣いた僕の横で淡雪がものすごい光を放ちながら、普段は絶対に出さない大声でカァーって鳴いたんだ。
そしたら、パパについていたモヤモヤが吹き飛んで、キラキラと光の粒になって消えて行った。突然泣き出した僕にびっくりしたパパが僕を抱きしめてくれて、あれ、今、カラス鳴いたって、パパもびっくりしてる、僕は安心して、大丈夫だよっていったらパパは
「そうか、カラス様が守ってくれるもんな」
と頭を撫でてくれた。
パパやママは僕がカラス様が守ってくれるんだ、と言う言葉を信じて、大切にしてくれる、とっても嬉しいんだ、だって淡雪は二人の恩人なんだから、見えなくても、ありがとうしなきゃダメだもんね。
子供部屋に入ってから、僕は淡雪にさっきのモヤモヤについて聞いたんだ。
「あれは生霊と言ってね、縁のお父さんに嫉妬したり、悪い感情を持ったものの想いがお父さんに憑いてしまっていたんだ。放置すると良くない事が起こるから祓っておいたよ」
淡雪はまたパパを助けてくれたんだ。
淡雪は僕以外には見えない、僕に見えるのも熊野権現様が結びつけた淡雪とパパやママとの縁よって産まれた僕に縁という名付けがされたから、言霊というものに惹かれて僕と淡雪の間に魂の繋がりが出来たからだろうと、夢枕にたびたび現れる熊野権現様が言っていた。
「縁と名付けたお主の父は魂の底で淡雪に感謝しておるのだ、母もな、その因果によってお主に縁と名前をつけた、それがお主と淡雪を結び淡雪の神さまとしての力を高めておる」
そう嬉しそうに話す熊野権現様に、まだいまいち理解出来なかったけど、パパとママが魂ってところで淡雪にありがとうって思ってることや、それが僕と淡雪を繋げてくれてると言うことはわかって、パパやママがもっと大好きになったし、僕は淡雪のためにもっと頑張ろうって思ったんだ。
「ねえ、淡雪。さっきみたいなのはまだいっぱいいるの? なんで僕に見えたのかな」
「縁、そうだね。この世には妖しや怪異、生き霊なんかは沢山いて、悪さをするものもいる」
「じゃあ、悪さをされた人は助からないの」
「皆が妖しに気付かないように、其れを人知れず退治するものもいるのだよ」
凄い、それって淡雪みたいだ、誰にも気付かれなくても、ありがとうって言われなくても誰かのために頑張っている人、僕はそんな人たちに憧れた。
「淡雪、僕もなれるかな」
そう言った僕に、淡雪は初めて悲しそうな声で返してきた。
「お父さんに憑いた生霊が見えたのは、この家族の護神たらんとする私と深く結びついているために、見えてしまったんだと思います。これで縁には妖しを見る見鬼の素養が産まれたかもしれません」
僕に素質があるかもって言うのが悲しいのかなと思った僕は
「素質があったらダメなの」
と素直に訊いてしまう。
「駄目ではないのだよ、ただ鬼が見えるだけでは鬼は祓えない、私は神としての権能を利用して邪を祓っているから、その術を縁に教えることは出来ないし、何よりもそんな危ないことはしてほしくないのだよ」
あー、淡雪はどこまでも優しくて、誠実だなって思った。だからね、淡雪、これは僕のワガママかも知れないけれど、やっぱり淡雪みたいになりたいんだ。
「熊野権現様から聞いたんだ。淡雪は自分が犠牲になってもパパとママの幸せを願って熊野権現様にお願いしたんだって」
そう言ったら淡雪はびっくりした顔をした。
「淡雪、淡雪は誰にも感謝されなくても、自分が無くなっちゃうかも知れなくても、パパやママを幸せにしてくれた、その因果が僕と淡雪を結んでくれたなら、僕は淡雪みたいになりたい。誰にも感謝されなくても、誰かのためになれる人になりたいんだ」
そう言った瞬間、世界が真っ白に光って、周りの景色がとっても立派な神社の中みたいになった。
「良く言ったぞ、縁。儂はこんなに嬉しい日は淡雪が儂に誓願したあの日以来じゃ。縁よ、そなたは儂との盟約を果たして淡雪を友として、更に淡雪に恩を返し、人の世にあって自ら救世をなさんと欲した」
熊野権現様がいつも以上に荘厳な光を放って威風堂々と語りかけてくる。その姿は、いつも夢に現れる、厳ついけれど優しいおじちゃんではなく、本当に神々しい、目映いばかりの威圧感と、深い深い優しさを感じさせる姿で、怖いけれど安心してしまう不思議な光景だった。
「縁よ、今一度、その覚悟を問おう。淡雪の如く、世界に光明をもたらし、人々の救いたらんと欲するか」
難しい言葉だけど、言われていることはわかった。僕が本当に淡雪みたいになりたいか聞いてるんだ。
「はい、勿論です」
「駄目です、熊野権現様、縁には普通の幸せが」
淡雪が慌てて声をあげる、それに熊野権現様は優しく声を掛けていた。
「烏産姫 淡雪よ。子はいつか巣立つもの、そんな子が将来に向けて親のようになりたい。親のように在りたいと望むことのなんと美しく気高く、そして嬉しいことよ。縁はお前の子ではないが、その魂の繋がりは親より深いものだ。いつかお前に自慢出来る立派な人物になりたいと誓願をかける姿を、応援してやれ」
「そも、お前が近くにおれば危ない事などそうはない。儂が能えた神格を傲ることなく高め続けたお前は儂の自慢の娘なんじゃから」
「熊野権現様」
僕は涙が溢れて来て、それを必死に堪えた。
僕は熊野権現様に淡雪のようになりたいと誓うんだ。熊野権現様が自慢の娘と言うほどの立派な神さまに並び立てる男になるんだ。
「縁よ、儂が、儂の眷族たちがそなたに破邪の術を鎮魂の術を授けよう、厳しい修行になるぞ」
「はい、耐えてみせます。僕は淡雪みたいになりたい」
「かーかっかっ、本当に良き日だ。なんと心地いい心意気だ。その誓願を受け取ろう、熊野大社を統べる熊野が大権現たる儂がそなたの誓いを確と魂に刻もうではないか、これよりは縁、お主は人の身で在りて我が眷族である」
「縁よ、見事、誓願を果たして見よ」
また、目映い光に覆われると、僕と淡雪は部屋に戻っていた。
「よかったのですか、縁」
淡雪が心配そうに訊いてくる。
「当たり前だよ、淡雪は僕の目標で誰よりも大切な友達なんだから」
その日、とても綺麗なカラスの鳴き声と豪快な神さまの笑い声が何処かでやむことなく響いていた。
お読み頂きありがとうございますm(_ _)m
応援お願いいたしますm(_ _)m




