タカシと流星窟と臨海学校 後編
三中一年生の夏の恒例行事が南房総は岩井海岸での臨海学校だ。3泊4日となっていて、1・3・5組の合同で先発したあと、入れ替わりで2・4組合同班がやってくることになっている。
と言うわけで、7月も第3週、夏休みを目前に控えた僕たちは先発班として岩井海岸沿いの合宿施設、潮騒会館へとやって来た。
「今回も課題は全て私が勝つわよ、覚悟なさい」
水守さんは平常運転だけど、課題は勝敗がつくものじゃ無いんだよね。それでもカリキュラムに則って日程は進む、水難事故に備えた着衣での訓練などを挟みながら、海水浴をしてお昼は立食形式で食堂でとり、午後も海水浴、夕方に宿泊施設の庭に作られた簡易竈を使って、飯盒炊飯を体験しながら、各班に別れてバーベキュー、串に思い思いに食材を刺して焼いていき、炊き上がったご飯と食べる。
仲のいい友達と盛り上がって、1日目が終わった。
2日目も特に何も起きずに1日目と同じく過ぎていく、夜、イベントとして、宿泊施設の裏手にある森の中にある物置小屋まで行って、帰って来るだけの肝試しが行われる、これも恒例行事らしい。
なんでも好きな人とペアになれると恋人になれるなんて言われてるらしいけど、ただの吊り橋効果だよね。というか、緊急事態に備えてあちこちに先生や施設の大人たちが隠れて様子を監視してるのが解るから、怖くも何とも無いよね、実際、物置小屋まで直線で200メートルも無いし、往復してもどんなに遅くとも5分とかからない所をペアを組んで2分置きに出発って、途中で他のチャレンジャーとすれ違いまくるでしょ。はっきり、何が面白いのか謎だけど、皆、結構盛り上がっていて、一部で組み合わせ抽選に神に祈りを捧げてるガチ勢までいて少しびっくりする。
「縁殿、チャンスでござるな」
そんな時、タカシが話し掛けてくる。
「ん、チャンスって」
「縁殿はもとより人気者でござるし、分け隔てない御仁ゆえにこういうイベントには疎いようでござるな」
うんうんと納得しながら1人ごちるタカシに少しだけ苛っとする。
「もーなんだよ、一体」
「藤崎殿でござるよ、まあ、ペアは抽選でござるから当たるかは運でござるが、何人かに声をかけて、もし藤崎殿が当たったら変わって欲しいと声をかけたでござる」
「それ、本格的に変な噂たてられない、大丈夫なの、タカシ。…でも、確かにチャンスだね、二人きりになれる時間はそうないけど、うん、ありがとう」
タカシはうんうんとまた頷きながら、応援してるでござると去って行く。あれ、これってタカシ経由で藤崎さんとペア組んだら、僕が噂の中心にならないかな、今さらにそんなことを考えたけれど、折角の好意だし、何よりも、確かにチャンスな気もするんだ。
まあ、抽選に当たらなければどうと言うことも無いんだけど、なんて思っていたけど、よくよく考えたら、僕は卵とは言え縁結びの神様な訳で、見事に抽選を引き当てた。
「やったでござるな、すごいですぞ縁殿」
そう喜んでくれるタカシなんだけど、タカシと僕が親友なのは皆知ってるわけで、これ、僕とタカシと藤崎さんの三角関係とか噂されないかなって、変な心配が巻き起こる。
そんなやり取りをしてると藤崎さんがこちらに来ていた。
「この前の運動会では凄かったですね、今日は宜しくお願いします」
あの妙な殺気も気配も無いけれど、思わず警戒してしまう。タカシ共々、どう話しかけるか躊躇っていると、水守さんがやって来る。
「ふ…藤崎さんって言ったかしら、縁くんとペアになれて良かったわね、…それで、もし良ければ私と、あのペアを変わらない、いや、あの縁くんとは私はライバルだから、その」
しどろもどろになりながら、良くわからない供述を繰り返す水守さんに藤崎がたまらずと言った感じで吹き出す。
「替わってもいいですよ、水守さん」
藤崎さんの言葉に俺とタカシが焦る、いや、別に大したことではないから、別にペアが水守さんだって問題ないけど、でも折角のチャンスだ、ただここで否定したら水守さんが傷ついちゃうし、そんな風に悩んでいると、タカシが叫ぶ。
「ダっダメでこざるよ、水守殿、いくら縁殿が好きだからってズルは良くないでござる!!」
一部から、お前が言うなって視線が飛んで来る、きっと、便宜を頼んだ人たちだろう。
「ちょっ…いや、違うわよ、なに言って…私は縁くんがライバルとして心配だからで!」
そんな感じでタカシと水守さんが問答してると先生が来て二人が連れて行かれてしまう。
「拙者は悪くないでござる~」
という叫びが虚しい。ごめんよ、タカシ。
「じゃあ、行こうか」
藤崎さんにそう声を掛けられて、僕はそのままついていった。
森の中を歩き始める、と言っても入り口だ、宿泊施設からの光も届いているし、何なら細いが整備されている道脇には街灯まである。
「確かに少しは雰囲気あるかもだけど、やっぱり怖くはないよね」
そう言った瞬間だった、藤崎さんの気配が切り替わる、淡雪が咄嗟に僕を庇おうとする。
「させないよ、畜生神風情が」
藤崎さんが淡雪に何かを放って遠ざける。
「淡雪!!」
「大丈夫です、それより、神域に引き摺り込まれます、逃げて」
淡雪が叫ぶも、僕は良くわからないドロドロとした沼地の中のような場所にいつの間にか連れ去られていた。
「ここは」
思わず呟くと藤崎さんがこちらに語りかける、完全に気配が別人だ。
「安心しな、まだ殺さないよ。取り敢えず私の息子たちと遊んでな、そのうち過保護な畜生神がまた、その身を削って助けに来てくれるさ」
そういうと、沼地から2体の化け物が現れる。
1つは2メートルはある体躯で全身が粘膜のようにヌメヌメとしていて、蛙を人間のように擬人化させたような見た目をしている。斑模様の体表は紫と緑に光っている。
もう1つは僕よりやや小さく、骨張っているというより、骨の上に直接、皮が張り付いたような見た目で、窪み込んだ眼窩は虚のように空洞だ。唇の無い口から剥き出しの乱食い歯がまるで牙のようだ。
「デカイほうが蛭子、小さいのは淡島だよ。どっちも旦那に棄てられた可哀想な神の成り損ないさ。殻付ひよっこの神様がどこまでやれるか見せてみな」
本性を剥き出しにした藤崎さんの姿をした黄泉津大神は残忍な顔で笑っている。
「淡雪がその身を削ってってどういうことだっ!!」
「人の話を聞かない小僧っ子だね、まだあたしも本調子じゃないからね、なんとか神域を作って引き摺り込んだけど、まあ、そうは長く維持出来ないのさ。外からあの畜生神が壊そうとするだろうしね」
「なにが目的なんだ」
「それはまだ内緒さ、息子のうち一体でも倒せたらヒントくらいはくれてやるよ。この前の『ばすけっと』とやらの『りべんじ』と行こうじゃないか」
僕はゆっくりと間合いを取りながら愛刀を呼んだ。
「おいで、咎切り」
圧倒的に不利な戦いが始まる。