第1章 4 悪夢の始まり
「スカーレット・・・今日は・・もう僕は帰る事にするよ・・。」
アンドレアは立ち上がると言った。
「え？そ、そんな・・・アンドレア様・・。」
スカーレットは神秘的な緑色の瞳でじっとアンドレアを見つめる。アンドレアは再び愛するスカーレットに口付けしたくなる気持ちを理性で抑えると言った。
「いや・・・これ以上君と一緒にいたら・・酷いことをしてしまいそうで・・だから・・。」
（自分の理性の保てる内に帰ろう・・。）
最後の言葉は自分の中にとどめて置き、アンドレアはスカーレットの頭をそっと撫でると言った。
「でも・・・君が僕を必要としてくれるなら・・いつでも駆けつけて来るからね。」
そしてスカーレットの額に口づけすると、見送りはいいからと言って1人でサンルームを後にした。
「アンドレア様・・・。」
1人残されたスカーレットは力なく先程まで2人で一緒に座っていたベンチに腰掛けるとため息をついた。
「アンドレア様・・・まだ傍にいて欲しかったのに・・・。」
そして再び顔を覆って、静かに泣いた―。
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その日の16時―
すっかり憔悴しきっているスカーレットにブリジットは付き添っていた。
そして屋敷の中では第一執事のヴィクトールが不在の為、第二執事のアーベル、第三執事のグスタフが屋敷内を取り仕切っていた。
「旦那様が亡くなられたという電報が届いてから・・何一つ連絡が入ってこないなんて・・。」
アーベルがリヒャルトの書斎にたまっている書類の束に目を通しながらイライラした様子でグスタフに語る。
「ああ・・全くだ。こちらから電報局に問い合わせても何も回答が得られていないし・・もうこうなったら『ベルンヘル』に向かったヴィクトールの連絡を待つしかないかもしれない・・。」
グスタフは代理で書類にサインをしながら忌々し気に言う。
「だが、『ベルンヘル』は少なくとも船で5日はかかる場所だ・・。ヴィクトールからの連絡はまだまだ先になりそうだな・・。」
アーベルが溜息をついた時・・。
コンコンッ！
書斎の扉がノックされた。そのノック音は酷く切羽詰まったように聞こえた。
「おや？誰だろう・・どうぞ！」
首を傾げながらもグスタフは顔を上げて返事をした。すると・・・。
「し、失礼致しますっ！アーベル様、グスタフ様っ！」
黒のお仕着せに白いエプロンを身に着けた、まだ年若いメイドがドアを開けて慌ただしく入って来た。
「あ、あの！大変でございますっ！旦那様の・・妻を名乗る女性とその娘と言う方が・・・屋敷にやって参りました！」
「な・・何だって・・・っ？！」
それを耳にしたグスタフは怒りで顔を赤くした。
「何て事だ・・・・！旦那様が亡くなられたと言うのに・・・図々しくもやって来るとは・・！」
アーベルも怒り心頭で立ちあがった。
「それで？屋敷には入れていないのだろうな？！」
するとメイドは顔を青ざめさせながら言った。
「そ、それが・・・私たちの静止も聞かず・・『私はリヒャルト様の妻になったのだから当然屋敷に入る権利がある！』と言い張って、強引に中に入ってしまったのです・・。ほ、本当に申し訳ございませんっ！」
若いメイドは半泣きになってアーベルとグスタフに頭を下げる。
「クッ・・・！行くぞ、アーベルッ！」
グスタフはアーベルに声を掛けると、頷き合ってリヒャルトの妻と娘を名乗る2人が通された客間へと急ぎ足で向かった―。
これが・・・悪夢の始まりであった―。
