第1章 27 アグネスの提案
「え・・・？お義母様・・今、何とおっしゃったのですか？」
部屋で臥せっていたスカーレットの元に突然現れたアグネスと弁護士を前に茫然と佇みながらスカーレットは尋ねた。
「何よ？1度で話を理解できなかったの？頭が良い娘だと思っていたのに仕方のない子ね・・・いいわ。もう一度この娘に説明してあげてくれる？」
アグネスはまるでスカーレットの部屋を我が物顔のように、彼女のソファに勝手に座っている。そして足を組み直すと、伴ってきた弁護士に命令した。
「は、はい・・・かしこまりました。」
弁護士は正面に青ざめた顔で立つスカーレットに申し訳なさげに言う。
「この屋敷の当主でおられますリヒャルト様の葬儀が来週の午前11時から執り行われます。そしてその葬儀終了後・・・喪が明ける前にスカーレット様にはこの屋敷を速やかに出て行って頂きます。この屋敷に住むのはアグネス様と、アンドレア様・・そして妻になるエーリカ様となります。スカーレット様には1年分の生活費として金貨1000枚をお渡ししますので、そのお金を元に今後の生活をご自身で立てて下さい。」
それはまさに驚きの話だった。
「そ、そんな・・・！ここは私の家です！何故・・何故出て行かなくてはならないのですかっ？！」
するアグネスが言った。
「なら・・スカーレット。お前はかつての自分の婚約者だったアンドレアがエーリカとこの屋敷で夫婦として生活する姿を見て・・平気でいられるのですか？」
「！そ、それは・・・。」
スカーレットの顔が途端に青ざめる。
（そう・・だわ・・・私はアンドレア様を愛していたのに・・彼はエーリカを選んでしまった・・。2人が仲睦まじくいる光景を毎日目にしなくてはいけないなんて・・・。とても私には出来そうにないわ・・。）
アグネスはスカーレットが押し黙る姿を見て確信した。
「ほら、ごらんなさい。私はね・・スカーレット。貴女の為を思ってこの屋敷から出てもらうのよ？大体・・もう貴女にはこの近隣一体に住む貴族との結婚は望めないわ。婚約迄したのに、突然破棄され・・相手が違う女性を選んだと言うと、たいていは女性の方に問題があったからだと世間で言われてしまうからね。」
アグネスはそう言ったが本心では別の事を考えていた。
（恐らくアンドレアは・・・まだスカーレットに未練があるわ。エーリカと結婚してもいつ、スカーレットの方が良かったと離婚を言い出しかねないし・・エーリカがアンドレアを寝取ったと思われかねないし・・・とにかく何としてでもこの娘を追い払わなければ・・！）
「そ、そんな・・・。」
スカーレットはもはや頭が朦朧として考えが追い付かなかった。そしてそんな彼女を弁護士は憐れむ目つきで見ている。
「でも・・・まあ、お前は頭が非常に良いから・・・どこかの貴族の子供の家庭教師に位はなれるんじゃないかしら？ここは田舎で貴族は少ないけども・・都会に出れば大勢の貴族たちが住んでいる。運が良ければそこで住み込みで雇ってくれるかもしれないじゃないかい？」
アグネスはそれだけ言うと、ソファから立ち上った。
「さ、行くわよ。貴方は私の顧問弁護士になったのだから・・せいぜい働いて貰わないとね。」
「はい・・承知しております。」
弁護士は深々と頭を下げた。
そして2人は打ちひしがれているスカーレットの傍を通り抜けると部屋を出て行った。
「う・・・。」
アグネスと弁護士が部屋から出て行った時、初めてスカーレットの目から涙が零れ落ちた。
「お父様・・・私・・・この先、どうすれば良いの・・・？」
そしてそのまま床に突っ伏し・・・スカーレットはいつまでも泣き続けた―。
