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序章 1 父からの手紙

 それは5月の初夏の風がすがすがしく吹く日だった。湖のほとりにそびえたつ邸宅シュバルツ家に1通の手紙が届いた。


「スカーレットお嬢様、御父上からお手紙が届いておりますよ?」


産まれてすぐに母を亡くしたスカーレットを、赤子の時からずっと母親代わりにお世話をしてきた婆やのブリジットがテラスでテーブルに向かい、本を広げて翻訳の仕事をしていたスカーレットの元を訪れた。


「まあ、ありがとう。ブリジット。」


顔を上げてこちらを見たスカーレットはとても美しい女性だった。プラチナブロンドのウェーブのかかった長く美しい髪に神秘的な緑色の瞳、肌は透けるよに白く、水色のワンピースの下に隠されたほっそりとした体形は世の女性たちの憧れの的であった。


またスカーレットは美しさだけでなく、聡明な事でも世間の評判となっていた。19歳で女性ながら短大まで卒業した彼女は特に語学が堪能であった。3カ国語を使いこなし、その能力を買われ、邸宅で翻訳の仕事をしていたのである。


「旦那様は何てお手紙を書いてこられたのでしょうね?」


婆やのブリジットは目を細めてスカーレットに語り掛ける。


「フフフ・・そうね。何て書いてきたのかしら・・。」


スカーレットは2カ月ぶりに届く父からの封筒をワクワクしながらペーパーナイフで切ると、2つ折りにされた手紙をそっと取り出して、広げた。


「・・・・。」


暫く真剣な目で手紙を読んでいたスカーレットに微妙な表情が浮かんだ。


「スカーレットお嬢様?」


ブリジットが声を掛けると、途端に我に返ったかのようにスカーレットは顔を上げると言った。


「あ・・・婆や・・・。お父様が・・単身赴任先で・・夫を亡くした男爵家のご婦人と・・再婚したらしいの・・。その方には17歳の娘がいて・・突然私に義理の母と妹が出来たみたい・・。」


「えええっ?!だ、旦那様は・・・スカーレット様に何の相談も無く・・再婚されというのですか?!」


ブリジットは驚いたように声を上げた。


「ええ・・そうなの・・でも何だかお父様の筆跡とは違うような気がするのだけど・・。」


言いながらブリジットは封筒を見た。


「でも・・この封蝋(ふうろう)印は間違いなくお父様の物だわ・・。これは我がシュバルツ家の家紋だもの・・。変に疑ったりしたら駄目よね・・。」


「ええ・・そう・・ですね・・。」


ブリジットも不安が拭いきれなかったが・・・それを口に出すのはやめた。何故ならスカーレットを心配させたくはなかったからだ。


「他には何か書いてありましたか?」


ブリジットは尋ねた。


「ええ、来月・・シュバルツ家で式を挙げるそうなので3人で帰国すると書いてあったわ。」


「そうですか・・・。来月に・・でも旦那様・・ご自身の結婚式は挙げると言うのに・・スカーレット様の挙式はどうされるのでしょう・・。もうアンドレア様と婚約して3年になると言うのに・・・。」


「アンドレア様・・・。」


アンドレア・リスト。彼は今年21歳になる青年で、スカーレットと同じ伯爵家の爵位を持つ。彼はスカーレットが生まれた時からの許嫁であり、恋人同士とまではいかないまでも、子供の頃からスカーレットは彼の事を好いていた。そして3年前に念願叶って婚約を果たしたのである。


「あら、そう言えば・・今日はアンドレア様がいらっしゃる日でしたよね?」


ブリジットが思い出したように言う。


「ええ。そうなの・・だから今日は私がアンドレア様の為にクッキーを焼こうと思っていたのよ。まだまだ慣れないから早めに準備した方がいいわね。このお仕事はまた後でするわ。」


スカーレットは翻訳途中のページに栞を挟むとパタンと閉じ、本とペン、原稿用紙を持って部屋へと入って行った―。

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