イアンとキーラ 2
イアンへ。
シュトックマー領での生活にはそろそろ慣れましたか?
こちらはイアンがいなくなってから、料理を作るのがとても面倒で、イアンの作ってくれた料理が恋しいです。
どうやらそれは祖父も同じようで、驚いたことに先日初めて祖父が私の家に訪れて、テラスで食事を作ってくれました。なんでも戦場飯というやつだそうで、戦場で食べたご飯を思い出してなんだか懐かしくなりました。
それはともかく、祖父もまたイアンを心配しています。口には出しませんが、イアンに講義をしたり料理を教えたりするのが、楽しかったようです。
ところで、シュトックマー騎士団は、王都の騎士団よりも過酷な訓練を受けているといわれています。
そんな騎士団を率いるシド様は、騎士達から鬼と恐れられる指揮官です。反抗したら雪の中に生き埋めにされるかもしれません。くれぐれも逆らわぬように。
ま、これは遅い助言だったかもしれませんが……。
二年で、イアンがどこまで強く逞しくなるのか今から楽しみです。では、また手紙を書きます。
リスベット・ヨーク。
夕食を終えたイアンの元に、シュトックマー家の執事が手紙を持ってやって来た。イアンは自室に帰るなり急いで封を開けると、何度も手紙を読み直した。
丁寧に便箋を折り畳んで封筒にしまうと、窓から景色を眺めた。外は猛吹雪だった。
「先生の助言は遅すぎる……」
イアンはすでに、演習時にシドの指示に従わずに下山しようとして、吹雪の中置き去りにされるという罰を与えられたことがあった。あの時キーラが迎えに来てくれなかったら、イアンは今ここにいなかったろう。
寒気を覚えたイアンは、寝台へと潜り込むと目を閉じた。今日はいい夢を見れそうだった。
イアンがシュトックマー領の騎士として訓練を受け始めて四ヶ月が過ぎた。過酷な訓練や厳しい寒さにはまだ慣れないが、シュトックマー城に住まう人々には慣れてきた。
北部の人間は、半年以上も雪が降り続ける気候のせいもあってか、あまり感情を表に出さない喜怒哀楽の乏しい気性の人ばかりだと思っていたが、シュトックマー領へ来てみてそれが偏見であったことに気付いた。
シュトックマー領の人々は、はじめこそイアンを殿下と呼んで、恭しい態度をとって距離を保っていたが、慣れてくると段々と気安くなっていった。
今では騎士達からはイアンと呼び捨てにされ、キーラと親しくなりつつあるイアンを牽制し、訓練時は皆して容赦がない。
使用人達からも、殿下と気さくに声をかけられるようになった。
昨日は、御年六十五歳の女中頭が廊下に座り込んでいたので声をかけてみると、腰を抜かしたから部屋まで送ってくれという。
王宮にいた頃のイアンならば、他の使用人に任せて自分はその場を去っていたろうし、そもそも王宮の使用人は王子に部屋まで運べだなんてまず言わない。
ともあれ、イアンは女中頭を背負うと、部屋まで運んだ。
「こんな婆を部屋まで送ってくださるなんて、なんてお優しい……!もうこのまま眠りについて、天国へ行っても構わないです」
「それはかなり困るので、暖かくしてゆっくりと寝てくれ。それに一度腰を診てもらったほうがいいと思う。あ、そうだ……!明日の朝にまた来るから、今日はもう寝るんだぞ?」
「あらまあ嬉しや……!ありがとうございます!」
イアンは女中頭の部屋を出ると、その足でキャスリンの元を尋ねた。
ノックすると、キャスリンは寝間着姿で堂々と出て来た。老婆の寝間着姿は色々と破壊力があったが、思い出したように厚手の上着を羽織ったキャスリンは、イアンを部屋の中へと招き入れた。
それから今飲むところだったというジンジャーティーを、イアンの分も入れてくれた。
「子供は甘いのが好きだろ?砂糖は入ってるからね」
「こ、子供……って!私はもうすぐ二十五歳ですが……?!」
「私からしたらまだまだ子供だね。ところでどうなさった?こんな婆の夜這いに来ても、殿下を満足させられるとは思えんのだがね?若いメイドの部屋へ行きなされ」
「いや、そうじゃなくて、少しお願いがあって……。薬品を精製したいので、器具を貸して欲しいんです」
「殿下が薬品作りをするとは初耳だね。リスベットに教えてもらったんだね?何を作る気だい?」
「はい。湿布を作りたくて。女中頭が腰が痛いというので」
「湿布ならば私の作ったものがあるが……女中頭ならば、殿下が作ったもののほうが効きそうだね。よし、なら私の研究室を貸すよ」
イアンは研究室へと案内してもらうこととなった。
キャスリンの研究室は南の別棟にあった。本棟から渡り廊下を渡って別棟へ行くまで、城内といえど寒くて身体が震えた。
「殿下は薬品精製が得意なのかい?」
「いや……実は苦手です。料理は得意なのですが」
「おやそうかい!ではこの婆に今度料理を作っておくれよ」
「いいのですか?」
「殿下の作った料理を食べられるなんて滅多にないこと。食べられるなら、もうあの世へ行ってもいいねぇ」
「あ、あの世へ行かれては困る……!」
キャスリンはヒヒヒっと独特な笑い声を上げた。
シュトックマー領の老人は誰もがこんな調子で、すぐにあの世や天国を持ち出しては冗談を言うのだ。イアンは度々反応に困っていたが、そんな冗談を言う女中頭やキャスリンのことは気に入っていた。
特にキャスリンは、はじめからイアンに対してまるで自分の孫のように接し、気安い態度をとっていた。話し方も貴族らしくなく、茶目っ気があって面白い。
元宮廷魔導士で中央出身ということもあって、イアンはすぐにキャスリンに懐いたのだった。
「さてこちらだよ」
キャスリンに促されて研究室の中へ入ると、室内は廊下よりも寒かった。キャスリンが部屋の明かりをつけて、魔法で暖炉に火をいれた。
「これはすごい……!」
部屋は棚で囲まれていた。虫の模型に、薬品精製に使う様々な器具が並んでおり、鍵付きの棚には薬品や晶石が収まっているものと、古代文字の刻まれた鍵付きの棚があった。
中には女の子の人形や、人形を模した呪符のようなもの、熊のぬいぐるみ、木の枝やら銀の釘等、他とは違う異様な雰囲気を醸し出す品々が置かれていた。
「大した研究室ではないよ」
キャスリンは薬品精製に使う器具や薬草を、好きに使っていいと言ってくれた。更にイアンが不安げにしているのを見て、手伝おうと申し出てくれた。不気味な品々が気になっていたイアンは、ほっとして礼を言うと、キャスリンと作業を始めた。
「あの鍵付きの棚は?」
大鍋にちぎった薬草を放り込みながらイアンが尋ねると、キャスリンは穏やかに答えた。
「ああ。あれはかつて悪魔が乗り移った品々だよ。気味が悪いから引き取ってくれっていうから、置いてあるんだよ」
悪魔が乗り移った曰く付きの物。だから、あんなに厳重に保管されているのか。
「悪魔は物にも乗り移るのですか?」
「人にも物にも乗り移るさ。獣や魔物にだってね。なんでもありだよねぇ。殿下は悪魔祓いをしたことはないのかい?リスベットから習わなかったのかね?」
「それが、中央ではほとんど悪魔は出ないので、中央北部の州境へ一度悪魔祓いへ出かけたのですが、出没しなくて……やり方だけ聞いて実践したことはありません」
「なるほど。ならば、こちらで実践するしかないね。そろそろ昼夜問わず悪魔が本格的に活動を始める頃だからね」
「あの、その時は悪魔祓いのやり方を教えていただきたいのですが……」
「もちろん。でも、私ももう歳だからね。寒い中外に出るのがしんどい。シドやキーラに教えてもらうのが一番かもしれないね」
「シド指揮官も悪魔祓いが出来るのですか?」
「力の差はあるが、シュトックマー家は皆出来るさ」
「でも、キーラは西部の出身ですよね?」
「出身は関係ないね。あの子は戦闘魔術も長けているが、悪魔祓いも出来る腕の立つ魔法使いだよ。……あ、でも薬品作りは苦手のようだね」
それを聞いて、イアンは内心ほっとした。
イアンは、キーラが騎士団の訓練で一度もシドに叱られているところを見たことがなかった。キーラは足腰が強くて体力もあり、戦闘や治癒術に長けている。それだけでなく、天候を見るのも、人探しをするのも得意だ。
それだけに、キーラにも苦手なものがあるのかと思うと、安堵した。
イアンはキーラのことを女性として意識し始めたと同時に、魔法使いのライバルとしても意識していた。男として、王子として、魔法使いとして、キーラには男らしくて頼もしいところを見せたい。いつしかそんな風に思うようになっていた。
「ほら、出来たよ」
キャスリンに言われて大鍋の蓋を開けて、薬液に浸かった湿布を取り出すと、軽く絞って魔術を込めた。これで湿布の完成だ。
「薬品作りももっと上手になりたいのですが……」
「ここならいつでも使ってくれて構わないよ。ただし、危険な物があるから気を付けておくれよ」
「はい!ありがとうございます!」
キャスリンは温かい笑みを浮かべた。
「それにしても、イアン殿下は本当に変わられたねぇ……。かつて王宮の夜会で見た時とは大違いだよ。あの時は確か、令嬢達を侍らせてふんぞり返っていたからねぇ」
黒歴史だ、とイアンは羞恥で顔を赤くした。
「わ、忘れてください……!」
ヒヒヒっと、キャスリンは可笑しそうに笑った。
翌朝。訓練前に、女中頭の部屋を尋ねて湿布を手渡すと、女中頭は感激のあまり涙を流した。
「これでもう思い残すことはないです!このまま天国へ行かせてください!」
「それは困る!」
その後、感涙する女中頭をなんとかなだめたイアンは、その足で訓練場へと向かった。
そして、雪の中厳しい早朝訓練を終えて、騎士宿舎の食堂で騎士達と一緒に朝食を食べていると、中年の女史がやって来て、遠慮がちに言った。
「殿下。お食事中に大変申し訳ありません。不敬と重々承知でお願いがあります」
「どうしたんだ?」
「女中頭に渡した湿布を、私にも譲ってくださいませんか?もちろんお金は払います!」
驚くイアンに、女史が説明した。
どうやら女中頭が、イアンが作った湿布を貼ったら腰痛が治ったと使用人達に話したらしく、普段から腰痛に悩まされていた女史も欲しくなったのだとか。
「分かった。昨日の物がまだあったはずだから、持ってこよう」
女史はぱっと表情を明るくすると、ありがとうございます!と感激した声を上げた。
イアンは急いで朝食を平らげると、自室に置いてある湿布を取りに行った。そして、材料はキャスリンのものだし、お金はいらないと女史に渡した。
女史は感激して、泣きそうな顔で何度も頭を下げると、いつ死んでもいいと言い残して去って行った。
シュトックマー領の人々は死にたがりだなと、イアンは可笑しく思った。
翌日から、中年から老齢の女性使用人達が、イアンの元を訪れては湿布をねだった。殿下の作ったものがいいと顔を赤らめる彼女らは、湿布を渡すと生き生きとした表情を浮かべて帰っていった。
イアンは自分が必要とされていることが嬉しくて、キャスリンの許可を得て研究室を借りると、夕食後にせっせと湿布作りに励んだ。
皆から殿下の湿布が効いたと言ってもらえると、それだけでやる気が出てきて、苦手な薬品作りにも精が出た。
基本的にイアンは素直で単純だ。褒められれば喜び、叱られれば落ち込む。こんな性格だから、王宮では周りからちやほやされて、調子に乗りまくっていたわけだが。
ともあれ、かつてのイアンならば、使用人達とこんな風に気安く話すなど、考えられなかった。王宮にいた頃は、使用人とは会話らしい会話はせずに要件だけ述べる、本当の意味での使用人と主人というやり取りのみだった。
思い返してみれば、身の回りの世話をしてもらっているというのに、礼の一つも言ったことがなかった。
王族は臣下から軽んじられてはいけないのだから、それが本来の正しいあり方なのだろう。
しかし、シュトックマー城の使用人達と話すようになり、少しのことで礼を言われたり言ったりするようになって、かつての自分がいかに相手の気持ちを考えていなかったのか、思い知らされた。
傲慢だったなと、今は思う。
臣下達から傅かれるのを当然として、なぜ皆が自分を敬い大切にしてくれるかなど、考えもしなかった。浅はかな自分を、今は恥ずかしいと思う。
だから今、イアンはいつも自分のために尽くしてくれる人達に、何かをしてやりたい思いでいっぱいだった。
シュトックマー城の使用人達が、イアンの湿布で喜んでくれるならいくらでも作ろうと、せっせと湿布作りに勤しんだ。
◇
その日もイアンは、訓練を終えて夕食を急いで平らげると、真っ直ぐに研究室へと向かった。
キャスリンの材料を使わせてもらう代わりに、肩もみをするという約束を取り付けたイアンは、遠慮なく薬草をちぎって、作業台に並べていた。
「殿下、精が出ますね」
突然した声に驚いて振り返ると、キーラがドアを締めてこちらに歩み寄ってくるところだった。
「キーラ!」
キーラは研究室の中を見渡すと、イアンの隣に並んだ。
「最近姿を見せないと思ったら、女性使用人のために湿布作りだなんて……」
キーラの顔は不満げで、イアンを責めるように睨みつけてくるものだから、思わず後退った。
「なんだ?何か不満でも?」
「ええ!もちろん!」
「身体の痛みを訴える使用人のために、湿布を作っているんだ。それの何が不満なんだ?」
「私以外の女に物をあげている殿下が、気に入りません!」
キーラは、イアンの顔に指を突き付けて言い切った。イアンは目をぱちくりさせた。
「皆身体のあちこちが痛いというのだ。寒い気候のせいもあるのだろう。キーラはまだ若いから関係ないだろう?それとも筋肉痛か?」
「そういうことではありません!もう!殿下ってば女心というものが分かっておりませんね!本当に脳みそ詰まってるんですか!?馬鹿なんですか?!」
キーラが突き出した指で、イアンの額をピンと弾いた。地味に痛がるイアンに、キーラは頬を膨らませてぷりぷりと怒っている。
か、かわいい……。
思わずキーラの顔を凝視していると、キーラはそれが気に食わなかったのか、唇を尖らせて更に怒り出した。
「殿下!私には一度だって何かをくれたことがないじゃないですか!使用人の皆に湿布をあげるなら、私にも何かください!」
「な、何かって……何を?」
「そんなの、殿下が考えてくださいよッ!考える脳みそがあるならね!」
キーラはぽかぽかとイアンの胸を叩き出した。そんな姿もかわいいのだが、やがて本気で殴りだしたので、イアンは慌ててキーラの両腕を掴んで止めた。
「わ、分かった!分かったからやめろ!」
「では、何をくださるんです?」
「う、うーんと……」
「そこは金銀財宝と、王妃の座って言ってください!!もう知らない!」
キーラはイアンの腹に一発拳を打ち込むと、痛みに悶えるイアンを置いて、嵐のように去って行った。
「な、なんだっていうんだ……」
イアンは腹を抱えると、痛みでぐうぅと声を漏らした。
その日作った湿布は、見事に失敗に終わった。
それから二日後。イアンは早朝訓練の始まるずっと前に厨房を訪れると、明かりをつけて暖炉に火を入れた。それから、寒さに震えながらエプロンを付けて、調理器具を取り出した。
「よし!」
気合を入れて材料を取り出すと、イアンはせっせと料理を始めた。
◇
早朝から吹雪の中で地獄のような訓練を終えたイアンは、食堂に向かう廊下でキーラに声をかけた。
「キーラ!!」
イアンは、未だに不機嫌な様子を隠しもしないキーラを捕まえると、自室へと連れて行った。
「で、殿下!部屋に連れ込むなんて……」
ぷりぷりしていたキーラは、イアンの部屋へ入るなり、急にもじもじし始めた。しかし、イアンはお構いなしに机の上に置いてあった包み紙を取ると、キーラに手渡した。
「これは?」
「開けてみてくれ」
キョトンとしたキーラは、あっと思い出したように声を上げた。
「金銀財宝ですね!」
いや、と否定するイアンを尻目に、キーラは素早く包み紙を開けて中を改めた。そして、目を大きくした。
「その……私が作ったんだ。女性は甘いものが好きだろう?」
プレゼントとは、今朝イアンが作ったカップケーキとチョコチップクッキーだった。チョコチップクッキーはリスベットから教わったもので、カップケーキはイアンが試行錯誤して作ったオレンジピール入りだ。
「今の私からは金銀財宝や王妃の座はあげることは出来ない。でもそれ以外で、キーラがもらって喜ぶものは何かと色々と考えたんだが、中々思い付かなくて……。私が自信を持って出来ることといえば料理くらいだと思って、お菓子にしたんだが……やっぱりお菓子ではだめだったか?」
俯いてしまったキーラに問いかけると、キーラはふるふると首を左右に振った。そして突然顔を上げると、薄っすらと涙の膜を張った目で、イアンを見つめた。
イアンはドキリとした。キーラは震える声で言った。
「金銀財宝よりも……」
「うん」
「とってもとっても嬉しいです!!」
キーラはお菓子を抱えたままイアンの胸に飛び込んだ。キーラがイアンに身体を預けると、イアンはそっと背中に手を回して抱き留めた。
抱きしめ合うと、外が吹雪だろうが部屋が寒かろうが、どうでもよくなってしまう。二人の心音と体温が重なって、ずっとこうしていたいという、愛しい感情が込み上げてきた。
「殿下……」
「うん……?」
「キス、しないのですか?」
「なっ……!」
身体を離して見下ろすと、キーラは潤んだ瞳で見上げてきた。イアンの頭に理性の文字が浮かんだ。
ここはイアンの部屋で、邪魔する者はどこにもいない。視界の隅に寝台が映り、キーラにクイクイと服の袖を引っ張られて、イアンの中で理性の文字がガラガラと音を立てて崩れていった。
気付けばキーラの腕を掴んで引き寄せていた。後頭部に手を回して、もう片方の手を腰に回したところで、軽く唇を重ねてすぐに引き離した。
すると、それだけ?と言いたげなキーラの瞳と視線がかち合って、イアンの中に火が点いた。
キーラの口が僅かに開かれたタイミングで再び口付けると、今度は貪るように唇を重ねた。
しばらくして、キーラがイアンの胸を訴える様に叩いているのに気付いて、我に返った。
慌てて引き離すと、はっと息を吐き出して真っ赤な顔をしたキーラが、お菓子を抱いたままふるふると身体を震わせていた。キーラは自身の濡れた唇に触れると、更に顔を赤くさせて、狼狽えた。
「き、キーラ……その、つい」
「こ、こ、こんなキスはまだ早いです!修行中の身だというのに!殿下の……ばかっ!」
キーラは恥ずかしさのあまりイアンに背を向けると、脱兎のごとくその場から逃げ出した。
一人部屋に取り残されたイアンは、慌ててキーラを追おうとして廊下に飛び出すなり、絨毯に足を引っ掛けて転び、膝を強打した。
「ぐああ!」
イアンはうめき声を上げて廊下を転げ回った。
自分からキスをねだった癖に、なぜ逃げるんだ?!
その日イアンは、自分で作った湿布を自分に使うこととなった。
そして翌日から三日間、イアンはキーラから避けられて、無視され続けた。
その後も、イアンは女心に翻弄され、キーラに振り回されることとなる。