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はじめての冒険 3



 そして三日後、入念に準備を済ませたイアンは、堂々と門の前に立っていた。

 さながら今から戦地に赴く兵士のように、きりりとした顔をしている。


 イアンは剣と短冊をしっかりと手にして、黒い魔物が現れるのを待っていた。シンはイアンのコートの胸ポケットに収まっている。


「イアン。我は手を出さないからな。一人でやり遂げよ」


「分かった」


 やがて朝日が顔を出すと、ひたひたと水の上を歩く音が聞こえてきた。目を凝らして見ると、鏡湖の上を歩く魔物が一匹。


「現れた」


「よし」


 黒い魔物がいつもの定位置で歩を止めた時、イアンも黒い魔物と同じように水面を歩いた。

 浮遊の魔術を込めた、ヘンリー特製の小さな紐を靴に括り付けてあるため、水面も難なく歩くことが出来るのだ。


 黒い魔物がイアンに気付いて目を向ける。それを合図に、短冊をばら撒いて剣を突き出した。

 すると、短冊は黒い魔物の周囲に散らばり、取り囲むように空中で止まる。短冊から波動が起きて、淡い白い円形状の結界が敷かれた。


 黒い魔物は落ち着いたもので、その場に佇んだままイアンを見ている。


「さあ、お前を捕まえることが出来たら、私と契約してもらおう!」


 剣を突き出して叫ぶと、雷鳴と共に雨が降り注ぐ。鋭い刃の水の礫と、稲妻が黒い魔物めがけて落ちていった。

 黒い魔物は大きく跳躍した。そして軽々と礫を避けたが、稲妻はまともに受けたはずなのに、ダメージを受けた様子はない。


 イアンは懐からヘンリー特製の釘をばら撒くと、風を巻き起こした。釘を巻き起こんだ竜巻が黒い魔物を取り囲むと、釘から稲妻が放たれた。

 その時、竜巻の内側から強烈な光が放たれて、一瞬で竜巻がかき消えてしまった。釘はばらばらと水面へと散らばり、沈むことなくその場に浮いている。


 黒い魔物はそのまま結界を突き破ると、森の方へと駆け出す。このままいつものように逃げられてしまうのかと思ったが、イアンはニヤリと口端を上げて笑った。


 そして剣を黒い魔物に向けると、落ちた釘が黒い魔物を取り囲んだ。すると釘から濃霧が発生し、黒い魔物の動きが止まった。霧がイアンと黒い魔物を取り巻くように、周りの景色を遮る。


 イアンはもう一度短冊をばら撒くと、今度は湖の中へと沈めた。そして湖一帯に結界を敷くと、湖の中へと剣を突き立てた。

 黒い魔物がじっとしているのをいいことに、イアンは叫んだ。


「お前の正体は、朝日が水面に反射した姿だ!本体は水の中にいる!」


 黒い魔物が霧の日に姿を現さなかったのは、日光が遮られてしまって形を保つことが出来なくなるからだった。


 イアンの足下に魔法陣が展開すると、水中へと吸い込まれるように沈んでいった。

 イアンは剣に魔力を込めた。剣に反応して、水中に沈めた短冊が結界を狭めていく。イアンは慎重にかつ素早く魔物の気配を探った。


 額から汗が流れ、柄を握る手が震えた。

 この集中が途切れたら、目の前の魔物は姿を消してしまうだろう。ここで逃したら明日はもう現れないかもしれない。

 イアンは必死で剣の柄を握りしめ、神経を集中させた。その時、水の中で何かが駆けているのに気付いた。


「見つけた……!」


 イアンが叫んだ時、立ち竦んだ黒い魔物が揺れたように見えた。目を凝らして見ると、黒い魔物は蜃気楼のように歪み、身体が透けて見えた。


 イアンは勢いをつけて、剣を柄まで湖の中へと沈めた。すると、形を保っていられなくなった黒い獣は、湖の上から消えてしまった。


 イアンは沈めた剣を、渾身の力を込めて引き上げた。そのまま魔物に浮遊の魔術をかけると、水上に引き上げられた魔物の腹には、イアンの剣が深々と突き刺さっていた。

 倒れ込んだ魔物は腹から血を流して、荒い呼吸を繰り返している。


「こいつが黒い魔物の正体か……これは驚いたな」


 魔物の毛並みは、朝日を受けて白く艶やかに光っていた。ねじれた二本の角は光に反射して、金にも茶にも見える。鬣は灰茶色だが、所々金が混じっている。薄っすらと開いた目は、鏡湖のような濃い青色をしていた。


「光に反射した姿は影だったのだな」


「本体はなんと美しい姿だ」


 イアンは息を切らして膝を付いた。そして、魔物の背中に触れた。


「お前と契約したい。私の臣下となり、力を貸して欲しい。今の私ではお前の主人になるには力不足かもしれないが、主人に相応しいように、努力して強くなることを誓う」


 イアンの足下に魔法陣が展開する。太陽の形をした魔法陣の真ん中は空洞になっていた。

 魔物は青い目をイアンに向けた。長い時間そうして見つめ合った後、魔物は小さくヒンと鳴いて、イアンの手に顔を擦り付けた。


 その途端、イアンの頭の中に名前が浮かんだ。息を止めて魔物を見下ろし、そして鬣を撫でて微笑んだ。


「ハルバード、私と契約してくれるか?」


 ただ見返したハルバードが、イアンの魔法陣の中へと沈んでいくと、白い魔物の絵が浮かび上がり、金の光を放って消えた。


「イアン!やったな!」


 シンの歓喜の声を聞きながら、イアンは力尽きて膝から崩れ落ちると、湖の中へと沈んでしまった。


 魔力を使い果たしてしまったイアンは、冷たい湖の中に沈みながらも、達成感で満たされていた。


 ついにやった!魔物を使役することが出来た!


 しかしそう思ったのも束の間、すぐに呼吸が出来なくて苦しくなった。口の中に辛い水がわんさか入り込む。

 このままでは死ぬと思った時、胸ポケットから白い光が放たれた。


 驚くイアンの目の前に、大きな龍の顔が現れた。龍はイアンの身体を咥えると、一気に上昇した。そしてそのまま空中へと飛び出した龍は、高らかな笑い声を上げた。


「よくやった!イアン!上出来だ!」


 イアンはシンの背中に乗せられて、げえげえと水を吐き出しながら、寒さに震えながらも天に向かって拳を突き上げた。


「ついにやったぞ!」


「これで帰れるな!」


「ああ!リスベット先生に胸を張ってただいまを言える!」


 イアンとシンはしばらく空を飛んで喜びに浸っていたが、すぐに寒さに耐えられなくなって天幕へと戻ることにした。



 天幕へと戻ると、イアンはリスベット特製の魔力回復薬を飲んでから、ハルバードを呼び出した。

 ハルバードには怪我を負わせたままだったので、イアンは治癒術を施して止血すると、傷口にリスベットと共に作った傷薬を塗り込んで包帯を巻いた。

 

「ハルバードは湖の中に住む魔物だったのだな。黒い獣の姿は影だから、太陽が隠れてしまう曇りの日や霧の出る日は姿が見えなかったのか」


「いくら攻撃をしかけても鏡のように反射して跳ね返してしまったのは、性質が水と光だからだな。守りに適した魔物だ。水と光を上手く使えば、黒い獣のように幻影を生み出すことも出来るだろう。魔物本来の性格は温厚そうだし、イアンにぴったりではないか?」


 そうだなと答えると、イアンは嬉しくてハルバードの背中を撫でて、毛布を掛けてやった。


「私は使役出来た魔物達に、契約してよかったと思ってくれるような主人になりたいと思う」


「そうなれるように努力せねばな」


 ああと頷いて、イアンは微笑んだ。



 そして鏡湖森林地帯に来て四週間。

 イアンはハルバードの背に乗って、王都へと帰還した。


 リスベットはハルバードを見て目を丸くし、髭が生えたイアンを見てまた目を丸くした。


「これはまあ……驚いた。髭面……汚らしいわよイアン」


「先生!もっと言うことがありますよね?!」


「そうね。おめでとうイアン。こんな立派な魔物を使役出来るとは……成長したじゃないの!」


 イアンがハルバードの背から降り立つと、リスベットがぎゅっとイアンを抱き締めた。

 石鹸のいい香りと温かくて柔らかいリスベットの感触に、不覚にもイアンの目に涙が浮かんだ。


「おかえり。イアン、よくやったわ!」


 上っ面の言葉ではない、心からイアンを褒める言葉だ。それがこんなに嬉しいとは。


 感極まったイアンがリスベットの背に手を回そうとした時、突然リスベットの背後から現れたリュークによって、頭に肉球パンチをくらった。


「ぐっ!!」


「ああ……リューク。久しぶりの再会なんだから大目に見ないと」


 シャーッと威嚇するリュークを恨めしそうに見て、イアンは頭を抱えこむ。するとハルバードがやって来て、イアンの顔を覗き込んできたものだから、なんだか嬉しくなって抱き付いた。ハルバードは優しい魔物だ。


「先生!私はマルコーシスのように、常にハルバードを傍におくことにします!」


「別にいいけど……」


 その後、イアンは使役出来た魔物達を紹介するために家の前で魔物を呼び出しまくり、そこから動物へと変じていった。

 すると、家の周りは獣だらけになってしまった。


「ちょっと……人よりも獣のほうが多いじゃないのよ。動物王国じゃないのよここは!」


「先生、しかし私は彼らに立派な君主になるために努力をすると約束したのです!」


「そんなの影の中からでも分かるでしょうが!早く元に戻しなさいよ!」


「しかし!」


「一匹だけにしなさい!」


「ですが!」


「いいから戻せ!」


 この後イアンは散々リスベットに怒られた。


 ともあれ、イアンの修行は六ヶ月目に突入した。


 二日後、髭を剃り髪の毛を切って綺麗になったイアンは、次の修行へと向かうべく、王都の街へ降りた。ちなみにハルバードは留守番だ。


「街に降りて一ヶ月間平民として働いてみなさい!仕事先は私が用意しておいたし、変化の腕輪をはめたら、茶髪の平凡な見た目になるから王子だとバレないわ」


 師の言葉に素直に従ったイアンが向かった先は牛乳屋。


「あ、君が今日から牛乳配達を手伝ってくれるイアン君?私はサミュエル。よろしくね!」


 イアンは早朝は牛乳配達をすることになっていた。ちなみに昼からはマットの工房で魔道具を作り、夕方にはグレアムの店番をすることになっている。


「こんな重い物を毎朝運ぶのか……きついな」


 あくびを噛み殺して眠い目をこすり、運搬用の牛を引きながら坂道を登る。かじかむ手で重たいガラス瓶を運びながら、一軒一軒牛乳を置いて回った。


 坂を登りきって振り返ると、朝日に照らされた街が一望出来た。その光景にイアンは見惚れた。


 ああ。綺麗な景色だ。

 なんだか今日も頑張れそうだ。


「イアン君!次の家に行くよ!」


 サミュエルが呼んでいる。

 イアンは大きく息を吸い込んだ。


「はい!今行きます!」


 イアンは元気に返事をして、駆け出した。







 


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