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はじめての冒険 2



 イアンは水を汲んで天幕へ戻ると、湯を沸かして簡単なスープを作った。乾燥トビウオで出汁を取り、乾燥した野菜に酒を少々入れたシンプルなスープだが、身体が芯から温まった。


 ちなみに料理の仕方はリスベットではなく、なんとジェイコブ・ラザフォードから教えてもらった。

 ジェイコブは領主になる前の二十代の頃に、戦争に出兵したことがあり、その時の野営地で料理の仕方を教わったそうだ。


「兵士がどんな環境で食事を取って毎日戦っていたか、王子であるイアン殿下は知る必要がある」


 ジェイコブ自らの手でラザフォード家のタウンハウスの庭に焚き火をたくと、鍋に湯を沸かした。それから乾燥させた食材を使って、きのこのスープを作った。


 酒と胡椒で味付けしたシンプルなスープだったが、干して乾燥させたきのこは旨味が凝縮されていて美味しかった。イアンは三杯もおかわりした。


「戦場には長持ちする食材を持ち込んで、兵士自らが料理をする。時には狩りをして肉を捌き、川があれば魚を採って捌く。山ならば山菜を採って料理する」


 ジェイコブはイアンに釣りと狩りの仕方から、料理の仕方も教えてくれた。


 意外なことに、イアンは料理に夢中になった。

 イアンは子供の頃から王宮料理人の豪勢な食事ばかり取っていたため、その味に飽きていた。その反動で、リスベットが作る素朴な家庭料理や、ジェイコブが作る戦地で食べるような料理に惹かれ、どっぷりはまってしまったのだ。


 その日を境に、イアンは昼からラザフォード家に行ってジェイコブの講義を受け、それが終わるとラザフォード家の料理人から家庭料理を教わるようになった。

 そしてラザフォード家の人々と夕食を食べて、王宮へ帰るという一日を送るようになった。


 イアンはある日、試しにリスベットの家で昼御飯を作ってみた。山で採ってきた山菜と米を一緒に鍋で炊いた後、チーズを混ぜ込み軽く竈で焼いたリゾットだ。

 すると、リスベットは驚きに満ちた目でイアンを見て、あんたは天才!と親指を立てて絶賛した。


 その日から、イアンは料理担当になった。自分でも驚くことに、料理が楽しくて仕方なかった。美味しいとラザフォード家の人々に言われて、尚更イアンは嬉しかった。


 ある日、ジェイコブはイアンを川釣りへと誘った。釣った魚をジェイコブと捌き、川辺で焚き火をたいて塩焼きにして食べた。自分で釣って捌いた魚は、驚く程美味しかった。


「戦場の兵士達は極限状態で戦っている。心の支えは仲間と飯だ。同じ釜の飯を食べて絆を深め、共に戦う。それは戦場だけではない。王宮の中でも同じこと。イアン殿下にもいずれ戦友が出来るでしょう」


 イアンはそうだといいがと答えたが、戦友と呼べるような人は一人も思い浮かばなかった。


 これまでイアンの周りには、イエスマンしかいなかった。臣下や学園からの友人達は、イアンを褒め称えて媚を売り、絶賛する。

 しかしイアンがいない所では、偉そう、空気が読めない、自己中心的だと陰口を叩く者ばかり。


 イアンが尊大になってしまったのは、イアンだけのせいではない。王子だからと距離を置かれて気遣われるあまり、本気でぶつかってくれる者がいなかったからだ。


 しかし、リスベットやジェイコブは、本気でイアンに向き合ってくれる。

 リスベットは、イアンを一人前の魔法使いに育てようと、本気で叱り心から褒めてくれる。

 ジェイコブは、貴族間のことや歴史について、偏った考えを押し付けることなく、あらゆる角度から様々なことを教えてくれる。


 今なら分かる。

 褒めて気持ちいい気分にしてくれる者も確かにいい臣下かもしれないが、その人のためを思って厳しい言葉を投げかけてくれる臣下こそ、イアンには必要だと。


 イアンは少しずつだが、着実に変わりはじめていた。



「出汁の味が染みて美味いな!」


 考えに耽っていたイアンの膝の上で、シンが目を細めてスープをペロペロと舐めている。イアンはそうだろうと胸を張って答えた。


 イアンは食事を終えると豆を水に浸しておきご飯の用意をしてから、作戦会議をはじめた。


「逃がさないようにするには、結界を敷かねばならんな」


 学園に通っていた頃、イアンが得意としてよく使っていた魔術は、炎や雷といった攻撃魔術や、変化といった派手な魔術だった。

 しかし、イアンがあらゆる魔術を使ってみせた結果、リスベットはイアンには炎や雷といった魔術は合わないと断言した。


「イアン。あなたは女子からモテたいあまりに、バンドやサッカーをはじめる中学生みたいな男よ。派手な魔術を扱えたらかっこいいから使ってきただけでしょ」


 イアンはリスベットの言葉の殆どの意味を理解出来なかったが、女子からモテたくて派手な魔術を使いはじめたのは図星だった。

 特にダリアが東部の出身で炎使いだったから、ダリアの目を惹きたかったのだ。


「本来のイアンは、水や空気、光といった性質の魔術を得意とする傾向にあるわ。炎や雷とは真逆ね。水は何でも合わせることが出来るから、魔術にも多様性がある。イアンが変化が得意なのは、本来の性質が水だからね。だから本来は結界を敷いたり、他者の能力を引き出すことも得意なはずよ」


 イアンはリスベットに言われて、目から鱗が出そうだった。真逆の方向へひた走っていたとは知らなかった。


 リスベットは、一年かけてイアンの得意な魔術を引き出して身に着けさせることを決めた。

 イアンも特に異論はなく、というか反論しようものならば恐ろしいことになりそうだったので、リスベットの方針に従った。


 そして今、イアンはリスベットが使っている短冊を使えば、そこそこ強力な結界を敷くことが出来るようになっていた。


「しかし魔物を使役するには、まず倒さないといけない。逃げないように取り囲んだとしても、どうやって倒したらいいのか……」


「そうだな。まずは自分の力と同等の魔物を使役するところからはじめよう」


 シンに言われた通り、イアンは身支度を済ませると天幕を出た。

 他者から見えないように結界を敷いて、ヘンリー特製の釘を天幕の近くに刺しておく。こうしておくと、イアンが道に迷っても、イアンのはめた指輪が反応して釘のある所まで戻って来れるのだ。


 早速イアンは、鏡湖の周りを歩いて魔物を探した。魔物を引き寄せるため、イアンの魔力を込めた餌を撒き、現れた魔物を倒していった。


 角の生えた狸、魚のような鱗に覆われた闘牛のような魔物等、片っ端から倒していって契約を交わそうと試みたが、契約の途中で隙を見て逃げ出されたり、そのまま息絶えてしまったりして上手くいかない。


 最後に現れた、白いイノノシのような魔物を使役することに成功した頃には、日が暮れようとしていた。


「一日かけて一匹か……」


 肩を落として歩くイアンに、シンは慰めるように首に巻き付いた。


「魔物を使役するのは難しいことだ。倒したとしても、相手が主人と認めて臣下になろうと思わなければ契約は成立しない」


「シンはなぜリスベット先生と契約しようと思ったんだ?」


「リスベットは命を懸けて、我を天に帰すと言ってくれた。強い覚悟を感じたから、契約を交わした」


「強い覚悟か……」


 ぽつりと呟いて、イアンは湖を眺めた。


 覚悟のない者の臣下になろうだなんて、誰も思わない。信頼して命を預ける程の主人と認められない限り、魔物を使役出来ない。


 それは魔物だけではない。イアンの周りで媚びへつらってきた者達も、いざとなったらイアンに命を懸けてくれるか分からない。尻尾を巻いて逃げ出す姿を簡単に想像出来てしまう。

 逆にイアンもまた、臣下を置いて逃げ出さないでいられるだろうか。


「強くならなければ……」


 白い息を吐き出して、イアンはあの黒い獣と契約を交わしたいと強く思った。



 それから二週間かけて、イアンは夜明け前に起きて鏡湖を見張り、注意深く黒い魔物を観察するようになった。


 黒い魔物は朝日が顔を覗かせる頃に現れて、湖の水面に立って水を飲み、門の近くを優雅に歩いて周る。そして朝日が昇りきる頃に、姿を消す。


 しかし、霧が発生した日は姿を現すことはなかった。

 よく晴れた日に、試しにイアンが霧を発生させてみると、逃げるように駆けて、いつの間にか姿を消してしまった。


 その後もイアンは石の礫や、氷、雷や炎で攻撃したり、使役した少ない魔物で襲わせてみたりもしたが、ひらひらと華麗に避けられ、攻撃が当たったと思っても弾き返されて、ダメージを与えることは出来なかった。


 また、あちらから攻撃をしかけてくることはなく、まるで相手にされずに逃げていってしまう。しかし、翌朝になると必ずやって来るのだ。


「もしかしたら、霧が苦手なのかもしれないな。理由は何だ?」


 シンがうねうねと身体をくねらせている。イアンもまた考えを巡らせた。


 魔物の身体的特徴を思い出す。

 黒く艷やかで逞しい。真っ黒なつぶらな瞳。雷に打たれても何事もなかったかのように佇む。

 沈むことなく水面に立ち、水の上を駆ける様は美しい。鏡湖に映った姿さえも……。


「鏡湖……。もしかして……!」


 イアンは勢いよく立ち上がった。


「シン!分かったぞ!もしかしたら黒い魔物を捕まえることが出来るかもしれない!」


「なんだと!?」


 ぴんと身体を伸ばしてシンが尋ねる。イアンは自分の考えをシンに告げると、シンは目を細めて笑った。


「なるほど……!そういうことか!ならば、囲い込む作戦を考えねば!」


「何かいい案はあるか?」


 イアンとシンは二人で相談しながら、早速準備をはじめた。




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