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はじめての冒険



「というわけで、イアンには魔物を使役してもらいます。場所は西部よりの中央鏡湖(きょうこ)森林地帯。量より質。いい魔物を使役出来たら、帰ってきなさい」


 どういうわけだとイアンは詰め寄りたくなったが、ぐっと堪えた。

 リスベットの弟子となってから四ヶ月。イアンはリスベットに歯向かうととんでもないことになると学んでいた。イアンは今ではスラスラと敬語を話し、リスベットの従順な弟子になりつつあった。


「リスベット先生。いきなり魔物を使役してこいと言われても困ります。それに、なぜ鏡湖森林地帯まで行かなければならないのです?魔物ならばこの付近の森や山にもいるではありませんか」


「雑魚を使役しても仕方がないでしょう。イアン、あなたは曲がりなりにも王族なのです。ゆくゆくは王になるかもしれません。もしも王になった時、自分の身を守る盾となる、強い魔物を必要とする時が来るかもしれません。その時のために、今魔物を使役しておかなければいけません。お分かり?」


「それで、なぜ鏡湖森林地帯なのです?」


「ここから一番近くて強い魔物が出没するのが鏡湖森林地帯だからです。それに、真冬でもあそこは雪が降らないからね。さ、これに着替えて。そしてリュックを持って!」


 リスベットが着替えとリュックサックを押し付けると、イアンは怪訝な顔で見返した。


「これは?」


「魔物を使役出来るまで、イアンには野宿してがんばってもらいます」


「な、なんだと?!この私に森の中で寝ろというのか?!」


 イアンは驚きのあまり敬語を忘れて叫んだ。リスベットは眉を上げて、もちろんと頷いてみせる。


「ありえない!」


「はいはい。何でもいいからこれに着替えて。冬だから外は寒いわよ。それに、いくらなんでも期限なしだとかわいそうだから、一ヶ月間でやり遂げてきなさい。一ヶ月後にマルコーシスに迎えに行かせるから。もしくは、使役出来た魔物に乗って自分で帰ってきなさいよ」


「あんまりだ!」


 イアンはその後もわーわー騒いだが、リスベットに黙殺された。しまいには面倒くさくなったのか、着替えを終えたイアンを外まで引っ張っていくと、問答無用でマルコーシスの背に乗せられた。


「いい?イアンがあまりにうるさいから、仕方なくシンをつけてあげるわ」


 シンとは、リスベットの使役する神獣で、普段は変化の魔法でポケットに入るくらい小さな蛇の姿をしているが、本来の姿は巨大な神龍だという。

 しかし、イアンにはどうしてもこの蛇が神龍とは思えなかった。ただの非力でのんびりした蛇にしか見えない。


「シンを?!そのような小さな蛇に私を守れるか?」


「何言ってんのよ。そう思うなら、あんたがシンを守ってやりなさいよ。怪我させたらただじゃおかないわよ。さ、いってらっしゃい!」


「ちょっと待て!」


 慌てふためくイアンを無視して、マルコーシスが浮遊した。そのまま速度を上げて空を駆ける。イアンは絶叫しながらマルコーシスにしがみついた。




 そして、半日かけて鏡湖森林地帯に到着すると、マルコーシスはあっさりとイアンとシンを置き去りにして去っていった。あんまりだ。


「それで、私はどうしたらいいんだ……」


「魔物を使役するんだろう?」


「簡単に言うな。私は小熊程度の魔物しか倒したことがない」


「偉そうに言えたことか?」


 イアンのコートのポケットの中から、シンがニョロリと首を伸ばした。イアンは盛大なため息を吐くと、とりあえず歩き出した。


「ここはどういった場所なんだ?」


 シンは下界のことには疎いらしい。イアンは首に巻いたストールを口元まで引き上げてから言った。


「西部との州境にある、中央で一番広大な森林地帯だな。南部の森林地帯には劣るが、魔物もそこそこ出るし、大きな湖がある。まあ、今は冬だから凍ってると思うがな」


「とりあえずその湖目指して歩くか!」


 なぜか張り切るシンに従って、イアンは歩き出した。


 腰に下げた刀と背負う荷物が重い。着込んだロングコートは北部のシュトックマー騎士団御用達のものだとかで、しっかり防寒してくれるが、これもまたずしりと重い。

 おかげで歩くだけで鍛えているような気になって、すぐに疲れてしまう。しかし、イアンは文句を言うこともなく、休憩を挟みながら湖を目指して歩き続けた。


「ところでイアン。腰に下げた剣を使うことは出来るのか?」


「ああ。もちろん。私は学生の時に剣術大会で優勝したこともあるんだ」


「ほほう……!それなら魔物も真っ二つに出来るのではないか?」


「……私は実践で戦ったことはほとんどない」


「なんだと?」


「守られる側だからな」


「……イアンは一度魔物に喰われたほうがいいのかもしれんな」


 そんな会話をしながら歩くこと一時間。イアンは何度か魔物に遭遇した。寒さでかじかむ手で剣を握り、剣に炎をまとわせて戦った。

 なんとか勝つことが出来たが、湖に辿り着く頃にはへとへとになっていた。


 鏡湖はスピネル一透明度の高い湖とされている。以前イアンが避暑に訪れた時に見た鏡湖は、夏空のように真っ青な色をしていたが、目の前の鏡湖はやや深い青色に見える。


 鏡湖は天気や季節によって湖の色を変えることから鏡湖と名付けられており、冬は濃い色になり、春はパステルブルーに。夏は真っ青に、秋はややくすんだ藍色になるという。


 イアンが鏡湖の説明をシンにしてやると、シンは納得したように顎を引いた。


「ここは清らかな空気が流れているな。イアン、ここに拠点を置いて魔物狩りをしたほうがよい。今日はとりあえず休める場所を確保するのを優先しよう」


 確かにそうだと、イアンは湖の周りにいい場所がないか探して歩いた。

 すると、湖のすぐ脇に小さな門が建っているのを見付けた。近くまで行ってみると、門は満潮になると水に浸かってしまうようだ。湖に向かって建てられた門の柱には、太陽の紋が彫られていた。


 イアンは直感的にここが神聖な場所だと感じ取った。

 辺りを散策して、門から陸地の方へと下がっていった森の中に、小さく開けた場所を見付けたので、ここを拠点にしようと決めた。


 雪が降っていないとはいえ、それにしても寒い。湖は凍っていなかったが、火がないままでは凍えてしまう。


「イアン。魔術で家を建てればよい」


「簡単に言うな。どうやって建てるんだ?私は植物系の魔術は苦手なんだ」


「しかし、お主は変化の魔術は得意ではないか。例えばここにある水や枯れ葉、木の枝を結集させて天幕に変化させればよい。やってみよ」


「やってみよ。分かった。で、出来るものか」


 吐き捨てるように言うと、シンは小さな目を丸くさせた。


「お主は今までリスベットの下で何を学んで来たのだ?四ヶ月間、リスベットの魔術の練り方を間近で見て来ただろう?イメージと経験を下に魔術を練り上げるのだ」


「だからそれが一番難しいんだ……。リスベット先生は普通じゃない。私が魔術学園で習った魔術とは全然違うんだからな」


「しかしお主も普通ではないぞ。基本がめちゃくちゃな癖に、変化のような難しい魔術をあっさりやってのけたりする。王族特有なのかもしれんが、ある意味お主は誰よりもリスベットの弟子に相応しいのかもしれん」


「シャーロットよりもか?」


 鼻で笑うように問えば、シンからはそうだとあっさりと返されて、今度はイアンが目を丸くした。


「イアンは魔術学園で本当に基本を学んだのか?我から言わせてみたら、イアンは基本を学ぶことなく独学で魔術を身に着けた魔法使いと同じだ。野生的で頭は悪いが、才能はある。そういうところがシャーロットから睨まれる要因だな」


 のんびりとシンが言って、イアンは褒められているのか、(けな)されているのか分からずに、顔をしかめた。

 シンは天幕を作れと言ってイアンの首に巻き付いた。イアンは寒さに耐えられなくなってきていたので、シンに言われた通りに枯れ葉や小枝、小石を集めて小山を作った。


 そして、シンに言われるがまま天幕を頭の中でイメージする。


 天幕の色は生成り色。内側は羊の毛を使った厚みのあるフェルト。外側は、鮫や鰐などの鱗のように水を弾く素材がいい。


 内側は中央には焚き火をたけるようにしたい。火が天幕に移らないように中央部分の天井は高くして、空気を逃がす暖炉のような筒があるといいかもしれない。煙突のある天幕とは面白い。

 北部の遊牧民族の住居のようだ。いっそのこと形も丸くして、彼らの天幕と同じようにしよう。


 屋根の部分はサンゴミズキのようにしなやかにして、柱の骨組み部分はナナカマドのような強い木。

 床は霧の板と煉瓦を組み合わせて、こちらには絨毯とふかふかの毛布を敷く。寝る時のクッションも欲しい。


 具体的なイメージを膨らませて、イアンが腰にさした剣を天に突き上げると、足下に魔法陣が展開した。王族特有の陣は黄金に輝いており、複雑な模様と絵は無駄に派手である。


 イアンが魔術を練り上げていると、木の枝が天幕の骨組みを作り、小石は床を作る。枯れ葉が幕になったが、材料が足りないのか暖炉や毛布など小物は作り出せなかった。


「イアン。空気と湖の水を使うのだ」


 シンのアドバイスに従って、イアンは更に集中して湖の水を引き上げて魔術を練る。獣の毛皮を幕の内側に覆い、冷たく凍えそうな空気を毛布に変えた。更に霜のついた土を暖炉に変えた。


 全てが終わると、イアンは魔力を大幅に使ったせいで力が抜けて、膝をついた。ぜえぜえと呼吸するイアンの首から、シンが満足そうに微笑んだ。


「中々やるな!イアンにしては上出来だ」


「当たり前だ。私は王子だからな」


 偉そうに胸を張って言った直後、イアンは力尽きて倒れると、意識を失った。



 その日の夜、イアンは大きな龍に咥えられて、天幕に放り込まれた夢を見た。



 翌朝、イアンは暖かい毛布にくるまれた状態で目を覚ました。身を起こすと天幕の中。

 小さな暖炉には火がついていて、天井の端から熊よけが吊り下げられていた。


 それを見て気付いた。これは熊よけの形をしているが、変化した物をそのまま保っておくための魔道具だ。イアンが天幕を作るのを見越して、リスベットが入れておいたのだろう。


「どうだ?暖かいだろう」


 毛布からにょきりと自慢げな顔を突き出して、シンが目を細める。どうやらシンが運んでくれたようだと分かると、イアンは素直に礼を言った。


「リュックサックの中に鍋がある。白湯でも飲んで暖まれ」


 言われるがまま、イアンはリュックサックの中身を出した。

 中には鍋以外にも木のコップや皿、干したきのこやトビウオ、野菜に、少しの米とパンに豆等の食料と、薬品や包帯。タオルに着替えと魔道具にナイフ。雨よけのコート等が入っていた。


 よくもこれだけの物がリュックサックに入ったものだ。魔術がかかっているのか見たが、魔力は感じなかった。入れ方が上手いのだろうと、イアンは食料をまとめると、暖炉から離れた涼しい所へ置いた。


 そして鍋を手にして外へ出た。

 外はまだ薄暗かった。森の木々の合間から朝日が顔を覗かせている。湖は水鏡のように、森の景色と朝日を映して、青くきらめいている。

 イアンは美しい景色に釘付けになった。


「綺麗な景色だな。ん……?あれは……」


 シンが目を細めて湖の門の先を見ている。視線を追うと、湖の上に立って朝日を見上げている獣がいた。


 一見すると黒い鹿や山羊のような獣には、頭から長い二本のねじれた角が生えていた。

 喉から下にふさふさとした黒い毛を生やしており、大きな丸い耳を持つ。


 それだけ見ると山羊のようだが、目はくりっとしているが鋭く、馬のような体躯は筋骨隆々で、引き締まった手足をしている。

 黒く長い鬣を持ち、毛並みは全体的に黒で、目も真っ黒だった。


「魔物か……それにしても、黒い獣とは。禍々しいというよりは神々しいな」


「神獣ではないが、あれはこの森の主と見た。魔力が高いから神聖な鏡湖にも踏み入れることが出来るのだな……。イアン、あれを使役出来たら一発で家に帰れるぞ」


 確かにその通りだろうが、イアンにでもあれが単なる魔物でないことは分かる。この森の主となると、駆け出し魔法使いのイアンでは太刀打ち出来る相手ではない。


「今の私には無理だ」


「お主は偉そうだが、きちんと自分の器量は分かっておるのだな。確かに今のお主では無理だが、頭を使えばいい。周到に罠を張って囲い込み、相手の動きを封じたところを突けばいい」


「なるほど。しかしどうやって?私は結界を張るのは苦手だ」


「リュックサックの中に魔道具があったろう。それを使えばよい。それから、しばらくは相手の行動を観察することも大切だ」


 イアンはシンに言われるがまま、木陰に身を潜めてしばしの間、魔物の観察をしていた。


 魔物は湖の水を飲んだりゆっくりと歩き回ったりと、しばしその場にいた。しかし、完全に日が昇って辺りが明るくなってくると、いつの間にか姿を消してしまった。


「明日の朝も来るかしれないな。どんな罠を張るか作戦を立てねばならん」


 シンが意気揚々と言ったが、イアンはあんな強そうな魔物を捕まえて、かつ使役出来るのか疑問だった。




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