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見上げる空に願いを込めるのは何故だろうか(仮)  作者: 晴海 真叶(はれうみ まかな)
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湯気も雲も

挿絵(By みてみん)










 きゃっきゃ、きゃっきゃと笑う声が何処からか風に吹かれて聞こえてきて、功は顔を上げた。


覚えも無いのにいつの間にか見知らぬ空間に入り込んでいる自分が居て、ぽかんとしてから頭を軽く掻きむしった。


今の今まで俺何してたっけか。


…そうだ、喫茶店に戻って…。

彼女を目の前に色々考えてたら泣けてきてしまったんだ。


何が作用してここに飛んだ?


涙?


考えられる自分の変化はそれくらいしか思いつかない。

それでも涙が作用して飛んだと思ったあの時、手元には図書館から借りた大きな本があって…。

今回は本を持参した覚えも無いし、状況は違うと思った。


以前、友喜が言っていた。


そういったお膳立てが無くても、飛んでしまう時は飛んでしまうと。


それが自分にも起こったという事だろうか。



功は辺りを見回して、自分の今居る場所をもう一度確認した。








 都内アパート。


則陽を玄関先で見送った後、梨乃がひと息入れようとハーブティーの用意をしていた折に、おかしな現象をその目に捉えた。


火にかけたやかんの中の水が湯になり湯気を軽く吐き始めたと思ったら、湯気が立ち消えずに宙を浮いた状態で何故か一箇所に固まり湯気の白さが色濃くなっていく。


まるで湯気から出来たひとつの雲で。



一週間前に目撃した光の残影が思い起こされる。

一日目には残影が浮かぶのを則陽と二人で目にしたが、翌日には残影が光に立ち戻ってむくむくと形を成して雲の様な存在感のある姿へとなった。

その時は何が起こるかと特に則陽が身を構えたが、これといって他の動きは無く、内部に稲妻の様な光を湛えながらも徐々に空気に馴染んでいくように薄くなって最後には消えてしまった。


その間、二人は存在を無視出来ずに光を凝視していたが。


今目の前に見えるそれは一週間前に見たものの十分の一程の大きさで手のひらサイズだ。

もこもこと立体的に浮き上がってきた姿の内部には稲妻の様な発光が見受けられて、大きさの違いこそあれど、一週間前に見たものと同じだと梨乃は感じた。


沸々と沸くやかんを前に、湯気から出来た雲に気を取られたまま時間は経過していった。


「あっと…。」

梨乃が我に返り、やかんの様子に気付くと慌ててコンロの火を止めた。


やかんを持ち上げティーバッグを垂らしたマグカップへとお湯を注ぐ。

余った分はポットに入れようと思っていたのにその実、全く余らなかった。沸かしたまま、ぼうっとし過ぎたみたいだ。


「…。」

マグカップから香り立つ湯気に顔を近づけ、深呼吸で香りを深く吸い込んだ。


ハーブティーの香りを堪能しながら浮かんだ雲にもう一度目をやった時、雲から小さくて細くてまあまあ長い足が4本、下にニョッキリ生えて、ワタワタ宙を歩き始めたのを梨乃は目撃した。


「えっ?」


危うく落としそうになったマグカップを寸での所で止めるとダイニングテーブルの端にそっと置き、雲を凝視する。

よく見ると雲の中には目らしき点が二つある。


宙を浮いている雲の行方を、梨乃は興味津々に眺め続けた。








 良い香りの花畑が何処までも広がっていた。

もう何回かここに来ている気がする。


俺は辺りを見回した。

直ぐ傍には彼女の姿があって、俺はもう驚かなかった。


何故ならもう彼女とは何回か会話を重ねていたし、彼女が何者かは分からなくても親愛の情が芽生えていたからだ。

それは…同志という感覚だった。





 繁華街に埋もれて存在しているワンルームマンションの建物。


深く息をついて、辰成が目を覚ました。


すっかり体が軽くなったのを感じて、悠々と上半身を起こす。



「辰成。」

穂乃香が気付いてコンロの火を消して、小さなキッチンからベッドの近くに寄って来る。


「おはよ。起きたんだ。どうかな……良かった、熱、下がったみたいね。」

「穂乃香…。」

辰成のおでこに手を当てた穂乃香が安心して言う。


「寝てる時も穏やかな顔してたから…うなされて無かったし。今日明日、ゆっくりしてれば大丈夫そうだね。」

「…あんまり寝顔見るなよ。」

辰成のつっけんどんな返しに、間髪入れずに穂乃香が意見する。


「見るよ!看病の基本でしょ!顔色見ないでとか、無理だから!」

途端に怒り口調になった穂乃香に、辰成がひと息ついて弁解する。


「分かったよ。じゃあお前だけは見ろよ。許可する。」

「偉そう!」

またもや噴火しそうな穂乃香をおもむろに抱きしめて、文句が出ない様に唇を塞ぎこんだ。








 都内アパート。

ちょこまか、ちょこまかと足を熱心に動かして宙を移動する雲の姿は足の動きとその速度が見合っていなくて梨乃は思わず笑いをこぼした。


何これ、可愛い…。


ハーブティーを飲むのも忘れて見守っていると、雲の中から目玉が梨乃を覗いているのを感じた。


あ、あれやっぱり目なんだ。

ガラス玉の様な透き通った色味の目玉が梨乃をきょろきょろと見定めている感じを受けて、梨乃は口を開いた。


「こんにちは。あなたは…神獣?」


話し掛けてみるも、相手からの返事は無い。

いや、もしかしたら返事は貰ったかも知れないけれど、梨乃には分からなかった。


梨乃に視線を向けるのを止めて、再び宙を闊歩して空間を進もうとするも雲は幾ばくも進まない。


「あ、ねえ。」

梨乃が思いついてもう一度話し掛ける。

すると相手が梨乃に注目したのを視線から感じ取って、言葉は届いているんだ、と確信する。


「良かったら、肩に乗る?」


そっと手を差し出して、足元に手のひらを宛てがうと、僅かに温かみのある触感を得た。

そのまま水平に手を動かすと雲も手の動きに沿って移動する。

左肩の所まで持って行くとそっと手のひらを斜めに傾ける。と、雲は肩に着地、と言うよりは手のひらから肩に滑り落ちた。


まあこれでも一応、肩には乗れたみたいだ。


梨乃はテーブルに視線をやるとハーブティーの入ったマグカップを手に取ってソファの場所に移動する。

ソファの片側を選んで腰掛けた。


「ほら、ね?移動出来た。この方が速いでしょ?」

雲に話し掛けて、梨乃は満足げにハーブティーをすする。

ハーブティーの温度は、丁度飲み頃になっていた。





 



 林の奥の二棟の家。

手前側の家の黒い外壁は、午後の落ち着いた雰囲気を空気と共に演出している。



もうそろそろ友喜が帰るかと部屋で連絡を待ち構えていた所に、功からのメールが来た。


どうやら副業のオフィスにまで友喜はついて行くらしい。


「…。」

ラップトップコンピュータのモニター画面でメール内容を確認した有津世が、何と無く腑に落ちないものを感じていた。


今の友喜は中身がキャルユなのに…。

どうして一緒に行く事になったんだろう。

いや、一緒に行くのは別に良いんだけれど…。


一瞬考え込んでから、功に返信のメールを打ち込む。


『分かりました。帰る時になったら、また教えて下さい。』


送信ボタンを押して、有津世はモニター画面から窓へと視線を移した。



通りから丸見えなので日中にはあまり使用する事の無い、自分の部屋から通じる小さなベランダに出てみる。

通りとは言っても前を通るのは雨見達の家族か有津世達の家族か、二つの家族どちらかに用事のある人だけだから、あまり気にする事も無いのだろうけれど。


まあでも…、目の前に広がる景色を眺めながら、有津世は考え直す。


功が彼女の意思を尊重せずに無理矢理行動させようなんてしないだろうし、キャルユも功に興味を持ったのだろう。そういう事なんだろうと有津世は推測する。

でなかったら、職場までついて行くなんて、今朝の彼女の浮かない表情からしても到底出てこない発想だ。


ベランダの手すりに手を着いて考え込んでいた有津世は、木々の緑を目にしてふっと頬を緩ませる。

そよ風に吹かれた有津世が清々しい表情になって、腕を宙に掲げて大きく伸びをした。








 聞こえた言葉は、聞いた言葉は、君に届いただろうか。


僕が耳にしたものは、全て君にも届くんだ。


喜びの君にも。


静けさの君にも。


全ての君に、僕の受け取った音が届く。


もしかしたらそれは鈴の音に聞こえるかも知れない。


もしかしたらそれは風の音に聞こえるかも知れない。


変換は、常に起きていて。


いつだって、必要な形で、君に届いているから。


だから、届いている、って決めさえすれば良いんだ。


だって本当に、君はそれを受け取っているのだから…。








 古めかしい雰囲気を放つこじんまりとした喫茶店。


「お待たせ致しました。熱いのでお気を付けてお召し上がり下さい。」

目の前にぐつぐつと煮えたぎったエビマカロニグラタンが届けられる。


「ありがとう。」

友喜が微笑んで店員に礼を言った。


店員は友喜の向かいの席に座る俯いた状態の功をひと目見てから友喜に今一度会釈をした後、席から下がって行く。


友喜は頬を緩ませて、皿と一緒に運ばれてきたスプーンとフォークに目をやると手元が宙で迷いを見せてからまあるいスプーンを手に取った。


グラタンの表面を見て、手前側をほじくってスプーンに載せると、さらに顔を綻ばせる。


大口を開けてスプーンを咥えると、途端に目が丸くなって、ハフハフと口から息を漏らした。








 会いたいって気持ちが自分をここに連れてきたのなら、つまりはここで彼女に会えるのだろうか。



鬱蒼とした森の中で、功は立ち往生していた。


きっと…すごく感情が自分の中で昂っていて、彼女を懐かしんだから。


会えるのだったら会わせて欲しい。


そんな想いを胸に、功は一歩、足を前へと繰り出す。



たまに、きゃっきゃ、きゃっきゃと笑う声が風に乗って運ばれてきて、その声が何処から来ているのかを功は探ろうとする。


風は確か…こっちから吹いてきた。


左の方向を見定めて、功はそちらに向かって歩き始めた。








 森の中を探索していたら、またあの少女に出会った。



家の自分の部屋で、勉強をしていたつもりだった。


何が起こったのか全く分からなかったけれど、雨見はまた一角獣の姿で見知った森に入っていたのだ。


前回少女と出会った近辺に降り立った事を認識して、光の粒子の柱の近くへ雨見はゆっくりと歩み寄った。

すると自分の後ろ側から声が聞こえる。


「あら、あなた、また来てくれたのね。」


雨見は振り返るときょろきょろと長く立派な頭を動かし近辺を見回すも地上にはそれらしき人影は無い。


「ここだよ。」

少女は地上から空中に盛り上がった大きな根っこの上に座っており、その場所は地上から見て随分と高い場所にあった。そこからぴょんと身軽に飛び降りる。


軽やかに走って来て、雨見の下に来た。



「ねえ、見て見て。ほら、こんなにいっぱい。同じのを、沢山作ったの。綺麗でしょう?小さいけれど、あの大きいのと働きは一緒なんだよ。」


クリーム色の美しい長髪を同じ色味のドレスと共に揺らしながら、左右で微妙に違う紫色の瞳でにこにこしながら見つめてくる。


「全部で何個あるかな。1、2…。」


自分で作成した光の柱を順繰りに目で追って数を数える。

数え終わった所で少女は自分で、おお~っと言って驚き、満足気に頷いた。


少女自らの変身で最初に出現した空を貫く光の柱を筆頭に、近隣に点在する数々の小さな光の柱はまるで下から照らす劇場ステージのスポットライトみたいで、何とも華やかだと雨見は感心する。


少女を前に雨見はぶるぶると鼻を鳴らして見せる。

少女は明るい表情で雨見の細長い首から顎にかけて丁寧に撫でつけていき、腕を回して雨見の首元に抱き着いた。


「大好き。」

長い鼻面に頬を寄せて、少女は満面の笑みを見せている。

少女から寄せられる親愛の情に、雨見は穏やかさと心地良さを感じた。





 今さっき聞こえた声はこの地に居る誰かから発せられたものなのだろうか。


奥深い森の中を進みながら、功は一人考えて居た。


ここに飛んだ意味…。


聞こえた声…。


声の元に向かって歩いて行っている自分。


「…。」



功は辺りを眺める。


たまにちらりと枝葉の隙間から見える空と功の居る森の中とでは、日中と日入り程の明るさの差があった。


今まで何回か降り立った草原にはいつも遠目に森が見えていたけれど、もしかしたらここはその森だろうか。

そうなのかも知れないと思いつつ続けて考えた。


遠くからだと樹の大きさがあまり分からなかったけれど、こうして見ると自分が小人にでもなったのかと錯覚するくらいの巨大な樹々が森を構成していて。


まるでおとぎの国にでも迷い込んだみたいだ。


薄暗さの中でも不思議と温かみのある青色と緑色で彩られている空間で功は表情を和らげた。

おとぎの国と表現してみた自分にある種のくすぐったさを感じたからだ。


光の粒子が降って来て頬に触れたのに気付いて、功は顔を上げる。


見ると樹々の枝葉の僅かな隙間から見える空に、光の柱が天を突き抜けるかの如く存在している。

光の粒子はそこから降って来ている様だ。



なんか分からねえけど、すげえな…。


光の柱に壮大さを感じて功は感嘆した。


自然と足が光の柱へと向く。



と、その時、自分を呼び掛ける声が胸の中でぽっと聞こえた気がした。






 「はふっ、はふっ、はふいっ。」

目の前でパクパクと口を開けて斜め上に顎を上げている友喜の姿が目に入る。


「は。」


気が付くと功の意識は副業オフィス近くの喫茶店へと戻っていて、何故かグラタン皿が友喜の手元に置かれているのを目にした。


「…。」

唖然として友喜を見守る。


友喜は言いたいだけ、はふはふ言ってから、ようやく落ち着き口の中のグラタンを飲み込む事が出来た。


「あ…え?友喜ちゃん、それ、頼んだのか?」

「うん。」

「あっ、そう…。」


功は小首を傾げて、片腕で肘をついて頭を支える姿勢で友喜を眺める。


「…。」

目を丸くして狐につままれた様な表情をしている功の前で、二口目は慎重に進めようとスプーンを握る友喜がグラタンをほじくる。


真剣な表情で二口目をふうふう息を吹きかけてから頬張る友喜に、肩の力が抜けた功がふっと笑いをこぼした。


「美味しいか?」

「うん!美味しい!…いる?」

「……いる。」

首を振ろうとしたが、考え直した功は友喜に頷いて返事をした。


「はい。あ~ん。」

自分への三口目を譲って、功にスプーンを差し出す。


「…。」

友喜の仕草に、功の表情が立ち替わる。


「あ~ん。?」

もう一度友喜が言って、一拍後に気を取り直した功が友喜の差し出すスプーンに口元を寄せて友喜がスプーンを功に咥えさせた。


「あっつ!これ、ふうふうしなかっただろ。」

口を半開きにしながら功が思わず友喜に文句を言う。


「あ。」

功の指摘に友喜が気付いて、苦笑いの表情になった。


「いや、俺がしなかったのが悪い。大丈夫。…美味い。」

友喜に訂正して伝えると、安心して再び笑顔に戻る彼女を見て、功は微笑んだ。


「美味しい。ね。」

「うん、美味い。」

続けてスプーンでグラタンをほじくる友喜を見て、もうひと口ちょうだい、と友喜にせがんだ。








 天井の高い部屋。

奥側には一見大きな窓に見える窓枠型の大きなはめ込み照明が今日も煌々と部屋を照らし続ける。


部屋に一脚しか無いデスクセットに腰掛けるソウイチがコンピュータのモニター画面をチェックして交信作業を行っていた。


「はい。今日来ない様でしたら次回にお願いします。」


必要事項を伝え終えるとチャンネルを切り替える作業を行い、別の画面を開く。



すると文章の羅列が長々と画面上に出てきた。


ソウイチはざっと目を通すと、細長い長方形の小さなフラッシュメモリを引き出しからひとつ取り出してコンピュータの端子穴に差し込み、モニター画面に視線を戻して操作を続けた。








 食べるのに勢いを得た友喜が、ひたすらにもぐもぐとグラタンを食べ進める。


温かみのある落ち着いた雰囲気の喫茶店の奥のソファ席に、友喜と功が対面して座って居た。


「…。」

何口か友喜のスプーンでグラタンを分けて貰った後、功は友喜の食べっぷりを見守って居た。



今目の前に居る友喜の様子を見ていると、胸に抱えた深刻さが吹っ飛んで行きそうだ。


ちょっと前まで飛んで行っていた場所は…、そのまた前に胸の奥がどくんとなって魔法陣が出現した事は…、それについて深刻になっている自分に対して、くすぐり囁き掛けてくる様で。


束の間の今の友喜との時間が、今の彼女の中身は自分の求める友喜自身じゃ無いにしろ、いずれにしても功に癒しを与えていた。

そんな風に感じる自分が、また不思議で。


先程の涙はその反動だろうか。


考えてみたけれど分からなくて。


でもひとつ分かるのは…、

功は堪らなく友喜が愛おしかった。




 友喜がグラタンを食べ終わったので二人は喫茶店を出て帰路につく。


電車の中で車窓を眺める友喜を功が眺めて、たまに声を掛けて二言、三言を交わす。

つり革につかまって電車に揺られるひと時を功はしみじみと味わった。



自宅最寄りの駅に着いて、改札口を出た所でスマートフォンの通知を見た功が立ち止まる。


「あ、友喜ちゃん、ちょっと待って貰って良いか。」

功を見上げた友喜が無言で頷いて何だろうと言った表情で功の顔を伺う。

功はスマートフォンを手にしながら画面の内容を友喜に伝えた。


「有津世くんが、途中まで迎えに来るってさ。」

「有津世が?」


友喜が聞き直して、功が頷いて見せる。

友喜の顔色はひときわ明るくなったけれど、何だろう、そこまでショックに感じなくなってきている自分が居た。


ひと泣き、いや、ふた泣きしたからだろうか。

自分でも呆れるけれど、彼女を好きになってから流した涙が結構な回数のある事に、開き直るしか無かった。



友喜自身に言ったら彼女は朗らかに笑い飛ばしてくれそうだ。


立場が時々逆転して、どっちが守っているのか分からなくなる。


包み込んできて…。


そう、彼女は時々、功を包み込んできた。


両腕を伸ばして、功の背中まで腕を回してくる。


彼女との温もりは…忘れがたい宝物だった。




「有津世、何処まで来るって?」

「ん、待ってな。…いつもの所って書いてある。」

「ああ~。」


友喜が首を大振りに縦に動かして分かったとでも言う風に頷いた。


「んじゃ、そこまで一緒に行こうな。」

そこまでが何処までか功は知らなかったけれど、友喜は知っている様だし、特に確認もせずに二人は商店街の路地を歩き始めた。


功の隣で歩く友喜が時々ふっと笑みを見せる。


その何回目かで、功は気になって友喜に聞いてみた。


「何か、楽しい事でも思い出した?」

「ん~?ん、楽しい?うん、そう。今。」

「…。」

友喜の口から出た言葉は功に一瞬迷いを与えたけれど、ざっくりと解釈するならば今の彼女はこの時間を楽しんでいる。そういう事だろう。

功は息をついて口角を上げた。




 あと少しで商店街の外れに差し掛かると言った所で、友喜が功をじっと見つめてくる。


「どうした?」

友喜の視線に功が尋ねてみる。


友喜が立ち止まって、つられて功も立ち止まった。


「今日の日は、おしまい。次は?いつ?」


「…それって俺と会う日って事?…それとも、なつの事?」

「あなたの事。」


くりくりとした綺麗な瞳に真っ直ぐに見つめられて、功は僅かに赤面して頬を軽く掻きながら答える。


「明日は飛ばしてその次の日、つまり明後日。から、ほぼ毎日。もし友喜ちゃんが、学校の帰りになつといつものカフェに立ち寄るのなら、その日には会えるかな。俺が仕事場から早く帰られたらって条件付きだけど。…。」


続けて友喜に、何でだ?と、質問した理由を聞こうとして控えた。


功の胸の辺りに出来たと言う通り道に、友喜は今この時にも、ちらちらと目をやっていたから。きっとその現象に、彼女は興味惹かれているのだろう。


功にも見えない、通り道。


どういうものなのか未だに分からないけれど。






 功からの連絡を貰って、友喜を迎えに商店街の外れ近くの通りに出た時に、丁度通りの向こうから功と友喜が話をしながら歩いてくる姿が見えた。


有津世が二人の姿を確認すると、くるりと90度、向きを変えて別の方向に視線を移す。


いくら彼女の中身が今は友喜で無いにしても、二人は恋人同士で今は言わばデート中だから。


有津世は敢えて目を逸らして二人の世界を邪魔しない様にする。



今回も平日の帰りに迎えに行く延長でのこのことここまでやって来たが、自分の迎えは要らないかも知れない。

だって土曜日だし、功も急いで帰らなければならないって訳でも無いだろう。


つい勇み足で平日と同じ様に迎えに行くと伝えてしまったが、功が友喜を送れる様なら次回からは無しにしよう。



そんな事を胸につらつらと考えたが、一向に二人が歩み寄る気配が無い。

遅いな…。


ちらりと二人の所在を確認すると、先程見掛けたのとそう変わらない位置で歩みを止めたまま友喜が功に何か質問をしている様だった。

これはもう少し掛かるだろうか。


まあ良いや。のんびり待とう。


目の前の合気道教室の入る建物の奥まった内階段に引っ込み、段差部分に腰掛けた。





 功の返事に、友喜はふむふむと頷きながら返す。


「いっぱい、会うね。」

「そうだな。いっぱい、だな。」

平日はほんの数分、顔を合わせるだけだけどな。

それでも会えると嬉しいんだよな。

思いながら功は静かにため息をつく。


「見せてね。」

「ん?見せる?」

「そこ。」

友喜は功の胸の辺りを指差しながら言う。


「ああ…通り道の事か。次に会った時にも、って事か?」

功の言葉に友喜がそうだと頷いた。

やっぱり通り道が今の友喜にとって功に興味を向ける理由のひとつである事は間違い無い。


異次元への通り道があるのなら、チェック出来る時はチェックしておきたいとでもいう意味合いだろうか。



「何か、違う?変わった?」

友喜がまた唐突に質問をする。


「え?何が?」

質問が漠然とし過ぎていて何の事を聞かれているのか分からずに功が友喜に聞き返す。


「さっきと、今。」

「…。」

場所の事では無いだろう。そんなもの、見りゃ分かる。

だとしたら友喜の知りたいのは功の内側に関しての事だろうか。


さっきという言い回しも、どこの時点でのさっきを指しているのかいまいち不明だけれど、変化を感じ取った時点での事柄を言うなら、喫茶店で森の中に飛ぶ前と戻って来てからの事であろうか。


「あ~、何か…穏やかさが増したかな?」


功はぽりぽりと頬を軽く掻きながら、ぼんやりと抽象的な表現で返事をした。

ただそれが、今目の前に居る彼女の求める答えなのかどうかは分からずに。


功の返事を聞いて、友喜の顔にふわっと笑みが載る。

友喜の表情に言葉を添えるのなら、嬉しい、とでも聞こえてきそうな笑顔で、友喜の瞳は功を真っ直ぐに見つめていて。


勘違いしちゃいけない。いや、しやしないけれど、淡い期待が功の胸の片隅に灯るのは致し方無くて。

彼女はただ純粋に、こちらの思惑とか云々抜きでただ喜びを表しているだけだ。

そう分かってはいるけれども。


「歩こうか。」

功は想いを振り払うと友喜に言って先を行こうと促し、二人は再び足を進め始めた。


十歩程歩いた所で通り横の建物の陰から有津世がひょっこりと出てきて功は驚く。


「あっ、お待たせ…。ってゆうか、見てた?」

「こんにちは。一瞬見ましたけれど、その後はここで…。歩いてくるのをのんびり待っていました。」

建物の奥まった階段の場所を指し、有津世は穏やかな表情で功に話した。


「なんだ、声を掛けてくれれば良かった。話し込んじゃって。」

恐縮する功に有津世は、いいえ、大丈夫です、とフォローを入れながら続ける。


「プログラミングのオフィスに行くって聞いたから、もっと時間が掛かるものかと思ってました。」

「ああ、待たせてるし、今日はほんのちょっとの作業で済ませたんだ。」

連れ回して悪かったな、と功が友喜に言って、友喜はふるふると首を振る。


「ハンバーガーセットに、メロンクリームソーダに、グラタン、全部美味しかった。」

「…。」

目を丸くした功と有津世が、次の瞬間ぶはっと吹き出した。


「友喜、それ全部食べたの?」

有津世が目を見張って友喜に聞いて、友喜が満面の笑みで頷き返してくるのにもう一度吹き出す。


「よく食べるね。…吉葉さん、なんかすみません。」

「いいや、こうして喜んでくれるんならいくらでも。」


笑顔で答える功を見て、有津世が軽く息をつく。

薄々分かっていた事だけれど、友喜に対して甘々判定だなあ、と。

今のひと言で確定してしまった。


友喜は変わらずにこにこしているし。中身はキャルユだけど。


功と友喜、二人の反応に何と無く似たものを感じて有津世は頬を緩ませた。


「じゃあ、友喜ちゃん、またな。有津世くん、よろしく。ありがとうな。」

「こちらこそありがとうございました。あの、吉葉さん、来週の土曜日は…。」

「うん?」


「あ、土曜日なら、吉葉さん、友喜を家まで送れるんじゃないかって。さっき自分が迎えに行くって返信入れた後で気付いて…。」

有津世が功を見る眼差しは温かみを帯びていて、功は不思議と自分の気がよりほだされていくのを感じた。


「…ああ、そうだな。友喜ちゃんさえ良ければ、来週の土曜日の帰りは、家の前まで送れるかな。」

遠慮がちに友喜を見ながら功が言うと、友喜はにこっとしながら小首を傾げる。


「今日は?家に来ないの?」

「いや、あ、そういう意味じゃ無くて…。」

思いがけない友喜の申し出に功が焦った。


「友喜、吉葉さんに家に遊びに来て欲しいの?」

「うん。」

「…お茶するくらい全然大丈夫だと思いますけれど…両親居ますけれど…寄ります?」

友喜に次いで有津世も何故か功に家に来る事を推して、思ってもみない展開に功は口が半開きになった。


「えっとじゃあ…ちょっとだけ、お邪魔しようかな…。」


友喜の顔がぱあっと明るくなって、有津世は友喜に、良かったね、と声を掛ける。

有津世は友喜を見て微笑んでいて、二人の反応に功はしばし唖然とした。



 ただ送り届けるつもりが、家に寄る事になってしまった。



思えば友喜自身との草原の場所での逢瀬…。



~節度を保ったお付き合いを…。


いやいやいやいや、どの口が言うんだ。


でも、あれは意識体だけの話であって、…でも…。


林の道に入って三人で歩いている時に、功は一人で赤くなったり青くなったりして、忙しなく想いを巡らせる。

その内に、柚木家が雨見の家と共に三人の視界に入ってきた。



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