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見上げる空に願いを込めるのは何故だろうか(仮)  作者: 晴海 真叶(はれうみ まかな)
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思い出と言う名の幻想

挿絵(By みてみん)










 今はまだ夏だったんだと思い出す、強い陽気が降り注ぐ朝。


有津世が制服姿で家の玄関ドアを開けて外に出た。


「有津世、おはよう。」

奥のログハウスの玄関ドアから出てきた制服姿の雨見がほぼ同時に出てきた有津世に穏やかな笑みで挨拶をした。


「雨見、…おはよ。」

有津世は雨見を目にする事が出来て安堵の息をつくと玄関前の段差を軽やかに下りて雨見の直ぐ傍に来た。



昨日は結局、功に向けてのメールの返信内容についてコンピュータのモニター画面を睨みつつ結構な時間を費やしたがために、気が付けば夕刻になっていて雨見の家には確認の訪問が出来ずじまいだった。


そんな訳でようやく拝む事の叶った雨見の顔を有津世は食い入る様に見つめた。


「雨見…どこも何とも無い?」

「え?…有津世…?」


雨見が一瞬あっけに取られた顔で有津世を見る。

雨見の頬に有津世の手のひらが触れて、そのまま背中に両腕を回して綺麗なストレートの長い髪ごと有津世は雨見を包み込む。


「雨見…元の姿に戻れて良かった。」

有津世の腕の中で雨見は有津世の呟いた言葉が良く聞き取れなかった。

有津世が雨見を自分の腕から優しく解放すると、雨見は綺麗に染まった頬で有津世を見つめ返す。


行こうか、と言って有津世が雨見の手を繋いで二人は林の道を歩き始めた。


「雨見…、一角獣になった体験は、どうだった?」

「え?」

雨見の目がきらきらと光を見せながら有津世に疑問符を放った。


「一角獣…って、有津世の?」

「…いや、違うよ。雨見のさ、…もしかして雨見、覚えてない?」


雨見がゆるゆると首を振り、有津世の顔を真っ直ぐと見る。


その目は、何も知らないと言っている目だった。





 学校の教室で授業を受けながら有津世は今朝の登校時に雨見と交わした会話の内容を思い返していた。


確認してみると有津世と森の中で会った事はおろか、自身が一角獣になっていた事自体を雨見は覚えていなかった。


それなら日曜日や月曜日には何をしていたかと聞いてみたけれど、雨見の答えはうやむやで自分でも不思議らしく首を傾げていたし、今回こっちの世界での時間が空白のままなのはきっと自分だけでは無く雨見もだと思ったし、有津世が森で出会った一角獣は雨見だったと有津世には感じられた。


友喜の事も話したら雨見は更なる驚きを表情に込める。


「有津世、じゃあ今回の私達のそれって…石へ想いを伝えたのが効いて、起こった出来事なのかな…。」





 学校から帰った後も有津世と雨見は二人で作戦会議を行った。


場所はいつもの有津世の家のリビングだ。

友喜は帰りがまだだったし、今の状態で加わったとしても、状態の観察は出来るにせよ、会話が成り立つかどうかは未知数だ。

有津世はそんな事を考えながら今日も紅茶をマグカップに用意してソファに居る雨見の手元に運ぶ。


「有津世、ありがとう。」

礼を言った雨見に笑みを見せて答えると、有津世は雨見の隣に座って紅茶を口に含んだ。


話はもちろん今朝からの続きで、先程の雨見の発したひと言から話は広がった。

記憶は無いけれど雨見が今回一角獣になったのは石に想いを伝えた結果で、有津世が雨見の下へ赴く事になったのも石に想いを伝えた結果だたのではと二人は推測した。


ひょっとして、と雨見は続ける。


「ひょっとして?」

「うん、ツァーム達の世界とそっくりな、今回私達が飛んだって有津世が言う場所が以前私が小学生の姿の友喜ちゃんと幼いキャルユに会った場所と同じなんだとしたら…、」

「うん、」

「そこって、もしかしたら友喜ちゃんの場所なんじゃない?」

雨見が考えながら言う。


「友喜の場所?」

「うん。だってね、友喜ちゃんが居てキャルユも居た場所だし…想いを伝えた事で今回飛んだのなら尚更そうは思えない?それがどういう場所なのかは分からないけれど…。」

雨見の言葉に有津世は頷いた。


「雨見は友喜に何らかの作用をもたらす為に友喜の場所に飛んで…。」

「うん。友喜ちゃんが今現在キャルユに入れ替わっているのも私達側の要因もあったりするのかも知れない。」

「俺達側の要因…それが無きにしも非ず…か。」








 学校の帰りに友喜をカフェに誘った。


今日は暑かったけれどなつと友喜は昨日と同じくテラス席を選んで座り、友喜は合気道教室に行くと言って途中で席を立った。

いそいそとテラス席から道路に通じる階段を下りていく友喜を眺めながらなつは一瞬言葉を失う。


なつとのカフェ時間の途中で抜けたり、カフェの前に行くと言ってなつより後でカフェに辿り着いたりは友喜自身これまでもしていたし有り得る行動ではある。


だけれど今はキャルユが中身の友喜だから、教室に行くという動作を覚えている事に、何で?と、なつは疑問に思った。


黄緑色の光のもやで居る時に、行く場所とかはきちんと見えていて覚えていたって事なのかな…。

道は迷わず歩くんだよね、あの子…。


生活自体には慣れ親しんでいないって事は、歩く道や行く場所は黄緑色の光のもやの状態で居ても見えていて他はあまり見えていないとか、そういう事なのかな…。


食べるのだって飲むのだって、あの子は昨日なつの真似ばかりしていたから。

つまりはやっぱり友喜の中身は今現在はキャルユで…別の星の別人格…って事か。




 小一時間程経って、なつは前方からの気配を感じる。

顔を上げて眺めると道路から見慣れた顔がテラス席への階段を上って来た。

友喜だ。


「友喜、お帰り。」

「ただいま。今日はちょっと、暑かった。」

汗を掻いて戻って来たと言いたいのだろう、友喜自身もそんなに大層な言葉遣いはしないが、キャルユに入れ替わっているという今の友喜は発する言葉が時々元の友喜自身より、より簡素だとなつは感じた。



「ほら、日陰に入りなよ。」

なつが隣の席をぽんぽん叩く。


「うん。」

なつの言葉に、にこっと笑顔を見せて自分の荷物を脇に置くと隣の席に座った。


「で?技も、覚えていたの?」

なつが興味を持って聞く。


「技?」

「うん、合気道。合気道の技、色々あるんでしょ?」

「ああ~。教えて貰った。技。」

「…。」


どうやらそこまでは覚えていないらしい。

きっと合気道教室でも友喜は挙動不審だったのだろうと、なつは軽くため息をつく。


それでも、キャルユに入れ替わっている状態の今の友喜も、なつは好きだった。



「飲み物、冷めちゃったんじゃない?」

「暑いから丁度良いの。」

テーブルに置いたままのマグカップを指してなつが言うと、友喜は屈託の無い笑顔を見せて静かに喋る。


見ていると今の友喜は暑いとか甘いとかの五感を楽しんでいる様で、その様子に普段の友喜もそうだけど、より純粋さを感じた。

友喜の純粋な部分を抽出してその部分だけが存在しているかに感じる。


キャルユの気持ちに引きずられていた時の陰鬱いんうつさも今の友喜からは見受けられない。

なつは友喜を見て小首を傾げる。


でもまあ…。


ほわんとした雰囲気で抹茶ラテの入ったマグカップを手に持ち口にする友喜を見て、なつは緩やかに口角を上げた。








 見えた情景はどこか懐かしい感じのする緑の地で。


さわさわと時折流れる空気は心身を癒していく。


知っている温もりと彼の優しい光は彼女が受け取って、


見た事の無い色味の光へと変化した。




それは、祝福の合図で。



私達皆に巻き起こる祝福のきっかけとなる合図を彼女は編み込む。


その瞬間に、彼からの笑みまでもが自分の下へと届いて…。


私は合図と共に、彼からの想いをも受け取った。








 林の奥の二棟の家。

手前側の家の深緑色の屋根が黒色の外壁で引き立ち、美しい姿を見せていた。


有津世が友喜の部屋にノックをして声を掛ける。


「ごめん、ちょっとだけ待ってて貰っても良い?」

友喜が部屋の内側からドアを開けて、言葉を放った有津世を見て首を縦に動かした。


「じゃ、ちょっとそのままで。」

有津世は自分の部屋に戻って、部屋のドアを開けたままで自分の机の席に座る。

上のラップトップコンピュータのモニター画面を開くとメールのチェックをした。


「…。」

有津世は口元に手を当てて、届いたメール内容に目を通す。


有津世は視線を机の上の飴色の石に向けて、もう一度モニター画面に視線を戻すと手短に返信の文章を打ち込んだ。



「友喜、お待たせ。行こう。」

部屋から出て再び友喜の部屋に近づいて見ると、友喜は部屋のドアの所に立ったまま有津世を待って居た。


「あ…ごめん、そのままって意味、きっと誤解してたよね…。」

動くなという意味で捉えて友喜がそうしていた事に気付いて、有津世が友喜に謝る。


「ん~ん。大丈夫。」

友喜は有津世が来たのを嬉しそうに見上げた。

有津世は友喜に優しく微笑み返して、友喜が部屋から出るのを確認して後ろ手にドアを閉めた。








 穏やかなはずの草原で雲が覆い、稲妻が光る。

おかしいな、ここはいつも晴天のはずなのに…。


私は空を見上げた。


稲妻は私に手を伸ばすかの如く空から地面の方へと光の槍を振りかざすが、それでも私の下までは届かない。

音は、光は、私を責めようと発せられているのでは無くて、むしろ……音は、光は、私に優しく後押ししてくれている……そんな気がして。


私はもう一度、空を見上げた。








 住宅街の一角にある家のインターホンが鳴った。


「あ、友喜じゃない?」

なつが兄の功と目を合わせていそいそと玄関先に行く。


「…。」

功は一瞬俯いてから、なつの後に続いた。


なつが玄関ドアを開けると友喜が玄関の脇で遠慮がちにぽつんと立っていた。


「おはよ、友喜。」

「おはよっ、友喜ちゃん。」

これまでと変わらずアップテンポで挨拶をする後ろからの声になつは口角を上げる。


「おはよう、ございます。」

友喜は控え目な笑顔を見せながら、たどたどしく挨拶をして、なつがどうぞと手招きする家の中へと入った。








 合気道教室に来た有津世は今日も熱心に技に取り組む。


今朝は友喜の出掛けるのに合わせて家を出てきたから少し早目に教室に着いた。

友喜は、なつの家は分かると言ってこの建物前で有津世と別れたけれど、その後ちゃんと吉葉家には着いただろうか。



ここ一週間程、友喜がカフェから帰るタイミングを功からメールで教えて貰って有津世はその度にこの教室の建物付近まで友喜を迎えに出向いていた。


功は友喜を送れないのを詫びてきたが、しょうが無い事だからと有津世も丁寧に返事を返した。

彼は友喜の友達の保護者でもある訳だから友喜だけの為に時間が割けるなんて思っていなかったしそれを理解するくらいの想像力は有津世だって持ち合わせていた。



道着に着替えた有津世は礼に始まり気を静めて感覚を研ぎ澄ます。


柔らかな物腰はそのままに、有津世は組み相手に技を仕掛けられるとそれを逆手に自分の技を決める。

何パターンかを繰り返すと組み相手と礼を交わし、脇で見ていた師範らしき人から有津世に声が掛けられた。








 住宅街の一角にある功となつの家。

家に上がって来た友喜はなつにはにっこり笑ったけれど、功に対しての反応は薄かった。


カフェになつを迎えに行った時の反応もそれと違わなかったから功は今日も覚悟はしていたつもりだ。


今の友喜は中身は友喜では無い別の人格なのだから仕方が無いと功は自分に言い聞かせながらもため息は漏れ出た。



彼女はなつに対しては反応が良い。

友喜の中身がキャルユに入れ替わっていると知った初日から、なつに対してはいつもの呼び名も覚えているのが確認出来たそうだ。


でも自分への反応はなつに対してのそれよりもずっと薄くて、なつとの違いは何だろうと、功はダイニングテーブルの自分の席からリビングの座卓でお喋りしているなつと友喜の姿を目の端に入れながら考えていた。


女と、男。なつは同世代、功は歳が上。一緒に居る時間の長さでは…、なつは学校の時間とカフェに功が辿り着くまでの時間、に対して功は仕事終わりの後の、下手したらほんの数分だけ。


土曜日に関して言えば違うが…まあ、ざっとでこんなものか。

いちいち自分の妹なつと自分との違いを並べるのもアホなものだと思いながらも、そうせずには居られない自分が居る。



「さっきも聞いたけどさ、今日はどうするの?」


なつがお茶のお替わりを注ぎにダイニングに来た。


「ん?ああ…出来れば…そうだな。本人に聞いてみるよ。」


功が席を立ってリビングの座卓前に腰掛けている友喜に近づく。

友喜は功が近づいてくるのを見てきゅっと緊張で強張った様に功の目に映った。


功はそれを見なかった事にして座卓の手前で少し距離を取った形で腰を下ろし、努めて軽い感じで友喜に声を掛けた。


「友喜ちゃん。この後の時間なんだけど、いつもだと友喜ちゃんと一緒に公園に出掛けているんだ。今日は…どうかな。」


もし友喜が嫌がるのなら仕方が無いけれど…。



「公園?」

「そう。あ、別に公園じゃ無くても良かったんだけど、何故かいつも公園になってるんだ。俺が行くからだけど。…別の場所が良ければそれでも…。」

そんな言葉をきっと今目の前に居る相手は求めていないのに、功は焦りで変な付け足しをしてしまう。



「うん。公園。分かった。」



懇願する様な顔をしていただろうか。

功を見て気を遣ってくれたのか、友喜は真顔で功に請け合った。

勿論乗り気では無いのが沸々と功の側に伝わってはきたが。



「…ありがとう。じゃあそろそろ…。」

「うん。友喜、もう出掛けるって。」

なつが友喜に分かる様に言葉を添える。


「もう?…分かった。」

なつに言われて立ち上がる友喜は全然嬉しそうじゃ無くて、それを見て功は一瞬俯く。

直後に気を取り直して、静かに深呼吸をした。



「じゃあ、なつ、行ってくるよ。」

「はーい。その…お昼、二人で食べれたら外で食べて来ちゃったら?」

「…なつ、お前はどうするんだよ。」

「ちょっとね、図書館に行って来たいの。」

家を空けると予めなつが言う。


「昼は?なつのはどうする?」

「それも適当に食べるから、気にしないで行ってきて。」

功が憂いた表情を払拭する様になつに頷いて見せた。


「…じゃあ、そう出来たら、そうするよ。」

功の受け答えになつが頬を緩めて頷いた。


「それよりもほら、待ってる。」

なつが横目で示したその先に、友喜が棒立ちになっていた。


「ああ、ごめん。行こうか。」

「…はい。」



気遣う様子のなつに見送られながら、二人は吉葉家を後にした。



 住宅街の通りを歩きながら、功は自分の隣をおずおずと歩く友喜を眺める。


友喜自身は何処かへ行っていて、今入れ替わっている別人格は友喜の今の状態を留守番で居るんだと表現したらしい。


留守番と言うのはいつかは終わりを見せるのだから、友喜自身は当然戻ってくるだろう。有津世のメールの文面からもそれが読み取れたし、自分でもそう思った。

有津世のも自分のも希望的観測だけれど…。


…留守番した者が留守番したままになる事は有り得るのだろうか。


一瞬でもそれを思ってしまうと、自分の感情が立ち行かなくなる。

前に朝から晩まで友喜がもう一人の友喜と入れ替わってしまった時にも感じた想いだ。

でも今回はそれよりも確実に長い。もう、何日目か。一週間近くは経っている。

きっと…きっと友喜は戻ってくるから…。功は自分に言い聞かせた。


「友喜ちゃん。なつの事は覚えていたみたいだけれど、正直な所…俺の事はどう?覚えてる?」

「覚え……ううん。…でも分かった。なっちんのお兄ちゃん。」


友喜の返答は、功の事は覚えていないと言っているも同然だった。


薄々分かっていた事だけど、改めて聞くと結構応える。

黄緑色の光の霞の彼女は、ある時から功を全然見なくなった。

それはキャルユに入れ替わったからだともう一人の友喜から教えて貰ってはいたが…。


功はめげた顔を見せずに友喜と接する。


「今日は一人で家まで来れたんだな。道は、覚えていたのか?」

「道…そう。覚えてた。それに途中までは有津世が一緒だった。」

友喜の発した最後のひと言と共に彼女の笑顔が花開く。


「有津世…。知ってる?」

嬉しそうな顔の友喜に聞かれて、功は何とか笑みを口の端に取り繕って答える。


「ああ、有津世くんは、君のお兄さんだろ?」

「そう。お兄ちゃん。こっちではそういう呼び方もあるの。あ、そう言えば…。」


友喜は不思議そうに首を傾けて功を見る。

初めて功に興味を持った、そんな表情で持って眺めてきた。


「あなたもお兄ちゃん。でしょ。」


目をきょろきょろと動かしながら功に告げる。

友喜の話し方だと、どうやら兄だの妹だのという家族構成や定義には疎いみたいで、愛称のひとつだと解釈してそうだと功は理解した。


「そっ。俺はなつのお兄ちゃん。君は…有津世くんの妹だろ?」

試しに聞くと、返ってくるのは戸惑った視線と僅かに傾ぐ頭だ。


「うん、じゃあこういう言い方はどうだ?なつは俺の妹。分かる?」

「…ああ。」

何と無く意味が伝わったみたいで、友喜が表情を明るくする。


「分かる。なっちんは、あなたの妹。うん。」

「分かって良かった。それと一緒。君は有津世くんの妹。」

功が言ったのを、友喜は分かると頷いて、功に対してにっこり笑った。


だけれど始めに有津世の名前が出た時に見せた笑顔とは到底違って…、功は誤魔化し切れない自分の感情をずきりと胸に感じた。



 小学校の脇にある公園に着いて、功と友喜は中央奥のベンチに腰掛けた。


公園には二人の他に人は居なくて、さわさわと流れる風に揺れる木々の枝葉が擦れる音や小鳥の声、遠くから鳴く犬の声が響いて伝わってくるのを、二人は耳に感じ取っていた。



近くだけど近くじゃ無い。

一緒のベンチに座っては居ても、密着出来はしない。

でも心の距離ほどには空いていないベンチの二人の間に出来ている隙間を見て、功は友喜に話し掛けた。



「…いつもさ、土曜日の昼前のこの時間に、友喜ちゃんとこうして公園に来てたんだ。」

「…。」

先程の兄と妹の話題で見せたのとは遠くかけ離れた友喜の薄い反応に、功は真顔になって言葉を探す。



「あ…君は…キャルユ、なんだろ?友喜ちゃんとは別人格の。…君が友喜ちゃんの周りを黄緑色の光の霞で覆って存在していた時に、ここに来ていたのとか…見えて無かったのか?」


功の記憶では自分を気にしなくなった光の霞の彼女は有津世と対面する以外は大抵友喜の進行方向へと向いていて友喜の行く道を一緒に目で追っている感じがした。


…それで道は覚えてはいるのか?

でもそれだったらここに来る事を覚えていないのは何故だろうか。


やんわりと首を振って答える友喜に、彼女の記憶の端にも引っかからなかった自分を思うと悔しさの前に微かな憐憫すら覚えて。



「友喜ちゃんは…今、何処に居るのか分かるのか?」

功は静かな声音で隣の友喜に聞いてみる。


「ここは、公園。」


友喜が答える。


功が聞きたかったのは、今居ない友喜自身の事だったが言葉足らずだったために上手く伝わっていない。


「…そうだな。公園だな。正解だ。」

功は静かな声音でその言葉のままに返した。



「…キャルユと呼んだ方が良いのか?…今まで散々友喜ちゃんって呼んでたけど…。」


友喜とはあまりにかけ離れた反応に、功は居たたまれずに自分が希望してもいない提案を思わず口にする。

突き放された反応で突き放す提案をした様で直後に功は自分の発言を悔いた。



「友喜で良いよ。だってこの体は、友喜のでしょう。」

淡々と答える姿に、功の想いは一段と切なさを増した。


なるべく表情に出さない様にと、友喜に接する。


「分かった。…じゃあ友喜ちゃん。君は今は、ひとつの意識…キャルユの意識だけなのか?何故そんな事を話したかと言うとさ…、ちょっと前までつまりは君と入れ替わる前の友喜ちゃんだけど…、友喜ちゃん自身が、ぽわぽわの分の意識も同時進行で受け取ってさ、結構大変そうだったんだ。…君の場合はどうなのかと思って。」


ネックレスをしていない友喜の首元をちらと見ながら功は聞いてみる。


「意識…。んん、良く分からない。ぽわぽわ…ぽわぽわは私。ぽわぽわはキャルユ。キャルユは私。それは、分かる。」


ゆるりと答えながら、表情にほんのり笑みが載る。


「ん?…ああ、そうだよな…。」


ぽわぽわはキャルユのまた別の存在形態なんだと、確か前に聞いた。

黄緑色の光の霞の彼女はキャルユでもありぽわぽわでもある…。

そしてそれは友喜でもあるんだから、それはつまり…。


功の認識がこんがらがる。

ただひとつ功にとって確かだったのは…。


彼女の心は…少なくとも今の彼女の心は、彼にしか向いていないと事だった。








 繁華街に埋もれて存在しているワンルームマンションの建物。


小さな部屋の幅の狭いベッドで頬を上気させた辰成が一人寝ていた。


普段はこんなに立て続けに体調を崩す事は無いけれど、今回のは偶然が重なったのか丁度一週間後の今にまた発熱している。


白い壁紙の天井を見ていると、何も無いはずの空間に霧みたいなものが渦巻いているのが伺えた。


他に目を向けると、その場所にも細かな霧がうごめいて見える。


熱に因るものか…。


辰成は穂乃香を想いながら、意識が遠のいていくのを感じた。



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