言葉を
何かが嘶く声が微かに聞こえた。
有津世は声が聞こえた方向に進んで行く。
鬱蒼とした森の中だったけれど空気は軽かったし沢山歩いたからと言っても足が痛む事も無かったから、有津世はただ一心にアミュラを探したいとの気持ちに集中出来た。
今の声を聞きつけた事で、とある可能性を思う。
アミュラは…。
この地の地面も草も、とても良い香りがする。
雨見は立派な頭をもたげて様々な香りを楽しんだ。
クリーム色のストレートな長い髪と綺麗な紫色の瞳を持った少女は変わらず雨見を見守ってくれていたし、何をするでも無く居られるこの場所はとても居心地が良かった。
少女が何かを呟く。
雨見が少女の方を向くと少女は笑顔を見せた。
「私、ちょっと隠れるね。」
くすっと漏れた笑い声と共に言って、少女の姿はたちまちきらきらとした細かい光の粒になって、雨見はその様子をとても珍しそうに眺めた。
あとどれくらい行けば先程の声が発された場所まで辿り着けるだろう…。
有津世が森の中を進みながらふと森の上空を樹々の枝葉の抜けた場所から見上げると、前方に細かな光の粒子の柱が立っている場所を見つけた。
あそこは…声のしたのと同じ場所かな…。
有津世は足を速める。
近づく程に光の粒子が柱から散り、辺りにも舞っている様子が見受けられて、有津世は胸を逸らせる。
きっとこの先に…。
でもきっと彼女の姿は……。
足元の茂みを掻き分けながら行くと、樹の陰に隠れていた景色が樹を通り抜けた所で一気に有津世の目に飛び込んでくる。
ひとつは先程も少し遠くからも見えた、空に突き抜ける様にそびえ立つ細かな光の粒子の柱で、もうひとつは光の柱の傍らに立つ、白色と淡い虹色の光を纏った美しい一角獣の姿だ。
有津世は一角獣の姿を認めると、肩の力を下ろして息をつき、近くに寄って行った。
「…雨見?」
有津世は一角獣に話し掛ける。
キャルユはアミュラと言っていたけれど、ここはきっとあの星とは別の場所だし、神獣の石を手にしているのは雨見だし、この姿は………自分も身に覚えがある。
「雨見、俺だよ、有津世だよ。分かる?」
手を伸ばすと一角獣は頭をもたげて有津世に撫でられる。
有津世は一角獣を撫で、瞳を見つめながら続けて言葉を掛けた。
「雨見、どうしてここに来たんだろう…。何か用事でもあったの?用事は…済んだ?」
一角獣は頭をゆるりと動かして、そうだと有津世に言いたげだ。
一角獣の反応に微笑んで、有津世は一角獣の隣に腰を下ろした。
「…森の中でさ、聞こえたんだ。雨見の、今のその姿の声が。」
「その時にさ…改めて思い出したんだ。ツァーム達の下へ行った一角獣は、やっぱり自分だったなって。」
有津世は返事の無い中、一角獣に向けて話を続ける。
「自分が自分と会う…って友喜だけの話かと思ったけれどどうやら違ったらしくて…。俺達はさ、自分同士で色々と助け合って存在しているみたいだって、雨見の声を聞いたらさ、そんな風に思えてきたんだよ。」
「だからさ、きっと…、…必要のある時は今の雨見の様に変身する事もあれば、違う人物として振舞う事もあるんだろうな…って。」
きっとそれは、網目の様に繋がって…どこまでも広がっているんだ…。
有津世は感慨を胸にしながら思った。
「雨見、まだここに居るのなら付き合うし、帰るのなら一緒に帰るけれど…どっちが良い?」
有津世の言葉を聞いて一角獣が片方の前足を空に掻く。
「分かった。じゃあ帰ろう。…待ってね。」
有津世がポケットを探ると、二人にとって見覚えのある笛が出てきた。
「…始めからこれが出せれば良かったんだけどな。」
有津世は一角獣に肩をすくめて見せて、笛を口に咥える。
真剣な顔になると、聞いた事のある音色を笛で奏でた。
林の奥の二棟の家。
奥側のログハウスでは、目を開いてぱちくりと瞼を瞬かせる雨見が居た。
あれ?今何時?
雨見は部屋の壁に飾ってある猫の座り姿をかたどった、尻尾が振り子で揺れている時計を見上げる。
見るとまだ午前中で、それでもその前の時間に自分が何をしていたのかを思い出せない。
自分の恰好を見るとまだ寝巻姿で。
「…。」
すっごい寝坊だ!
雨見は慌てて服を着替え、身だしなみを整えると自分の部屋から出て1階のリビングへ向かって行った。
手前側の黒色の外壁の家では、自分の机に視線を向けている事に有津世がはっと気付いた。
机の上に転がっている飴色の石をその目でちらと確認すると部屋を見回し、ドア近くで倒れている友喜を見つけて血相を変えて友喜に近寄った。
「友喜、友喜?」
見ると友喜の倒れていた付近に功からプレゼントされたネックレスが床に落ちている。
有津世はそれを拾うともう一度友喜に声を掛けた。
「友喜?」
友喜は息を吐いてゆっくりと目を開いた。
その仕草を見て安堵を覚えると、
「友喜、大丈夫?起きれる?」
音量を落として気遣わし気に友喜に聞く。
「…。」
友喜は上体を起こして有津世の顔を見ると頬が緩みはにかんだ。
~第九章 言葉を
住宅街の一角。
朝の吉葉家で朝食の用意をしていた功がなつを見て、おっ、と低く声を出した。
「おはよ~。あ、もしかしてお兄ちゃん、私が今日から学校だって事、忘れてた?」
「おはよ。いや、うん、…頭の中からすっぽ抜けてたというか何と言うか…。」
夏休み明けの今日、なつは学校の制服を着て1階ダイニングへ下りてきた。
だいぶ前にもそして数日前にもなつからそう告げられた気がするが、自分の考え事に気が行き過ぎていたみたいですっかり忘れていた。
「まあ、良いけどね。ねえ、今日は午前授業だけれど、もしかしたら帰りに友喜とカフェに寄るかも知れない。」
兄に嬉しい情報を提供しておく。
「ん?ああ、そうなのか?」
「誘ってオッケー貰ったらね。だからさ、帰り一応カフェに寄ってね。」
「分かった。」
なつの言葉に功は頷いて、二人はそれぞれ朝食を食べ始めた。
今日は友喜達の学校の夏休み明け初日だ。
新学期は友喜達の学校が有津世と雨見の学校よりも一日早い。
にも拘わらず有津世は朝早くから友喜の部屋で彼女とやり取りを行っていた。
「分かる?それと、それ。後、友喜は何持って行ってたかなあ…。そう、その鞄と…。」
有津世の指示に従って、友喜がポールに掛けてある制服と鞄とを手に取り机に並べ立てていた。
「あ、でもさ、道は?道は分かるの?」
友喜はうんうん頷く。
「道は分かって持って行く物が分からないとなると…、どういう仕組み?」
首を捻って考えたくなる。
机の隅には壊れたネックレスが置いてあった。
それを見て有津世が友喜に言葉を添える。
「あ!それと、そのネックレス、持って行きなよ。ううん、留め金部分が壊れていて着けれないけれど、きっと聞かれるよ。そしたらさ、出して訳を説明して。」
友喜はまたうんうんと頷いた。
「後は?何か不安ある?」
「…特に大丈夫。」
静かな声音で友喜が答えた。
「うん。じゃあ…とりあえずはこれで…。朝ご飯、食べに下に下りよう。」
友喜はにっこりと笑顔で頷いて有津世も笑顔で返す。
友喜がキャルユに入れ替わっていると気付くのには時間はかからなかった。
なんせ、功が対策にと友喜にプレゼントしていたネックレスの留め金部分が壊れて床に落ちていたからだ。
不審に思って有津世が友喜を見ると、友喜は壊れたネックレスを目にしても特には反応せずに有津世ににこにこと笑っている。
「キャルユなの?」
有津世は勘を働かせて友喜に聞いた。
「分かるの?」
驚いた顔になって友喜が聞き返す。
「やっぱり…。うん、なんか分かった。さっきさ、連れて行って貰った草原で…別れた時と同じ表情をしてるからさ。」
あまり説明になっていない説明を有津世はした。
にも拘わらず、友喜はきょとんとした表情ながらも頷いている。
「でさ、今回どうして友喜と入れ替わったのかな。」
友喜の表情を不思議そうに見ながら有津世が尋ねた。
友喜は視線を漂わせてう~んと唸ってから思いついた様に、ぱっと有津世を見た。
「ん?」
有津世が反応する。
「お留守番。」
「お留守番?」
有津世が友喜の言葉に眉をひそめる。
「お留守番って何、キャルユ。友喜、どっか行っちゃったの?」
「ちょっと。」
「ちょっとって何なの。」
有津世が有津世なら友喜も友喜で言葉が足りない。
「ネックレス、壊れちゃったし、…ハンカチと飴、まだあると思うんだけど使う?」
前回の反省として今回は今入れ替わっている本人の意思も尊重して友喜に聞いてみると、友喜は首を振った。
「お留守番だから、出来ないの。」
「それってさ…、それしちゃったら、キャルユもどっか行っちゃって、友喜もまだ戻って来れない状態になるっていう意味?」
有津世が深読みしてぞっとした心持ちで聞き返した。
「そういう事。」
友喜が大振りに首を縦に動かして、真面目な顔で有津世に頷いて見せた。
友喜の同意に納得するも、有津世は他の疑問が浮かんできた。
「じゃあ戻るのに時間が掛かるって事?…明日から友喜の学校が始まるんだけど、キャルユ、行けるの?」
「…。」
有津世の問いで友喜が固まった。
怪しい事この上無い。
後でレクチャーしよう。
有津世は自分の机の上の時計で時間がある事を確認すると友喜に机の席に座って貰ってから改めて話を続けた。
昨日、有津世の意識が戻ってからの顛末はこんな感じだった。
ご飯にお風呂、友喜がいつもしているであろう行動をその都度丁寧に伝える。
だから昨日は有津世にとって大忙しで、ラップトップコンピュータを開くのさえも忘れて友喜の部屋と自分の部屋の往復を行っていた。
「友喜、お兄ちゃんは友喜の事が気になって仕方無いみたいね。」
自分の学校は明日からなのに朝から友喜に付きまとい朝食の席にもぴったり引っ付いて来る有津世を微笑ましく見守る母が言った。
「いや、違うんだよ。たまたま。たまたまだよ。」
どう撤回して良いか分からないのでこの時間に起きてこれたのは偶然だと母には有津世から返しておく。
「だってねえ、友喜。昨日の夜だってそうだったものねえ。」
家族と一緒の夕食時間の時、有津世は友喜の食べるのを凝視していたのを母には気付かれていた。
「有津世、友喜の健康管理に気を配るのは良いけれど、あなたも明日から学校なんだからきちんと早く起きるのよ。」
起きてそのまま行ってきますとしょっちゅう朝食抜きで登校するのを母から注意されて、ちょっと話題が逸れた事に有津世は密かにほっとする。
「はーい、分かったよお母さん。」
有津世が観念して返事をすると、母は納得して笑顔で頷いて、作業をしにダイニングに引っ込んだ。
夜に続けて2度目だったから朝は割とスムーズにご飯を食べる事が友喜は出来て、有津世はまたひとつ安心した。
友喜が学校に出掛けるのをわざわざ玄関外まで見送って、道を知っているのか帰って来れるのかを再度確認する。
友喜から大丈夫と部屋で聞いた返事を再度貰ってようやく有津世は行ってらっしゃいと友喜を送り出す事が出来た。
ひとまず胸を撫で下ろして自分の部屋に入ると机の上のラップトップコンピュータに目が行き、開くのをすっかり忘れていたのに気付く。
画面を開いてメールボックスを見ると功からの新着メールがあった。
文章を読むと、友喜に会えたらとの打診が記載されている。
あれ?
メールの届いた日付を見て、有津世は首を傾げた。
自分の記憶の中での日にちが一つ抜けている。
ゲームのクリスタル経由じゃ無かったけれど次元的にはきっと同じ場所に赴いたので、行ってから帰ってくるまでの時間はこっちでは幾ばくも経過していなかったと思い込んでいた。
だから気にしていなかったのが、丸一日意識が飛んでいたのではと気付く。
今回は、向こうに飛んで、こちらの時間も過ぎていた?
自分の意識が戻って来た時には友喜が倒れていて…。
そう言えば、雨見は大丈夫だろうか。
友喜が友喜で無くなっている事にぎょっとしてから友喜が今朝学校に行くまでは友喜にほぼ付きっきりだったから、一角獣の姿で彼女をあの場所で見たのを最後に、こちらでは雨見と意思疎通をする事がまだなされていない事に改めて気付く。
後で雨見の家を訪ねてみようか。
でもその前に。
有津世は功からのメールに再度目を通した。
「あのね、友喜。ここで並んで、こうして買うの。ああ、お金は…これとこれ。そう。それを出すの。」
なつは、ふうっと息を吐く。
今朝、学校の昇降口近くで友喜を見つけた時に、なつは友喜の周りに黄緑色の光のもやが彼女を取り囲んでいない事に気が付いた。
「…友喜、おはよう。」
様子を見ながら声をかけると、友喜はちゃんとなつに振り返っておはようと返した。
「あたし、分かる?名前言ってみて?」
「…。なっちん。」
「…。」
名前は分かるんだ。
なつは思った。
本来の友喜であれば、何を言ってるの?なっちん!とか言って、しまいには頬を膨らませて馬鹿にされたと怒るのがオチだろう。
今の友喜は生真面目に答えて、それでいて、なつの、次に出てくる言葉を静かに待って居る。
だからこれはきっと…。
なんかちょっと、予感はしていたのだ。
時々友喜らしからぬ仕草が最近見え隠れしていたものだから。
それが読み通りになってしまって、友喜自身のキャラクターは何処ぞやへと消えてしまっている。
「あのさ、…キャルユなんでしょ?この場では友喜って呼んでおいて良いの?それとも…。」
「友喜で、良いよ。」
友喜はなつの言葉に、控え目に笑ってみせて、なつは友喜の反応を見て目を三角にした。
学校が午前中に終わり、なつは友喜をカフェに誘った。
「カフェ?」
「そう。お茶する所。知ってる?」
まどろっこしいけれど、何かを喋ると聞いてくる今の友喜には知らない言葉も多々あるみたいだ。
なつはカフェに着いてからも友喜に注文の仕方とお金の払い方、それ以前に友喜の鞄を一緒に探ってお財布の在りかを確認したりとしなければいけない事が多くていつもよりもずっと世話が焼けた。
しょうが無い。
何も知らないんだから。
これで良く今日の学校を乗り切れたなと思う。
午前授業だったのもあるけれど、それにしても朝から帰りまで挙動不審だった友喜を友喜から少し離れた斜め後ろの席から眺めて、なつは時に冷や冷やした。
これは、…気付いてたらだけど友喜のお兄ちゃんも肝を冷やす思いだっただろうな…。
まあ普段の友喜がしゃっきりきっぱりびしっとしている訳では無いし、時に変な行動もするから、あまり周りとしては気にならないのか友喜の行動を気にする者は現れなかったのが幸いと言って良いのかどうかも分からないけれど。
とにかくそんな調子で学校の時間を無事過ごせた友喜と今はカフェのテラス席で一緒に居る。
「美味しい?」
なつは友喜の選んだホットの抹茶ラテを友喜が飲むのを見て尋ねる。
友喜は嬉しそうに首を縦に動かして答えてもうひと口マグカップからラテをすすった。
注文口でランチセットを頼んだ時にセットで選べる飲み物メニューを聞かれて困っていたのをなつが横から、友喜がいつも頼むのはこれだよ、と助太刀したのだ。
ちなみにランチセットは4種類あったけれどそこは迷わなかったのが、なつにはちょっと可笑しく思えた。
今の彼女は中身は友喜じゃ無いけれど、それでもひょんな所で友喜みたいな動作が垣間見えるのだ。
…これは入れ替わってしまう前に見えたものと…今は逆になっている…?
なつは隣の席でランチをもぐもぐと食べている友喜を見ながら考えていた。
どこまで伝えるべきだろう。
林の奥の二棟の家の手前側の家で、有津世が2日遅れで功へのメールの返信内容を考えている。
とりあえず、メールの返信が直ぐに出来なかった事を謝ろう。
有津世は文章の概要を決めてコンピュータのキーボードを打ち始めた。
街路樹の緑色が彩りを添えている通りの脇の6階建ての小ぶりなビル。
4階の則陽と功のゲーム会社では功が自分のデスク脇に置いていたスマートフォンを手に取り画面を見た。
今日も就業時間終わりで仕事を切り上げて功は会社の建物を後にする。
帰りの電車でドアの窓から流れる風景を眺めた。
カフェのテラス席で、帰りたそうにもしないけれどソワソワもしていない友喜を見て、なつが静かに息をついていた。
これまでも友喜から事ある毎にキャルユに関連した話は聞いてきたけれど、ひとつ不思議なのはこんなに会話がたどたどしい相手だったのだろうか、という事で。
今の目の前の友喜の反応を見ると、まるで幼児と対面しているかの様な可笑しな錯覚を覚える。
なつがいちごシェイクのグラスをストローでいつもよりも激しくぐるぐるとかき混ぜながら想いを巡らせている所に功がテラス席への階段を上って来た。
「お待たせ。…昼からここに居るのか?」
清廉とした表情で兄が登場する、と。
なつは功に微笑んで見せてから友喜の反応を見た。
「こんにちは。」
大人しめの口調で挨拶をする友喜に功が一瞬複雑そうな表情を見せるけれど、直後その表情は取り払って友喜の隣の空いている椅子を引いて座った。
「こんにちは。あのさ…友喜ちゃん、ネックレス、持って来てる?」
功の言葉に友喜は背面に置いていた鞄を手に取りごそごそと中を探ると、ネックレスを取り出して差し出した功の手のひらの上に置いた。
「これ…。ごめんね、壊れて…。」
喋る友喜にまた目が行くも、功は受け取ったネックレスの状態を見る。
「…ああ、ホントだ。これ、修理に出せるかな。なつ、帰る前にさ、これを買った店に一緒に寄って貰っても良いか?」
「…うん、良いよ。」
意外と冷静に対応する功を見て、なつは功を思いやる気持ちで一瞬涙腺が緩みそうになったけれどそれを何とか脇にやる。
「じゃあ、帰るか。…友喜ちゃん、自分で帰れる?」
「…うん。帰れる。」
「そうか、じゃあ気を付けて。それと…今週の土曜日もさ、これまで通りに、家に遊びに来て貰っても、良いか?」
功は静かな声音で友喜に尋ねる。
「家?」
「そう、なつと俺の家。あ、分からないのなら、迎えに行こうか…。」
「行けるよ。」
功は友喜の返事に頷いて、あ、ちょっと待ってな、と自分のポケットからスマートフォンを取り出し文章を打ち込んで送信ボタンを押した。
「じゃあさ、帰るか。」
スマートフォンをポケットにしまい直すとなつと友喜に声を掛けて、なつが頷いて席を立つのを見て友喜も立ち上がった。
なつに続いて友喜が行くのを、功は一瞬目で追った。
功の事を見もせずに行こうとする友喜の姿を。
その後一緒にテラス席からの階段を下りた功達三人は、挨拶をして二人と一人に分かれて、それぞれ反対方向に歩き始める。
功は振り返って友喜を見たが、友喜は一度も振り返らずに徐々にその距離が遠のいていく。
一瞬微かに表情を歪める功に、
「良いの?そのまま行かせても…?」
なつが功に尋ねた。
「…有津世くんにさ、帰りは頼んだから…。」
「そう…。さっきのは、それだったんだね。」
功が真顔で頷く。
「お兄ちゃん、言っていた店って何処?」
「ああ、それは、こっち。」
いつもの家に向かう時の道筋から逸れて曲がると、なつと功は路面店の通りに歩いて行った。
薄暗くなり始めた街の路面店が立ち並ぶ通りで、ぼんやりと照らされた店内の照明でガラスの内側に展示されている石が妖艶に映る。
「あ、お兄ちゃん、あそこの店?」
なつが指差して功に聞いた。
「そう。あそこ。入って見た事あるか?」
「ううん。でも面白そうな店だね。」
「まあな。ちょっと…衝撃的だったよ。」
なつが功の言葉ににっこりして、二人は店の小さなドアを通って中に入った。
功はなつを傍目にしつつも真っ直ぐ会計レジまで足を運んで店の人に話し掛けた。
修理の相談はスムーズに進んでいる様だ。
功達の会話をたまに耳に入れつつ、なつは数々の石が飾られている什器に近づいた。
お兄ちゃんはこの店で、友喜にネックレスを買ったんだ…。
興味深げに見回す店内には、功となつには分かるパステル調の色味の世界が広がっていた。
それは小さな生き物達の集う世界で。
石を背もたれにして座っている妖精が居たかと思えば寝っ転がっている妖精も居る。
なつの見てみた真正面の石の上には座っている妖精が居たけれど、なつの視線を浴びると文句有りげな表情になってすごすごと石の中へと入ってしまった。
別に睨んだ訳では無いけどな…。
隠れてしまった妖精になつは残念がり、他の石達にも目を向ける。
なつを気にせず優雅に髪の毛をブラシで梳いている者も居たし、丸い姿のちょっと愉快な姿の面々が色んな石の上を滑らかに滑って走って鬼ごっこみたいな遊びをしていたりと、その種類は様々だ。
数々の石を興味深げに見ていたら、綺麗な緑色の石の上に同じ色味の瞳を携えた綺麗な長い銀髪の女の子がなつの方を見ている事に気が付いた。
なつが視線を向けると、女の子はにこりとなつに笑い掛けてくる。
なつがその石を手に取ろうとする時に、女の子はなつに笑みを向けたままで石の中に収まった。
功が話を終えようとした時に、なつが石を手に取り功の近くに寄って行って自分の財布を鞄から出す。
「…なんだ、なつ。その石、買うのか?」
「うん。これ、気に入ったんだ。」
なつの返事に功は頷くとその場を譲る。
「ありがとうございます。」
なつはお金を払い終わると石の浄化をするかどうかを店の人から聞かれて、なつは、そのままで良いですと断り、石を手のひらに受け取った。
会計テーブルを見ると、浄化用の石やら音を鳴らす為のお椀型の道具とかが様々に並んである。
そこにも白色の透き通った羽根を持った可憐な妖精が座って居た。
店を出て功がなつに話し掛ける。
「それが良かったのか?」
「うん。お小遣いで買える値段だったし。こういうのに興味持ったのも、友喜のおかげかな。」
なつが前方を見ながら功に返す。
「お兄ちゃんは?直して貰えるって?」
「ん、ああ。不思議な壊れ方してるんで無償で直して貰えるって事になった。ちょっと時間がかかるかも知れないって言われたけれど。」
「良かった…ね。」
「ああ。」
なつが功を眺めると、功は穏やかな表情でなつに答えた。
「友喜、お帰り。」
帰り道の途中、商店街の外れで、友喜が声を掛けられた。
顔を上げるとそこには兄の有津世が立って居た。
急いで来たのか、有津世は息が少しだけ上がっていて肩を微かに上下させながら友喜の様子を気遣わし気に見た。
「ただいま。」
友喜は嬉しそうに笑顔を見せて、有津世の傍に寄って行って彼女の柔らかな手で有津世の手を握ってきた。
有津世は一瞬驚いた顔になったけれど、一拍後には友喜のその手をそっと握り返した。
「帰ろうか。」
有津世は友喜に言って、二人は林の道の入り口へと向かって行った。




