想いの小部屋
目を閉じていたソウイチがそっと目を開く。
手には石が握られていて、その握り方は何かを祈るかの様にも見えた。
手のひらを開いて石を覗き見る。
石からはきらきらと光りがこぼれ落ち、ソウイチの目に光を映していた。
吉葉家に戻って来た功と友喜は、なつと共に昼食時間を過ごしながら、功は今日も午後から副業のオフィスに行く予定である事を二人に話した。
先週、功に連れて行って貰った副業のオフィスの最寄り駅の街並みを友喜は思い出す。
想像していたのと異なる印象だった街並み、その中に、ひっそりと佇む小さな喫茶店はとても素敵だったなと思った。
あの喫茶店だったらまたいつか行きたいなと思うのと、もうそろそろ出掛けてしまう功を思うと、ちょっとだけ、しゅんとした気持ちになった。
でも前に土曜日くらいしか行ける日が無いと言っていたし、先週は行けなかっただろうから2週間振りなんだと思う。
オフィスに行くのが楽しみなんだと、行くと告げた時の功の明るい表情から伺えた。
功は友喜の首元のネックレスを見て、友喜の顔に視線を移す。
「まだ、なつと家に居るだろ?…帰りは気を付けてな。」
昼食を食べ終わり、片付けから出掛ける準備をしようと立ち上がる前に功は友喜に言った。
友喜は穏やかな微笑みで功に答えて、功はその表情に一拍遅れで笑みを送る。
「なつ、…よろしくな。」
功はよっぽど友喜の事が気に掛かるみたいで、なつにも目配せをして言ってくる。それなら連れて行けばと、なつは思うけれど、そこはぐっと飲み込み了承した。
…友喜も、どうやら納得しているみたいだし。
林の奥の二棟の家。
奥側に構えられている立派なログハウスでは、雨見が部屋で勉強していた手を止め、机の上の、河原で拾ってきた石に目をやった。
友喜が再びキャルユに入れ替わったのを聞いた事や自分の決意を有津世に伝えた事…つい先程有津世と話し合った内容を思う。
ぽわぽわがキャルユである事を知ってアミュラは心から喜んでいた。
ぽわぽわは、無垢で、陰りが無くて、有津世も言っていたけれど、天使的存在だとつくづく思う。
以前、友喜から聞いた話では、こちらに来るぽわぽわは、ただひたすらに有津世を想って会いに来ているんだとの事だった。
それ程にキャルユはツァームが好きで。
ぽわぽわはキャルユが募らせた想いから産生したものではとも勘繰ってしまう。
でもそれだとぽわぽわの特徴から外れてしまうとも思ったから実の所はまだ分からなくて…。
物思いにふける雨見の傍で、きらきらと石が瞬いていた。
電車に乗り、副業のオフィスのある街に功は着いた。
飲み屋の立ち並ぶ路地を通りオフィスの入る建物に辿り着き中に入ると、奥の作業スペースの、おそらくはお気に入りの席に則陽が居るのが確認出来た。
受付でマニュアル本を受け取り奥の作業スペースへと向かう。
則陽は顔を上げて微かに目線を緩ませ功に挨拶をする。
功はそれに軽く頷いて答えると則陽の隣の席に座った。
お互い隣の席に座りながらも、このスペースの特性上、沈黙を守りながら作業を進める。
開いたページの空間に浮かぶ、超スピードで変わりゆく記述に功は今回も、うおっ、と言いたげな仰々しい表情を見せてから作業の手を動かし始めた。
数時間が経って則陽が目の前のマニュアル本とノートを閉じると、功も作業を終わらせて二人は立ち上がりマニュアル本片手に受付へと向かった。
受付でマニュアル本を返し、ロッカーから自分の荷物を取り出すと、二人は重厚なガラス戸の外へ出た。
「功、今日も喫茶店寄ります?」
則陽が話し掛けてくる。
「ん。そうするか。」
則陽が功の返事に微笑み、じゃあ行きましょうと、階段を上りながら告げる。
功の返事を受けてから、
「そういえば今日は梨乃も来てるんですよ。」
落ち着き払って則陽が言った。
階段を上がり終えて功は立ち止まって則陽に、
「…俺、邪魔じゃね?」
眉根を寄せて聞いてくる。
「邪魔じゃ無いですって。…まあ、見せつけるかも知れませんけれど。」
行きましょうと言いながら喫茶店へと向かい始める。
「俺やっぱ帰るわ。」
再び功は立ち止まると軽く手を挙げ、じゃ、と言って反対方向に行こうとした。
「冗談ですって。梨乃も、功からの話、聞けたらもっと聞きたいと話してましたし…。」
則陽が訂正して趣旨を伝える。
「俺からの話?」
「そうです。先週の友喜ちゃんを見たら、見守るしか無いと分かっていてもどうにも様子が気になってしまうみたいで。…実は俺もそうなんですけれどね。」
功は則陽から出た友喜の名前に、僅かに唇を引き締める。
「うん分かった。じゃあちょっと寄ってくか。」
功が納得して了承した。
喫茶店の前に着いた二人は小さなドアの鈴の音を鳴らして中へと入って行った。
声が、聞こえてきたの。
ううん、ここじゃ無くて、何処か他の空間で。
いつもと変わらぬ静かな声音で、私をなだめてくれた。
正確に言えば、私の一部分。
だって私はもうここに居たから。
何処か他の空間で佇む私の感情を、彼は癒そうとその場所まで来てくれた。
本当は彼の顔を眺めながら話したい、聞きたい。
でも私達の間ではそれは叶わないだろうから、彼は工夫を凝らして来てくれたのだと思う。
彼は、始めから優しかった。
静かで、荘厳で。
だって私達は、似た約束を互いに自分に誓った上で存在している身でしょう?
だから私には分かったの。
彼からの深い慈しみを感じながら、私の世界に晴れ間が見えてくる…。
喫茶店に着くと、先週も座った一番奥の席に梨乃が本を広げて座って居る姿が見えた。
ドアの開閉で鳴る鈴の音で彼女は顔を上げると則陽に微笑んで答え、傍らの功に気付いてぺこりと会釈した。
功も軽く会釈を返して則陽に続いて席まで行く。則陽が梨乃の隣に腰を下ろしながら話した。
「功も居たんで連れて来たんだ。一緒にお茶してくれるって。」
梨乃が則陽の言葉にうんうん頷いて、ほんわりと柔らかな笑顔で功に改めて挨拶をしてきた。
「こんにちは。」
「こんにちは。先週はお疲れ様。」
功が口角を上げて梨乃に返す。
梨乃は本を閉じるとソファ脇に置いてある自分の鞄の中に閉まった。
則陽がテーブルの奥に立てかけてあったメニュー表を取り出して功の前に見せると功はメニュー表を碌に見ずに、俺はコーヒーで良いわ、と則陽に答える。
則陽は梨乃に向けて、
「梨乃、何か頼む?」
デザートか軽食を食べるか尋ねた。
「則ちゃんは?」
普通に会話をしているだけなのに則陽の前言があってかイチャイチャしている様に功には見えた。
「…。」
自分の則陽への主観がどんなものなのかこの情景に透かして見えてくる。
功は視線を逸らしてなるべくそれを考えない様にすると、梨乃の周りに浮かんでいる妖精達の姿を目で追った。
則陽が店員を呼んで注文をする。
目の前の二人に視線を戻すと、功は一瞬ぎょっとした表情になった。
丁度その時則陽は店員に向けて注文するメニューを伝えていたし、梨乃もそちら側に顔を向けていたから功の表情は二人に見られて無かった。
「功はホットコーヒーで良いんですよね。」
呆気に取られた表情を何とか元に戻した所で丁度功の顔を覗いてきた則陽に注文の再確認をされた。
「…ああ。」
功が答えて則陽が三人分のコーヒーを頼むと、店員が注文を復唱して二人が他にデザートを頼んだのを功は知った。
店員が席から去って行くと、則陽が早速、功に話題を振ってきた。
「友喜ちゃんの様子はどうでした?」
「…ああ、何かさ、意識が混濁するのは制御出来てても気疲れを起こすらしい。」
功は友喜が涙を流したのを思い出してその事自体は伏せて二人に話した。
「今までもそうだったけど、現状が速足で様変わりしているから、本人も有津世くん達もそれに追われているよ。」
「…功も、ですよね。」
「ああ。そのつもりで、付き合っているけどな。」
24時間一緒に居れたら良いんだけどな、そういう訳にもいかねえし…、と功は続けた。
「前に友喜ちゃんと二人でお茶した時はあんな風にはなってなかったから…、そっか、変化が激しいんだ…。」
「ああ。ここ数週間が特にな。」
則陽と梨乃が功の言葉に頷いた。
「功、制御って上手く行ってるんですか?」
「今のところはな。有津世くんからは、制御していないと意識を保つ事すら困難だからってついこの間言われたから、その…気を付けたよ。」
「接し方…ですか?」
「ん、まあ、そんなとこ。」
細かい内容は敢えて聞かないけれど、先週皆で会った時にも功の友喜へのスキンシップが効いていたみたいだから、おそらくはそうした接し方を今日もしてきたのだろうと功の受け答えの反応からも則陽は感じた。
功の表情には照れが見え隠れしていて、それでいてそれどころでは無いんだと感じさせる気迫が伝わってきて、梨乃と則陽は思わず目を見合わせた。
「実際に、友喜ちゃん、お家でどういう風に過ごしているのかな。あの状況だとお家の人も心配しそう…って則ちゃんと話してたんです。」
ハンカチずっと持ったままじゃあ、ね、と梨乃は則陽に持ち掛け、則陽は頷く。
「ずっと部屋に閉じこもっているのかな、って梨乃と話してて。それでも、功の所には来れたんですね。」
「うん、それは、大丈夫だよ。…有津世くんがさ、上手くカバーしてくれているらしいから。」
功は言うと、自分の手元に来たホットコーヒーをひと口飲んだ。
物凄い勢いで数字が羅列される。
間髪入れずに羅列されるそれは瞬く間に膨大になっていき、所々で火花を散らす。
その様子は煌びやかで、美しくて。
きらりと光りを放つ情景を目にしながらキャルユは一人微笑んだ。
緑の濃淡がその地を埋め尽くしている星。
アミュラを自分の胸に寄りかからせて周りに風が巻き起こる術をツァームが執り行う。
アミュラはツァームの額の石をツァームに導かれて手のひらに当てながら、今回もツァームが受け取る知覚を二人で共有していた。
膨大な数の数字が次々とツァームの胸の奥から向こうの星へと送り込まれて行き、それをキャッチする声の主を今回は光として認識した。
不意にもうひとつの光が、黄緑色の光が知覚の端できらりと光る。
「!」
アミュラは目を閉じながらも黄緑色の光を認識した事に強く反応した。
ツァームはアミュラの反応に気付きながらも目を閉じたままで自身の術を遂行し続ける。
膨大な数字はまるで数え切れない光の砂で、その光の砂で送り先を埋め尽くす術はエールを送るのとは別の趣の煌びやかさを放ち、幕を閉じた。
術が完了したのを確認して二人は目を開けるとアミュラが即座にツァームに振り向く。
「ねえ、ツァーム、あたしにも分かったよ!」
興奮気味で話すアミュラにツァームが微笑んで答える。
「良かった。アミュラにも見えたんだね。…あの光が美しいという事は、彼女が元気であるという証拠だよ。」
穏やかな声音でツァームが話す。
術を取り仕切る二人は普段であれば直ぐにお互いの体を離すのに今回はアミュラが移動しないのを受けて互いに体を触れさせたままだった。
ツァームはアミュラの頭に顔を近づけそっと唇を触れさせると微かに微笑んだ。
「あ…、それでね、…。」
アミュラは自分の袖の中のぽわぽわを感じて、ぽわぽわを丁寧に袖の中から取り出した。
「きっと…向こうの星には居ると思うの。あたしも今それを感じる事が出来たし…、だけれど…。」
次に出てくる言葉をアミュラの腰に手を回したままでツァームが待った。
「ぽわぽわに、聞いてみたらね、分かったの。…ぽわぽわもね…実はキャルユなんだって…。」
「………ぽわぽわが?」
ツァームのそれは穏やかな声音だったけれど心の底からの驚きが込められていた。
「…そう。ぽわぽわもね…キャルユなんだって…。」
半分透明で、すかすかと掴みにくいぽわぽわを手に抱えて、アミュラは大切そうにぽわぽわを見つめながらツァームに繰り返し告げる。
「ぽわぽわがね、そう教えてくれたの…だからね、それは本当にそうなんだと思う。」
石碑の前に呼ばれて最初にツァームに話そうと思っていた事柄は、術を執り行うのが差し迫って話さぬままに術を一緒に遂行していた。
だからやっと今ツァームに伝えられた所だ。
「ぽわぽわ、………君はキャルユなのかい?」
アミュラの言葉を受けて、ツァームがぽわぽわにそっと言葉を投げ掛けてみる。
投げ掛けてはみても、ツァームはぽわぽわと話す事は出来なかったから、返事はアミュラを通して聞いてみるしか無い。
「アミュラ。ぽわぽわは何か言ってるのかな?」
「ぽわぽわは、そうだよ、って、言ってるみたい…。」
アミュラはぽわぽわのメッセージを受け取りツァームに伝える。
二人は何とも言えない感慨を胸に抱いて一瞬沈黙する。
「あの…それでね、ツァーム…。」
「うん?」
ツァームはアミュラに柔らかな視線を送る。
「あ…えっと………、ぽわぽわは、…キャルユは…、…あたし達の事、大好きだって言ってくれてる。」
戸惑いながら言葉を伝えてくるアミュラは言い終わった後でツァームにも気付かれない程の小さなため息をついた。
「…僕もそうだよ。僕も…勿論アミュラもだよね…僕達は、キャルユの事が大好きだし、愛しているんだ。」
「…。」
ツァームの言葉に、アミュラは目の端をきらりと輝かせながらこくりと頷いた。
見事な火花を眺めて、キャルユはその場を後にする。
数歩歩くと、周りの景色は石碑の傍の草原に様変わりしていた。
一瞬、自分と瓜二つの顔が白く淡い虹色の光を纏った龍と対峙している様が見えた。
そう見えたのは本当に一瞬で、龍も自分と瓜二つの顔の姿も、キャルユが目にした直後に立ち消えた。
まるでそれが幻想であったかの様に。
住宅街の一角。
吉葉家のリビングの座卓の席で、なつと友喜は功の出掛けてしまった後もお喋りを続けていた。
なつが友喜の首元にちらりと見えるネックレスを目にして言う。
「友喜、ネックレス、似合うね。」
「これ…。うん、ありがとう。」
友喜がはにかんで答えるのをなつは微笑んで聞く。
「それさ、うちの兄からでしょ?」
「…そう。ハンカチの代わりに、って、用意してくれたの。」
「ああ、それ!ハンカチの話、聞いたよ。お兄ちゃんもさ、よく考えたよね。あ、友喜のアイデアか。」
なつが空に目をやって思い出し訂正する。
「…でも、功お兄ちゃんが居なかったら思いつかなかったアイデアだから、やっぱり功お兄ちゃんのおかげ…だと思う。」
「…。」
友喜が憂いて言うその姿に、なつは注目した。
「何か気掛かりでもあるの?」
「え?ううん、大丈夫なの、ネックレス、してるし!」
妙に焦る友喜に、なつは静かにため息をつく。
「逆に言ってしまえば外せない状態なんじゃない?友喜ホントに大丈夫?」
なつに繰り返し聞かれて、友喜の顔は曇りを見せる。
「…意識がね、ぽわぽわのが入ってきた始めの時は、何かの役に立てるかも知れないな、って、ほんの少し思ったの。それが逆で…。うちのお兄ちゃんにも雨見ちゃんにも功お兄ちゃんにも…皆に支えて貰って、やっと立ってる状態で…。正直、このままで行くのは怖い…。」
友喜が胸の内をちらと、なつに吐き出す。
「確かに複雑な状態で混乱するのはあると思うよ。」
なつは友喜の思いを受け止めた上で話を続ける。
「でもそれ以上に友喜を支えたいと思って側に居るんだからさ、友喜の周りの人達は。だから友喜は、これまで通りに、どっしりと構えておけば良いんじゃないかな。これ、前にも言ったけど。」
「…。」
友喜がしんみりとした表情でなつの発言に耳を向ける。
「ごちゃごちゃと状況が入り組んでて何だか分からなくて、あわあわしたりしてるけどさ、それなら俺が…って、うちのお兄ちゃんなんか却って張り切っている風にあたしには見えるな。」
吞気な友喜の、それでも吞気なままでは済まされない事象に巻き込まれて停滞する気持ちになってしまっている今この時も、功にとっては活力になっているとさえ、なつには思えたし、元気な友喜がたまにはそうなってしまうのも調整に因るものだっていう側面もきっとあるだろうなともなつには感じられた。
「友喜、そういう事はさ、もっとうちのお兄ちゃんに言いな。お兄ちゃんはさ、友喜に頼られたくて頼られたくて、もう、いつでも、うずうずしてるんだからさ。今だってオフィスに出掛けちゃったけどさ、友喜が呼んだら、ぱあって来るよ、ぱあって!」
目を輝かせてさ、勿論行けるよ、とかなんとか言っちゃってさ、と、なつは話した。
友喜は次第に口を尖らせて、ぶう垂れた顔になる。
照れ隠しの表情なのか全然可愛く無い。
「友喜、それ、たまにやるよね…。」
元気が出てきたのだろう、主張が強めの友喜の反応に、なつはくすりと笑った。
茶色が基調の古めかしい印象の喫茶店。
功はコーヒーのマグカップを片手に、近況を則陽と梨乃と共に話し合う。
「そんなに…やっぱり随分と複雑なんですね…。」
功の説明に則陽と梨乃は驚きを隠せない様だ。
「実際さ、有津世くんと雨見ちゃんの状況とも違うんだよな。有津世くん達はあちらの星の人格としての自覚をそれぞれきちんと保持してるみたいだから。」
則陽と梨乃が頷いて功に相槌を打つ。
「まあ、この先どうなるかは正直分かんねえけど、今の所は安全第一ってとこかな。」
今の状態だと居るだけで消耗するみたいだし…と功は結ぶ。
「…ですね。梨乃、功がここまで把握してくれてるし、有津世くん達も相当、気を張って対応してくれているみたいだから大丈夫そうだね。」
「うん。…気になるは気になるけれど…。」
友喜に起こる現象を目にしておきながら自分は何も出来る事が無いと改めて梨乃は思う。
そして感心して目の前の功を眺めた。
功からの言葉は、友喜を心から思いやって言っていると感じられたし、友喜の事が本当に大切なんだと伝わってきた。
梨乃は友喜と功の事を想い、表情を和らげた。
別の話題を持ち掛けようと梨乃はふと思いついて口を開く。
「あ、そう言えば私達の石の中の神獣って…。」
梨乃の言葉に則陽がにこりと笑って、功が赤面になった。
住宅街の一角で、なつが友喜を玄関先で見送ろうとしていた。
「気を付けてね、友喜。…何なら送ってこうか?」
友喜がそれを聞いて笑う。
「何言ってるの、なっちん。大丈夫だよ。」
「いや、うちのお兄ちゃんさ、すんごく友喜の事、気にしてたからさ~。」
なつは目線を下にやり、ため息をつく。
「でもさ、ホントに無理しないでね。」
改めて友喜の顔を見て気遣わし気に言った。
「うん、分かった。ありがとう、なっちん。」
「うん。」
手を振り合って、笑顔を互いに交わすと友喜は吉葉家の玄関を後にした。
とくん、となる。
…まただ。
友喜は帰り道を歩きながら胸の奥が光の情報の波を受けてとくんとなるのを感じた。
自分の中の変化に比べたら街は静かに見えて、さざ波の様に寄せてくるそれに気を奪われる。
ネックレスはしているからぽわぽわの意識にはとらわれないのだけど…。
功も、なつも、気を付けてね、って言ってくれた。
…気を付けよう。
友喜はともすれば五感よりも胸の奥に気が行ってしまうのを自覚しながら努めて周りに気を配る。
胸がとくんとなった。
友喜はくらくらしてきて、その場に立ち止まった。
どうしよう…。近くの何処かにベンチ、あるかな…。
見回しても、小さなお店が軒を連ねるだけで、何処にも休めそうな場所が無い。
歩みを進めようとするけれど、再びとくんとなる胸の奥にますます気が行ってしまい、なかなか足を踏み出せない。その内に、足がすくんでしまった。
するとその時、ふわりと後ろから肩を支えられて、友喜はその手の温かさを覚えた。
「友喜、大丈夫?」
振り返ると兄の有津世が友喜の直ぐ後ろに立っていて、肩を支えてくれていた。
「お兄ちゃん…。」
思いがけずに兄と会った友喜は、ぽかんとした顔で有津世を見つめた。
有津世は気遣わし気な表情で友喜の顔を覗いてくる。
「随分足元がおぼつかなかったみたいだけれど、どうしたの?具合悪い?」
「うん、…なんかね、胸がまたさっきから、とくんとなって…。」
「友喜さ、それ、前は大丈夫だって言ってたけれど、やっぱり大丈夫じゃ無いんだ…。」
歩ける?と聞く有津世に友喜は、うん、と答えながら、有津世に支えて貰っている肩に目をやると小さく息をついた。
「じゃあ、行こうか。ゆっくりね。」
友喜は軽く頬を緩ませて有津世に頷いた。
肩を支えながら、有津世は友喜と一緒に歩き始める。
「大丈夫だった…はずなの。今のは、すっごい強くて…胸の奥にね、意識が引っ張られる感じだったの。」
有津世はうんうんと頷いて友喜の言葉を聞く。
「そっか。…とにかくさ、会えて良かったよ。そのままじゃ、危なかったでしょ?」
「うん…。お兄ちゃんに会えて良かった。」
友喜は心の底からほっとして、有津世に進みゆく道や周辺への注意を委ねる。
「!」
瞬間、胸がまた、とくんとなって、抱えきれない程の光が胸の奥から友喜の中へと流入してきたのを感じて、友喜は有津世に支えられながら首元にぶら下がるネックレスのペンダントトップをぎゅっと握った。




