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見上げる空に願いを込めるのは何故だろうか(仮)  作者: 晴海 真叶(はれうみ まかな)
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想いの狭間で

挿絵(By みてみん)










 天井の高い部屋。

たった一脚のデスクの席に座り、後ろの壁には一見窓の様に見える窓枠型の大きな照明が煌々(こうこう)と照っている。


ソウイチはデスクトップコンピュータのモニター画面から視線は僅かに逸れながら、聞こえてきた声に今日も答える。


「ちょっと前に君が見当たらなかったから、私は初めてそっちに飛んだんだ。君はやはり居なかったけれど。」

ソウイチは一旦静かになる。


「そうだね…。ただ、戻って来てくれて、こうしてまたやり取りが出来るのは私にとってはとても貴重だし嬉しいと思っている。」

また耳を澄ます様にソウイチは一瞬口をつぐむと、その口を再び開く。


「いや、今のは私の本心だ。…君は、そうでは無いのかい?」

ソウイチはひと呼吸ほど沈黙すると、


「いや、そうじゃない。からかってなどいないよ。私は実際、君とのやり取りを毎回楽しみにしているのだから。」

ソウイチは言いながら、優しい眼差しになり微かに頬を緩めた。








 これからもこの先も、見上げる空は君とは違うものだろうか。

同じ想いを胸に、向き行く方向は一緒なのに、君とはこれからも対面する事はきっと無いのだろう。

君から受けた、一滴ひとしずくの光が、私にこの能力を思い出させた。

君からの声の便りが、私のまだ無い道筋を照らした。

そしてそうだと思っていた道筋ですら、途中で変更を加えてきたんだ。

君の事は忘れない。

いいや、忘れられるはずが無いんだ。








 「土曜日はさ、来たくないって言ったでしょ?」

穂乃香が辰成の隣を歩きながらぶつぶつと文句を言う。

不機嫌そうな穂乃香の横顔を見ながら辰成は微かに口角を上げていた。




今朝、朝食を食べ終わって食後のお茶を飲んで息をついている所に部屋のインターホンが鳴った。

玄関ドアのレンズを覗くと、そっぽを向いた横顔が見える。


「…。」

穂乃香は渋々とドアを開けると開口一番、


「なあに?朝から嫌がらせでもしに来たの?」

散々な言葉を吐いた。


「…爽やかな朝に随分な挨拶だな。」

身にまとっているシャツの裾をどけてロングパンツのポケットに差し込んだ手、無表情で放つ言葉。その全てが偉そうな態度だと穂乃香の目には映る。


「そっちこそ、朝から態度、でかいし。」

穂乃香は辰成の姿をまじまじと見ながら負けじと返した。


これ以上不毛なやり取りをしてもらちが明かないので、きっとそうであろう訪問の訳を穂乃香は確認する。


「え、オフィスに行こうって言う訳?」



頷いた辰成を尻目に穂乃香は一旦玄関ドアを閉め、散々外で待たせた後で、もう一度玄関ドアを開けて出てくる。

優に30分は経っただろうか。その間も飽きずに辰成は待ち続けていた。


辰成が見ると穂乃香は身支度を済ませて部屋着から外出用の服に着替えており、首の鎖骨が綺麗に見える体の線にぴったりと合った白地のカットソーとくるぶしが見える丈のチェック柄の細身のパンツを身に纏っていた。足元にはいつもの低いヒール靴を履いている。


「良いじゃん。行こう。」

穂乃香の姿を確認して無表情に素っ気無い言葉で褒めると、最寄りの駅に向かって行った。



そんな経緯で今こうして飲み屋街の路地を歩いている。


「副業に入れ込んでいるみたいだけどさ、本業も今も熱心に取り組んでるの?」

「いや、本業は…テキトー。」

どうでも良さげに辰成が答える。



いつ何時なんどきも無表情を貫こうとする辰成の思惑を掴むのは難しい。

前の職場で辰成と一緒だった穂乃香は思い出す。


粛々と次から次へと仕事を納め、他の追随を決して許さない。

その姿はロボットさながらだと思う事さえあった。


だからテキトーなんて答えを受けても、その実、ものすごい仕事量を今もこなしているんだろうと穂乃香は思う。


ひたむきなその姿に…当時の穂乃香は惹かれた訳だけど。


でもそれは過去の話だし、表現の横暴さにかけては未だ変わっていないのをこうして会う度に目の当たりにするので心の中で聞こえてきた先日の梨乃の言葉を意識の隅に追いやる。


「…着いたね。」

「入ろう。」

建物の前まで辿り着くと、二人はコンクリートむき出しの古くて狭い階段を下りて行った。








 住宅街の一角。

なつが兄、功と昼食を食べ終わって、皿を流しに運ぶ。


洗うのを功が担当して、なつは隣で腕を伸ばして調理台に手をつきながら功に話し掛ける。


「え?今日会うのってこの街でじゃ無いの?」

「いんや、別の所。だからさ、駅で待ち合わせて行くんだ。」

「わざわざ…。あ、他の二人がそっち方面なの?」

そういう訳でも無いんだよな…、と功は答えた。



「じゃあ、なつ、行ってくるから。よろしくな。」

「はーい。お兄ちゃんも気を付けて。友喜によろしく。」

ああ、じゃな、と言って功は玄関ドアの向こうに行った。





 今日も昨日と変わらず天気は晴れで、暑くてもカラッと湿気の少ないのが救われる点だ。


わざと色褪せさせた緑の色味のTシャツとキャラメル色の薄手のロングパンツの軽快な装いでキャンバス地のA4サイズの手提げ袋を肩にかけ駅へと向かって歩いて行く。

途中思い立って駅の手前のコンビニエンスストアに立ち寄り、長方形型の包み紙にくるまれている内容量が10粒くらいののど飴を適当にひとつ選んだ。


会計を済ませて外に出ると、駅へ再び向かった。






 「あ、ねえ、あの人じゃない?」

雨見が遠くの人影に気付いて友喜と有津世に声をかける。


最寄り駅構内入り口から入って直ぐの大きな円柱に背を向けて三人は立っていた。


鼻と口元にハンカチを当てていた友喜は思わず両手のひらで口元を覆う。どうやらハンカチを隠しているつもりらしい。


有津世達三人の目の前に着いた功が声をかける。


「こんにちは。と。あ、それ、効いた?」

口元を覆った手のひらの端から見えているハンカチを確認して功がさらりと友喜に聞く。


「あ、吉葉功です。今日は、よろしく。」

有津世と雨見に会釈をすると雨見に向かってこれまたさらりと挨拶をした。


美鈴みすず雨見です。友喜ちゃんから話はよく聞いています。」

ぺこりとお辞儀をして挨拶をする雨見の言葉に、そう?と言って功は微妙に目を泳がせて照れそうなのを耐えた。


どこからどこまでを聞いているのか。

それでも、友喜が功のハンカチをばっちり使っているのを見た所までは何とか平静で居られたと思うから、ウォーミングアップだ、ウォーミングアップ!と胸の鼓動が早くなりそうな今のこの状態を自分で誤魔化し、行こうか、と何でも無い風に功は有津世達に告げた。


「はい。行きましょう。」

有津世が答え、四人は改札口に向かう。


ハンカチから片手を外し、その手で公共交通機関のICカードを鞄から取り出すと改札口でタッチをして通り抜けた友喜は、直ぐ後ろに続いた功に赤く染まった頬で恥ずかしそうにちらりと見た。


「…。」

功も今のここまで耐えてきたのに友喜のが伝染して赤面した。


「あ、いや、役に立てたのなら良いんだ。いや、ホントに。」

功は友喜にだけ届く声音で言った。


「てかさ、まだひと言も声、聞いていないんだけど。」

前の二人がスムーズにホームへ歩いて行くのを見つつ、功は友喜に寂しげな笑みを向けた。


「…あ、そうだった。ごめんなさい。ハンカチ、…ありがとう。」

友喜がハンカチで鼻と口元を抑えたまま、目を丸くして功に言った。


この香りの本人を目の前にして見惚れたのと照れたのと恥ずかしいのが同時で。言われてみればまだ功に対して声を発していなかった。

ふっと笑って友喜と功の表情が柔らかくなった。



友喜達の来るのが遅いのに気が付いて有津世は後ろを振り返り、雨見も振り返って二人の様子を伺った。


ハンカチで鼻から下を覆ってはいるけれど目を見ただけで分かる満面の笑みを友喜はしていて功がそれに答えている様だ。

その光景に一瞬気を取られたけれど、有津世の口角は自然と緩やかに上がって、上下線どちらに乗るのかを今一度確認しようと功に声をかけた。






 今日は、前々からそうなると良いねと互いに話していた、友喜ちゃん達と一緒に会ってお喋りをする日。

則ちゃんは少しの時間でも惜しいみたいで、今朝は午前中だけ修正プログラミングのオフィスに赴いている。



快適な空調の通った則陽のアパートの一室で、梨乃はティーバッグのハーブティーを淹れて飲みつつ、ゆったり流れる時間を一人のんびりと味わっていた。



 則陽が出てだいぶ経ってから梨乃はアパートを出発した。

最寄りの駅では待つ事無く電車が来て、二つ先まで行くと乗り換えをする。


最初は一緒に行くと言ったけれど、午前中も居て午後もずっと同じ店で…となると流石に長居になり過ぎるかなとの則陽の意見を聞き入れての今回の出発時間だ。


梨乃は駅に着くと、前にも来た居酒屋街の路地をてくてくと歩く。


とある建物前まで来てちらりと横目で見ると、そのまま路地を先へと進んで通り過ぎた。


その先の角を左に曲がった所に、敷地手前に小さな花壇用スペースがある。

直ぐ近くには木が植わっていてコンクリートばかりが目立つ近辺からすると少し異質だ。この場所にだけノスタルジー感が漂っている。


奥まった建物のドア近くには夜は点灯させるだろう腰より低い高さの古びた看板が置かれている。

梨乃は場所を確認すると開閉で綺麗な鈴の音が鳴る小さなドアを開けて店内に入って行った。








 有津世の後ろにひょこっと顔を見せた雨見は、友喜と功を見てぽっと頬が赤くなり、更に有津世が温かい眼差しを二人に対して投げかけているのにも気付いて胸の奥がじんわり温かくなった。


やっぱり兄妹って良いな。


功が有津世に頷いてこっちで合ってるとホームの上り電車の来る側を示した。

その様子を傍目で見て雨見が友喜に話しかけた。


「ねえ、友喜ちゃん、吉葉さんも、お兄さんしてるんだよね?」

「うん、そう。なっちんのお兄さん。」

「やっぱり兄妹って良いな。」

有津世もそうだし吉葉さんも優しそう、と雨見は続ける。


ひとりっ子の雨見の兄妹に対する憧れは強い様だ。


「功お兄ちゃんは良いけれど、家のお兄ちゃんは時々うるさいよ。」

「ふふ、そうだね。」

雨見は頷いて友喜に返す。


「それも友喜ちゃんが可愛くて仕方が無いって感じだし。私にはね、とても良いなって見える。」

「そうかなあ。」

功と会話が弾んでいる有津世を見て、友喜は雨見の兄妹びいきと言うか有津世びいきに雨見からの愛を感じてニマニマする。

まあ、それも、見えたのは目元だけだったけれど。

友喜は今も、鼻と口元にハンカチを当てていた。


ホームに入って来た電車に四人は乗り込み、がらがらに空いていた座席に雨見と友喜を中心に雨見の左隣には有津世が、友喜の右隣には功が陣取って座る。


友喜と雨見は二人で微笑んで隣り合って座っただけだったが、有津世と功の眼光は心なしか一瞬鋭かった。







 僕はその夜、夢を見た。

…いや、夜と言うには語弊があるだろう。

なんせこの場所はとある場所を軸にいつでも昼間でいつでも夜なのだから。


…とにかく僕は寝ている間に夢を見た。


僕が僕への想いを込めて、透明な石に無言で語りかけている。

僕が僕の状況をいたわり、哀れみ、同じく胸を痛めている。


僕は僕の状況を思い、涙した。


そんな僕が、僕に対しての想いを込めて、石に無言で何度も語りかけている。

まるでそれは、祈るかの様に。


僕にはそう見えた。

いや、実際に、それは祈りだったかも知れない。


当時まだ居た彼女が石碑の前でそうしていたかの様に。




祈りを、僕は夢で見た。






 手元で石をころころと転がしながら電車の座席に座っていた有津世は、ほんの一瞬その動きが止まった。


雨見は気配に気付き、有津世の方を向く。


「…何かあった?」

「あ、うん、多分…白昼夢。」

「そっか…。」

有津世の白昼夢は時間を置いてから思い出す事がほとんどだから後でまた聞いてみようと雨見は思った。

実際、有津世も隣で小首を傾げている。


もう一方の隣では友喜が今もハンカチで鼻から下を覆っていた。


「なあ、友喜ちゃん…。それって一瞬でも取っちゃうとダメなのか?」

友喜はふがふがと頷く。


「あのね、家に居る時は我慢したの。あ、作戦会議の時は使ったけど。我慢してこれをしていないと、意識がごっちゃになってぽわぽわの体感まで伴って、足元がふわふわして…。」

友喜はふがふがと喋った。


「すっげえ不便そうだな、それ。」

言いながら、自分のハンカチを大事そうに持つ友喜を見て僅かに赤面する。


「あのさ…、あ、いや、何でも無い。」

功は小さな長方形の包みが入っている胸元のポケットにそっと手をあてがった。



 無事に目的の駅に着くと四人は電車を降りて改札口を出た。

功の進む方向に有津世達三人はついて行き、居酒屋ばかりの周辺の景色に目が行く。


「功お兄ちゃん、ここ、本当に副業のオフィスのある場所なの?」

歩きながら友喜が場違いに感じて尋ねた。


「ああ。なんか、合わないだろ?イメージと。こういう場所にさ、来てるんだよ毎回。」

慣れてはきたけどな、と功は付け加える。

更に2、3分歩いた所で何の変哲も無いひとつの建物の前で功は立ち止まる。

薄暗いコンクリートむき出しの地下への階段を指差して、


「ここが例の、副業のオフィスの場所。地下にさ、あるんだ。」

「え、ここが?」

友喜がほぉーっと感心して途中で曲がって下までは見えない階段を見つめる。

直ぐ後ろに居た雨見と有津世も同じく階段の先を見つめた。


「ここが吉葉さん達の通っている修正プログラミングのオフィス…。」

部外者はやっぱり、中に入れたりとかはしないんだろうな、一度、見学してみたいけれど。

有津世は思った。

また歩き出す功に、友喜を始め有津世と雨見はついて行く。

そして辿り着いたのは外見も小さく可愛い喫茶店の建物だった。


 鈴の音を奏でて小さなドアを開けると、中には茶色を基調とした古めかしい印象溢れる店内が現れ、奥の席には則陽達の居るのが見えた。

先に友喜達を通すと、功は人数が多い事に気が付き友喜達の後ろから則陽達に声をかける。


「お疲れ様。何、一緒?」

則陽と梨乃の隣に座っているのは辰成と穂乃香だ。


「いや、オフィスで一緒だったものだから、昼食、一緒に摂ってたんだ。」

則陽が辰成の顔を見ながら穏やかな調子で言った。


小さなソファにはせいぜい二人、テーブル席自体は椅子を端に加えて三人ずつ並ぶのがギリギリといった所だ。

則陽が店員に頼んでくれたのか、ソファの横には椅子が2脚、既に用意されていた。


「俺達は移るから。」

辰成は素っ気無く言って、店員に席移るの良いですよね、と確認をして手前のカウンター席へと移った。


「お前もだから。」

席に居座ろうとする穂乃香を辰成が立ち上がらせて自分の横にと促した。


「えへへ。」

穂乃香がおどけて肩をすくめて見せると、功は笑みでそれに答えた。


「何やってるんだよ、来いっつってんだろ。」

「分かってるってば、もう。」

うるさいなあとばかりに穂乃香は面倒くさそうに辰成の隣のカウンター席に収まる。

穂乃香を急かした辰成が同時にじろりと功を睨んだ気がした。気がしたと言うのは辰成があくまでも無表情で何か言いたげだという事だけは確かに伝わってきたからだ。


「…。」

カウンター席に着いて則陽達に背を向ける形で二人が落ち着くと、功は眉をひそめて辰成を見てから、まあいいや、と則陽達の居るソファのテーブル席に振り返った。

有津世達が則陽達と挨拶を交わしている。


「友喜ちゃん、有津世くん、久し振り。雨見ちゃんは、初めまして。」

「初めまして。お会い出来て嬉しいです。」


功もそれに加わり改めて梨乃に挨拶をする。


「どうも。公園で会った時以来だよな。」

「うん。吉葉さん、ですよね。いつも則ちゃんがお世話になっています。」

「いや、ホント。実の所お世話しっっぱなしだから。」

功の言葉に梨乃が思わず、くすりと笑う。


「何言ってるんですか。最近は逆に俺が功のお世話をしている方が多くないですかね?」

則陽が負けずに言い返して軽口を言い合った。


そんな中、席をどうしようか、と梨乃が言って、自分達は今まで座っていたから良いよね、と則陽と共に席を立ち、有津世と雨見を奥のソファ席に座らせた。

手前のソファ席は友喜と功に譲り、四人が席に着いたのを確認すると梨乃と則陽はソファの端の一人掛けの椅子に座った。


「則陽達、今までここで昼飯食ってたんだよな。」

「そう。ぎりぎりまでオフィスで作業していたかったから。俺が場所指定させてもらったけれど、皆来てくれてありがとう。」

「ああ。まあそれは良いけど…。飲み物でも頼むか。」

メニュー表をソファ席の面々は頭を寄せ合って覗き込み、その内に店員がやって来た。


「カフェラテ…ホットで。」

「ホットマスカットティー。」

「アイスティーで。」

「アイスコーヒー。則陽と梨乃さんも追加で何か注文するか?」


「ホットコーヒー二つにしようか、それで良い?」

「うん。」

梨乃が答えて則陽が店員に注文する。


店員が踵を返して戻ろうとした所に後ろのカウンター席に居る辰成に呼び止められて続けて注文を受けた。


「…。」

辰成達の方に目が行く友喜に、則陽が説明をする。


「実は彼等も例のオフィスに通っている人達なんだ。」

「それでね、偶然にも本業が彼女は私と一緒の職場なの。」

梨乃の言葉に、三人は、ふんふんと感心して頷いた。



「…友喜ちゃん、それ、何かのおまじない?」

会った時から今になってもハンカチで鼻から下を覆っている友喜を見て、梨乃が尋ねた。

おまじない、と表現してみたのは友喜のそれが何と無くまじないめいて見えたからだ。


「うん、そうなの。別の自分の意識がね、常に繋がる様になっちゃって…これしてるとね、自分側、あ、友喜側、の意識で居られるの。」

「ああ、やっぱり…そうなんだ。別の自分って…キャルユの事?」

友喜は梨乃の口からその名前が出てきて驚いた。


「ちょっと前にクリスタルの中に入った時にね、またキャルユにも会ったの。小さな友喜ちゃんにもね。…ほら、前に行ったって話した場所。」

梨乃は石碑のある草原で小学生の姿の友喜と幼いキャルユに会い、一瞬で成長した姿となったキャルユの話をして有津世達を湧かせた。


「梨乃さん、あの場所に2回も行ったんだ。」

「1回目はキャルユは小さいままだったけれど、2回目にちょうど友喜ちゃんと変わらない大きさになったの。友喜ちゃんにそっくりで、びっくりした。雨見ちゃんも、同じ場所に行ったとか…。」


梨乃の言葉に、雨見は頷いた。


「はい、だけど私の見たのはキャルユは幼い姿で、小学生くらいの大きさの友喜ちゃんは、キャルユの事とか、そのもう一人の友喜ちゃんの事を教えてくれたんです。」


友喜は耳を疑った。

もしかしたら友喜自身も聞いた事があるかも知れなくて覚えていないだけなのかも知れない、だけれど初めてそれを耳にした気がしたから。


皆の注目が友喜に集まる。


「その小さい友喜ちゃんが、有津世くんや雨見ちゃんの別人格が居る星とそしてこっちの世界に、何かしらの働きをもたらしてる、って…。」

則陽が言って功を見ると、


「ああ、うん。一度会った副業オフィスの管理人が言うには、一緒に作業をしているとか何とか…。」


則陽に同意して説明した。

頷いた有津世と則陽は既にその情報を知ってそうだった。


「…。」

思わずハンカチを外して皆に驚きを伝えようとした友喜が、ぽわぽわの意識がブワッと溢れ出たのに当てられて途端にふわふわした心地になってしまった。


「友喜ちゃん、今日初めてお顔が見えた。あ、友喜ちゃん、大丈夫…?」


視点の定まらない様子に梨乃が危ぶんだ。

はっとした功が隣の友喜のハンカチを持つ手に手を伸ばし、なるべく自然を装って友喜の口元に導いてあてがわせた。


「…と、何話してたっけ…。」

友喜の発言に一同は驚いた。

有津世と雨見と功の三人は特にだ。


「えっと友喜ちゃんの感じる様になったもう一つの意識って…。」

答えてもらっていない質問を思い梨乃がもう一度尋ねる。


「ああ、ぽわぽわのなの。今もね、ぽわぽわの意識がドバーって入り込んできて、でもこうやってしてると大丈夫なの。」

押さえているハンカチを示しながら友喜は言った。


梨乃は友喜の言葉にうんうんと頷いて、それから疑問符を抱えた。


ぽわぽわ?

則ちゃん知ってる?とでも言いたげな視線を則陽に飛ばし、それを見た有津世が説明を補足した。



「あ、じゃあ、ぽわぽわっていうのはキャルユと同義かも知れないけれど別の形での存在形態の事で、その意識が友喜ちゃんに常時被る様になったのか。」


梨乃が受け取った情報を整理して口にする。


「そうなんです。それから今日までは友喜は外出もままならなくって…。」


気遣わしげな皆の視線が集中すると、友喜は、あ、でも、これがあるから大丈夫になったの、ちょっとは!と、示してみせた。


有津世をはじめ、則陽と梨乃も友喜の返しに微笑んだ。


「でも、無理しないでね。」

ハンカチを外した時の友喜の様子を思い、梨乃が言った。

気掛かりである状態は続いている。

その思いを有津世も雨見も、功も胸の内に抱えていて。

功の目からは見える、友喜の周りを取り巻く黄緑色の光の霞の彼女。友喜と瓜二つの顔が、友喜の顔に重なって今も存在していた。


 友喜はテーブルに運ばれたカフェラテを口にして、ぽうっとしている。

飲む時には外すしか無いハンカチをテーブルにちょこんと置いて、意識はぽわぽわとまたごっちゃになっている様だった。

この状態の友喜は先程と同様、皆の話をまともに聞けていない。


「美味しい…。」

「………。」

目の前で呟く友喜に口角を上げて有津世は則陽と梨乃に話を持ちかけた。


 功は集まっているメンバーについて思いを巡らせる。

梨乃は公園で初めて見かけた時と同じく大層な数の妖精を今日も周りに引き連れている。

今も梨乃の周りには妖精達がふわふわと浮かんでおり、梨乃の耳元に時折寄って囁いている様な姿も見えた。

他に視線を巡らせれば、功と有津世以外からは各々眉間から細い光の筋が出ている。

何だ、これは?集まれビームとかなのか?

しょうも無い考えしか浮かばない自身に功は閉口した。

もう一度友喜の方を見てみれば、彼女はマグカップを手にして依然ぽうっとした表情だった。


「…大丈夫か?」

「あ…うん。」


功の声を拾えた友喜は、とりあえずカフェラテを味わうのにひと区切り付けてマグカップをテーブルに置いた。

功から借りた紺色のハンカチを再び鼻に当てると友喜の目力が瞬時に戻り、その変化には功も改めて驚いた。


話題は雨見と有津世が河原に行った時の出来事に移り変わっていて梨乃と則陽は興味深げだ。

それが耳へと入ってきた友喜は、


「あっ、そうだ!」

自分の鞄をゴソゴソと探った。

鞄から取り出したのは有津世達と一緒に行った時に見つけたお土産の石だ。


「これ、梨乃さんと奈巣野さんに、って思って。」

嬉しそうに梨乃と則陽に石を差し出した。


「友喜ちゃんが見つけてくれたの?」

「うん、そう。二人のイメージに合うのを選んでみたの。」


梨乃が二つの内の一つを手に取って眺めた。


「外見と同じ形の結晶が中にも…ねえこれ珍しいものなんじゃない?ありがとう、貰って良いの?」

梨乃の問いに友喜が笑顔で頷いた。とは言っても、見えているのは目元だけだったけれど。


「ありがとう友喜ちゃん。…功、これって…。」

笑顔で友喜に礼を言いながら、功の表情の変化をすかさず読み取った則陽が問いかけた。

功は、ああ、うん、と言って続ける。


「石にさ、神獣が入ってるのが見えてる。」

「…神獣?」

則陽が功の言葉に驚き、受け取った石を眺めた。


「それ…二つとも同じ種類の神獣みたいだ。」

友喜ちゃん良く見つけたな、と、功は感心して友喜に言った。


「綺麗でしょ?それが良いなと思ったの。」

友喜は梨乃と則陽が喜んで受け取ってくれた事が嬉しそうだった。


 石…、神獣…、石の神獣の使い手。

ソウイチの言っていた言葉を功は思い出す。

使い手、って何だ?

…ここでもやっぱり彼の言っていた事の大部分を自分が理解していないのを思い知る。

でもそこから別の発想は出てきた。


「石…って、もしかしたら、…何かに使えるのかな…。」

遠慮がちに功がぼそりと言って、その言葉に有津世が反応した。




 頼んだパフェがカウンターの席に届いて、穂乃香が嬉しそうに食べ始める。

辰成の声に呼び止められて店員が来た時に飲み物と一緒にすかさずパフェを頼もうとする穂乃香に、まだ食べるのかよ、と言った辰成を一瞬睨み、穂乃香は注文をそのまま通した。


ご機嫌でパフェを食べながら、


「なんか楽しそうだね。」

梨乃達を傍目に言った。

梨乃と則陽から、今日ここで会う子達は例のオフィスでの作業にも実は関わりがある事を先程同場所での昼食の折に聞いた。

実際則陽からそう聞いて興味惹かれたのは辰成の方だったが、穂乃香は今見る皆の楽しそうな雰囲気に単純に良いなと思って出てきた言葉だ。

後ろのテーブル席では今も話が大いに盛り上がっている。


「食べ終わったら出よう。」

「え、もう?」

名残惜しそうに穂乃香が返した。


「昼飯とパフェも食べてるんだし、もう十分だろ。」

辰成は穂乃香にそう言い聞かせると、ちらりと則陽達のテーブル席に目をやった。


文の言い回しの修正を複数箇所で行いました。(2026年1月21日)

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