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見上げる空に願いを込めるのは何故だろうか(仮)  作者: 晴海 真叶(はれうみ まかな)
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花冠

挿絵(By みてみん)










 感情までも、幻想で、この世界の全てが幻想で、あなたは私と変わらなくて、あなたは私で…、それを理解しながらも、尚も違いを体験する…、そう私達は決めて、この地に居る。


知っているのに、出来事に揺さぶりをかけられる自分の感情を覚えて、知っているのに、儚さや切なさを抱きしめてしまう時があって…。時さえも、幻想なのに。


だから私は全てを振り払ってでも、自分の役目だけを全うする自信がある。

何故なら全てを理解しているから。

それなのに…。








 石碑の傍の草原。

幼いキャルユが草原に転がりながら一人遊んでいる。


ふと遠くを見つめると、その姿は一瞬で成長した姿へと変わった。


「おかえりなさい。彼には会えた?」

草原の端から草を踏み分けて歩いてきた小学生の姿の友喜にキャルユが話し掛けた。


友喜は満面の笑みをキャルユに見せた。


「ええ、会えたわ、ありがとう。おかげで…楽しかったわ。」


友喜の返事にキャルユは慈しみに満ちた微笑みを返し、空を見上げる。


二人の居る石碑の傍の草原の空は、綺麗な青空だった。








 白いペンキで塗り固められた可愛い2階建ての建物。

赤と白が基調のポップな店内で、友喜と功はのんびり話を続けていた。


二人の席にバーガーセットが届いて、それぞれに食べ始めると功は話の続きをどう切り出そうかを考える。


「…。」

美味しそうにハンバーガーを口にする友喜の姿を見て、功は僅かに入っていた肩の力を抜いた。


「…俺さ、友喜ちゃんと会ったっていうその石の遺跡みたいのがある草原で、友喜ちゃん以外の人とも実は会ったんだ。」

手元のハンバーガーから目線を上げて友喜が功を見つめた。


「誰?もしかして幼いキャルユ…?」

「キャルユ…?ああ、友喜ちゃんの別の星の人格か…。いいや、違う。それがさ…。」

功は友喜に説明を続けた。



 「功お兄ちゃん達が通っている副業のオフィスを管理している人?」

友喜が目を丸くした。


「何で?どうして?」

何でそこに副業のオフィスの管理人が出てくるのか、友喜は当然分からなかったし功だって耳を疑った。

何でも、彼はもう一人の友喜との関わりを持っているらしいが、その説明は少々ややこしく、聞いた功もその全体が飲み込めた訳では無い。

ただでさえ今の彼女はややこしい状態なのに、これ以上ややこしくする説明は要るだろうか。


やきもちを焼いているつもりは無いが、二人が関わりを持っている事については端折はしょりたくなる。でもそれも、友喜自身が全てを思い出したらその事実も彼女が分かってしまうんだろうか。


「うん、何か…霊性だか霊統だかが一緒なんだそうだ。」

「その、副業オフィスの管理人さんと、私が?へえ…?」

「ああそれとっ、俺もそうらしい。」

「功お兄ちゃんも?へえ…!」


分からなそうながらも友喜は頷き、慌てて功が自身を付け足した後で友喜の反応が更に良くなったのを、功は見て密かに胸を撫で下ろした。


「霊性…霊統…あんまり聞かない言葉だね。どういう意味なのかな…。」

「俺も初めて耳にしたし、結局のところ…何なんだろうな…。」

ソウイチの話を聞いて分かったのは、何かしらの縁が自分達の間にあるって事と、ソウイチやもう一人の友喜がそれについては詳しく知っているらしい、という事くらいだ。

だからといって、ソウイチには今度はいつ会えるのか分からないし、もう一人の友喜にはもう会えない可能性だってある。

分かった様で何にも分からない。

功は胸の内でそんな実情を噛みしめていた。


「ねえ、功お兄ちゃん、その管理者の人って、功お兄ちゃんとはよく会うの?」

「いや、今回が初めて。則陽が実際に何回か会ったみたいだけど、普段俺達の行くオフィスでは見かけた事は無いよ。」

ま、もっとも俺は土曜にしか行った事無いけどな…。

功は思った。



友喜がセットで選んだホットミルクティーのマグカップを口にしながらテーブル脇に置いてある大きな本に目が行った。


「さっきまでの話って、全部、その本があったからきっと起こった事なんだよね…?」

功に確認してきた。


「ん?ああ…そうだな。…つまりさ、この本って、もしかしたら友喜ちゃんや則陽とかが話してるゲームのクリスタルと同じじゃね?」

「…それ!それ私も今思ったの!」

思わず力み、掴んだマグカップのミルクティーをあわやこぼしそうになりながら友喜が同意した。








 山や木や動物や虫、無生物と言われる物たちや空気、身の回りのあらゆるもの…。

全てが輝いていて、眩い世界。


自分が今生きる人達には見えないのかも知れないと思った瞬間から一気に霞んで見えた世界。

ソウイチの言葉で、眩い世界の色が再び自分に戻り、そんな中、彼は更に私に言葉を告げた。


直ぐ傍にある小川は清らかな水の音を奏でていて、足元の石達はきらきらと輝いている。

ソウイチの綺麗な切れ長の目は小川の流れを眺めていて、一緒になって眺めていたノリコの視線は再びソウイチの横顔へと向いた。


ノリコの視線に気付いたソウイチがノリコを無言のままに見つめた。


覚悟して下さい、と言った割には詰めが甘い。

ソウイチはそれ以上何を言えば良いのか分からなかった。


そしてまた、二人は小川の流れに視線を移した。



 ふとソウイチが気配を察して顔を上げる。


「おじいさんの瞑想が終わった様です。一旦帰りましょうか。」

「…うん。」


ソウイチが立ち上がり、ノリコに手を差し出し立ち上がるのを手伝うと、歩き始めるノリコの後ろをソウイチがついて行った。


山の斜面の道なき道を注意深く上がって行きながら、ノリコは後ろから来るソウイチに時々ちらりと目をやった。

ソウイチは斜面を上がりながらも前を行くノリコの姿を目で追っていて、たまに目が合うとほんの微かに頬を緩ませる。


「…ソウイチくん。足元に気を付けて!」

ノリコはソウイチが足元から注意を逸らしていると言ってソウイチに注意をする。


「はい、気を付けます。」

ソウイチはノリコの注意に素直に返事をした。


「…。」

ノリコがソウイチの受け答えに変な間で反応をして、その後はあまり後ろを振り向かずに神社の建物のある場所まで上って行った。



神社の建物に戻るとソウイチの言った通り、ノリコの祖父は瞑想を終えていた。

二人の足音に気付き、瞑想したままの姿勢で居たノリコの祖父が振り返り、二人を笑顔で迎えた。


「おや、ソウイチくん。こちらにおいででしたか。お元気そうで何よりです。」

「おじいさん、お久し振りです。おじいさんもお元気そうで。」

にこやかに挨拶を交わした。


「ノリコや、良かったですね。ようやくソウイチくんに会えて…。」

ノリコの祖父の言葉にソウイチがノリコの顔を見て、


「ノリコも私に会うのを待ちわびてくれていたのですか?」

静かな声音で聞いてきた。


「そうですよ、ソウイチくん。ノリコは、今度ソウイチくんが来るのはいつだろうか、と、それはもう何遍も話していたものですから…。」

「おじいちゃん!」

ノリコが慌てて祖父を止める。


「おや、これは饒舌じょうぜつが過ぎました。どうぞ、中に入って下さい。皆でお茶でも飲みましょうか。」

ノリコの祖父が建物奥の小さな四畳間の部屋へと移動を促した。








 ねえ、ぽわぽわって何処から来たの?


私とツァームはね、お星様から形を変えたの。


何故って…そうツァームが教えてくれたんだ。私はよくは知らないけれど…。

でもその話を聞くとね、きっと、私達は対のお星様でね、それが敢えて解けてこの地に辿り着いたんだって。

ぽわぽわもそうやってここまで辿り着いたの?

それとも私達とは別の巡りで来たのかな。


見上げた先には星は無数にあって、それぞれに物語を抱えている。

一人一人がその物語に寄り添う様に、私達は暮らしている。

ねえ、ぽわぽわはどんな物語を抱えているの?教えてくれると、嬉しいな。








 バーガー店で、友喜と功が夢中になって話を続けている。


「ねえ、そしたら、もしかして功お兄ちゃんともクリスタルの中でも会えるって事?」

テーブルに身を乗り出しそうな勢いで友喜が目をきらきらさせながら功に尋ねた。


「現に会えたからな、ひょっとしたらそうかも知れない。」

功は答えた。


「則陽が言っていたけれど、クリスタルの中って、行ってみなければ行き先が分からないんだろ?」

頷く友喜に、本を見て功が呟く。


「この本も、そうなのかな…。」

もう一度そういった不可思議な現象に出会う機会があるのかどうかも分からないが。


「友喜ちゃんは他に、今回の事で別の場所での記憶とか、別の存在での記憶とかを思い出したりは?」

友喜が首を振る。

一瞬友喜の視線が空を見てから、功に向き直った。


「その時は、何も。でもね、…たった今、アミュラとの会話を、自分がぽわぽわになっている状態での記憶が入ってきた。…ちょっと前の記憶かな。」

「ぽわぽわって、本の中に入っていった白い光の玉の事か。」

「うん、それかも知れない。…今聞こえたのは…とても…優しい会話。アミュラから話しかけられて…。」

「それって今までもあったのか?そういう、突然思い出すのは。」

「ううん、初めて。」

ぼんやり答える友喜を、功が頬杖を付きながら見守る。



「…。」

友喜の視線がまた一瞬空を見る。

そして微かに困惑した表情になった。


「あ、また…。」

「また何か思い出したのか?」

「うん…え、でも今感じたのは、これって記憶を思い出すと言うよりは…、」

直接、感覚が繋がった気がした。


見守っている功の顔を真顔で見つめ返す。


「何だろう…分かる。あちらの感覚が、ぽわぽわで居るあちらの世界での感覚が、分かるの。」

功が頬杖を付いていた手を解いて友喜を見据えた。



 様々な濃淡の緑色に包まれた星。

アミュラがお気に入りの場所で磁界をかけて小さな切り株の上に座り、花冠を作成していた。


周りには妖精達が浮かんでいて、口々にアミュラに話しかけている。

アミュラの周りに浮かぶ妖精達と、反対側の袖に入っているミジェルの存在を感じる事が出来る。


アミュラは上機嫌で花冠を作成している様だ。



「花冠、作ってる。」

「…花冠?」

「うん。アミュラはね、花冠を作成して、石碑に捧げるのが役目のひとつにあるの。今…それを作成しているみたい。」

繋がって見えている情景を友喜は功に伝えた。


「友喜ちゃんは、ぽわぽわは何処に居るんだ?」

「アミュラの…片方の袖の中。」

「は?袖?」

功は想像がつかなくて友喜に聞き返す。


「うん。アミュラ達の服の袖の中は袋みたいに出来ていて、物を入れられる仕組みになっているの。その内側…に私は居るみたい。」

へえ、と、功は頷く。


「それが今、見えている、と。」

「うん。見える。感じる。」

友喜を見ていた功が僅かに目を見張る。


「友喜ちゃん。」

「うん?」

友喜の額から出ている蜘蛛の糸くらいに細い光の筋に時折煌びやかに光が通る。それは上から下への時もあったし、その逆もあった。


「額の光の筋がさ、前より光ってる。」

「前より?」

功が頷いた。


「…。」

少し前まで目の前の功に夢中だった友喜が、もうひとつの意識に気を取られたのか視線に力が無くなっている。


「大丈夫か?何ならもう帰った方が…。」

友喜の顔から笑顔が抜け切ったのを見て、功が友喜に声をかけた。


「全然、大丈夫なんだけど…。こっちとあっちと、意識を合わせるのが揺れ動いて…。」

「…。」

功は友喜の様子を気遣わし気に眺めた。


「でも、うん。…やっぱり今日は帰ろうかな。」

「ああ、分かった。無理しない方が良いからな。」

功が真顔で軽く何度か頷きながら言った。


一緒に居たいのはやまやまだけど…。

突然繋がった感覚に整理のつかない友喜は、功の言葉を素直に受け止め、今日のこの場は大人しく家に帰る事にした。


「送って行くよ。」

食べ終わった後のプレートを返却口に片付けると、功が友喜に微笑みながら言った。




 バーガー店を出た功と友喜は路面店の立ち並ぶ通りを歩く。


友喜は時折あちらの世界の意識を受け取っているみたいで、受け取っているらしい時の表情の微妙な変化と眉間の光の筋に光が通るのがほぼ同じタイミングで起こっているのを功は何度か確認した。

友喜は功が見ているのにも気付ける時とそうで無い時がある様で、表情には全くと言っていいくらいに余裕が無かった。


「あっ…。」

「ん?どうした?」

「…ううん、何でも無い。」

突如赤い顔になって俯きがちになる。


「…?」

功が友喜の顔を覗いた。

それに気付いた友喜は、功にぽそりと説明を足す。


「あ、えっとね…、ツァームとアミュラはね、…つまり家のお兄ちゃんと雨見ちゃんなんだけど、あちらの世界でも仲良しなの。」

「…そうなのか。」

「今、その場面が、あちらの世界でのその場面がね、垣間見えちゃって…。」

友喜が頬を赤らめながら目線を上に流して言う。


「ぽわぽわなら何も恥ずかしがらないでいられるんだけど、私が感覚として受け取るとなると、ちょっと…。」

照れるなあ、と、ぼそっと言う。


「…あれ、友喜ちゃんのそっちの星での人格って…、」

功がつい気になって聞く。


「ああ、そう。もう居ないの。あちらの星には。」

「…もう居ないのか。」

「うん、そうなの。」


聞きたかったのはそういう事では無くて…。

尚も顔を赤くしている友喜を見ながら功は思う。


今自分から見えている友喜を覆う黄緑色の光の霞の彼女は…彼女も…。



「……あちらの世界の状況が見える様になった事、帰ったら有津世くんにも伝えるんだろ?」

「うん。言えるタイミングでね。直ぐに伝えるかどうかは、分からない。」

帰ったら一旦横になろうかなと友喜は呟く。



「俺が有津世くんにメールで状況伝えといてやろうか。」

「?」

友喜が功を見上げる。


「そしたら帰ってから直ぐに、安心して休めるだろ?」

ああ、そういう事かあ、と、友喜は功の言葉に納得して、じゃあお願いしようかな、と笑顔で答えた。



功は有津世とメールのやり取りをしているみたいだが、友喜とそのやり取りをしようとはしない。

友喜はそれに気付いていたけれど、自分もメールしたいとは言い出さなかったし、有津世とだけメールのやり取りをしている事に関して問いただそうともしなかった。


「…。」

「…。」

何故なら功と友喜の二人は、それについては同じ考えが根底にあったからだ。

話し合った事も無かったけれど、その事に関しては意見が完全一致していた。

口には出さないけれど同じ想いを二人は抱える。

功は友喜に軽く微笑んで、友喜も微笑み返した。



話している内に林の道に差し掛かる。


「今日はまだ明るいな。」

林の道に入りつつ、功が日差しに冗談めかして文句をつける。

功の言葉に友喜が、ふふ、と笑い、その横顔を功は見て微笑んだ。


直後友喜の額から見える光の筋にまた光がきらりと通った。


…つまりはあちらの世界の情報を受け取っているという事か。

友喜の表情からまた余裕が抜け落ちるのを確認して、功は林の木々を見上げた。


「あ…、友喜ちゃん、ちょっと待って。」

功が言って立ち止まったのと同時に友喜も立ち止まった。


「今さ…有津世くんにメール、打っとくから。」

功が服のポケットからスマートフォンを出し、画面を操作して手早く指を動かし文章を打ち込んでいく。

立ち止まっていても林の木々の木陰の恩恵を涼しさで持って感じる事が出来た。

蝉の声が景色に混じって耳に届く。

友喜はあちらの世界と行き来する意識の感覚の中でそれを感じた。


功がたまに空を仰いでメールの文章を打ち進めると、


「ん、これで良いか。」

納得した様に送信ボタンを押した。


「悪い。待たせたな。」

功がスマートフォンをポケットに戻して友喜に振り返った。


友喜は功に首を軽く振って、問題無いという風に微笑む。

その笑顔を見て、功は一瞬真顔で友喜を見つめ返した。


「…もうそろそろ家の近くだな。」

林の道の先を眺めて功が言う。

でも昼間だし、家の近くで、ってのもあれだな…と功は呟いてひと呼吸置くと、功が友喜を道の脇にある一本の木の幹側に誘導した。


友喜を幹に寄せさせると、功は覆う様に立って友喜の手を優しく握った。友喜の手をゆっくり撫でて、互いの手指を組む様にして、その指は友喜を愛おしむ様に微かに動かし続けた。

息の届くくらいに至近距離になった功の口から友喜に言葉が紡がれた。


「あのさ、覚えていて欲しいんだけど、俺の、友喜ちゃんへの想いは………誰にも負けないから。」

「…。」

真っ直ぐに見つめ返す友喜の髪を掻き分け、功の言葉に何かを返そうとして動かしかけた友喜の唇を功の唇が塞いだ。


直後こちらの世界へと意識が強く揺り戻されて、目の前の功しか認識出来なくなった。

一瞬が一瞬と言うには長くて、功からの想いが、体中に電気が走り一種痺れとして伝わってくる。

半ば強引にくちづけを受けて、綺麗に染まった頬を功に見せながら、友喜の瞳は一気に潤んだ。


互いに吐息を静かに残し、唇を離した功が僅かに口角を上げた。


「離れると思うと名残惜しくていけないな。」

独り言の様に言って一旦視線を逸らした功が友喜をちらりと見る。

友喜は功と目が合うと染まったままの頬を緩めた。








 夜になると周りの光源が全く見当たらない神社。


ソウイチが泊まると決まった日でも、夕飯は特に変わった献立でも無くいつもの簡素な夕飯だった。


それでもソウイチの口角は自然と上がる。

救出された後の一か月間のここでの食事がソウイチにとっては忘れがたいものだったし、この時間をノリコと彼女の祖父と共に過ごす事自体が堪らなく懐かしかった。


 神社の夜の空気はソウイチが普段任務に就いている場所とはまた別の静けさを擁している。


ソウイチは今夜寝泊りする小さな客間から出て、ノリコの祖父が普段瞑想を執り行う場所であり、ノリコが写本をするのに使う場所でもある社内で一番広い、始終外気にさらされる空間に足を運んだ。


もうこの時間には誰も居ないかと思っていたが、夜になって移動させたのか小さな勉強用の座卓が縁側の一角に配置され、その上に写本とノートを広げながらも筆記具を持つ手は止まったままのノリコが夜空を見上げていた。


ソウイチはノリコを見つけると足音も静かに近づき、傍まで行くと腰を下ろした。


「ここは、星空が良く見えますね。」

「…うん。」

ノリコは星空を見上げながらもソウイチが近くに来た事には気付いていた様だ。

特に驚く事も無く穏やかな面持ちだ。


ノリコは昼間の小川でソウイチに言われた事を忘れた訳では無かった。

むしろその事がぐるぐると自分の中で回っていて、そのさざめきを落ち着かせるために、落ち着くまでは、ここで写本をしていようと思った。

それでも写本の手はなかなか進まなくて、どうしてもその事を思ってしまう。

進みゆく道はひとつしか無い。

今までずっと、そう思ってここまで生きてきたから。


「…ソウイチくんはさ、ここを発ってからは…普段はどういう所に居るの?」

何と無く顔を夜空に向けたままで、ノリコは問いかけた。


「私の居る所は…、普段の仕事は、とある地下建物の中で行っています。ですから時間でたまに建物の外に出て日光浴を…。」

「地下…。」

ノリコが地下と聞いて思い浮かべるのはただひとつ、ソウイチと初めて出会った地下の洞窟だ。

何とも複雑な表情を見せるノリコにソウイチは静かに嘆息する。


「地下にも色々あるでしょうけれど、私が現在居る場所は清潔で安全な場所ですので安心して下さい。」

光源もあり明るいのですよ、と続けるソウイチにようやくノリコは顔を向ける。


「色々?」

「ええ、色々…。例えば前にノリコと一緒に星空の草原に赴く直前にノリコが一人で入り込んだ場所、あれもおそらくは地下だと思います。」

ノリコは思いを巡らす。

その時に感じた凍てつく様な恐怖の感情。

そして直後に辿り着いた星空のきらめくただっぴろい草原は、この地よりも更に沢山の星達をさえぎるもの無く目にする事が出来た。


正体不明の暗い地下空間に入り込むのはもうごめんだけれど、星空の見えるあの草原になら、また行ってみたいなと思った。


「お望みなら。」

ソウイチがノリコの気持ちを読んだかの様に静かに手を差し出した。


「え?」

「手を…。」

ソウイチはノリコの手から筆記具を取り払い、自分の手に乗せた。


目の前の視界が消えて無くなり、次に見えてきたのは頭上に無数の星が瞬く夜の草原だった。

二人の手はまだ重ねたままだ。


「一緒に居る時でしたら、こうして同時に同じ場所に赴く事が出来ますし、それに…。」

ソウイチは思い留まり言葉を濁したが、ノリコはそれには気が付かずに、目の前の景色が一瞬で変わった事に目を見張っていた。


「では座って…少し話をしましょうか。」

ソウイチは真っ直ぐノリコの顔を見てから繋いだままの手を解く事無く優しく引いて、ノリコが座るのを促した。








 林の奥の二棟の家。

家に帰ってから、ちょっと昼寝するね、と家族に伝えて友喜は2階の自分の部屋にこもった。


鏡を見ると糸の様な光の筋が局所的に強く光を帯びてその光が上へ下へと移動して見えた。功の言った通りだ。

しかもそれは、自分の受け取る意識と連動しているかの様な動きだった。


ただ、それを鏡で眺めているにしても意識を合わせるのが安定していないからか気力と体力を消耗するのを感じたので鏡を見るのは程無く止めて、友喜は大人しく自分のベッド代わりのロフトへと上がった。


枕を頭の後ろにあてがうと仰向けになって寝っ転がる。

ふと気付いた枕もとの緑色の豪奢な装飾のノートを見て、後でいいや、と反対側を向いて寝そべった。


とにかく今は休もう。


一度目を閉じればあちらの世界に意識が集中していき、今起きているであろう景色や状況が友喜の感覚にとめどなく流れ込んできた。


あ…、エール…。


目の前でアミュラとツァームが樹の幹に美しく光り輝くエールを供給している姿がはっきりと伺えた。



・ハンバーガー店でソウイチの話を功が友喜にした際のくだりを大幅に加筆修正しました。

・文の言い回しの修正を数か所で行いました。               (2026年1月17日)

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