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見上げる空に願いを込めるのは何故だろうか(仮)  作者: 晴海 真叶(はれうみ まかな)
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何人居ても

 都内アパート。

仕事から帰って来た則陽が、梨乃のデスクトップコンピュータを調べている。


コンピュータが故障したと聞いて、直せる方法があるのならそうしたいとの梨乃の訴えに、則陽が調べてみるよと請け合った。


後から帰って来た梨乃に則陽が顔を上げた。


「おかえり、梨乃。」

「ただいま。…どう?」

梨乃が靴を脱いで上がって来る。


「う~ん、ダメみたいだ。この元のが…。」

部品をひとつ手に取り梨乃に見せながら則陽は話し、物理的に破損をきたしてどうやら買い替えるしか無さそうだと梨乃に説明した。


「そうかあ、残念。」

梨乃がため息をつく。


中身だけ替えるにも、今売っているのとは形が違っている様ではめ込み不能だそうだ。

システムの基盤自体が今のは昔のとだいぶ違うから、新しいのを買ってしまった方が便利になるよ、と則陽が言った。


「そういうのを見に、今度さ、久し振りに電気街にでも行く?」

気を落としている梨乃に、則陽が提案を持ち掛ける。


「…うん!行く!行きたい!」

梨乃が顔を明るくして、則陽に答えた。


則陽は梨乃の反応に微笑んだ。







 林の道に差し掛かる頃には外はもうすっかり暗くなっていた。


三人揃ってこの道を歩くのは久し振りだ。

皆それぞれに持ってきていた懐中電灯を取り出して、先を照らしながらゆっくり道を進んだ。


「そう言えばさあ、友喜に教えて貰ったあの後も、ツピエルの家、未だに見つけられないんだよなあ。」

有津世がぼやく。

ツピエルにも聞いたけれど、コツはきのこの周波数に合わせる事だって尋ねる度に言われるし、それじゃあさ、全然分からないよと続けた。


友喜は頷きながら林の道の左脇の落ち葉の積もった地面に懐中電灯の光を向けて注意深く眺める。


「私も。前に見た時に場所をインプットしたのに、その後その場所では見かけないよ。」


それにしても、いつから有津世はそんなにツピエルの事が好きになったのだろうと、ツピエルの話題を耳にする度に友喜は思う。

きのこのあったはずの場所を通り過ぎて、友喜は懐中電灯の光を一旦進行方向へ戻した。



雨見は今日行った小川の情景を何度も思い浮かべる。


河原部分から足を延ばして鬱蒼とした上流へ行ってみたら、あんなにきらきらした綺麗な石がごろごろ転がっていて、あちらの世界を思い起こしてしまう程の空気の清浄さと軽やかさを感じるあの場所は、やっぱりとても不思議だと思った。


雨見は左隣にいる友喜を見て、それから右隣にいる有津世に視線を移した。


友喜は時々周辺の緑に懐中電灯の光を当ててあちこち見ながら歩いていたし、有津世は変わらず懐中電灯の光を進行方向へ照らしつつ前を向いて歩いている。


こんなにもあの場所に惹かれるのは自分だけだろうか。

雨見は今日行った河原を思い、一人うずうずした。


「もし、今度もまた今日の場所に行くんだったらさ、」

有津世が口を開く。

途端に雨見が目を輝かせた。友喜は雨見と有津世の会話を見守った。


「早めに日にち、決めとかないとね。」

「うん、そうだね。じゃあ次の作戦会議までに予定を調べておくね。」

雨見は有津世の言葉に意気揚々と答えた。



友喜は二人の会話を聞きながら、今ちょうど歩いている所が功と立ち止まった付近なのに気付いた。


「…。」

功との濃密なやり取りを思い出して友喜は一人頬を紅潮させる。


…会いたいな。

ちょっと顔を見ないだけで、元気かな、って思う。

次に会えるのは土曜日で、もしかしたらまたお昼の時間までかも知れない。

欲を言えば一日中会っていたかったし、功の声を傍でずっと聞いていたかった。


でも功は大人で、きちんとしてて。

その上、先の事もちゃんと考えてくれていて。

それは分かっているんだけど、それでも友喜は時々自分勝手に功に会いに行ってしまいたい衝動に駆られた。


友喜は次の土曜日が待ち遠しかった。








 林の木々で鳥達が行き交い、複数の種類の鳥のさえずりが重なり聞こえてくる。


林の奥の二棟の家。


今日も外気の暑さは遠慮が無かったが、それでも林の木々に囲まれたこの場所は空気が市街地よりも爽やかに感じられた。


午前中は部屋に籠っていた兄、有津世が、午後の雨見の訪問時間近くになると1階へと下りてきて友喜と一緒にお茶の準備を始めた。


「…ねえ、お兄ちゃん。お兄ちゃんさ、最近忙しいね。」

ダイニングに立ちながら友喜が有津世に言った。


「…まあ。色々まとめたい事があってさ。」

「へえ、そうなの?」

友喜は有津世の行動について詳しくは知らなかったが、有津世は雨見には色々と詳細を話している様で、それは雨見の有津世への反応を見れば分かった。


友喜は考える。

中学までは自分も二人と一緒の学校だったけど、友喜は家から近くの学校が良くて、高校は二人とは別の学校に行った。


でも有津世と雨見は、これまでもずっと一緒で。

それなのにこれからの進路で別の道を選ぶ事はあるのかな。

高校の時は、雨見が、と言うよりも有津世が雨見に密かに進路を合わせた様に思う。

雨見の希望するのが女子校だったらどうしていたんだろう。


友喜はそんな事を考え、くすくす笑う。


「友喜、どうしたの?」

有津世が友喜の挙動を見て聞いてきた。


「べっつに~。」

友喜が横目で見ながら笑って答える。


「何だよ、もう。」

友喜のからかう態度にむすっとして、有津世は紅茶を淹れたマグカップ3つをリビングに移動させる。

有津世の反応を見て笑いながら友喜はお菓子の箱を覗き込み、これで良い?と有津世に意見を仰いだ。


「良いんじゃない。」

有津世の返事を受けて友喜はそのお菓子を三人分、ソファ前の座卓に持ち運んだ。


「お邪魔しまーす。」

玄関先から声がした。


「あ、雨見ちゃんだ!いらっしゃーい!」

「雨見、用意出来てるよ。」

友喜と有津世がそれぞれ雨見に答えた。








 会社近くの小さな居酒屋に、則陽と功は久し振りに足を運んでいた。


テーブルには則陽が頼んだウーロン茶のグラスと功が頼んだビールのジョッキがあって、枝豆の盛られた皿がつい先程届けられた所だ。

一応4人掛けではある手狭なベンチ席に通され、則陽と功は向き合ってベンチの真ん中に座ると、行き交う店員をたまに横目で気にしながら功は話を切り出すタイミングを見計らっていた。


「えっと、あの話…。」

「あの話?何でしたっけ?」

「ほら、あの、この前した話…。」

「…?」


「いや、だから…あのさ、この前俺が質問して、お前がエロの受け答えしか返さなかった時の話だよ。…お前実は、すっごいエロいだろ。」

功は観念して、聞き出したかった話題を直球の表現で則陽に持ち掛けた。



「…まあ、それは、そうですけど。でもそれが何か?功だってそうなんじゃないですか?」

それの何処が珍しいのか、と功に聞き返した。

極々一般的な事じゃないですか、と則陽は続ける。


「何も俺だけに限った話じゃ無いでしょ。」

「いや、そうだけどよ。…何か妙に自信有り気だったし、その、知りたくてさ…。」


則陽は功の発言に軽く首を傾げながら、功の事をじろじろと見た。


つまり…、したいのか。


「あっ、おい、則陽、何か今俺の顔見て思ったろ?勝手な想像すんなよ!俺はただ、ずっと先の参考にって思っただけだよ!」

「ずっと先?」

「…ああ。」

「ずっと先なんですか?」

頷きながら、当たり前だろ?と功が言う。


「俺さ…彼女の事は大切だし、…それこそ末永く一緒に居たいんだよ。」

「…。」

「だから後ほんの数年待つ事くらい、何の問題もねえよ。」

「卒業するまで、ですか?」

「…それもそうだし、彼女側の…準備が整うまでは…。」

功の言葉を聞きながら、則陽はウーロン茶のグラスに口を付ける。


「それまでは、我慢、ですか。」


功が真顔で頷く。


…まるで修行だな。則陽は思った。

まあ、でも自分も、梨乃と別れていた間の数年間はそういう状態だったから、功の言う事も分からないでも無い。でも今それをしろと言われたら、自分はおそらく発狂してしまうのではないか。


「でさ、則陽、お前の考え、何かあるんだろ?お前なりの哲学っつうか…。」

功は話の先を聞きたそうに則陽の顔を覗き込んで言った。


「無い事は無いですよ。俺は梨乃の事、愛していますし。」

さらっと言ってのける。

功は僅かに呆気に取られて、おう、じゃあそれについて教えてくれ、頼む、と喉から言葉を絞り出した。







 林の奥の二棟の家。

手前側の家の、黒い外壁がより一層黒々と見えるこの時間。


屋根の二つの丸い天窓からは淡い明かりが漏れていて、その内のひとつの部屋では有津世が父から借りたラップトップコンピュータを机の上で開いていた。

モニター画面を目にすると、有津世は微かに頬を緩ませ、キーボードの手を動かす。



 隣の友喜の部屋では、友喜が机の席に座り、河原で拾って持って帰ってきた石達を手のひらに載せて眺めていた。


明日、なつと功にはこの石を渡せる。

梨乃と則陽への石は、あともう少し、渡すまでに日があるけれど。


手に乗せた5つの石は、夜の部屋の照明の淡い光の中であっても友喜の目を楽しませてくれる程に綺麗だ。

友喜は石を丁寧に机の上に置き直すと、脇に置いてある功から貰った妖精の本を手元に寄せた。


本を開いてページをめくる。

挿絵のイラストも可愛かったけれど、文章も柔らかくて素敵だった。


この内容は家のお兄ちゃんも好きかも知れないなと思う。

それでもこの本は、貰った事も内緒だけれど。

本を見ない時にはお出かけ用の鞄にいつもそっと大切にしまい込んでいた。


何と無く、本から顔を上げて目の前の鏡を見つめる。


糸の様な光の筋がゆらゆらと揺れて、黄緑色の光のもやの、もうひとつの自分の顔が微笑んでいる。


キャルユ…。

キャルユは毎度穏やかな表情で、友喜と目が合ったのを見て今回も笑い掛けてきた。


友喜は有津世の言う通り、この現象に慣れてきてしまい、最近ではキャルユに笑顔で返す様になっていた。


話が出来ればなあ…。

そしたらもうちょっと色々分かるんだろうけどな。

でも重なって存在しているのはキャルユも理由が分からないって言ってたっけ。

いつか夢で星空の様な暗闇の空間でキャルユと会って話をしたのを思い出して友喜は思った。


もやの状態は、顔こそ見えるものの、額の石は見えない。


そう思ってもやのキャルユの眉間を見つめていると、目の前で一瞬何かがきらりと光り、直後ぐいーんと磁石の様にキャルユの眉間の中へ友喜の意識が吸い込まれて行った。



 気が付くと、石碑が近くにある草原に友喜は居た。


友喜が呆然と草原に佇み、今の家の時刻とは関係無い明るさの青空の下の草原を眺める。

幼い姿のキャルユがきゃははは、と言って少し先の草原に転がり込んで遊んでいた。


…ああ、また、ここ。


ゲームのクリスタルを操作した訳では無いのにまた辿り着いてしまったこの場所。

でも今回分かったのは、鏡に映る黄緑色の光のもやのキャルユの眉間に注目した、それがこの現象を引き起こしたんだという事。


友喜は草原で転がり遊んでいる幼いキャルユの傍へと歩き寄って行った。








 朝。

林の奥の二棟の家には今日も強い日差しが差し込んでいた。


友喜とほぼ同時刻に起きてきた有津世が、ダイニングテーブルの友喜と隣の席に座りながら、友喜や両親におはよう、と挨拶を交わす。



今は丁度、皆で朝ご飯中で、美味しそうにパンを千切って食べる友喜に有津世が話し掛けた。


「今日も行くんでしょ?」

「うん、そう。」

土曜日の朝は、友喜はいつも嬉しそうだ。

この所はそれが顕著で、功に会いたかったんだなというのが傍から見てもありありと伺えた。


「石、忘れずに持って行きなよ。」

「石?」

「そう、河原で拾った。一生懸命選んでたでしょ?」

「…ああ。」

友喜の受け答えに有津世は友喜の顔を二度見した。


「お兄ちゃんは今朝も合気道教室に行くの?」

話題を変えて友喜が聞いてくる。


「うん。そのつもり。友喜さ、見たら驚くよ。俺、結構上達したから。」

「ホントかなあ?」

友喜がにやつきながら有津世を見る。


一緒に通っていた頃は、有津世は友喜の送り迎えの事しか頭に無かったので、送り迎え以外の教室での集中力と言ったら有って無い様なものだった。

実際、こうして近くに居ても、強そうな雰囲気は一切無いし、有津世の台詞は友喜からしてみれば冗談にしか聞こえない。


「まあ、頑張って。」

友喜が言うと、有津世は、うん、と何も悪びれなくその言葉を受け取って、友喜はくすりと笑う。


一番に朝食を食べ終わった友喜は、ご馳走様でしたと言って自分のお皿を流しに下げる。

鼻歌を歌って如何にも嬉しそうに出掛ける準備を始めた友喜を見て、有津世は父母と目を合わせてお互い頬を緩めた。








 林の道。

友喜は有津世と両親に見送られて、一人玄関の外に出た。

暑いけれど、林の木々の恩恵で周辺は爽やかに感じられてとても気持ちが良い。


友喜は2回程深呼吸をすると、ゆっくり道を歩き始める。

木々ももうすっかり若葉の頃を過ぎて、そこには濃い緑のグラデーションが時折吹く風にさわさわと揺れている。

友喜は通りを眺めると、貴重そうにその景色を眺めながらまた一歩と、ゆっくり歩みを進めて行った。








 住宅街の一角。

『吉葉』と書かれた表札の家のインターホンを押した。


少し待つと玄関ドアの鍵が開く音がして、功が顔を出した。


「おはよっ、いらっしゃい、友喜ちゃ…ん。」

笑顔で迎えた功の表情が一転、拍子抜けした表情に変わる。

そこには黄緑色の光の霞の立ち消えた友喜が満面の笑みで立っていた。


「…。」


功は友喜を凝視する。

功の視線に友喜はますます嬉しそうな表情を見せ、


「久し振り。とても、…とても会いたかったわ。」

熱い視線と言葉を放った。

一瞬固まっていた功が、今にも抱き着いてきそうな友喜の挙動に気付き、


「おっと、そういう事はしないの。中に入って。ここはさ、…外国じゃねえんだから。」

住宅の密集するこの家の玄関前で朝から熱い抱擁だなんてとんでもない。

功は赤面しながらもすれすれにかわして友喜を玄関の中に通す。


「友喜~、やっほ~。」

遅れて奥から出てきたなつが功の背後から顔を覗かせて友喜に挨拶する。


「なっちん。」

友喜はいつもの笑顔でなつに答えて、お邪魔します、と言って中に入った。


「…。」

なつに続いて奥へと進む友喜の背を、功は真顔で見守った。







 リビングでなつとお喋りする友喜は、一見いつもの友喜と変わらない。


ダイニングテーブルの自分の席からなつと友喜をぼんやりと眺めながら、功は一人考えていた。

違う所と言えば黄緑色の光の霞が見えないだけだ。


「ねえ、お兄ちゃん、そろそろ時間なんじゃない。」

「お、ああ…。」

なつの声を受けて友喜を見ると嬉しそうに笑っている。


「…行くか。」

「うん。」

「行ってらっしゃい。気を付けてね。」

功がなつに、分かった、行ってくるよ、と告げて、友喜と玄関に向かう。

友喜がなつに手を振ると、先に玄関ドアを開けてドアが閉じない様に押さえてくれている功に礼を言って玄関の外に出た。


 公園の方向に歩きながら功が改めて友喜を見る。


今も黄緑色の光の霞が見えない彼女は、つまりは入れ替わったままという事だ。

友喜は功の視線に、心の底からの温かい笑顔を見せた。


「…あのさ、聞いても良いか?」

「うん。なあに?」

友喜が功に聞き返す。


「最近…ずっと俺の事、見もしてこなかったのは…心変わりしたんじゃ無かったのか?忘れたりとか…。」

友喜が一瞬ぽかんとした表情をして、それから笑った。


「良かった、あなたも、私とこうして接する事を望んでくれていたのね。」

友喜の反応に功は小首を傾げる。


「それは…。」

どういう意味なんだ、と功が尋ねようとすると、


「最近私はあなたの顔どころか、こちらの景色さえなかなか拝めなかったのよ。つまりあなたが最近見かけていたのは、キャルユの方だわ。」

「キャルユ…。確か別の星での人格…。」

「そう、その通りだわ。」

功は考え込む。


「…で、何でそういう状態になっているんだ?」

「キャルユが友喜との繋がりを取り戻したのよ。元々…始めはそっちが通常だったわ。それをある時から隙をついて私が居た期間があった。…ただそれだけ。」

「…。」

功は友喜の事を見つめて、入れ替わった友喜が前のままである事に感動していた。気を取り直して功は尋ねる。


「でもさ、久し振りだけど何かいつもより長くねえか?そろそろ元の友喜ちゃんに戻っても良い頃なんじゃ…。」

「…。」

「……まさかこのままって事無いよな?」

友喜のはっきりしない態度に、功は密かに焦り表情にも余裕が無くなる。


「………安心して。私にとって、これは束の間の、あなたとの逢引。今日はずっとあなたと一緒に過ごしたいの。」

功は友喜の言葉を聞いて、複雑そうな表情を見せた。



 今日の公園にはまばらに人が居て、功と友喜は空いていた中央奥のベンチに間隔を空けて腰掛けた。

何も変わった挙動を見せない友喜に対して功は心なしか物足りなさを感じてこぼす。


「…なんか、前より落ち着いていないか?」

「そうかしら。」

直後友喜は功の言わんとする事に気付いて、微笑んだかと思ったら功とのベンチの隙間をジリジリと近付いて埋めて来ようとしてきた。


「あ、違うんだ。今の訂正。落ち着いてる方が、何かと穏やかに過ごせるし、良いと思うぞ?」

迫る友喜に驚いた功が慌ててベンチから後ずさって立ち上がり、声が大きくなった。

友喜は渋々動きを止めた。


「…そんなに警戒する事無いのに…、ひどいわ。」

口を尖らせて文句を言った。


「…君もそういう顔、するんだな。」

元の位置に戻る友喜を見て功もベンチに座り直す。


「…当り前よ!私だって友喜よ。彼女と変わらないんだから。…前にも言ったでしょう?」

口を尖らせながらも穏やかな口調で文句を言う友喜に功は頬を緩めながら頷く。


確かに。功は思った。

友喜はなつとはタイプこそ違うが我が強いのは一緒で、感情表現も素直な方だと思う。

言葉遣いと知識の違いこそあれど、どちらの友喜も結局友喜は友喜だと、今では功は思っていた。


だから尚更…。

功は胸の内を友喜に打ち明ける。


「俺さ…友喜ちゃんがいくら分かれて存在して居たとしても、その全部の友喜ちゃんが皆、俺に熱を上げてくれるものだと思っていたよ。それがさ、とんだ自惚れだと少し前に知って…。」

友喜が功の言葉に静かに聞き入った。


「落ち込んだし反省したよ。自惚れ心にさ。」

「…。」

「まあ、でも、良い教訓になったよ。油断は出来ないんだな、って思ったし、どんな友喜ちゃんが前面に来ても全力で惚れさせてやろうって。…こんな事、相手にまんま言うなんて馬鹿だよな。」

功は肩を落として一人笑った。


聞いてくれよ、それについての秘策だってあるんだ、と功は楽しそうに言った。


友喜は思った。

功は分かっていて、友喜に言っている。

友喜自身には決して言わない事を、友喜自身には伝わらないのが分かっているからこそ、入れ替わっている今の友喜に言っているのだと。


「秘策って何?」

「内容は、…流石に秘密かな。」

功はいたずらっぽく笑って答えた。

友喜はそんな功に、つられて一緒に笑った。





 「あ、昼近くか。久し振りにバーガー店に行こうか。」

功が言った、久し振りという言葉は、入れ替わった友喜にとっては、という限定的な意味だろう。


「うん。行こう。」

嬉しそうに友喜が答えて、二人は公園を出て歩き始めた。


「なあ。」

「何?」

バーガー店に向かう道すがら、功が友喜に尋ねる。


「こうして居る間にも、当の友喜ちゃん自身はまた…何だっけか、憩いの場、に居るのか?」

友喜が頷いた。


「それって、閉じ込められてるって意味か?」


功の問いに友喜が軽く息をつく。


「いつもは私の方が閉じ込められているのよ。」

「いや、そんなに睨みつけられても…。」

友喜の返しに功はたじたじとなった。


友喜自身の事が功はやっぱり気に掛かって。

友喜自身は今何をしているだろうか。

大丈夫だろうか。


入れ替わった友喜が気を取り直して微笑んできたのに微笑み返しながら、功は友喜自身の無事を願っていた。



文の言い回しの修正を数か所行いました。(2026年1月17日)

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