黄緑色の軌跡
「お兄ちゃん。」
友喜が有津世の部屋のドアをノックし、声を掛ける。
有津世が部屋のドアを開けると、友喜が部屋に入って来た。
「朝、お兄ちゃん言ってたでしょう、帰って来てからで良いって。話、何かあったんじゃ無いの?」
「…ああ、そうだった。」
友喜が有津世の顔をじっと見つめ、何を話し始めるのかを小首を傾げて待っている。
「あのさ、もし皆一緒に集まる事があったら、友喜、吉葉さんにも来てもらうの?」
有津世の発言に友喜が頬を赤らめる。
「…うん。来てもらいたいとは、思ってるし、功お兄ちゃんにはそう話したの。」
途端に女の子らしくなるその反応に、有津世は照れそうになって自身を立て直す。
「そうか。それって、こっちからも確認しといた方が良い?」
友喜がゆるりと首を振る。
「ううん、功お兄ちゃんが、奈巣野さんに話してみてくれるって…。だから、大丈夫だと思う。」
有津世が友喜の返事に頷いた。
「そっか、それなら良いんだ。ほら、一応、念の為、って思ってさ。」
有津世が微笑む。
「あ、それとさ、この休み中に雨見と河原にさ、行こうと思ってるんだけど、その時友喜も、一緒に行く?」
「河原に?」
「うん。この小石を拾った時の河原。父さんと友喜と前に一緒に行ったでしょ?雨見が行ってみたいって言っててさ。」
有津世が飴色の小さな石を手にしながら話す。
「じゃあ予定が合えば…。」
有津世の提案は面白そうだと思ったし、三人で一緒に出掛けたいとも思ったから、友喜は前向きに検討する返事を有津世にした。
「話したかった事はそれで…全部かな。」
「そう、分かった。」
友喜がにこりと笑っておやすみなさい、と有津世に言って、有津世もそれに答えた。
閉まったドアを目にした有津世は微かに口角を上げて、自分の机の席に戻った。
いつものカフェのテラス席へと功がなつを迎えに来た時に、功が言った。
「え、カレー?」
「そっ。友喜ちゃんカレー食べれるか?」
友喜が真顔で頷く。
功はカレーを作るのが得意で、味にも自信があるらしい。
夏休みの期間中に、何処か日を選んでカレーライスを家に食べに来ないか、と功が言ったのだ。
日によっては、それは夕飯になるかも知れないし、昼間は自分は仕事の日かも知れないと、功は言った。
友喜はなつの顔を見ると、なつは微笑んでいて、功に向き直った友喜ははにかみ頷いた。
「じゃあ、日にちの調整と、ああ、後、皆で会う日にちもあったな。あれ、いつになるかな…。」
功が視線を巡らせて呟く。
功のその様子を見て友喜がなつに、
「あ、ねえ、なっちん。今度ね、うちのお兄ちゃんと雨見ちゃんと、奈巣野さんと梨乃さんも一緒に…それと功お兄ちゃんも、皆で会うんだけどなっちんも来る?」
こんなに色々と話が分かっているなつだ。
ひょっとしたらなつも来たいかも知れないと思い、友喜はなつにも聞いてみる。
「いいよ、あたしは。ほら、あたしの役目はお兄ちゃんが出来るだろうし。それにさ、それ、皆カップルじゃない。」
なつが言う。
「言われてみれば…。」
友喜の言葉に功が僅かに頬の血色を良くして口を挟む。
「有津世くんともう一人の女の子も…そうなのか。」
友喜が頷く。
「うちのお兄ちゃんは雨見ちゃんの事がずっと前から好きなの。それこそ小学生の頃からね。」
友喜が思い返して言う。
そして功の方をちらりと見て友喜は頬を染めた。
自分も、きっと…。
小学生の時に見かけた功の姿が思い起こされた。
すごい茶髪だったなあ…、前髪も長かったし。
久し振りにこのカフェで見たその姿もそうだったけれど。
功が友喜の表情の訳を知らずに、ん?と言いながら微笑んでみる。
友喜は照れ隠しも合わさって、くすぐったそうに微笑んだ。
その姿に功が見惚れて…。
なつがやれやれと笑い、自分はお手洗いに行き、落ち着いた所で解散する。
友喜は夏休みが、ちょっとだけ楽しみになった。
夏休みが始まると、意外や意外、兄の有津世は部屋に籠る時間が長くなった。
高校三年生ともなると、受験勉強にそんなに忙しいものなのか。
午前中も午後も、ずっと雨見ちゃんと一緒に居るかと思ったのに。
雨見とは会う日にちを決めているみたいで、午前中に来る事は無くて、それはいつも午後だった。
雨見も有津世の動向は分かっているみたいで、時間の割り振りについても納得している様だった。
友喜はそれを見て思った。
二人は理解し合っているんだなと。
友喜は作戦会議に出る事もあったし、二人の邪魔をしちゃいけないと思い、自分の部屋で眠りこける事もあった。
眠りこけた後の言い訳だったりもしたが。
土曜日では無い日に、功は友喜とのカレーの日の約束を取り付けて、その日は平日で昼間は功は出勤の日だった。
午後の夕方前から吉葉家にお邪魔して、友喜はなつとリビングでゆったり過ごす。
家に入った時にはもうカレーの香りはほんわりしていて、それは良い香りだった。
「お兄ちゃんね、今日出掛ける時すごく嬉しそうにしてたよ。」
友喜と夕飯一緒に食べれるのが、よっぽど楽しみなんだね、と、なつが言った。
友喜がそれを聞いて、なつに笑みを見せる。
友喜はなつと話をしながら、功の帰りを楽しみに待っていた。
居酒屋街の一角。
穂乃香は今日も副業のオフィスに来ていた。
ここの所立て続けに、行くと必ずと言って良い程見たのが辰成と則陽の顔だ。
穂乃香は変わらず辰成には無表情で目をやり、則陽には会釈した。
回を追う毎に、辰成は穂乃香に物申したい気分になっていた。
ほぼ感情の色を見せない彼の表情の中にも、そんな片鱗が彼の目からは見え隠れしていて。
勿論穂乃香は辰成の反応には全く気付かずに毎回適当な席を選ぶと自身の作業をスムーズに始めていたから、彼から見たら彼女は随分と冷たく映った事だろう。
則陽は穂乃香の視線の先を伺うと、モニター画面に視線を戻し、作業に集中した。
「ただいま~。おっ、友喜ちゃん来てるか。」
玄関から功の声がしてきて、功は玄関にある友喜の靴を見て明るい声になった。
なつが、あ、お兄ちゃんだ、と友喜と目を合わせて言う。
リビングに入って来た功が座卓に座っているなつと友喜の二人を見て、
「よっ、お待たせ。」
軽く挨拶してみせて、
「おかえりなさい。」
なつと友喜はにっこりと笑って功に答えた。
そのやり取りに功は密かに感動する。
気分を良くして自分の持ち物をリビング脇の棚に置くと、鼻歌を歌いながらカレーを温め直しにダイニングへと足を運んだ。
簡単なサラダの用意をしながら、
「あ、そうだ、カレーにチーズ、かけるか?」
功が二人に聞く。
たまにかけるんだよな、と功がなつに言い、なつが、うん、と請け合う。
「あたし、かける。」
なつが言い、美味しそうだと思った友喜も功に頷く。
なつと友喜の返事を受けて、はいよ~、と言い、手際良く皿を並べる。
「はい、二人共、運んでくれ。」
「は~い。」
功に言われて二人は立ち上がるとダイニングテーブルに用意されたサラダの皿やらスプーンや箸などを分担して座卓に運び始める。
なつがグラスにお茶を注いだのを受け取って友喜が座卓に運んだ。
功が炊飯器のご飯をカレー用の皿に盛っている時、友喜は手持ち無沙汰になった。
何と無く功の姿を後ろから眺めていると功が気付いて、
「これくらい、食べれるか?」
功がご飯の量を聞いてくれる。
「あ、はい。」
「じゃあこれ、友喜ちゃんのな。」
カレーの皿にご飯を盛ったものが3つ揃うと、功は冷蔵庫からシュレッドチーズを出して、ご飯の上にパラパラとかけた。
順にカレーを上からかけたものを運んで、三人は座卓の席に着く。
「食べるか。」
功が二人に言って、いただきま~す、と口々に言う。
功は嬉しそうに、なつと友喜の姿を眺めると自分もスプーンを手に取りカレーライスを食べ始めた。
地下2階程までの狭い階段を下った所にある、隠れたオフィス。
モニター画面に表示された時刻を見て則陽が自身のマニュアル本を閉じ、ノートと筆記用具を重ねて持つと作業スペースから手前の受付へと歩いて行く。
辰成が見ていると彼は作業スペースから出て行く際に穂乃香に目配せしている様だった。
程無く穂乃香が作業を切り上げて受付に行く。
辰成は思わず自分の作業の手を止めて受付へと急いで後を追った。
特に何も喋る事はせず階段の上まで上がった則陽と穂乃香が、お疲れ様、と互いに労をねぎらう。
二人に遅れて一拍後に階段を上がって来た辰成を見て、則陽は穂乃香に、知り合い?と尋ねた。
「うん、まあね…。」
穂乃香の受け答えに、辰成は渋い顔になる。
全く持ってこの展開は予想していなかったが、これに乗じて則陽は穂乃香と気分良く喋ろうと思った。
分かりやすい辰成の反応を見ながら。
「これから彼女と食事に行こうと思ってるんだけど、作業についての積もる話もあるし、あなたも一緒にどうですか?」
則陽が辰成に向かって言った。
場合によってはここでジ・エンドだが、辰成は則陽を横目で見ながらも頷いて、
「分かった…じゃあ一緒に行くよ。」
渋々答えた。
彼は一見無表情だが、行動が表情と合っていなくて、穂乃香を追って後から自分達について来るとは結構見上げた行動力だと思ったし大胆さも感じた。
一方、辰成の受け答えに穂乃香が少々驚いている。
則陽は二人を見ると微かに口角を上げた。
「良い店があるんだよ。」
そう言って則陽が連れて来たのは、前回穂乃香が辰成に連れて来てもらった茶色が基調の古めかしい喫茶店だ。
すると辰成が独り言みたいにぼそりと呟く。
「…良い店ってここかよ。」
もう知ってるし、彼女を既に連れて来た事があるとでも言いたげな辰成の表情をよそに、則陽は開閉と共に鈴の音が鳴る小さなドアを開けて一番に店内へと入っていった。
穂乃香と辰成が続けて店内に入ると、則陽が奥のソファ席に座る梨乃に手を振る。
梨乃は嬉しそうに則陽に答え、穂乃香の後ろに辰成が居る事に気付き、ぽかんとした表情になった。穂乃香の後ろの辰成も、拍子抜けした顔をしている。
則陽は梨乃の席の近くに立つと、
「彼さ、飛び入りで、同席する事になったんだ。えっと…」
「…辰成。水内辰成。」
「…水内さん。」
名前を聞いて、梨乃がぺこりと頭を下げる。
状況が分からないが梨乃の礼を受けて辰成も礼を返した。
則陽は奥のソファに座る梨乃の隣に腰掛け、梨乃と微笑み合う。
その瞬間に辰成は茶番に付き合わされた事を知りため息をついて、梨乃の対面に座る穂乃香の隣に渋々腰掛けた。
「待ってる間、暇だったんじゃない?」
穂乃香が梨乃に声を掛ける。
「ううん、そんな事無い。のんびりしていたから大丈夫。」
「あ、こちら野崎さん。私が今の職場で仲良くさせてもらっている人。」
「…。」
辰成の反応をよそに、穂乃香がちゃきちゃきと紹介をする。
「そしてこちらが野崎さんの恋人の、奈巣野さん。」
ここまで一緒に来たけれど、このタイミングで紹介をし合うのが何だか可笑しく感じられて、則陽は一人愉快になった。
対する辰成は神妙な顔をしている。
こみ上げてくる笑いを何とか堪えると、則陽は明るい表情で話を切り出し始めた。
「さっきあのオフィスの建物前で言った事は本当で、オフィスでの作業内容について結構事情を知っていると彼女づてで聞いて、あなたとは一度話をしてみたいと思っていたんです。」
辰成が来る事は想定外で、その内容を穂乃香から聞こうと思っていたのだけれど、直接本人から聞けるのならばそれは願っても無い事だったので則陽は喜んで辰成の飛び入りを受け入れた。
当人達二人が互いをどう思うかについては、当人達任せだったけれど。
則陽と梨乃は最初からソフトドリンクを選び、辰成と穂乃香はビールを選んだ。
メニューを見て一品料理を各種適当に選ぶ。
注文を終えて顔を上げると、則陽が辰成の顔を見て、
「…何処かで…お会いしましたっけ?」
唐突に言う。
「えっ、まあ、何度かって言うか結構前から俺はあんたの事見かけてるから覚えているけれど…。」
辰成が答える。
「そうか、じゃあ自分もそれでかも知れないですね。」
則陽は副業のオフィスに行く時、面子なんてどうでも良かったから、誰の顔も覚えた事も無かった。
だから辰成の感覚とは違って、毎回ぼんやりと目に入れていた作業スペースの情景の記憶がそう感じさせたのかも知れないと自分の既視感に対して思って言葉を返した。
則陽の変な受け答えに辰成は小首を傾げて、席に届いたビールを一口飲むと、ひと息遅れて穂乃香を見る。
「…お前、この前の質問…!」
興味を持ったのは今目の前に居る二人の影響だったのかと辰成は理解する。
「ああ、そう。良い機会だから聞いてみたの。奈巣野さんも辰成と同じく詳しいみたいだから、話をしてみたら?」
穂乃香がさばさばと言う。
「そういう事だったのかよ。」
彼にしては珍しい抑揚のある声音で言うと、さほど表情は変えぬまま真顔で則陽を眺めた。
「うん。自分は今どうやら魔法陣を作成しているみたいなんだ。水内さん達は、どういった分野の担当か興味があって。」
辰成を前に、真剣な表情で則陽が言った。
林の奥の二棟の家。
もう既に日は落ちて、家から明かりが灯る様子が外から見受けられる。
手前の黒い外壁の家のリビングでは、有津世が両親と一緒に夕飯を食べていた。
友喜からは今夜は吉葉家で夕飯をご馳走になってくると家族に伝えてある。
友喜が居ないと柚木家の食卓はいつもより少し静かだ。
有津世は空席になっている友喜の席を眺めた。
ご飯を食べ終わった後で、有津世は何と無く星を眺めに外へ出る。
玄関前の段差に一人座ると、林の木々の黒い影の境界線と共に見える星空を仰いだ。
炊き立てのご飯に熱々のカレーがかかり、その熱でチーズが溶けている。
功の作ったカレーライスは抜群に美味しかった。
本格的に辛味もあって、友喜はサラダで辛味を緩和しながらもりもり食べ進める。
友喜が美味しそうに食べているのを見ると、功は頬を緩めた。
「こういうので良ければ、夏休みが終わった後でも、良かったら来なよ。」
功が友喜に言う。
「帰りは送って行くからさ。」
顔を近づけ目線を合わせて言葉を付け足した功に、友喜は頬を紅潮させた。
茶色が基調の古めかしい印象の喫茶店。
奥のソファ掛けのテーブル席では、則陽が辰成に話を切り出していた。
「魔法陣…。」
「そう。色々と調べてみたら、どうやらそれは魔法陣らしい事に気が付いて…。今、自分の知る所だと、それをもう一人、作成してる人がいるんだけど…。」
彼は自分と同じ本業で…と則陽は言葉を続ける。
「それでもって、自分のマニュアル本が随時改定されていっているのを気付いて、その分野の人も居るんだろうな、と思うのだけど、何しろ何も言葉を交わさないオフィスだから、他の人が何をどれくらいこの実情を分かってやっているのかが皆目見当つかないんで…。」
日々気になっていたんだ、と、則陽は話した。
「その気持ちは分かる。自分も確かに、こんな重要な動きをしているのに、周りの人達は何を想って作業をしているのかは疑問だった。あんたみたいな人も中には居るんだな。」
無表情ながらも感嘆のこもった声で辰成は言った。
「それってそんなにすごい…重要な事なの?」
穂乃香が口を挟む。
分かっていない奴が口を出すなよ、と揶揄する辰成を傍に、則陽は穂乃香に丁寧に答える。
「うん。とても重要な事みたいなんだ。きっとさ…この世界のバランスとかを保つための作業なんだ。」
それについては自分なりの裏が取れていると則陽は言い、穂乃香は則陽の説明に感心する。
「何かさ、別世界の話みたいだね。」
「立木さんもそれに参加しているんだよ。」
他人事の様に言う穂乃香にくすりと笑い、則陽が返す。
「そっか。皆…すごい。私そういうの疎いから…。」
梨乃が三人の顔を見回して言って、則陽が梨乃の反応に微笑む。
「多分役割がここの三人はそうであると言うだけで…きっとさ、梨乃も何かしら…受け持っているんじゃないかな。」
これは単なる則陽の自論だ。
この時代の分水嶺とも言える今の時期に、役目を負っていない人の方が少ないのでは無いかと則陽は思っていたから、それは心からの言葉だった。
辰成が則陽を見て微かに眉をひそめる。
則陽がさも当然とでも言う様に大層な発言をしたのに少し驚いたからだ。
それは辰成の今までの考えを揺り動かしそうな発言で。
隣の穂乃香をちらりと見る。
辰成の視線に、何よ、と言わんばかりの視線を穂乃香は返した。
美味しかったカレーライスの夕飯も食べ終わって、後は帰るのみだ。
夕飯後の時間を穏やかに過ごしていたなつと友喜と功の三人は、じゃあそろそろ、との功の声で動きを見せる。
「友喜ちゃんを家まで送って来るから。」
「うん、分かった。友喜、またおいでよ。」
「なっちんありがとう。」
名残惜しそうに友喜が言う。
なつは友喜に微笑み返した。
吉葉家の玄関ドアから功に続いて外に出ると辺りはすっかり暗かった。
住宅街の街灯は等間隔で明かりを提供していて、その静かな通りではたまに人とすれ違った。
功が友喜の歩く速度に自分の歩調を合わせる。
この所友喜が友喜自身のままの状態が続いている。
暗くても功の目からは黄緑色の光の霞は見えていて、友喜にそっくりな顔がだぶってはいるけれど、一時期と違って功を見つめてくる様子が無い。
功は友喜を見ながら密かに疑問に思った。
図書館での一幕…それとも別の何処かのタイミングで何かが変わったのだろうか。
だぶって見えている黄緑色の光の霞の彼女はまるで前とは打って変わって別人かの様な表情で、友喜の進む先をただ穏やかに眺めているだけの様に見えた。
友喜は功の視線をふと感じて、声を掛ける。
「…功お兄ちゃんが今見てたのって、…ひょっとして黄緑色の光のもや?」
友喜の指摘に功が思わずどきっとする。
「………ああ、そう。綺麗だな、って思ってさ。そう言えば、友喜ちゃんも見える様になったんだってな。」
「…綺麗だと思うの?」
「うん。実際…綺麗だよ。」
功は入れ替わった時の友喜を思い返してみる。
彼女は友喜自身とは口調が少し違い、友喜自身が思い出していない知識を一手に請け負っている印象だった。
いずれは全てを友喜自身が思い出すともう一人の友喜は言っていたから、そのタイミングで彼女と同化するのだろうか。
もう一人の友喜は、それを「消える」と表現していたけれど。
黄緑色の光の霞の彼女が一切こちらを向かなくなった事に、功は微かな哀愁を感じていた。
元々、功の能力を持って知覚しなければ、無かったで済んでしまっているはずの事象だ。
それなのに功にとっては忘れる事など到底無理で。
口には出さずとも、黄緑色の光の霞の彼女ごと、友喜を愛していた。
「私ね、このもやと会話出来るかな、って鏡で試してみたの。」
友喜が頬の血色を良くしながら言う。
「きっとね、聞いてくれてはいたんだとは思う。でもね、もやからの返事は聞こえなかったから…鏡に話し掛けた自分が自分でちょっと…恥ずかしかった。」
目が合うのは確認したの、と友喜は言う。
そして、彼女が笑い掛けてくるんだそうだ。
功は友喜の話を頷きながら聞いた。
「功お兄ちゃんも、これまでに目が合ったりした?」
友喜が興味を持って聞いてくる。
「うん、そうだな。目、何度か合ったよ。」
「…だから見てたんだ。」
友喜が改めて功の視線の訳を思い返し、納得する。
「ああ、でも今は…、」
「今は?」
「いや…何でも無い。」
今は全く視線が合わないと言おうとして、それを言った所で何にもならないので言うのを止めた。
自分でその言葉を喉の奥で吟味すると、愚痴の様にも思えたから。
商店街を程無く抜けて、林の道へと差し掛かる。
功は友喜が小さな鞄の中から懐中電灯を出すのを待って、スイッチを付けると林の道へと二人は足を踏み入れた。
途端に空気が変わる。
緑の木々から発せられるフィトンチッドの香りが辺りの空気を清浄にさせ、地面の土は発酵の独特な香りを漂わせている。
隣の友喜は懐中電灯を前方の道に向け、言葉を少なにしていた。
「やっぱりこの道はすごく暗いんだな。」
功が喋る。
「うん。もう慣れてる。」
「…そうか。そうだろうな。」
功の知る限りでも小学生の頃からここに住んでいるのだし当然と言えば当然だろう。
「友喜ちゃんさ、進路どうするんだ?」
功が聞いてみる。
「…。私あまり、勉強得意じゃなくて、なっちんみたいに目標とかも、自分はあまり無くて…。」
得意な事も何も無くて、しかも時々記憶が飛ぶ状態だから正直分からないと友喜は言った。
「…仕事、したいのなら仕事すれば良いし、やっぱり勉強したいのなら勉強するって手もあるぞ。でさ、それでも良いから…」
功の言葉に友喜が一瞬息を呑んだ。
「卒業するまでに…考えてくれれば良いから。」
功が真剣な顔で友喜に言った。
友喜は少し俯いてから功に顔を見せて、
「うん。」
笑顔で返した。
功にとっては最高の返事で、それだけで未来は明るいと思った。
星空を眺めていた目をふと林の道へと向けると、懐中電灯の明かりが揺れて動き、遠くの地面を照らし出しているのが見えた。
友喜かも知れないし雨見の家族かも知れない。
家には友喜以外は帰宅していたからそう思った。
有津世はのんびりと構えていて、その明かりが近づくのを待った。
すると途中でその明かりが立ち消える。
有津世は明かりが消えた辺りの暗闇を見定めようとするが、なんせ暗闇なので視認する事は出来ない。
有津世は諦めて、自分の周辺に視線を戻した。
功が今回も友喜の腕を手で伝って友喜の手ごと懐中電灯を包み込む。
スイッチの場所が分かっていたから前回よりもスムーズにスイッチを切る事が出来た。
友喜の鞄に懐中電灯をしまい込ませると功は友喜ににっこり笑う。
友喜の頬を手のひらで触れ、ゆっくりと優しく撫でて、もう片方の手でおでこを優しく撫でつける。
功は顔を近づけ、友喜のおでこに優しく唇で触れた。
おでこからそっと唇を離し、功は友喜の両肩に軽く手を添えると互いに見つめ合う。
それだけでは嫌だと友喜の目が言っていて。
友喜の訴えがありありと分かって、功は思わず頬を緩めた。
「何?」
馬鹿にされたかと友喜が潤んだ瞳で頬を膨れさせると功はますます頬を緩める。
友喜の肩に触れていた両手を頬に移動させて手のひらですっぽり覆うと同時に僅かに上を向かせて友喜の唇に自分の唇を覆い被せた。
功の息遣いに翻弄されながらも友喜もそれに答え、しばらくの間、蜜の様に甘い二人の時間が流れた。
文の言い回しの修正を数か所行いました。(2026年1月15日)




