博愛精神
林の奥の二棟の家。
辺りはすっかり暗くなり、手前側の夜は漆黒のイメージを醸し出す家の二つの丸い天窓の一方からは淡い明かりが漏れている。
明かりの漏れている窓の内側では友喜が机の上に設置してある鏡を呆然と見つめて驚愕の眼差しになっていた。
黄緑色の光のもやの、もうひとつの自分の顔が自分と違う動きで自分に笑い掛けてくる。
友喜は今目にしているその現象が信じられなくて、笑い掛けてくるもやの光の自分に眉をよせてまじまじと眺めた。
しばらく鏡の前で固まっていると、ドアをノックする音に続けて兄の有津世の声がした。
「おーい、ご飯だって。友喜、遅いぞ。何してるの?」
友喜は眉を歪めた表情のまま、部屋のドアをすごすごと開けた。
「何、友喜。…何て表情してるの?」
帰って来た時は確かに血色良かったのに。今は顔面蒼白で怖い顔だ。
「どうしたの?」
訝しがって顔を覗き込む有津世に対し、友喜は無言で机の上の鏡を指差す。
「ん?鏡がどうかしたの?」
友喜は恐る恐る鏡の前に来ると、また見えた黄緑色の光のもやを目にして、言葉にならない声を漏らす。
「!!!!」
「何?一体何が見えてるの?」
有津世は友喜の反応の理由を理解しない。
「顔、顔が重なってるの!自分の顔が、黄緑色の光のもやの顔と重なってるの!」
「………それって、友喜が前に俺達に教えてくれた、なっちんが見えているって言ってた現象の事かな。友喜も見える様になったの?今さっきから?」
真顔になって友喜に問い掛ける有津世に対し、友喜がぶんぶんと縦に顔を振って肯定する。
「…こんなに気持ち悪いものだなんて知らなかった…!!」
「気持ち、悪いの?」
友喜がまたぶんぶんと首を縦に振る。
「顔が、顔がふたつあるんだよ!何これ何なの、これ…!!」
友喜は鏡を恐ろし気な表情で横目で見て、不愉快そうに顔を背ける。
また何か…、何某か状況が動いたのかな。友喜がそれをしたのかな…それとも…。
友喜を見ながら有津世は考える。
「友喜、ちょっと落ち着こう。それにさ、それもきっとさ、……見慣れるんじゃないかな。」
友喜にとっては救いようの無い表現を有津世がする。
「見えたままで居るの?やだ!これじゃあまるで…まるで本当のおばけみたい…!!」
「えっと、友喜、それは言い過ぎなんじゃあ…。」
友喜の友喜自身に対する憤慨が止まらない。
有津世は息を吐いて、友喜の様子を見守る。
その後友喜は散々自身への文句を言って、有津世はその度にうんうん、と頷いて見せた。
「気が済んだ?じゃあほら、行こう。ご飯冷めちゃうよ。」
まだ納得いかないとでも言う様に、友喜はぶすっとしながら、兄の有津世と一緒に部屋を後にする。
ぶすっとしたままの顔を一拍後に部屋に再び覗かせて、切り忘れそうになった部屋の照明のスイッチを切って、友喜の部屋は真っ暗になった。
あんまりにも機嫌の悪そうな友喜を見て、夕飯を食べ終わって友喜が2階の自分の部屋に戻った後で母が有津世にぽつりと言う。
「喧嘩でもしたのかしら。」
「ううん、それは違うみたいよ。友喜自身の、…ちょっとした出来事で、不機嫌なんだよ。」
有津世は穏やかな表現で母に言葉を添えておいた。
2階の自分の部屋に戻った有津世は、家族共用のラップトップコンピュータを父から借りてきて自分の机の席で開き、キーボードを打っている。
顎に手を当て、動きが一瞬停滞する。
再びキーボードを打ち込んでいき、最後にエンターキーを押した。
直後、部屋のドアがノックされる。
「お兄ちゃ~ん、開けていい?」
友喜の声だ。
有津世は部屋のドアを開けると、友喜がまだ納得いって無さそうな表情でそれでも先程よりは幾分か落ち着いた様子で有津世に話し掛けてきた。
「あ、やっぱりお兄ちゃんの所にあった。まだそれ使ってる?」
有津世の机の上に開いて置いてあるラップトップコンピュータを指差して友喜が言う。
「今使い終わる所だよ。」
そう言う傍からピコンとコンピュータから音が鳴って、有津世はモニター画面に注目した。
「あ…ちょっと待って。」
有津世が机の席に一旦座り直し、画面の内容を確認する。
友喜はドアの前に立ったまま、兄、有津世の声に、うん、と答えながらぼうっと待つ。
有津世は素早くキーボードを打ち込み、エンターキーを押す。そしてもう一度モニター画面をチェックすると、ラップトップコンピュータを畳んだ。
「はい、お待たせ。」
畳んだラップトップコンピュータを友喜に手渡しながら、友喜の様子を眺める。
「…大丈夫?」
「…大丈夫だけど…。」
不愉快そうに友喜が答える。
「あ、そうだ、お兄ちゃん。」
「ん、何?」
「お兄ちゃんって魔法陣、見えるの?」
強い日差しが照り付けて、反射する光に目が眩みそうになる学校の白い外壁。
窓を開け放った廊下で友喜はそれを眩しそうに眺めると、視線をずらして遠くを見る。
「友喜。」
なつが穏やかな表情で友喜の傍に寄って来る。
「…なっちん。」
「あれ、どうした?友喜疲れてる?」
「…。」
いつものカフェのいつものテラス席。
流石に今日は少し暑そうだ。
この時間帯には日が差し込まない位置にあるとは言え、今日の空気はむわっとしており動きも停滞している。
なつはいちごシェイクをとっくに飲み終わって、店内で自由に飲める冷たい水をグラスに入れて持って来ていた。
友喜はと言うと、温かい抹茶ラテを変わらず選び、ゆっくり飲むのと同時に水のグラスも始めから脇に用意していた。
それぞれの飲み物のグラスが置かれたその席には、テーブルに額を埋めて自分の状況を伝える友喜と、表情を変えずに話を聞くなつの姿があった。
「あ~、もう~。こんなものまで見えてるなんて思わなかったよ~。」
友喜が自身の黄緑色の光のもやの事を言う。
「そんなにショック?」
「ショックだよ!だって、気持ちが悪いじゃない!」
「…別に?」
友喜がなつの言葉にテーブルに埋めていた顔を上げる。
「え…なっちん、これ見て、気持ち悪いとか思わないの?」
「全然。」
「…。」
今更何を言うのかと、なつは涼しい顔だ。
「だって、顔だよ?顔が重なってるんだよ?!」
「え、でもそれが友喜じゃん。」
「…。」
友喜は思った。
なつと功は、とんでもない博愛精神の持ち主では無いかと。
友喜からこんなものが見えているのが日常茶飯事の二人なのに、友喜に親身になって接してくれるし、功に至っては、こんな自分を好きだとまで言ってくれているのだから。
「…なっちん~!」
「今まで割としてきた話なのに、そんな反応なのが却って不思議だってば。」
なつは友喜を眺めて言った。その表情は至って冷静だ。
「だってさ、友喜、雨見ちゃんと友喜のお兄ちゃんと一緒にあちらの世界に飛んだ時には一瞬、それ、見えたんでしょ?」
なつが言っているのは、クリスタルの中に飛んであちらの世界を三人で体験した時に、友喜から透明がかったキャルユが出てきてツァームに寄り添った光景を目撃した事についてだ。
「…うん。でもさ、あの時は何か…あの場所自体も不思議だったから、そういう現象もあるものかな…って自分の中では納得してて…。」
友喜の言葉を聞いて、何にしても、その時見てるんじゃない、となつが言い、それ考えたら気持ちが悪いなんて思わなそうだけどな、と言葉を足す。
「友喜、この場所もさ、この世界も…不思議に満ちてるんだよ。」
「…。」
「だから友喜のその現象だって、何も気持ちが悪いものなんかじゃない。宝物のひとつなんだと思いなよ。」
「なっちん…。」
そして軽く息を吐き、友喜に改めて向き直って続ける。
「もうさ、友喜達付き合ってるから言っちゃうけど、うちの兄は友喜のその姿に見惚れていた事が、これまでに何遍あった事か知れないんだから。」
友喜がなつを見て目を丸くする。
「私の、この…もやに囲まれた姿に?」
なつが揚々と頷く。
「それ込みで、友喜の事が好きなんだよ。あ、これ兄に言わせれば良かったか。」
なつが言葉の最後の方を独り言の様にぼそりと言う。
友喜はほんのり頬を赤く染めると目の前の通りに視線を動かした。
なつは微笑み、友喜の視線の先を一緒に眺めた。
…何があっても大丈夫だなんて言いはしないけど、兄はあれだけ真剣で、友喜も兄にぞっこんで、そんな二人の姿を見守る事の出来る自分は幸せだとなつは思った。
「友喜に自信が無いとは思わないけれど、もっと自信を持っても良いと思うよ。うちの兄は、友喜の家に挨拶にまで行ったんだよ。」
友喜が通りからなつに視線を戻す。そしてなつからの言葉に僅かに泣きそうな表情になって口を開いた。
「……うん。…なっちん、いつも…ありがとう。」
「こちらこそ、友喜。これからも、よろしくね。」
街路樹の枝葉が濃い緑色に染まり、彩りを添えている。
道路脇にある小ぶりな6階建てビルの4階、則陽と功が勤めるゲーム会社の入り口では、観葉植物ノーリの前で則陽と功がそれぞれパイプ椅子を広げて座っていた。
「何か言う事があったから俺を呼び出したんじゃ無いんですか。」
なかなか話を切り出さない功を見て、則陽は言及する。
照れ隠しなのかノーリの方を向いて一向に則陽を見ようとしないその姿は、則陽の笑みを思わず誘った。
「何笑ってるんだよ。」
則陽の表情の変化に気付き、功がようやく則陽の方を見る。
「いえ、別に…。実際分かりやすいので。」
「…。」
則陽は自身の恋人の梨乃から聞いてもう知っているだろう。
そう思いながらも、功は自分の口からもそれを告げるために則陽をこの場所へと誘ったのだが照れが入ってしまい言葉を詰まらせる。
「えーと、まあそういう事だよ。お前がもう分かってるなら良いわ。いや、分かってるだろうなとは思ってたけどよ。」
功が話の先を畳みかけようとする。
「良いんですか?自慢話、今なら聞こうと思ったのに。」
則陽が可笑しそうに言う。
「則陽、何からかおうとしてるんだよ!…自慢とか、自慢とか…思わなくもねえけど。」
功が赤面になりそっぽを向く。
功の様子を見て、彼は純粋だな、と則陽は思う。
友喜の純粋さと比べても、どっこいどっこいの良い勝負だ。
則陽は頬を緩ませる。
「二人が一緒に居る所、見るのが今から楽しみですよ。功がでれでれしまくっている所をこの目に収めなきゃですね。」
「んだと、則陽!お前とは違うんだよ!お前の方こそ自分の彼女にでれでれしまくってるじゃねえか!」
「確かに。」
則陽は悠々と頷いて見せる。
功はその反応に呆気に取られた。
「俺が梨乃に夢中なのは否定しないですよ。それを隠す事は時間の無駄でしか無いですし、そうする事で自分にとっての真実を否定する事にだってなりかねませんからね。」
「…。」
則陽の突き抜けた自論に恰好良さを思わず感じてしまった功は、直後トーンを落ち着かせると変に納得した様に何度も頷き、…まあそうかもな、と呟き少し考える。
先日則陽は少しおかしくなったが、それももう完全に回復した様だ。
おかしくなるのも彼女を想ってだし、こうやって潔く発言して恰好良く見えてしまうのも彼女を想ってか…。功は表情が和らいだ。
そして則陽を見ると、
「…ああ、そうだ、何か今度、皆で集まろうっていう話があるんだって?」
ふと思い出して話題を振った。
明るい色味が印象的な古木の板張りの内装の店内。その端や壁には観葉植物が所々に飾られており目にも優しい雰囲気だ。
梨乃は今日は穂乃香をお昼休憩に誘って、カフェレストランで昼食を摂っていた。
有難い事に梨乃が一人で過ごしたい時にはそう出来てたし、一緒に休憩を取りたい時には気軽に誘ってみる事が出来たから、その柔軟性においても、穂乃香は梨乃と気が合っていた。
付かず離れず、と言うよりは、互いの自立性を重んじた行動が二人は互いに対して心地良く取れていたのだろう。
二人は明るい表情で席に届いたランチセットをそれぞれ口にしながら会話をしていた。
「私ね、思ったの。」
穂乃香が言う。
「これまでにも何度かオフィスで見掛けた事があったなって。そう言えばあれ、奈巣野さんだったんだって思って。」
副業のオフィスでの話の様だ。
梨乃は則陽から、穂乃香が作業内容についてどの程度把握しているのか知りたいと聞いていたから、丁度話題が出たこのタイミングでその事について梨乃からももうちょっと話を聞いてみようと思った。
ちなみに則陽が作業に入ると集中してしまい碌に周りからの感覚も入って来ない事を梨乃は知っていたから、穂乃香の話すその記憶の時点では則陽はきっと穂乃香に気付いていなかったのではと思う。
「あ、そう、その話でね、穂乃香さんのマニュアル本は目にした事の無い種類だったって言うの。」
「マニュアル本、ああ、作業に入る前にいつも受付で受け取る…。え、他にも種類があるの?」
穂乃香が梨乃に聞く。
梨乃は頷きながら、
「何かね、則ちゃんが言うには何種類かがあるらしくてね。則ちゃんのと、吉葉さんのが同じで、あ、吉葉さんもそのオフィス通ってるんだって。それでね、今まで則ちゃんは自分のと同じのを使っている人を見掛けた事は無かったんだけど、吉葉さんのが同じだった事に驚いてたの。」
他の人のはまた別のものらしくて、割と目にする事の多い種類らしい。
「でね、穂乃香さんに続いて受付した時に、先に受付した穂乃香さんの受け取るマニュアル本が見えて、それは則ちゃん達のとも、普段よく目にする他の人が受け取る種類のとも、また別の種類だった、って言っててね。」
「種類があるだなんて今まで気が付かなかったなあ。」
穂乃香が感心して梨乃に言う。
「それとね、穂乃香さんは作業内容の実際の意味については何か掴んでいるのかな、って、則ちゃんが知りたがってるんだよね。」
梨乃が真剣な表情で穂乃香に話の主旨を伝えた。
「意味?」
「うん。何を修正しているのか、何を作り出しているのかについての…。」
「分かる気がするよ。」
「え、分かるの?」
梨乃が驚き、穂乃香はきっぱりと頷いて見せる。
「あの仕事を勧めてくれたのは前の職場で付き合っていた…前の彼氏なの。あ、喧嘩別れになっちゃったけどね。その彼氏がさ、付き合っていた時にちょっと言ってた事があるんだよね。もしかしたらあの仕事は結構、重要なものを動かしているのかも知れない…って。」
「気付いてる人、則ちゃんの他にも居たんだ…。」
「前の彼氏からそれを聞いて私は何と無くの理解だけれど、彼自身は、結構事情知ってそうだった。そこまで深くは話さなかったんだけどね。割と直ぐに喧嘩になっちゃうから。」
穂乃香はあっさり言う。
梨乃はそれを聞くと考えを巡らせてから穂乃香に聞く。
「穂乃香さんの前の彼氏さん、今もその副業のオフィスに来続けているのかな。」
「うん。続けてるみたいよ。」
穂乃香は軽い調子で頷く。
「え、じゃあ、そのオフィスで今もばったり会ったりする事もあるの?」
「うん。たまに見かける。まあもっとも、話をするスペースじゃ無いから、目が合う程度で他は何も無いけどね。」
「…。」
さっぱりとした表情で言う穂乃香に、梨乃は考える。
「ねえ、どれくらい会うの?」
梨乃は副業のオフィスで穂乃香が前の彼氏に遭遇する率を聞いてみる。
すると9割方、行くとそこには前の彼氏が居るらしい。
「それって、たまにって言うレベルじゃ…。ひょっとしたら、まだ…」
梨乃が呟く。
「だって仕事だよ。そんな事情挟んで行く様なものでも無いでしょ。私達あっさりしてるから、きっとお互いばったり会うのとかも平気で、それでそういう、巡りなんだよ。」
「そうかな…。」
少々疑問を感じ得ないとでも言う視線を梨乃は穂乃香に投げ掛けた。
林の奥の二棟の家。
外は暑いが家の中にはそこまで熱気は入り込まずに快適な空調を保っている。
周りが林の木々に囲まれている環境の恩恵に因るものであろうか、雨見は自分の家に帰った時にそれを感じるし、有津世の家に入った時にも同様にその心地良さを感じた。
ソファに二人座って有津世の淹れてくれた紅茶を雨見が口にする。
「こないだの土曜日にさ、友喜の恋人の吉葉さんが家に挨拶に来たんだ。」
有津世の発言に、雨見は目を丸くした。
「えっ?」
内容に驚いたのは勿論、有津世が平静にそれを伝えてきた事に雨見はもっと驚いた。
「友喜ちゃんの恋人の吉葉さんが…家に挨拶しに来たの?」
有津世の言葉を復唱して聞き直す。
「そうなんだ。…友喜、びっくりし過ぎてずっとぽかんとしていたよ。」
有津世が穏やかな表情で言う。
「それは…そうでしょう。……でも何で、有津世はそんなに冷静なの?有津世は友喜ちゃんよりももっとびっくりしそうなのに…。」
雨見が首を傾げながら言う。
「それには訳があって…。実はちょっと協力したんだ。」
有津世が微かに口角を上げて言った。
その流れになった事の経緯を雨見に話す。
公園で偶然に会って、友喜と付き合っていると知らされた時に、雨見の言っていた言葉の意味が分かった事、話してみたら思ったよりもずっと真面目に友喜との事を考えていて、その想いの真剣さが伝わってきた事、話していく内に功の想いにいつの間にか自分の気持ちがほだされていた事。
「実際さ、話してみたら、中身も…恰好良かったんだよ。一途さみたいなものが伝わってきてさ…。」
有津世が感慨を込めて言う。
そこからはとんとん拍子で話を進めて、こっそり家の親にも予定を確認して約束を取り付けて功に来てもらったんだと有津世が雨見に説明した。
「…すごい。有津世すごい…。」
有津世にとっては功のあっぱれとでも言うべき心意気にしてやられたという思いがその出来事にはただただあったが、雨見の見方は少し違っていて、その段取りを協力して進めた有津世にどうやら惚れ直した様だ。
雨見の反応に有津世は少しだけ不思議そうな顔になる。
「だって有津世のお父さんとお母さんに、納得の行く様に事前に話して上げたんでしょ?」
雨見がその様子を想像しながら生き生きと有津世に語る。
「ああ、うん。そう…。」
「有津世、すごいよ!」
「…そうかな。」
「そうだよ!」
友喜ちゃん喜んだだろうなあ、と、呟きながら頬の血色を良くした雨見の顔は、あたかも自分の事の様に嬉しそうだ。
「友喜ちゃんは、有津世の妹で、幸せ者だね。」
べた褒めする雨見に、有津世は不思議そうに見ていたその表情を緩ませる。
「…友喜もそうかも知れないけれど、どっちかと言うとそう言ってくれる雨見が傍に居てくれる自分が一番幸せ者じゃないかな。」
雨見が目をぱちくりさせる。
一拍後に雨見が明るい顔で笑って、有津世も一緒になって笑った。
飲み屋街の一角。
地下2階程までのコンクリートむき出しの階段を下って行った所に、隠れた様に位置するオフィスがある。
穂乃香は何と無く今日も仕事帰りに立ち寄り、1、2時間程作業をして行こうと思った。
受付を済ませてマニュアル本を受け取ると奥の作業スペースへ進む。
席を眺めるとまばらに人がおり、今日も穂乃香にとっては見知った顔が表情を変えぬまま穂乃香の方を向いた。
昼間に喋った梨乃の言葉が穂乃香の中で一瞬蘇る。
穂乃香はその人物から目を逸らすと静かに嘆息して、今日も適当な席に掛けて作業を始めた。
文章の言い回しの修正を一部行いました。(2026年1月15日)




