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見上げる空に願いを込めるのは何故だろうか(仮)  作者: 晴海 真叶(はれうみ まかな)
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ツピエル

 有津世と友喜は、雨見の言葉をよくよく思い返していた。


雨見ちゃんの話が本当だったら面白いなと、これが友喜の感想で、有津世は、俺達の住んでいる世界は目に見えている部分だけじゃないよね!と、自分の胸に秘めたロマンを語り出し、三人は三様に盛り上がった。


「まあ、ただ、あちらの世界が非常事態だっていうのなら面白がるだけじゃあダメなんだろうけれど…。」

と、有津世がポリポリと頭を掻き、続けてふと思いついた事柄をポロっと口にした。


「ところで…さ、ゲームのバグって、今の話と何か関係したりしているのかな…。」

友喜と雨見が黙って、ゲーム機を見つめた。




 すると途端にゲーム機の電源がブイーンと入り、テレビ画面が勝手にONになった。

三人は思わず呆気に取られる。


「ふん、ふん、ふん、ふん♪」


あのバグの画面だ。

タイツおじさん、ツピエルの鼻歌声が、画面の家の画像から聞こえる。


「何覗こうとしてるのよ!アタシは何も知らないわよ!何も答えないわよ!ふんっ!」

こちらは何も聞いても話し掛けてもいないのに、家の奥から、ツピエルの文句声が飛んできた。


「…。」

その声を聞いて三人は一瞬固まったが、武者震いをして頬を叩き、気合いを入れた友喜が口を開いた。


「ねえ、あの態度、どう思う?」

「バグのセリフであっても、あんまり感心しないよね。」

「まあいいや。とにかく、クリスタルの所、Aボタンで押してみるか。」

有津世がコントローラーを手に取って、カーソルをクリスタルに合わせてからAボタンを押そうとする。


「…また、ザーザーだったらどうしよう…。」

前回の砂嵐の画面を思い出し友喜が怖がって、有津世の服の裾を引っ張った。

有津世は友喜を一瞬振り返り見て、画面に向き直る。

雨見は、有津世と友喜の様子を見て自らも小さく身震いをして画面を見据えた。



三人のそんなリアクションはほんの一瞬で、直後押したAボタンから起きたテレビ画面の変化は前回の砂嵐とは違った。

その代わりに、クリスタルの画像が内側から輝き始め、少しずつ、段々と、白い眩さを増していきー。


光りは部屋をも包み、三人はそれに飲まれた。








 ワンツー、ワンツー。


手拍子が聞こえて、思わずそちらを見やる。

指揮者とおぼしき人物が、ずらりと並ぶ大勢の者に指示を出す。


ワンツー、ワンツー。


「はい、そこ!ちゃんと運んで!列を乱さないで!」

何か物を運んで、どこかに組み込んでいる様だ。


白い視界がいつの間にか、一つの箱みたいな場所に様変わりしている。


ワンツー、ワンツー。


そして、ふと気づいた。

今の自分の意識は如何様いかようになっているのかという疑問に。


そう言えば、友喜と雨見は居るのだろうか?

有津世は自分の状態を確認しようと辺りを見回した。

すると、ここには友喜も雨見も居ない事に改めて気が付く。


ワンツー、ワンツー。


四角く白い空間に、デコボコと酷く凹凸おうとつのある壁、そして何やら小さな丸いトンネルの様な穴をたずさえた、何だか撮影スタジオの様にも見える空間だ。


とんがり帽子を被った大勢の小人が、指揮を執る一人の小人に従ってトンネルからにょきっと出てくる四角いブロックを穴の開いた壁へと運んで組み込んでいく。

するとさらに、新しい四角い穴が、別の箇所に出来ている。まるで終わりの無いパズルだ。


ワンツー、ワンツー。


有津世は指揮をしている小人に話しかけた。


「ここは何処ですか?」

指揮をしている小人は、とんがり帽子の小人達とは別の、とんがりの先端が潰れた帽子を被っており、見ると随分と大きな目をしていた。

有津世は自分の体が小人たちよりもかなり大きいのを認識しつつ、返事を待つ。

有津世の手のひらにも満たない大きさのその小人は、背を向けたままの姿勢で、顔だけを有津世の居る側に向けて、じっと見てきた。


「コントロール室よ。」

ひと言告げて、再度大勢の小人に向き直り、指示を飛ばす。


ワンツー、ワンツー。


「コントロール?」

有津世が眉をひそめると、指示を出している潰れとんがり帽子の小人は、背を向けたままの状態で首だけを動かし有津世をまた見てきた。


「コントロールして、整備するのよ。」


ワンツー、ワンツー。


背を向けた状態に直って指示を飛ばす。

大勢の小人達の中には有津世を見る者も居れば、意に介さない者も居る。


「えっと…。」

有津世が状況が読めない、と言った顔をすると、潰れとんがり帽子の小人は、またもや、背を向けたまま顔だけ後ろに向け、


「リリアン。」

ひと言、呟いた。


「リリアン…?」

有津世が訳分からずに返すと、


「ほら、リリアンって、編み物、あれって、色々と絡めて、紐を編んでいくでしょう。それと同じ。ここでは、世界を編んでいくのよ。」

「世界を、編む…?」

「世界のプログラミングよ。永遠に続くし、永遠に形を変え続ける。私達は、その仕事を受け持っている、特別な存在なのよ。」


ワンツー、ワンツー。


向き直り、指示を飛ばす。


「世界の、プログラミング…。」

唐突に投げ掛けられたその言葉は、有津世の胸の内を微かに震わせた。


「じゃあ君達は、世界を作っているって言うの…?」

有津世から出た問いかけに、顔だけをこちらに向けて背を向けたまま潰れとんがり帽子の小人は答える。


「正確には、こちらは注文通りの図面に沿って、埋め込んでいくだけ。だから、そうね…。請負人ってとこかしら。」


ワンツー、ワンツー。


「…永遠に、終わらないの?」

「永遠に、終わらないわよ。」

「おじいちゃん、おばあちゃんになったりしても?」

「私達には、人間で言う年齢って言うかしら、それは無いわ。だからもうずっと、続けているわ。」


有津世は、小人が発する言葉に重みを感じた。


ずっと、同じ事を、同じ場所で、命尽きる事無く、ひたすらに続けていっているなんてー。

背を向けたまま、顔だけ有津世へと向けると微かに憂いた有津世の様子を見て小人が言った。


「悲観する事は無いわよ。私達は、これが使命だし、疲れる事も無いし、組み上げる毎に、きちんと喜びを感じているわ。」

有津世は、潰れとんがり帽子の小人に向けて、顔をほころばせ、


「…そうか。」

安堵して呟いた。


「…いつから、ここに居るの?」

「もう、ずっと。」

「もう、ずっと、か。」

「そう、もう、ずっとずっと。」

「そうか。」


そんな話をしている潰れとんがり帽子の小人と有津世に、時々その他大勢の小人の中の数人が視線を、ちらりちらり、と投げてくる。

よく見ると、その他大勢の小人達の方は、あのゲーム画面のタイツおじさん、ツピエルに良く似ている。

いやそれどころか、そっくりだ。


有津世が驚いている様子を見て、潰れとんがり帽子の小人は言葉を添えた。




「ああ、気にしないで。あなたの所に来たツピエルは、ちょっと変わり者だから。」

「ツピエルも、ここで働いていたの?」

「そう、って言えば、そうね。働いていたわ。」


毎度こちらをチラ見するツピエルとそっくりの小人が居て、有津世はその小人と目が合う。


「他の事に興味を持ったら、他の仕事に移れるって事?]

「そういう場合もあるわ。ツピエルがちょうどそんな感じだったのよ。」

「ふ~ん…。」

有津世は組んだ両手指に顎を載せて、しばし考え込む。


「あのさ、女の子二人、見なかった?」

「…見てないわね。」

潰れとんがり帽子の小人は、振り向かずに言った。


「そうか…俺の名前は有津世。君の名前も聞いて良い?」

「…私の名前はトネルゴ。ここの管理を任されているわ。」


潰れとんがり帽子の小人、トネルゴは、自分が管理すべき、自分より小さなサイズの小人達の動きを目で追いながら、口だけ有津世へ向き直って答えた。


「彼等一人ひとりにもそれぞれ名前があるの?」

「もちろん。役目を授かる時には既に名前はあるものよ。」

有津世は他のツピエルにそっくりな大勢の小人達を眺める。


「あのさ、それで…どうして俺は、ここに居るのかな?…」

「神様の思し召しよ。」

即答で返ってきた。


「神様って…。」

思わず有津世はトネルゴの返答に戸惑う。


「でなきゃここには来られないわ。なんてったって、ここは世界を編む場所だもの。そんな所に招けるのは、神様以外に考えられないわ。」

なんとも言えない胸の内側からのざわめきを感じ、どう返そうかと迷う。


「まあ、あなた達の世界だと、そんな感覚には疎いかもだけど。それでもこの場所に辿り着いている。それこそが証拠だわ。」

トネルゴは確信を持っているかのように、尚も言い放つ。


有津世は、トネルゴからの言葉を口の中でモゴモゴと反芻はんすうしながら、


「俺はここで何をする必要があると思う?」

聞いてもどうしようも無いかも、と思いながら、更に疑問を発する。


「何かをする必要は無いんじゃないかしら。このシステムを知る為に、有津世はここに飛ばされてきたんじゃない?」


トネルゴの答えに釈然としない心持ちながら、


「じゃあ帰るにはどうすれば良い?」

有津世は別の問いを投げ掛けた。

すると、トネルゴはひと言、ぽろりと言った。


「吸収しなさい。」

「?」


トネルゴがおもむろに小さな人差し指を有津世の額めがけて伸ばしてきた。


有津世めがけて伸びる人差し指だけがどんどん巨大化して有津世の眉間に到達すると、指先に何かが付いていた様で、その何かが有津世の眉間へと吸い込まれていった。


すぅっとした涼しい感覚と共に、その何かが眉間の奥へと届いた。

同時に胸が熱く燃えたぎっても感じて、相反する感覚が同時に襲ってくる現象が不思議と懐かしく感じられた。



「あなたがあなた自身へ、かねてより送りたがっていた物だわ。」

「俺が、俺に…?」

「いずれ分かるでしょう。」


パチン、と何かが弾けた音がして、背中や頭がいっぺんに、ぐいーんと強く後ろへ引っ張られていき、最初から小さかったトネルゴ達がもっと小さく、豆粒、米粒、ゴマ粒といった感じに一気に遠く小さくなっていきー、


有津世は自分の意識が自宅リビングに戻った事に気が付いた。








 蝶が飛んでいる。


蚊くらいの小さな蝶々が飛んでいる。

と思ったら、それは蚊ほどの大きさの、鳥だった。

こんなに小さな鳥が、果たして居るのだろうか。

でも、自分は今、実際に目にしていた。


尾だけはやたらに長くて、金粉の様な光の粉を羽ばたきと同時に散らしつつ、小さな小さな蚊ほどの大きさの鳥は空間を旋回して飛んでいる。

おそらくそれは…物語で読んだ事のある、不死鳥の外見と一致するだろうか。

黄色と朱色とが雑じった優美な姿は、小さいながらもどこか誇らしげな気高いオーラを身にまとっていた。


「あの…、」

ごくりと唾を飲んだ友喜は、おずおずと話しかける。


「貴方は…不死鳥…?」

友喜の問いかけに、そうだとでも言う様に、一瞬、素早く旋回する。


きっと、不死鳥なんだ…。



極小だけれど美しい不死鳥の姿を見ながら、友喜は今自分は何処に居るのかと考えた。


あのクリスタルでAボタンを押した時、視界は真っ白に包まれた。


意識も一緒に飲まれたと思った次の瞬間に、この何処だか分からない異空間へと辿り着いた。

蚊ほどの大きさの不死鳥らしき生き物以外には何も見当たらない。


四角い異空間。不死鳥の周りだけが温かな温度を持っているかの錯覚を覚える。

それくらいに、不死鳥以外は全くもって無機質な空間だ。


「…あの…貴方は、なんで飛んでいるの…?」


不死鳥が旋回する空間には、不死鳥の動きで金粉みたいな光の粉は羽ばたく度に出ていたし、花火みたいに咲く様な火花も時折発生していた。

友喜はそれを目にし、


「貴方すごく綺麗なのね…。」

不死鳥から生まれる幻想的な情景に思わず感嘆する。


不死鳥は友喜の言葉の意味を理解して喜んでいるのか、またもや一瞬だけ飛び方を変えて素早い旋回をして見せた。



下を見ると、所々に散った金粉の光が降り積もっていた。

友喜のつま先も例外では無くて、靴下を履いているつま先が、うっすら金色に染まっている。


どれくらいキラキラなのかを確かめるために、友喜はつま先を丸めたり伸ばしたりして目から見える角度を変えてみた。

足元を見て遊んでいると、不死鳥が足首近くから頭の上まで、友喜の体の周りを螺旋状に周り抜け、友喜は金粉の光にまみれた。


「わあ…綺麗…。」


視界がほぼ金色だけれど、むせたり目に入ったりはしてこなかった。普通の物質とは違うみたいだ。


次の瞬間、不死鳥は、一体の不死鳥の体が割れて中からもう一体の不死鳥が分裂した様な形で出現し、二体共が友喜の顔にめがけて速度を上げて飛んできた。

小さな蚊ほどの大きさの不死鳥がたった二体向かって来るだけなのに、圧倒的な熱量を感じて、友喜は思わず目をつぶった。


まどろむ様なほんの少しの間があって、四角い無機質な空間は、ほろほろと外側から剝がれ落ちる様に溶けて無くなった。








 気が付くとそこは自宅のリビングのソファで、腰掛けたままだったにも関わらず、意識が戻った時に何と無く座り直したというよりは、何処かから思いっきり飛ばされてソファにどーんと受け止められたかの体感があった。

はっとして周りを見ると放心から我に返る兄、有津世が居た。


「お兄ちゃん…。」

「友喜…、大丈夫か?何とも無いか?」

不可思議な事を自分も体験したのだが、何より気に掛かるのは妹への影響だ。

有津世は友喜を案じて顔色を見ると、穏やかそうな表情を確認出来てほっとする。


「なんかねえ、綺麗な不死鳥が居たよ。」

「不死鳥?」

「うん、不死鳥に会ってきた。こーんな小さいんだよ。ちびっちゃ~いの。」

友喜は右手の親指と人差し指で大きさを表し、楽し気に言う。


「お兄ちゃんは?何か目撃したの?」

「俺は…俺は、小人をいっぱい見たよ。」

「小人?」

「うん、ツピエルとそっくりなのが沢山と、それとさ、それよりもう少しだけ大きいサイズのが、一人。」

「うえ~!」

舌を出して嫌がる。友喜はタイツおじさん、ツピエルの事がよっぽど苦手みたいだ。


まあ、ゲームのバグで出てきて、よもや罰ゲームじゃないかとも取れるその奇抜な見た目とキャラへの対峙。もっとも、ろくに会話もしないまま画面の中の家に閉じ籠もって居るだけのキャラクターだが。


「雨見は…、」

「雨見ちゃん…、まだ戻ってきていない…。」

雨見は同じソファに居る事は居るが、まるで居眠りをしているかの様に、下を向いて目を閉じ、体が僅かに揺れている。


有津世と友喜のニ人は、雨見が戻ってくるのを静かに待っていようと、雨見の姿を目の端にしながらも今しがた自分が見てきた場面を思い返してみた。


有津世が紅茶のカップを取るとまだ温かく、湯気が出ているのを確かめて口にする。

それを見た友喜も、手にした紅茶のカップと、雨見が持って来てくれたお菓子の包みを開けると、お茶とクッキーを交互に口の中へと入れた。


「…め、…だ…め…っ!」

不意に雨見が俯いて目を閉じたままの状態で叫ぶ。


びっくりした有津世と友喜は一瞬、紅茶のカップを揺らしてこぼしそうになって手を止め固まる。

ひと息置いて、二人は雨見に声を掛けてみた。


「雨見ちゃん?」

「雨見?」

二人はそれぞれカップをソファ前の座卓に置いて雨見の傍に近寄った。


「雨見ちゃん、大丈夫?」

「雨見、何があったんだ?」

雨見は、二人の顔を見比べて目を瞬かせて、入っていた肩の力を吐く息と共に下ろした。


友喜は雨見の背中を優しくさすり、有津世は雨見の顔を覗き込みながら、そっと頭を撫でた。


「大丈夫か…?」

雨見は額に脂汗を浮かべ、自分の居る場所を再認識し安堵の表情を二人に見せた。


「何を見たの?…ううんやっぱり落ち着いてからで良いよ。落ち着くのが先。ほら、紅茶飲んで、雨見ちゃん。」

友喜が雨見の分のカップを差し出す。

雨見は両手で受け取って、温かみで暖を取るように、カップを両手のひらで包み込む様に持って一口すすって座卓に置いた。


「崩してた…。」

「え…?」

雨見の一言を聞き返そうと、有津世と友喜の声が重なる。


「崩してたの…。」

「崩してた?」

「そう…何だか分からないけれど、きっと崩してはいけない何かを、どんどん崩していくの…。」

見たものが恐怖だったと、雨見は訴える。


「多分あれは、壊してはいけないものなの。それを崩そうとする、何かが居た。私は、それを、目にしたんだ…。」


雨見は今見てきたものを思い返すと体が震えてくるのを無理やり抑え込む様に、両腕を自分の手で抱え込んだ。

友喜は雨見の様子を見て背中を再度優しくさすった。


有津世はふと考え込む様に俯いて、ゲーム画面を再び見据える。

画面は変わらず、ツピエルの家とクリスタルの表示になっていた。


「ツピエル、ちょっと質問があるんだけど。」


答えが返ってくるのか分からずに話し掛けた。


すると家の奥からわざと足音を大きく響かせて近づいてきたツピエルが窓ガラス部分から不機嫌そうな顔を覗かせた。

文句のひとつでも言いそうなのに、ぶすっと黙ってこちら側から喋るのを待っている様子だ。


「あのさあ、ツピエル、クリスタルの向こうの世界はさ、三人が選んで同じ場所へ一緒に行く事は出来る?」


「しようとすれば、出来るかもだし、しようとしなければ、潮流が勝手に行き先を選ぶわよ。しようとしても、出来ない事もあれば、しようとしなければ、入れない事もあるわよ。」


「…つまり、最初に何処かへ行く意思は、持っておくことは一応大切…って事?」

「そうとも言うわね。」

ふんっ、という捨て台詞の後に、べぇ~っと舌を出してから、再び家の奥の見えない所へ行ってしまった。


「…。」


有津世と小人のやり取りを眺める事で気分の落ち着いてきた雨見が口を開いた。


「友喜ちゃん達は、何を見たの?」

有津世と友喜は、飛んだ先の空間で目にしたものを雨見に知らせた。

三人の話を共有し合い、雨見だけが何か良からぬものを見たのだと意見がまとまる。


「崩しているって雨見ちゃん言ったけどさあ、それって何を崩しているんだろうね。」

「俺の行った所みたいな、世界を編む場所とかだったら、やばいよな。」

世界を編む場所。そうトネルゴが教えてくれた、先程まで有津世が飛んでいた場所だ。


雨見は有津世と友喜の目を見て、


「ねえ、これも私の夢日記みたいに記録し合わない?」


クリスタルから発生した光に飲まれ異次元空間に飛んだ体験を残しておこうと雨見が話を持ち掛けた。

始めはひとつのノートに三人がいっぺんに書こうと提案されたが、それだと少し不便ではないかと意見が上がり、三人がそれぞれ別のノートに書き込む方向で話はついた。


「ちょうど良いのが、あるよ~!」

そう言ってそそくさと2階の自分の部屋に行き、1階リビングに戻ってきた友喜は持って来たものを二人に見せた。


「宝石箱シリーズの、ひみつ手帳。三冊セットで買ってたんだけど使い道が無かったんだ。皆でこれを使おう!」

友喜が色とりどりの煌びやかな厚手のノートを配る。


「雨見ちゃんはピンク。お兄ちゃんは…水色かな~。私は緑が良いや。」


「友喜ちゃん、これ本当に使って良いの?」

「うん、大丈夫!皆で同じ目的で使えて、これ以上に無い活用方法だから。」

嬉々として言う。


有津世も雨見も友喜から貰ったノートの表紙と裏表紙に宝石を模した大小の透き通った色味のアクリルビーズがこれでもかと言うくらいに散りばめられている豪奢な装飾に、ひっくり返しながら見て感心している。

ノートの大きさは、ほぼ手のひらサイズだ。



「じゃあ、お言葉に甘えて。…早速、今起きた事を書き記しておこう。」


有津世が座卓にあった小さなペンスタンドからボールペンを選び、日付と体験した異次元での出来事を記入し、雨見も手提げ袋の中から筆箱を取り出し、その中からお気に入りのペンを選んで手に持ち、自身の体験を書き記す。


有津世と雨見、二人の様子を見て満足そうに微笑んだ友喜も自らペンを取りノートを開いて一ページ目に記入した。


三人がノートにそれぞれの体験を記録し終えた所で、その日はお開きとなった。



「じゃあ今日はこの辺で、」

雨見が家に帰ろうとしたと同時に、プツンとテレビのゲーム画面が電源落ちした。


不審に思って試しにゲームを再起動するも、映ったのはバグの片鱗を全く感じさせない通常のゲームのタイトル画面だったので、三人は声も出ずにお互いの顔を見合わせた。


再びゲーム機とテレビの電源を落とすのを見届けながら、改めて二人に、またね、と告げて雨見は帰って行く。

雨見が有津世達の家を後にする時、彼女の姿は凛として輝いていた。


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