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見上げる空に願いを込めるのは何故だろうか(仮)  作者: 晴海 真叶(はれうみ まかな)
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願いを込めて

挿絵(By みてみん)










 今晩宿泊する宿に辿り着いた則陽と梨乃は、部屋に案内され荷物を置く。


散策道のベンチに座っていた時、梨乃を抱きしめその肩越しに自分の想いを呟いた則陽は、一瞬後には気持ちを切り替えその後は穏やかな表情を梨乃に見せていた。


二人にとってのスキンシップは結構ある方だったから、梨乃はその度に素直に嬉しくなった。


だから今この部屋に着いて荷物を置いた直後に則陽からの抱擁があった事についても同じ様に感じたし、ただただ胸の奥に灯る温かさを感じていて。

則陽が焦りを感じているだなんて、梨乃は思いもしなかった。







 林の奥、木々がさわさわと心地良い音を奏で、部屋の中までその共鳴が微かに伝わった。


ログハウスの2階にある雨見の部屋では、雨見が頬を赤くしてベッドの中に居た。


以前も起こった事だがこれはきっと知恵熱で、あちらの世界で自分の感情が大きく揺り動かされた時に起こるのだと改めて思う。そして今回もきっとそれだと思った。


首元まで布団を被り、天井を眺めながらぼうっと考える。

ぽわぽわやミジェル、妖精達からの温かい祝福と、光を放つ一角獣と共にアミュラの元へと辿り着いてきちんと向き合い話をしてくれたツァーム。

それを思うと胸の奥から一気に体が熱を帯びる。


雨見の母が部屋のドアをノックして中に入って来た。


「雨見、あ、起きているのね。」

雨見の様子を見て、優しく微笑む。


「落ち着いているみたいね。今日は、ゆっくりしていなさいね。何か飲みたいものはある?」

「ううん、今は何も。…寝るね。」

母にそう告げて、雨見は布団を顔の上まで深く被って目を閉じた。

雨見の目からはきらきらした涙が流れ落ちていた。








 功が副業のオフィスへと出掛けてしまった後の吉葉家で、なつと友喜は今まで通りお喋りをして過ごす。


なつには今まで功への想いは隠してきたし、だから相談もなつにはしてこなかった。

それでもなつが勘の鋭いのは知ってるからばれていたのかな、とも思う。それを匂わせる数々の発言には聞こえないふりで今までやり過ごしてきたけれど。



こんな子供っぽい自分が相手してもらえるなんてつい最近までは思って無くて、だからなつが何か強引な提案をする度に嫌われてしまうのではないかと恐れていた。

功の優しさから自分はただ接してもらっているだけと思っていて、それでも功から本を受け取った前後辺りからすごく小さな希望の欠片を功とのやり取りで感じ始めて。


そして昨日の功からの告白で、今日の公園での自分からの…。



会話の途切れた吉葉家のリビングで、友喜はふと功との公園での出来事を思い、頬がぽうっと赤くなった。

そんな友喜の顔を見て、


「兄とさ、良い事あった?」

さりげなくなつが聞いて来る。


「…うん…。」

友喜はなつにもう隠しようが無いので、そこは素直に返事をする。


「そっか、それなら良かったよ。お兄ちゃんさ、この曜日の…授業と買い出しの時間は…デートなんだ、って言ってたからさ。」

友喜がなつの顔を見る。


「短い時間かも知れないけどさ、兄は兄なりに友喜との時間を楽しみにしてるみたいだから、友喜もそれは覚えておいて。」

副業のオフィスに功が出掛けてしまう直前に寂しそうな表情を垣間見せた友喜を想い、なつはこういう事はフォローとして言っておくべきだろうと話した。


「うん、あの…なっちん、…ありがとう。」

友喜の表情が明るくなったのを見て、なつが穏やかに微笑んだ。







 林の道を吉葉家からの帰りで友喜が歩いていた。


昼間の割と早い時間に帰って来たから、友喜は功との関係が進展した事を雨見に話したいと思った。

家の前まで来た友喜は、ログハウスの玄関ドア横にあるインターホンを押して反応を待った。


「友喜ちゃん、こんにちは。」

にこやかな表情の雨見の母が玄関ドアを開けて出てきて、友喜と会話する。

雨見の母の言葉を聞き友喜は何度か頷いて、お大事に、と軽く頭を下げて挨拶をすると後ろに振り返った。


自分の家の玄関へと移動して、ドアを開けて中に入る。


「ただいま~。」

「おかえりなさい、友喜。今お茶してるわよ。友喜も飲む?」

「うん、鞄置いて来る。」

友喜は母に笑顔で答えた。








 二泊目は一泊目よりもこじんまりとした宿で、夕食はゆったりと過ごせる個室形式の食事処でその時間を過ごす。


「ねえ、昨日のお宿も豪勢だったけれど、ここもすごいね。」

梨乃がテーブルに並べられたご馳走の数々を眺め、綺麗に彩られて配置されたその内のひとつを箸で掴みながら則陽に言う。


「うん。どちらの宿も、当たりだったね。」

則陽が穏やかに微笑んで梨乃に答える。

ひとつひとつの瞬間、梨乃とはこうして温かい会話のやり取りをしていて、それだけで満足のはずの自分がどうしてこんなに焦燥感に溺れてしまうのかをふと考える。


プロポーズの返事を貰っていない云々以前に、過去の別れの傷が癒えていないのか。

今こうして、その本人である梨乃は目の前に居てくれているというのに。思えばあの夢を見た時からだ。


ぐつぐつと煮え立つ音を発し始める一人用の鉄板鍋を見て、


「あ、もうこっちも開けて大丈夫かな。」

梨乃が言う。


「そうだね。蓋取ろうか。」

則陽が梨乃の分の鉄板鍋の蓋を取り外して、自分の分のそれも続けて取り外した。


「ありがとう。」

梨乃が則陽ににっこり笑って礼を言う。


「うん。」

則陽はそれに答えると、嬉々として鉄板鍋の中身に箸を伸ばす梨乃を愛おしそうに眺めた。








 「あらあら、雨見ちゃん、熱出てるの。」

「うん。雨見ちゃんのお母さんから聞いたの。早く良くなると良いね。」


林の奥の二棟の家、手前側の家のリビングのソファでは、母と友喜がマグカップを手にして座っている。


「友喜、後でそれはお兄ちゃんに教えて上げなきゃね。」

「そうだね。」

兄の有津世にはそうとは言っていないが、友喜は有津世と雨見が付き合っている事をこっそりと以前母に報告してある。二人はそれぞれマグカップに口を付けて、静かに息をつく。


「…お兄ちゃんも隅に置けないなあ。」

「もうそんな年頃だものね。友喜はどうなの?」

母は柔らかい口調で友喜に聞く。


「私は…。」

「…うん、」

「…好きな人は居るよ。」

まだ付き合っているとかの実感は無くて…、友喜は少し俯いて考え込んでから母に言った。


「上手く行くと良いわね。」

「…うん。そうだね。上手く行くと良いな…。」

「お母さん、応援してるからね。友喜は、…あなたは素晴らしいわよ。とても魅力的だわ。」

温かい笑顔で友喜に寄り添う。

そんな調子でゆるりと見守ってくれる母が、友喜は大好きだった。

友喜は母と笑い合うと、二人はしばらくお茶の時間を続けた。








 居酒屋街の一角。

地下2階程までの階段を下りた所にある副業のオフィスに功は辿り着いていた。


今日は則陽は来ないって話だし、作業に集中するだけ集中して、終わったら、すぱっと帰ろう。

功はそんな事を考えつつ受付で受け取った分厚いマニュアル本を作業スペースの席で開くと、開いたページの直ぐ上の空間に内容が飛び出して見え、その内容が物凄い勢いで書き替えられていく現象にまた唸りそうになった。

未だに慣れないその光景に息を吐くと、気を取り直して目の前のコンピュータ画面とマニュアル本とを交互に見ながら作業に打ち込み始めた。








 森から出た所の草原で、ツァームとアミュラは地べたに座って辺りを眺めていた。


つい先程聞いたツァームからの情報…キャルユの行った先、その星へ光を送るのがエールだと知って、キャルユやツァームとは違うけれど、ちゃんと自分もその動きに関わる事が出来ているんだと思えたし、アミュラはツァームの真っ直ぐに目を見て伝えてくれたその姿勢にも感動していた。


アミュラは頬を緩めて足元の草花を見つつも、その直ぐ傍で草を食んでいる一角獣へと目が行く。


「ツァーム、あの子はどうして来たのかな…。」

「これは推測だけれど…、」

「うん?」

「きっと僕から僕への助けで、ここに来てくれたんだと思っている。」

アミュラはそれを聞いて一瞬動きが止まる。


「…向こうの星のツァームが、…ツァームを助けたって事?」

「うん…。考えられるのは今の所それしか無いんだ。」


アミュラは空を見上げて考えてみる。


何故ツァームがそう思ったかは、追々尋ねてみる事にして、今は先程からの余韻を胸いっぱいに満たす。


草原は爽やかな空気で満たされていて、空気全てが癒しの何かみたいに気持ちが良い。

それは、いつもの事だったけれど。

彼女の気持ちが晴れやかだからこそ、より感じたものなのだろう。


アミュラは静かに深呼吸をした。


「もう帰ってしまうかと思ったけれど、彼はこの地が気に入ったみたいだ。」

一角獣を見ながらツァームが言った。

一角獣はツァームの言葉を耳にすると顔を上げてこちらに温かい眼差しを向けてきた。


「綺麗な瞳…。」

アミュラが一角獣をうっとりとして眺める。


「ああ、美しいね…。」

アミュラはその言葉を受けてしばらく一角獣をツァームと一緒に眺めた。


「ねえ、ツァーム…。キャルユは…、向こうの星で無事だと思う?」

「そうだね、きっと…彼女は上手く活動出来ていると思うよ。」

それを聞いてアミュラは表情を落ち着かせると、抱き抱えたままのぽわぽわを、すかすかと撫でた。








 天井の高い部屋。

後ろの壁は窓枠型のデザインの大きな照明が取り付けられている。


たった一脚のセットのデスクの前に座り、ソウイチは誰かと交信している。


「そこの歪みは直しました。後はちょくちょく出てくるものを随時修正しています。」

ソウイチはそう言って、誰かの返事に聞き入る姿勢になる。

ひと息後に、


「うん。だから君も彼に話すと良い。彼が直接…私に指示してきてくれているのだから。」

空間に少しの沈黙があり、その後に、


「分かった。そういう事なら、君が私に言うのも分かる。だけど、彼の数字を変換する以外に私に出来るのは神獣の石で意識を飛ばすくらいだ。何なら…そちらに飛んで直接話をしようか?」

ソウイチが誰かに提案している様だ。


「…そうだった。とにかく、今の時点で動くべきはしているのだし、私は受け取るだけでこちらから何かを言える訳では…」

また少し沈黙の間が出る。


「君は随分と…あ、いや、出過ぎた感想を言いそうになった。勿論…感謝はしているよ。君のおかげでこちらも要点が掴みやすい。再確認にもなるし…。ありがとう。」

どうやら会話は終わった様だ。

ソウイチはデスクの上の自分が作ったコンピュータのモニター画面に目をやって、キーボードで打ち込み始めた。








 おめでとう!

アミュラの涙と笑顔を見て、私は心から喜んだ。そこに居る他の子達と一緒に。


気持ちが晴れれば夜明けが来るの。

まだ明けないと思っていても、あなたがほら、気付くだけでそれはもう動いている。

気付くだけで良いの。

あなたはあなたに光を送っていて、それに気付けば途端に芯から癒されるわ。


だってそれが、あなたがあなたにした約束だから。




空気が動いて、圧倒的な熱量のそれを浴びる。


ほら、着いたでしょう?

私は二人の笑顔が大好き。

いつまでも見守ってるの。いつまでも見守ってるわ…。






 早朝、自分の部屋のロフトの上で、友喜は目を覚まして寝っ転がったまま豪奢な装飾のノートを探して手を伸ばした。


今回はペンも同時に寝っ転がったままの状態での手探りで見つかり、ごろんとうつ伏せになって立てた肘で体を支えると、友喜は今見た夢の内容を新しいページに書き記す。

書き終わった文章を読み返して納得すると、友喜はノートとペンを脇に置き、また目を瞑った。








 コンピュータにしか興味が無かった。

それに通じる電子工作や、そういった興味しか、今まで持った事が無かった。


彼は専門学生で学費と生活費を稼ぐ為に近くのコンビニエンスストアで毎日の様にアルバイトをしていた。

バイト以外の時にはいつでもコンピュータを弄っていたし、学校の課題よりもずっと、自分の作成するプログラムに熱を入れていた。




「おでん、下さい。」

コンビニエンスストアのユニフォームを着て今日もバイトに勤しんでいる所に、高く柔らかい声音で言われて、彼は「ああ、はい。」と答える。


四角いステンレス鍋の前に立つと、どの種類にするか聞く。


結構量買うんだな、と思い、言われた種類を発泡スチロールの容器2箱に分けて入れて、最後に沢山買ってくれたおまけで、彼はゆで卵をひとつ加えて入れた。




 数日後のバイト時に、


「おでん下さい。」

と声を掛けられる。


見ると先日沢山の種類を買い込んで行った彼女だった。


今回はそこまで量を買い込まなかったけれど、彼はおまけでゆで卵をひとつ入れた。


何回か同じやり取りがあって、彼はその度におまけのゆで卵を入れた。




 ある日同じ様に彼女に声を掛けられおでんを入れ、ゆで卵を入れようとすると、彼女が気付いて俺に言う。


「あの、それ…いつも頼んで無いのに入れてくれる…。」

不思議そうに俺を見てくる。


「買ってくれるので、おまけです。」

俺は彼女に言った。

彼女は俺ににっこり笑ってお礼の言葉をくれた。


「あの…ありがとうございます。」

俺は彼女の笑顔が見れて嬉しくなった。



ある時俺は彼女に聞いた。


「自分では作らないの?」

おでんなんて作るの、結構簡単だ。


否応無しに自炊が求められてきた彼にとっては、毎回の様におでんを買う彼女の感覚に、少し不思議を覚えていた。


どれを選ぶか注文を聞きながら、つい余計な事を聞く。


「私、そういうの、しないの。」

あっけらかんと言ってのけて、彼はある種呆然とした。


そういった事に全く興味が無いとでも言う風に、彼女は表面を飾りもしない。


彼は彼女に興味惹かれた。




どれだけやり取りを繰り返した後だっただろうか。


彼は彼女に休日会えるかどうか聞いてみた。


「うん。空いてるけど…。」

彼女は上目遣いで俺を見てくる。

全く笑わずに、ライオンとかの獣を見るかの様に表情が仰々しい。

失礼してしまう、と彼は思った。

女性が男性を見る目とは、こうしたものなのだろうか。

彼にとっては謎だった。





 休日にコンビニエンスストアの近くの駅で待ち合わせて、彼女を連れ出す。


「何処に行くの?」

そう聞いてくる彼女を尻目に、俺は好き勝手に行動した。


電気街のコンピュータ関連コーナーに彼女を引き連れて俺はうろうろする。


「俺さ、コンピュータ、大好きなんだよ。周辺機器探すのも好きでさ。」

彼女が気取らないなら自分もそのままで行こうとした。

機嫌取りで動いても、どう機嫌を取るのかも不明だったしどうせろくな事にならないと思ったからだ。


この作戦がだめなら、きっと全部だめだろうと思った。


昼はその街で割と有名なカフェに寄って、適当な軽食を選んだ。

会計を済ませてプレートに注文した飲み物と大盛りのサンドイッチが載ったものを二人運んで席に座る。

ここはサンドイッチのその量と味で特筆すべき店だ。アメリカンな印象のインテリアの多い店内だった。



ここでも気取りもせずに大盛りのサンドイッチを彼女はぺろりと平らげる。


「何か…楽しい。」

彼女が俺に笑って言ってくれた。



そこから気取らず何度かデートを重ねて、俺達はいつの間にか付き合っていた。

当時彼女は短大の女子寮に住んでいて、外でデートする以外の時はもっぱら俺の部屋に来ていた。


後から聞いた話だが、彼女はゆで卵が少し苦手だったらしい。

俺から入れて貰ったのを一生懸命食べている内に、そこまで苦手じゃ無くなったと言い、その言葉には少しいぶかしんだが、脱力して俺は笑った。


彼女が全く台所に立とうとしないのを、俺は愉快に眺めた。


苦手な事を克服しようと何とか頑張る姿は巷では称賛されるが、そんな事には目もくれずに苦手を苦手なままにしている彼女の姿勢にあっぱれと思ったからだ。


彼女はいつでも俺の前で…自然体だった。





 「ねえ、則ちゃんは卒業したらどうするの?」

ある時梨乃が則陽に進路を聞いてきた。


「俺はコンピュータに何らかの形で関わる仕事に就こうと考えている。梨乃は?」

「私は…どうしよう、寮出なきゃならないな…。」

卒業と同時に寮から追い出されるのは明白だが、彼女は悩んで寮のある会社を探そうか、と言ったりもしていた。


「梨乃の両親はさ、そういうの、何も言わないの?」

「うちは割と放任。元気ならそれで良いみたい。学校卒業したら勝手に自分でやれって。」

「…。」



梨乃は女子寮住まいだったからこちらから訪問する訳にはいかず、その事に不便さを度々感じていた則陽は梨乃に提案をする。


「じゃあさ、一緒に住むって案はどうかな。」

「ここに?」

「ここは狭いから、物件、一から探してさ。」

梨乃は空に目をやり少し考える。


「あ、でも見つかるまでは途中までここかも知れないけど。」

「うん。…良い案かも。」

梨乃が嬉しそうに則陽に笑い掛ける。


則陽は卒業を目前に控えていて、梨乃は後もう一年あったから、二人はその話をし始めてからは将来の構想をあれこれとそれぞれが時折口にしつつも、則陽の就職先がやがて決まり、二人でそのお祝いをしたりして、時は過ぎて行った。






 破局した当時に思ったのは、梨乃が女子寮に居た時の方が、彼女との時間の区切りがきちんと出来ていたという事だ。

自分が四六時中会いたくて一緒に住む案を出したけれど、結果としてそれは、彼女に寂しさを感じさせるものになってしまった。


一緒に住む様になってからは、則陽は自身のコンピュータプログラムを開くのを彼女の前でする様になったし、その時間、彼がその世界に没入してしまうのを、梨乃は次第に気にする様になっていった。


声を掛けても聞こえていない事のあるその状態に、二人で居るはずなのに言い表しようの無いくらいの孤独を感じて。


そうして梨乃は、ある日突然俺から離れて行った。








 夕食時間が過ぎて、宿の温泉に浸かった後、梨乃と則陽は窓辺に設置されている椅子にそれぞれ座り、光源の少ない夜景を眺めていた。


梨乃が袋を持ち出して、椅子の前の備え付けのテーブルに置く。


ごそごそと中身を取り出して、袋を開けて口にする。


「えっ、梨乃、お腹いっぱいだったんじゃなかったの?」

則陽がその行動に驚いて愉快そうに梨乃に聞く。


「うん。でも、今夜泊まったら明日は帰りでしょ?名残惜しくって。」

梨乃がにっこり笑って言う。


「またさ、来ようよ。」

今回の旅行で出た何回目かのその言葉を、則陽は梨乃に言う。

梨乃は喜んで、則陽に頷いて見せる。

梨乃の笑顔を見れて、則陽は嬉しく思った。







 旅行から帰って来た後の、月曜の出勤日。


梨乃は昼休みに穂乃香を誘って、ノリムーの弁当を買い込み前回と同じ公園でランチをしていた。


「ありがとう!お土産買ってきてくれたんだ!」

「内緒ね。穂乃香さんにだけ。」

「ねえ、どうだった?」

「結構良かったの。一泊目はビュッフェスタイルの所でね…」

梨乃は土産話に花を咲かせた。




  




 奥の休憩スペースのテーブルの上に置かれた箱の包装紙を剥がすと蓋を開けて中身を覗き込んだ功が則陽に話し掛ける。


「おっ、美味しそうじゃねえか。これ、お前のお土産か?」

「はい、そうです。良かったらどうぞ食べて下さい。」

小ぶりな6階建てのビルの4階部分、功と則陽が勤めるゲーム会社だ。


週明け出勤してきた則陽の顔が割と明るかったので、功は菓子の包みを箱からひとつ受け取りながら、彼女との旅行が楽しかったか尋ねた。


「おかげ様で楽しかったですよ。行って…良かったと思います。」

気持ちの整理がついたのか、今日の則陽の顔色は良い。


「返事は貰えたのか?」

「それは…まだ。気長に待とうと思います。」

何かを達観したかの様に、則陽は潔く言ってのけた。


その様子を珍しそうに眺めると、則陽の奴、元に戻ったかなと、功は口角を上げる。そしてふと思い出して口にした。


「前見かけた時に思ったんだけど…、」

「はい?」

「お前の彼女さ、結構な数の妖精引き連れてるんだよな。」

「は?妖精?」

小さく驚きの声を上げた則陽に功が頷いて答えて、それによ、と言葉を続ける。


「彼女の妖精がお前の所にも引っ付いてきてる。お前も妖精に…好かれたんじゃね?」

それを聞いて、則陽は眉を上げ頬を緩ませる。功は則陽の表情の移り変わりを不思議そうに見守る。


「功、教えてくれてありがとう。」

何が嬉しいのか功には分からなかったが、則陽はそれを聞いてより一層晴れやかな表情になり、午後の仕事も調子良さそうに次々と作業の段取りを進めていった。



漢字からひらがなへの一部修正と文の一部修正を数か所行いました。(2026年1月12日)

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