橋渡し
「じゃあ、仕事終わりにね。」
梨乃の会社のオフィスが入っている建物近くに着き、則陽が梨乃に告げる。
「うん。則ちゃん、いってらっしゃい。」
「梨乃も。」
二人は笑顔で挨拶を交わした。
さらりとした空気の中、朝日が時折ビルから顔を覗かせその光を届ける。
今日は仕事が終わったら梨乃と二人で旅行に出掛ける予定だ。
退社後そのまま出発するつもりなので、会社最寄りの駅に着いた先程二人で構内にあるコインロッカーに荷物を預けた。
梨乃は嬉しそうだったし、則陽は梨乃の表情を見て嬉しく思った。
則陽は梨乃を見送り終わると、自身の勤める会社へ再び足を向け始めた。
白く、虹色の光を時折帯びる一角獣に乗ってツァームが森を走り抜ける。
一角獣はある時突然ツァームの元へやって来て、ツァームを見つめた。
その瞳はツァームに何かを訴えかけている様に見え、美しく輝いていた。
たなびく鬣を見せながら長い首をツァームに寄せ、自分の背を示す。
「乗ってくれ、って言っているのかい?」
ツァームが聞くと、一角獣はその瞳でそうだと答えた。
ツァームは軽くジャンプして一角獣の背にまたがると、願いを伝える。
一角獣はそれに答えるかの様に何処かを目指して走り始める。
ツァームは想いを胸に、一角獣にまたがりながら向かう先を見据えて一緒に風を切って行く。
「あっ、ぽわぽわ。一瞬飛んでしまったからまた何処かに行ってしまうかと思ったんだから、もう。」
戻って来たぽわぽわを見て文句を言いながらもほっと息を付く。
アミュラはぽわぽわの飛んでいってしまった上空を見上げていた。
するといつの間にかぽわぽわがアミュラの顔の前に居る事に気が付いて、一瞬確かに消えたと思ったのにと不思議がる。
ぽわぽわは笑ってみて、とアミュラに伝える。
「う~ん、…こう?」
ぽわぽわの前でなら笑顔になれる。でもツァームの前でだとどうだろう。もう随分と笑顔を見せていない。
「ねえ、ぽわぽわ。あなたの前でなら出来るけど、今ツァームと会ってしまったらだめなの。だって上手く笑えないから。ねえ、ちょっと…一緒に移動しましょ。」
アミュラはその場できょろきょろ辺りを見回すと、すかすかの抱き心地のぽわぽわを抱き抱えながら森を移動し始めた。
石碑の外側と内側の境目まで戻って来てツァームが居ない事を確認してからそそくさと内側の地へと足を踏み出す。
そして今度は内側に広がる森の中に入って行った。
林の道。
友喜が朝の登校時間、林の木々を眺めながら歩いている。
時折深呼吸をして、それが終わると辺りを見回す。
そしてまた歩き始める。
落ち葉が積み重なった林の道の端の地面には大きなきのこがにょきっと生えていたが、それには注目せずに他に視線を移しながら、のんびり歩いて行った。
昼休み。
梨乃は今日は昼食は軽くだけ摂って、その後の時間を買い物に費やしていた。
店内の棚を見て、少しずつ移動すると、やっぱりこれかな、梨乃は棚から商品を手に取りにっこりする。
梨乃は今日これから仕事終わりに行く旅行の計画の事を思うと頬が緩んだし、その提案をしてくれた則陽の事を思うとますます頬が緩んだから、梨乃はたまに唇をきゅっと結び直し、何でも無い表情に意識して直すのだけれどやっぱり嬉しくて、頬がまた緩んでしまうのだった。
社内に戻って給湯室で自分の分のお茶を注いでいると後からやって来た穂乃香に遭遇した。
「あ、穂乃香さん。」
梨乃が嬉しそうに声を掛ける。
「野崎さんだ。あ、ねえ昨日の話!野崎さんの彼氏さんの奈巣野さんから聞いた?奈巣野さんに昨日会ったの!」
梨乃が頷く。
穂乃香は功に彼女が居てがっかり、という話題を持ち掛けたし、梨乃はまさか則陽の勤める副業のオフィスに穂乃香も勤めているだなんて夢にも思わなかったと話した。
何故勤める事になったの?どうして?と梨乃が聞く。
「ああ、私ね、前の仕事がそういう関係の職場だったの。それで縁があってね。」
穂乃香は、やけにあっさりと言う。
「やってみたら面白くって。行く時間も居なきゃいけない時間も定められて無いし、お小遣いにもなるからやってるの。」
「へええ~。」
梨乃は感心している様だ。
「あ、でもね、功くんの事は残念だったけれど、奈巣野さんとお話出来て良かった!物腰柔らかくて素敵だね。そしてやっぱりイケメンだったわ。良いね、あんなに素敵な彼氏さん!」
穂乃香が明るく言って、梨乃がふふ、と笑い反応した。
「ごめんね、吉葉さんの事、最初にちゃんとそういうのも聞いて伝えて上げれば良かったね。」
「ううん、大丈夫。…」
穂乃香が答えて、二人は少しの間その場で話し込んだ。
「梨乃!」
会社オフィスの建物からいそいそと出てきた梨乃を見つけて則陽は梨乃の近くに行く。
「あ、則ちゃんお疲れ様!」
梨乃は笑顔で則陽に答えると、二人は横に並んで歩き始めた。
「ちょっと時間に余裕あるね。」
「丁度良いんじゃない?」
「うん。」
あ、ねえねえ、と梨乃が言い、手持ちの袋を則陽に見せる。
「お昼休みにね、旅行用のお菓子買ったの。」
「へえ。」
見ると何個かお菓子が入っている。
「つい、嬉しくなっちゃって。」
ちょっと買い過ぎちゃったかも、と梨乃は笑顔で言い、そんな梨乃を見て則陽は微笑んだ。
二人は駅に着いて、構内にあるコインロッカーの場所へと歩いて行った。
林の奥の二棟の家。
学校から家に帰り着いた有津世は2階の自分の部屋で着替えを済ませてから1階に戻る。
友喜はまだ帰ってなかったので雨見と自分の分の紅茶とお菓子を用意して、リビングのソファへと座った。
クリスタルのくるくる回る画面が既にテレビに表示されている画面を何と無しに見ると、そこには懐かしい姿がひょこひょこ歩いていて有津世は目を疑った。
「…ツピエル!」
有津世が声を上げた所に雨見がやって来る。
「お邪魔しまーす…どうしたの?」
雨見が靴を脱いでリビングへと入って来ると、有津世がテレビに映るゲーム画面を凝視していた。
「あーっ!」
次の瞬間、雨見も画面に目が釘付けになった。
「え、懐かしい、久し振り!」
雨見は更にツピエルに声を掛けた。
「ん。まあ、久し振りよね。何?何か前よりフレンドリーじゃないの。」
ツピエルが怪訝そうに返すも、
「だって有津世がもう一度会いたいって散々言ってたし、私もこんな面白い現象、もう一度見たいな~て、少しだけ思ってたから。」
雨見は素直に答えた。
「あのぎゃーぎゃー言う小娘はここには居ないのね。まあだから良かったわ。あの小娘は叫ぶわ無視するわでホントイラついちゃう!」
ツピエルの言っているのはおそらく友喜の事だろう。
叫ぶのは目にしていたが、無視はしていたっけ?
雨見と有津世はツピエルの言葉に小首を傾げた。
「ねえ、何で来たの?あ、いや、何で来てくれたの?」
有津世が丁寧に言い直して尋ねた。
「ん、だってさ、レディ達が留守にするって言うから、その間のちょっとした暇つぶし。」
「は?」
「レディ?」
何の事だか分からず、雨見と有津世が顔を見合わせる。
「レディって誰の事?」
「今も奈巣野さんの所に居るの?だとしたら…」
頷くツピエルを眺めて、梨乃の事かと聞くと、ツピエルは、当たりよ、と難無く答えた。
先程のツピエルの発言を聞く限りでは、ツピエルと友喜は相性が悪そうだ。友喜はツピエルの事を話す度に嫌そうな顔をしていたし、それが十分ツピエルにも伝わってしまっているのか。
「やっぱりね、お互いが気持ち良く過ごす為にはそれなりに敬意を持たなきゃいけないと思うのよ。それをあの小娘はっ!」
しまいには無視よ、無視!どうやったらそんな態度取れるのよっ!とツピエルは憤慨するが、無視に関しては有津世も雨見もそれを見た覚えが無いので言及は避けた。
「留守って、旅行とかなのかな。」
気を取り直して有津世が雨見に話を振る。
「そう、旅行よ、旅行!レディは単純に喜んでいたけれど、彼の方は何か目論見があるわね。」
ニヤリとしながら状況を伝えてくるツピエルに対し、こちらから聞いてもいない裏事情を耳にしてしまい雨見が顔を赤くする。
有津世も顔を赤くして変な挙動を見せた。
「ツピエル、そういう事はさあ、あまり外に漏らさない方が良いよ!聞いちゃった俺達も…どう反応すれば良いんだか…、」
図書館で目にした二人を思い出して、要らぬ想像をしてしまった。
有津世は咳払いをしてから話題を変える。
「まあ、だけどさ、暇つぶしでも良いよ。今後はさ、たまにはこっちにも来てよね。」
メールのやり取りの中で則陽がツピエルからの情報をたまにくれるのが羨ましくもあったし、前はこっちに来てたのにと思っていたから、有津世はツピエルに聞き入れて貰う様にお願いした。
「そこまで言ってくれるんなら…たまには来るわよ。…でもね、あの小娘はダメよっ、ダメ!」
「…そんな事言ったって…。友喜の家でもあるし。」
有津世はそれについては異議を唱える。
そんな発言を繰り返されたら、ツピエルに対してぶち切れてしまいそうだ。
「友喜も良い所あるからさあ、ツピエル、それについては許してやってよ。それにあんまり言うと、…怒るから。」
そう言いながら有津世はもう怒っている。
雨見はそれを見てしょうがないなあ、という風に力の抜けた笑いがこぼれた。
「そうだよ、ツピエル。来てくれるんなら、私達からも友喜ちゃんにそこまで怖がらないで良いよって伝えるから、ツピエルもそんなに友喜ちゃんの事言っちゃあダメだよ。私達にとって、とても大切なんだから、友喜ちゃんは。ツピエルだって、レディの事言われたら嫌でしょう?」
その呼び名から何と無く察していた雨見は、ツピエルにそう伝えた。
「…まあ、そうね…。アタシもレディの事で言われたらやだわ。そうね、そうしましょう。これ以上悪口は言わない事にするわ。あ、でもね、対面での徹底抗戦は別よ。あっちが言ったんならこっちも言うから!」
随分あっさりと了承したが、最後のは売られた喧嘩は必ず買うって事か。全く血の気の多い…、血があるのか知らないけれどね、画面の中だし…、それでも一応解決かな。
そんな事を思いつつ有津世は横目でツピエルを眺め微かに頬を緩めた。
ツピエルは画面の中で座って足をぶらぶらさせている。
有津世と雨見はそれを見て思わず目を見合わせて笑って、久し振りに目にした突然の訪問者に新鮮な楽しさを覚えた。
カフェのテラス席から見える、所々に浮かんでいるもこもこした雲がゆっくり移りゆく空を、友喜は抹茶ラテのマグカップを手にしながら眺めていた。
…アミュラを応援してた。…雨見の事も覚えていた…。
つまりそれは自分自身だったって事に気が付いて、続け様に見た夢の中でのぽわぽわが別人格で無い事に驚いていた。
有津世と雨見に言われて改めて自覚した事だ。
あれ?ぽわぽわは、キャルユじゃなかったのかな…。
「その青い光が戻ったって言ったけど、ぽわぽわの中のキャルユはそれでキャルユの中に戻って…とかかもよ。」
首を傾げる友喜に、なつが話した。
毎度大胆で鋭い視点からのなつの意見は結構貴重だ。
「あ…、…もしかしたらそうなのかも。」
友喜が頷いた。
雨見と梨乃がそれぞれ幼いキャルユと小学生の姿の友喜に会ったという石碑近くの草原に行った自覚も友喜の中にはあって、雨見達はこの場所に来た事があるんだ、とその時しみじみ感じた。
ただ不思議なのは、幼いキャルユに戻った光がキャルユの人格である事が曖昧で何だか友喜自身とごっちゃになっていてその後のぽわぽわがアミュラを応援する事も含め今までと違う感覚であった事だ。
今までの数少ない夢が映画を見ている観客側だったのなら、続け様に見た今回の夢は、映画に出演している側に切り変わったかの様な、例えて言うなればそんな感じだ。
「まああんまり悩んでもね。分からない事は分からないんだし、そこはどっしり構えとけ。」
なつが友喜に言う。
ふらついたらうちの兄の腕にでもつかまってね、そう心の中で続けながら。
友喜はなつの言葉に納得して抹茶ラテを口に含み、テラス席から見える空をもう一度見上げた。
家の最寄り駅に着いた功は、なつ達のいるカフェに向かっていた。
今日は則陽が勢い込んで退社もかなり素早かったから、それに乗じて自分も少し早目に退社した。
日はまだ沈んで無くて肌寒くも無い陽気だったから、テラス席に居るには良い日和だな、と功は思った。
そうだ、たまには、と思い立ち、いつものカフェのテラス席沿いの道からは行かずに、手前のカフェの正面入り口に通じる通りへと方向転換をした。
そうしてカフェに辿り着いた功は、店内へと入って行った。
「ねえ、友喜、明日も来れるでしょ?」
カフェのテラス席で、いちごシェイクのストローで中身をひと口吸い上げてから、なつが言う。
「…うん。良いの?」
良いに決まってるじゃん、と、なつは答えながらも、今も尚遠慮しがちな友喜を見て、なつはいつになったらこの状態から一歩前へ行くかな、と疑問に思う。そりゃあ今まで強引だったし、有無を言わさずって所はあったかも知れないけれど、いつまであたしに隠しているつもりだろう、と思った。隠せて無いけど。
通りをぼうっと眺め続ける友喜を、なつは真顔で見て息を付く。
そして後ろを振り返ると何かに気付き、
「あ、あたしお手洗いに行って来るわ。」
と言った。
「うん。」
友喜がぼうっとしたまま答えると、なつは続けて、お兄ちゃん早かったじゃん、とガラス張りの店内入り口のドア付近で話す。友喜がそれに遅れて反応して振り返ると、飲み物のトレイを片手で持って移動し、友喜の隣の椅子を引いて座る功の姿があった。友喜はその動きを思わず目で追う。
「よっ。」
功が友喜に軽く微笑んだ。
「たまにはさ、注文しようかと思って。」
アイスコーヒーのグラスを見せて、友喜に話した。
友喜は突然の功の登場に驚き、真顔になっていて、遅れて功に微笑み返す。
「あの…功お兄ちゃん、本、ありがとうございます。」
友喜は貰った本を少し読んだ事を告げる。
「俺も自分のを少し読んだよ。ああいう本、あるなんてな。…今はそういう流れなのかな…。」
本でそういった類の知識を取り入れた事の無い功は、初めて探してみたジャンルで意外と種類が豊富だった事を思い返した。言葉の終わりに出たのはほとんど独り言だ。
「見え方は人によって異なるらしいから、ひょっとしたら友喜ちゃんももう見えてたりするかもな。気付いて無いだけでさ。」
「気付いて無いだけ…。」
功が友喜に頷いて見せる。
アイスコーヒーのグラスを持ち上げて、差してあるストローを口で咥えてコーヒーを吸い込むと、功は友喜を再び眺めた。
眉間からキラキラと上へと伸びる糸の様な光の筋に、功の事をちらちら見てくる黄緑色の光の霞の彼女。彼女の動きが友喜自身とリンクしていない事が会う毎に日に日に増えて来て、友喜自身が俯いた時にも光の霞の彼女は功を見つめてくる。
「…。」
飛んだ勘違いの可能性を承知の上で言うならば、黄緑色の光の霞の彼女は俺に熱を上げている。
どういう訳だか知らないが、友喜の表層に光の霞の彼女が乗ると、彼女の行動や言動が大胆に変わる。
愛情表現を全面に押し出してくるのだ。
それでもそれを友喜自身にそのまま言う訳にもいかず、どうしたものかと功は考えあぐねていた。
「?」
友喜が功の表情を見て不思議そうに首を傾げる。
「功お兄ちゃん、何か見えたの?」
そう聞いた友喜が直後目を閉じ、再び開いたその目は功を見て満面の笑みになった。
テーブルに置かれた功の腕に彼女の両手のひらがふわりと触れて、それに一瞬気を取られた功は視線を自身の腕にやり、そこから友喜の動きを追おうとする功の目前に友喜が近づいていて、彼女の唇が功の頬にそっと当たった。
嬉しいと言うよりも、あっけに取られていた。
だって、当の友喜自身は覚えていないだろうし、覚えていない時の自分がこのような行動をしたなんてきっと思いたくも無いだろうし。
頬から唇を離して顔の近くで穏やかに微笑む友喜を見て、赤面した功は高まる胸を抑えながらも口を開く。
「…えっとさ、…君も友喜ちゃんなんだろうけれど、本人はさ、こういうの多分…、望んでないんじゃねえかな。…頼むから…、本人との歩調、合わせてやってくれねえか?」
功はなるべくきつい言い方にならない様に友喜に訴えかける。
「何?何があったの?」
何だか穏やかで無い空気の中、なつが戻って来て席に掛けながら二人の顔を見比べる。
と、その瞬間、友喜がぼうっとした表情になりテーブルを見つめる。
「あ、いや、…何でも無い。」
功がなつに答えて友喜に視線を戻したのを見て、なつも友喜を見る。
「あ……。」
二人の視線を感じて友喜が二人に振り返り疑問の声を出す。
ぽわんとした様子に戻った友喜を見て、功は上がっていた肩を下ろした。
怒った訳じゃ無い。怒った訳じゃ無いけれど、こっちは大人だし、制御しないといけないと思った。浮かれて当の友喜自身が知らぬまま…なんて事は避けたかった。自分は友喜に対して責任がある。そう思ったから。
功は再びアイスコーヒーをストローですすって、早々に飲み終わる。
「行くか。」
「え、お兄ちゃん、早くない?」
折角早く来てるのに、友喜との逢引はもう良いの?と言った意味で、なつが聞く。
「また明日、会うしな。」
功が友喜に微笑みながら言う。
「あ、はい…。」
友喜が心なしか寂しそうな表情を見せる。功はそれを見て深呼吸をした。
「あのさ、友喜ちゃん。」
友喜が功を見る。
「俺は…友喜ちゃんの事…好きだよ。」
予定通りに指定席のある電車に乗れた則陽と梨乃は、隣同士で席に座り、移りゆく景色を映す窓を時折眺めながら朗らかにその時間を楽しんでいた。
梨乃は自分の持って来た袋にごそごそ手を入れると、中からお菓子をひとつ取り出してその包装を開け始めた。
「梨乃、あんまり食べると夕食のビュッフェ、入らなくなるよ。」
「うん、でも楽しくて。」
梨乃がいかにも嬉しそうに則陽に笑い掛ける。則陽はそれを見て微笑み返した。
「そうだ、ツピエル寂しがっているかな。」
則陽のアパートにほぼ入り浸りのツピエルを思い、梨乃が言う。
包装を開けたお菓子を摘まみ、則陽に、いる?と仕草で示す。則陽はそれをひとつ貰って手にしながら梨乃に言う。
「ツピエルも何処か遊びに行くって言ってたよ。」
「ふーん、何処?」
「それは聞いてないな。何処だろうね。」
「有津世くん達の所だったりして。」
そうかもね、と則陽が答え、梨乃が笑った。
なつが聞いている前で、功は敢えて自分の想いを友喜に告白する。
少しずつそういったポーズはとって来たが、事情が事情で上手く伝わっていないだろう事も分かってきていたから、功は口にする事にした。
言ってしまえば功はどちらの友喜も好きだったし、惚れていた。
だからこそ一方とは通じ合っていてもう一方の友喜自身には通じていないという状況を作り出したくは無いと思った。安心して欲しかった。
表現は控え目であっても功は友喜自身から功に対する想いを感じ取っていたから。
変なのかも知れないが、そうも言ってはいられない。
こんな状況他に誰が対処するんだよ、そう思ってもいたから。
「もう一回言うけど、俺は友喜ちゃんの事、好きだから。」
功の始めの言葉に静まり返った席に、同じ言葉を繰り返す。
なつが呆然とその様子を見ていて友喜は頬を紅潮させていて、功は二人の顔を見ると、さあ、行くか、と声を掛けた。
なつは何故このタイミングでしかも自分が居る前で功が告白したのかが分からなかったし、友喜はなつの追及から逃れられない事実をなつにも見られてしまった、と思いながらも、功の言葉には目をきらきらと輝かせていた。
遅れながらも、功の声に、
「ああ、うん。」
と、なつは答え、友喜に至っては声も出なかった。
頬が紅潮して真顔のまま友喜は功となつ二人を見送ると、功も友喜が家の方向に歩き出すまでその姿を見送った。
商店街を功となつ二人が家の方向に歩きながらなつが話す。
「お兄ちゃん、何あのタイミング。もうちょっと時と場所を考えて言って上げても良かったんじゃないの?」
「…いや、色々考えてあの場だったんだよ。」
功が真顔で話す。
あたしも居たんだしさ、どういう顔すれば良いのか分からなかったよ、と、なつが文句を言う。
「それは…ごめんな。」
そう言って、功は少しの間を開けてなつを見る。
「何さ。」
「え…なつ、お前も見えてるんだろ?」
「…。」
なつは功の言いたい事は何と無く分かった。それに考慮しての今回の功の告白があったという事も。
「にしてもさ、」
「だからだよ。」
なつが肩をすくめて、呆れた様に兄、功の顔を見た。
主語の重なりの修正や接続詞などの調整を数か所行いました。(2026年1月12日)




